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エリア・スタディーズ 試し読み

はじめに(『NATO(北大西洋条約機構)を知るための71章』より)

2022年2月24日、ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始した日から一年が経とうとしています。ロシア・ウクライナ戦争であらためて注目を集めるNATO。本書は、そもそもNATOとはどのような組織なのか?その歴史と機能、またウクライナ危機への対応、さらに今後の役割や日本との関わりまでを第一線の専門家が解説した一冊です。
今回、本書の特長、読みどころを編著者の広瀬佳一氏が解説くださった「はじめに」を公開いたします。
ロシア・ウクライナ戦争後の激変する国際安全保障を知る上で必読の書、ぜひご覧いただければ幸いです。

はじめに

NATO(北大西洋条約機構)がにわかに注目を集めたのは、2022年2月にロシア・ウクライナ戦争がはじまってからであろう。ウクライナはNATO加盟国ではないのに、NATOは機構としても各加盟国としても、間接的に戦っているといえるほどの支援をウクライナに対して行っている。詳細は第Ⅵ部、第Ⅶ部をお読みいただきたいが、支援のための協議や調整、情報提供、武器援助など幅広い範囲にわたって、関わりをもっている。そのために、いったいNATOとは何なのか、そもそも冷戦が終わったのになぜ軍事同盟のNATOが残っているのか、といった疑問をよく耳にするようになった。また、プーチンがウクライナへの武力侵攻を開始するにあたって、NATO拡大を「諸悪の根源」と言い放ったこともあり、良くも悪くもNATOは注目されているといえよう。
そもそもNATOは欧州大西洋(ユーロアトランティック)の国家間協力ではあるが、EU(欧州連合)のような地域統合ではないし、「バルカン」や「コーカサス」のような、地理的・歴史的なつながりの深いひとまとまりの地域でもない。その意味では、「エリア・スタディーズ」シリーズのテーマとして取り上げられることに、訝しく思われる向きもあるかもしれない。
しかし、少なくとも冷戦期の欧州大西洋は、ソ連との対立において政治的・軍事的に一つのまとまった「エリア」とみなすことができた。また冷戦後、NATOは、EUと連動しつつも相互補完的な形で「自由で一体となったヨーロッパ」(ブッシュ大統領)を支える機構となっていた。ソ連とその軍事同盟であったワルシャワ条約機構が解体されたために、中・東欧は安全保障の「真空地帯」と化しており、集団防衛(北大西洋条約第5条)ばかりでなく、民主主義、自由や法の支配といった価値の擁護(同条約序文)を行う機構でもあったNATOには、冷戦後に求心力が生まれていた。その後2022年にロシア・ウクライナ戦争がはじまると、フィンランドやスウェーデンのような非同盟・中立国までをも引きつけるなど、NATOは欧州大西洋の安全保障を支える屋台骨となっているのである。

