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ハイランドドレス(『スコットランドを知るための65章』より)★ラグビーワールドカップ2019日本大会出場国特集★

ハイランドドレス ~さまざまな着こなしができるキルトの魅力~

「あ、スカートおじさんだ!」と父親に抱かれた男の子が叫んだ。1965年のこの時、銀座通りは見物客であふれ、眼前ではスコットランドのアーガイル・アンド・サザーランド連隊の勇壮な軍楽隊がバグパイプを吹き鳴らして延々の大行進中であった。初めて見るキルト姿の大集団に圧倒されていた群衆から、くすっと笑い声が漏れるや笑みの波紋は広がって、あたりはすっかり愉快な気分に包まれた。英国のビスケット会社の日本上陸作戦で、さらに海軍のマリンバンド、ハイランドダンサーからヘビー競技者まで含む大部隊が、この行進を皮切りに武道館でのショウ、豊島園でのハイランド・ゲームズと一気にスコットランド満開であった。

第1次世界大戦のころ、ヨーロッパ戦線では、砲弾が炸裂しても砂煙が薄れてくると、その中から影のようにスコットランド兵がキルトを翻し、バグパイプを吹き鳴らしながら姿を現すので、地獄からの「女」と恐れられたと聞く。スコットランド兵は勇猛果敢で知られ、彼らの軍服は戦場でもキルトだ。スコットランド人のキルトへの愛着はすごい。往年の名ハイランドダンサー、ボビー・ワトソンが話してくれたことがある。明治の初め、日本から数名の武士が訪英した際新聞で、日本の侍は女性用の長いスカートを着ている、とからかいの対象になったという。しかしあれはキルト同様に男性専用の袴という誇り高きものであって、断じて女が着るスカートなどではない。彼らの無念さがわかるのは僕らスコティッシュだけ、と。

初期のキルトは大きな一枚の布を体に巻きつけただけのものだった。簡単に体験できるので試してみてはどうであろう。ベルトを床に置きその上に3〜4メートルほどのW幅のタータンを横長に広げる。ベルトの左端は布の左端に合わせ、布のミミと平行に手前からキルト丈(ウエストから膝の皿中央)ほど中へ。布は左右に50〜60センチずつ残して中央部分50センチほどにひだを深くびっしりとたたみこむ。出来上がったら、ひだの上にあおむけに寝て、左右の布を着物同様、右から先に体前に巻きつけ、ベルトで固定する。立つと上部はロングスカート状に、床にたれるが、これを左右に八の字に巻き込んで後ろへまわし、ひとつにまとめて、右手が使い易いように左肩に大きなブローチで留め、あとは自然に肩から背に流す。

女性の場合はベルト位置で、昔風にロングスカートにも、ショートでも思いのまま。ウエストから上の部分は、男女とも肩掛けにも頭からかぶってマントにも、部屋着ならそのままに。これを上下二つに分けたのが、イングランド人だったというのが面白い。自営の鉄工所で働く職人の安全のためという合理的な理由だが、スコットランド人なら切り離せたであろうか。

[写真1]スコティッシュ・カントリーダンス。右側の男性はモントローズ・タブレット。左の後ろ向き男性はプリンス・チャーリー・コーティー。

現代も冠婚葬祭によく見られる男性服の正装は、圧倒的に黒のプリンス・チャーリー・コーティー(写真1)だ。漆黒のジャケットと襟付きのチョッキには大小の四角い装飾的な銀ボタンが美しく並ぶ。黒または白の蝶ちょうネクタイに自分の氏族タータンのキルト、ホーズと呼ばれる膝下までの靴下も揃そろいのタータン柄。上部で折り返されたホーズはガーターで留められ、飾りのフラッシュが折り返しの脇を飾る。右側にはスケン・ドゥーと呼ばれる装飾が付いた短剣が差し込まれる。むろん実用も兼ねる。腰に留めて前に下げるスポーランも、正装用は美しい毛皮や銀の装飾で華やか。時にはプレィドと呼ばれるキルトと同じタータンの肩掛けを肩ベルトに挟んでブローチで肩に留めることもある。かつての大キルトがウエストから切り離され、小キルトとプレィドに分かれた時の名残である。

