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「津久井やまゆり園事件」が問いかけるもの ――元職員の被告接見録にもとづく検証

裁判から何が見えるか(その2)

2016年7月に起こった「津久井やまゆり園事件」が問いかけるものはあまりに大きく重い。優生思想、「生産性」をめぐる議論など、われわれの社会を根底から揺さぶるこの事件の思想的課題について、被告との面会記録を踏まえて検証していく。


第14回 裁判から何が見えるか(その2)

1.犯行当時の被告の足取り

 2016年7月25日0時20分頃、相模川の河川敷で友人3人でポケモンGOをして遊んでいた。大麻をタバコ状に巻き、回して吸っていた。「大麻やカジノが合法化されるといいね」と話していたという。突然、植松本人は「今日は具合が悪いから帰る」といって足早に車で走り去った。マクドナルド城山店の駐車場に車を止めた。車はホンダのシビック。ナンバープレートは1001である。この数字は「新たな門出」という意味があり、10月1日までに決行する予定であったという。予定が早まったのは、貯金残高が少なくなり、ドナルド・トランプが11月には大統領になり、迷惑をかけると思ったからだ。車が店の駐車場に放置されていたので店長が津久井署に通報することになった。鍵をつけたまま車をマクドナルド城山店の駐車所に放置し、ヒッチハイクで移動。三ヶ木のバス停留所で始発まで待った。25日早朝、電車で新宿駅へ向かいコンビニでノートを購入。漫画喫茶で自分の考えをまとめた。後の「新日本秩序」と称する構想を練り上げていたのだ。漫画喫茶では3時間くらい仮眠をしたが、母親から連絡があり、25日昼ごろ津久井警察署に車を取りに戻る。その後、ホームセンターでハンマー・結束バンド・ガムテープを購入し、今度は車で新宿へと向かう。25日17時57分から26日午前0時頃、南青山一丁目コインパーキングに車を駐車。この時バンパーをぶつける。
 25日20時45分頃、被告の大学時代にフットサルサークルで知り合った後輩友人女性と代々木駅で待ち合わせ。一緒にタクシーで歌舞伎町の焼肉店へ向かう。元々は、27日の約束だったが、早めるようにこの朝、LINEでメッセージを送った。約束を前倒しにした理由を聞くと「時が来たんだよ」と語ったという。女性が「広告代理店に勤めていることから、今は出版業界も厳しくて、本も売れない」と言うと、「まじで、本を書いているので出版業界の人に渡してほしい」などと返答した。その後、25日の23時頃、歌舞伎町のホテルにてデリヘル嬢を呼ぶ。植松本人の太ももには《ゲゲゲの鬼太郎》のタトゥーがあったので、彼女が笑うと、「そうなんですよ」と言って笑っていたという。26日午前0時頃、コンビニで封筒と切手を購入しホテルをチェックアウト。自分の考えをまとめたものを出版社に送る。26日0時26分、歌舞伎町からタクシーで南青山1丁目へ向かい、止めてあった自分の車に乗り換えて走らせる。
 26日午前1時33分、中央道相模湖東出口で下車し、壊れたバンパーを確認する。その後、やまゆり園近くの民家前に車を止める。地域の住民は次のように証言した。「物を引きずる大きな音がして、家の前に車が止まっていた。防犯カメラで確認すると1人の男が外れた車のバンパーを手で持ち上げるなどして直してしていた。男は車に戻り、袋を持ってやまゆり園の方に立ち去った。地元でよくみる車で『ぶつけたのかな』と思い、手伝ってあげようと外に出たら本人が戻ってきた。『大丈夫ですか』と話しかけると、『大丈夫です。やまゆり園の人間です』と答えた。午前2時半頃、大きな音で車が立ち去るのが聞こえた。園の方に歩いていくと、結束バンドが100本くらい落ちていた。車があった場所には、雨粒くらいの血痕も落ちていた」。
 「世界が平和になりますように」というフェイスブックの投稿は、ドナルド・トランプを意識したものだった。「赤いネクタイつけてドナルドっぽい」。「障害者を殺せばトランプが『いいね!』を押してくれる」と考えていたという証言もある。美帆さんを刺した際に傷ついた「小指」をコンビニで洗い、エクレアやたばこを買い、午前3時05分に津久井警察署に出頭した。
 初公判時には右手の「小指」を口元にもっていく仕草をして取り押さえられ、翌日拘置所で「小指」の第一関節を完全に噛み切ったが、「小指」には美帆さんの「呪い」がかけられていたのかもしれない。

2.友人の供述調書

 第7回公判では、友人の供述調書が読み上げられた。この友人は、植松被告の1歳下の後輩で運送の仕事をしている。この供述調書には2016年3月以降、植松被告が障害者を殺害すると話したという話や、前日の7月25日未明、植松被告と大麻を使用した時の言動、脱法ハーブ、大麻使用状況が記されている。また、2016年2月頃、植松本人から総理へ手紙を出す相談を受けたことや、殺害方法などについても記されている。警察官が聴取したのは、2016年7月30日である。この友人は、植松被告が使用した携帯の発着信履歴から発覚したものである。