NATOが過去のさまざまな同盟と異なるのは、事務総長をトップとする事務局機構だけでなく、軍事委員会のもとで戦略級司令部、戦術級司令部のような独自の指揮機構を持っている点である。さらにNATOは国家間協力でありながら、独自の予算やアセット(装備)も有している。こうしたNATOの独自性は第Ⅰ部で扱われる。
ついで少し歴史をひもといて、その起源に遡る。そもそもNATOは冷戦初期に、ソ連を脅威として12カ国により結成された。ところがそのなかには軍隊を持たないアイスランドや、およそヨーロッパではソ連から最も地理的に遠いポルトガルが入っていた。そうした謎については第Ⅱ部で解き明かされる。そのほか西ドイツ再軍備とNATO加盟、スペインのNATO加盟がそれぞれどのように実現したのか、逆にフランスはいかにしてNATO軍事機構から脱退したのかなども、この第Ⅱ部でカバーされる。
冷戦期に最強の同盟とされたNATOであるが、冷戦が終わりソ連が消滅すると、その存続には疑問符さえ付けられるようになる。実際に、東側の同盟であったワルシャワ条約機構も解散となった。冷戦後ヨーロッパの新しい環境においてNATOがどのように適応していったのかを扱ったのが第Ⅲ部である。そこで中心的機能となったのが国際的な危機管理活動であった。第Ⅳ部は、ボスニア、コソボ、アフガニスタン、リビア、イラクなど、冷戦期には思いもよらなかった域外の国々の紛争に関与するようになったNATOの活動とその意味を振り返る。
こうした機能の拡大に加えて、NATOは冷戦後に徐々にヨーロッパの加盟国を増やした。もともと12カ国ではじまったNATOは冷戦終了時に16カ国となっていたが、それが2022年までに30カ国となり、まもなくスウェーデン、フィンランドを加えて32カ国となろうとしている。新たに加わった国は、それぞれどのような認識と論理でNATO加盟を目指したのかを各国の専門家に解説していただいたのが、第Ⅴ部である。またこの部では、ロシア・ウクライナ戦争勃発後でも、NATO加盟とは一線を画すスイス、オーストリア、アイルランドなど中立国の認識と論理をも扱う。
NATOの機能の拡大や構成国の拡大は、基本的に「欧州大西洋地域は安定しており通常戦力による脅威を受けていない」(2010年のNATO戦略概念)という国際環境のなかで行われた。しかし2014年のクリミア併合以降、ウクライナ危機がはじまり、やがて2022年2月にロシアによる全面侵攻にいたった。古典的と言ってもいいような通常戦力による戦争である。このロシア・ウクライナ戦争にNATOは「かつてないほどの結束」(バイデン大統領)を示しているとされているが、それでは加盟各国においては、いったいどのような議論が展開され、いかなる対応がなされているのか、これを各国の専門家に解説していただいたのが第Ⅵ部である。
またロシア・ウクライナ戦争は、NATOそのもののあり方にも強い影響を与えた。NATOの戦略や戦力が変更を余儀なくされたのである。とりわけロシア、ウクライナに隣接する加盟国は、NATOによる集団防衛の一層の保証を求めた。その結果、NATOは2022年の新しい戦略概念で、ロシアを正式に脅威として認定するとともに、防衛態勢の強化を誓約した。このように、戦争が及ぼしたNATOの集団防衛態勢の見直しを中心に扱ったのが第Ⅶ部である。
最後の第Ⅷ部は日本とNATOの関係に焦点を当てた。日本とNATOの協力関係は、2001年の「9・11」同時多発テロ以降、グローバルなテロへの対処という形で本格的にはじまった。危機管理における国際協力である。しかしロシア・ウクライナ戦争は、ルールに基づく秩序を武力で破り、現状を変更しようとする国と民主主義国との戦いでもある。中国を念頭に、自由で開かれたインド太平洋を重視する日本にとって、NATO協力の重要性の次元は、テロ対処より一段上がったことになる。岸田文雄総理が2022年6月に日本の総理として初めてマドリードでのNATO首脳会議に出席したのは、その象徴であった。この部では、NATOとの協力が、日本の安全保障のみならず、広くインド太平洋の安全保障にどのような意味を持つのかを扱う。
近年、日本とNATOの関係が制度的にも深まりつつあるのは、たとえばNATO本部に陸上自衛官がパートナー国幕僚として派遣されたり、NATO国防大学に自衛官が留学したりすることからもわかるだろう。さらに2018年には、ベルギーのブリュッセルにNATO日本政府代表部が設置された。こうした経緯を踏まえ、NATO本部に派遣されている陸上自衛官と、NATO国防大学留学後にNATOとの連絡官を兼務している在ベルギー防衛駐在官(航空自衛官)に、それぞれコラムでNATO本部での仕事ぶりやNATO国防大学での学びについて語っていただいたのも、本書のささやかな特徴である。
以上に加えて、本書は付録資料として、巻頭に、拡大NATOの地図、NATO機構図、ヨーロッパの地域機構図、NATOの任務一覧と略語表を配した。さらに巻末には、NATO・ヨーロッパ安全保障を知るための日本語文献リストのほか、北大西洋条約、歴代NATO主要幹部の一覧とNATO・ヨーロッパ安全保障主要年表を収録した。ぜひ積極的に活用していただければ幸いである。

本書は第Ⅰ部から通読していただく必要はまったくなく、むしろ読者の興味と関心にあわせて、あちこち飛ばしながら読んでいただきたいと思っている。そのためどの章も、独立した内容を持った構成となっている。本書の執筆陣は、それぞれの分野の第一線の専門家であり、日本におけるNATO関係の研究者をほぼ網羅していると自負している。
ロシア・ウクライナ戦争と今後のヨーロッパ秩序に深く関わりのあるNATOについて、本書を通してより多くの方が理解を深めていただければ、執筆者一同、これ以上の喜びはない。最後に、本書の企画を立ち上げてくださったのみならず、編集作業をも取り仕切ってくださった明石書店代表取締役社長の大江道雅氏、編集実務において、迅速かつ的確な作業をしてくださった兼子千亜紀氏の、並々ならぬ情熱と支援に深く感謝申し上げたい。

2023年2月 まもなく2年目に突入する戦争を前に
編著者 広瀬佳一

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著者略歴

  1. 広瀬 佳一(ひろせ・よしかず)

    筑波大学大学院社会科学研究科満期退学(法学博士)、在オーストリア日本大使館政務班専門調査員、山梨学院大学法学部助教授を経て、現在、防衛大学校人文社会科学群国際関係学科教授。
    専門分野:ヨーロッパ安全保障、ヨーロッパ国際政治史
    主な著作:『ユーラシアの紛争と平和』(共編著、明石書店、2008年)、『冷戦後のNATO―“ハイブリッド同盟”への挑戦』(共編著、ミネルヴァ書房、2012年)、『現代ヨーロッパの安全保障―ポスト2014:パワーバランスの構図を読む』(編著、ミネルヴァ書房、2019年)、『よくわかる国際政治』(共編著、ミネルヴァ書房、2021年)、「NATO創設70年―錯綜するヨーロッパ加盟国の思惑」(『世界』2019年6月号、岩波書店)、「NATOの変貌とエスカレーション・リスク」(『世界』〔臨時増刊ウクライナ侵略戦争〕岩波書店、2022年4月)。

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