正装のジャケットには、胸元にジャボ、手首にカフス、どちらもレース飾りをあしらい、キルトベルトできりりとウエスト丈にまとめた華やかなモントローズ(写真1)もあり、こちらは黒の他に濃緑、濃紺、濃赤なども。いずれにしても男性はピーコック、対する女性は自然、白・黒・赤かパステルカラーの無地のイブニングドレスにタータン・サッシュを肩に留めたシンプルなスタイルになる。

サッシュは幅30センチ長さ2.5メートルほどの薄手ウールのタータンが主流だが、もっと幅が広く丈の短いものや絹製もある。着け方は一ヵ所を肩に留め、斜めに流して腰に留めるか後ろに流すスタイルが基本で、色々な工夫がされており、流行の変化もみられる。

[写真2]女性の正装は、イブニングドレスにタータン・サッシュ。

男性の日常着は、アーガイル・ジャケット。背広より、丈が10センチほど短く、ツイードなどの荒い無地の毛織地で、ボタンは鹿の角製、暗いグリーンやモスグリーンが好まれる。滑らかな黒地ウールのものは、白のホーズと合わせれば略礼装用にもなる。取り合わせるスポーラン、ホーズなどを場にふさわしいものにすることで用途が広がる。

肝心のキルトだが、裾幅8メートルを後ろ側だけひだとして畳み込み、左を上に巻きスカート状に体前で重ねて着るように、体にぴったりと仕上げてある。安物の土産品は別として、これがすべて手縫い仕上げだからなおすごい。愛着が湧くはずだ。ごく厚手の軍隊のキルトなどは、女性には片手で持ち上げるのさえ大変で、女性のスカートなどとはまったくの別物である。

女性用には、スタイルの基本はまったく同じスカートがある。薄手のタータンを使い、裾幅もぐっと短く3メートルほどで、浅いひだを取る。膝丈のキルトスカートや、足首まで隠すマキシキルトがあり、こちらは共布のサッシュをあしらえば正装として通用する。

もっと民族服らしい雰囲気が感じられるのは、ハイランドダンサーのコスチューム(写真3)だ。ナショナル・ダンス用のアボインドレスはギャザーがたっぷり入ったタータンのスカート、膨らんだ袖を持つ真っ白なブラウス、黒や紺赤などのビロードのベストが胴を締め、一方をブローチで肩に、他方を腰に留めたサッシュが背に風を受けて華やかに膨らむ。このスカートを足首が隠れる長さに仕立てたものは、舞踏会の正装としてもよく見かける。

[写真3]アボインドレスで踊るハイランドダンサー。

ずっと昔の民族服をダンス用に考案した、胸の前が紐で編み上げてあるジャンパースカートは、前が円を描いて左右に分かれ、下に重ねた純白のワンピースのスカート部分が豊かに覗いて、実に愛らしい。私はこれを昔風にロング丈に仕上げて、カナダのスコティッシュ仮装舞踏会に参加したことがある。その昔英国からのスコットランド独立をめざして旗揚げし、戦いに敗れたプリンス・チャーリーを命がけで救ったフローラ・マクドナルドという触れ込みであった。が、なんと、仮装大賞を得てしまったのだ。スコットランド人の自国の文化に対する愛着の深さと真のインターナショナリズムが発揚された一場面であった。 (岡田昌子)

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著者略歴

  1. 岡田 昌子(おかだ・まさこ)

    ロイヤル・スコティッシュカントリーダンス協会公認教師、イラストレーター、絵本作家。
    主な著書:『Costume of Scotland』(フォークロア・インスティテュート、1977年、1999年改訂)、『イギリス文化事典』(共著、丸善出版、2014年)、『スコットランド文化事典』(共著、原書房、2006年)

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