 俺は、地元でオーシマグループという大麻を吸うグループに入っていた。サトくん(植松聖のニックネーム)は、相模湖グループという相模原にある別のグループによく通っていた。クラブ内でもお互い目立つ存在になった。クラブで会えば互いに話もした。サトくんと話すようになったのも、平成28年(2016年)から2年ぐらい前、平成26年(2014年)夏頃だと思います。何度か話してると、脱法ハーブや大麻をしていることや、同じトレーニングジムに通ってる話も出て、平成27年(2015年)1月頃から2人でよく遊ぶようになった。サトくんの性格は、明るく後輩の自分に対しても物腰の低い良い先輩の印象です。
 障害者への言動は、知り合って間もない頃、サトくんと車に乗ってる時、一度、身体障害者を見かけた時のことである。「あ、シンタイだね」と、サトくん。全く興味を示さなかった。ところが昨年(2015年)夏頃から、意思疎通ができない人について「死んだ方がいい。安楽死させた方がいい」と言うようになった。年末ぐらいから「殺す」と言うようになった。犯行計画は平成27年(2015年)年末頃から「障害者に何億円金使われてるか知ってるか? 別のところに回せば、日本はもっとよくなる。重度障害者は人口の〇〇%いるんだ」と言うようになり、俺も話に感心して「そうなんですか。その金があれば、日本もよくなりますね」と言った。
 後日、園の障害者を殺す手紙を書こうと思うと語り、「殺す」「抹殺」「瞬殺」「どれがいいかな?」と聞かれたので、「抹殺なんて言葉、狂気感じますね」と言った。俺もサトくんも、妄想話をするのが好きなので、あくまで仮定の話として言った。その頃、相模湖グループの人から「サトくん、まじでヤバイから、気をつけたほうがいいよ」と言われたが、俺自身は、妄想話だと思ってたんで気にしてなかった。
 退院してから、「俺は金持ちになる。本を書く。意思疎通できない障害者を抹殺する話の上下巻を予定している。11月にトランプが大統領になれば、日本では非難されるかもしれないけど、世界では賞賛されるみたいだ」と、言っていた。「テレビによく映るように整形した。決行したら必ず自首する。できれば、町田あたりで、事前にチラシを配りたい」と言っていた。GWごろ、「いけるなら100、最低でも50は殺そうと思うと思ってる」。「なにで殺せばいいかな?」「アキバのときはどうしたんだっけ」。「健常者は殺したくないから、拘束したい。どうすればいいかな」と言った。俺はその頃、人生に嫌気がさしてる時期で、サトくんの話は度を過ぎてるとは思ったが、妄想話だと思ってたので、俺は「そうなれば革命的ですね。やっぱ、ナイフとか包丁で殺せばいいんじゃないですか」と答えた。
 その後、2人の携帯のオークションサイトで、刃物を調べた。どちらの携帯か忘れたが、ランボーで出てくるような、刃先が曲がってギザギザになったものをみつけ、これなんかいいじゃないですかとなったが、値段が4万、8万など高額なものしかなかった。サトくんに「人間切ると脂で刃先が壊れるので侍は刺すと聞いたことがある。4本ぐらい。ドンキにありますよ。刺すなら首がいいですよ。神経が集中しているそうです」と言った。次に、健常者の拘束については、俺は「以前、不良にラチられたときに、右と左手の親指を結束バンドでしばられたことあって、あれマジで身動きとれないですよ」と言った。サトくんは「そうか」と言っていた。こうしたやりとりは計10回ぐらいしていると思うが、どの話を何回目にしたか覚えてない。
 その後「11月にはトランプが大統領になるから10月までにはやりたい」。「自分で全て殺すから協力してほしい。早ければ早いほどいいけど、お前が協力してくれるなら、10月まで待ってもいい。拘束するだけでいい。捕まっても『何も知らない、見てただけだ』といえばいい。10億円入るはずだから、折半でもいい。なんなら7:3でも8:2でもいい。俺は金のためにやるんじゃないから」と言われた。計4~5回ぐらい誘われたと思う。その後「俺には2人の協力がいる。1人は後輩、もう1人の奴ももうすぐ落ちそう」と言っていると聞いた。その「後輩」が俺のことか、他の人のことかは分からない。
 今までは「妄想」と思い、話につきあっていたが、サトくんがあまりに現実的なので怖くなり、できるだけ話を逸らすため、違う話をするようになった。例えば、サトくんが「10月」と定めていたので、敢えてその先の話を、「11月になったら、バーベキューに行きましょうよ。旅行、行きましょうよ」と誘ったが、サトくんは「ああ」といった返事。6月下旬、サトくんの車中で、威圧的に「協力しろ」と言われたことがある。俺は、「やばいっす。ムリっす」と断った。すると急に態度が変わり、不機嫌になった。その後も襲撃話はしていたが、俺に協力する話はしなくなった。
 7月24日午後7時28分、俺はサトくんに「大麻が手に入ったので一緒に」と電話した。サトくんは「その話、待ってました」と、かなりノリノリだった。午後11時04分にもう一度電話。待ち合わせ場所と、友人の〇〇が一緒に行くことを伝えた。相模川近くで待ち合わせ、サトくんが吸ってると、急にサトくんは走り出し、車に戻った。日付が変わり、午前2時51分頃、「今日は効き過ぎたんで、このまま家に帰るね」と。俺はコンビニに商品配送する仕事をしていて、職場が八王子方面で京王相模線めじろ台近辺である。猛スピードで横切るホンダシビックを見かけた。昨日の行動が気になって午後4時1分にサトくんに電話した。「昨日は大丈夫だったんですか? めじろ台にいましたよね」と言うと、慌てたように「なんで知ってるんだ?」と。「見かけたので、生きてるんだと」と言ったら、「そうか。生きてたよ」と。これがサトくんとの最後の会話である。次の7月26日ニュースでやまゆり事件を知った。サトくんの手紙の方法、手口、俺と話した内容のものだったのでびっくりした。

3.精神鑑定から浮かびあがった人物像

 2016年の事件発生当初、公開された数々の被告写真や映像を見ると、とても正常な人間が起こした事件とは思えない。被告は、事件発生以前からツイッターなどで刺青やクラブでの写真などを公開していた。「世界が平和になりますように」という文言は、最後の投稿である。現在ではアカウントは削除されているが、いわゆる《ヤンキー文化》のなかで育ったのだ。友人の証言によれば、当時、オーシマグループと相模湖グループという大麻を吸うグループがあったという。植松本人は相模湖グループであったが、クラブで会えば互いに話もするし、よく遊んでいたという。ツイッターやフェイスブック、インスタグラムなどを駆使し、世界情勢など情報を摂取するとともに、社会に対して発信している。裁判では紹介されなかったが、「ドレの深夜食堂」で知られる動画配信サイト「アフリカTV」もその一つであった。ここでは、公判の鑑定人尋問から浮かびあがった人物像について紹介することにしたい。
 植松聖(うえまつ・さとし)は、父が小学校図工教師、母が漫画家という温かい家庭環境で育った。兄弟はいない。出生時、新生児黄疸で、血液交換治療をしたが特に後遺症はなく、発育発達に遅れはなかった。素直で手がかからない子だった。小学生の頃は勉強は中の下。明るく人なつっこく、目立ちたがり屋でもあった。クラスに自閉症の子がいたが、普通に接していた。小学生の時、「障害者は不幸をつくる」という作文を書いたが、担任の先生からはコメントはなかったという。
 中学生の頃は勉強は中の下。バスケ部に所属。中3から友人に誘われ飲酒や喫煙、万引きを時々していた。いわゆる「不良」と呼ばれる友人との交友があった。思春期には親に反抗して物を壊したり、壁を殴って穴を空けることもあったり、教師に反発して教室の窓ガラスを割ることもあった。
 高校は、面白そうだと言う理由で調理科に進学。勉強は中の下くらい。バスケ部に所属した。高校2年生の時にバスケ部員を殴り1か月停学になったが、夏休みと被っており特段影響はなかった。女性と交際したり、バイトをしたり、バイクを乗り回したり、学生生活を楽しんでいた。
 父が小学校の先生だったこともあり、「先生になりたい」と言い、AO入試で大学では教育学部に進んだ。しかし勉強には熱心に励まず、飲み会中心のサークルに所属していた。大学2年生のころ、脱法ハーブに手を付ける。週数回吸引。大学3年頃、刺青を入れた。他方で学童保育のバイトや障害者施設で教育実習をした。しかし採用試験は受けなかった。自意識過剰でナルシストで、他人の意見を聞かないといった面が見られ、その一方で気遣いができる人なのではないか、という評価もあった。
 卒業後は、「楽そう」と考え運送会社に就職。自販機に飲み物を補充する仕事をしたが、わずか8か月で退職している。彫師をめざして師匠の許可なく勝手に客をとったこともあったという。当時は違法ではなかった脱法ハーブを使い、後に「脳が壊れた」ので大麻を吸うようになったという。社会人になってからは、街でけんかをすることもあった。車の運転で暴走したり、赤信号無視したり交通違反で捕まることもあった。この頃から金儲けの意識に目覚め、「出会い系」で知り合った女性をアダルトビデオに出演させようとしたことがあった。
 その後は知人から「楽だよ」と聞き、やまゆり園に2012年、就職した。当初は「障害者はかわいい」と話していたが、働く意義を見失いはじめ「給料のために働いている」と思うようになった。1人暮らしを始め、時間に余裕ができたことと、親の目がなかったこともあり、クラブに行ったり、出会い系アプリで出会った女性と交際するなどした。大麻を使うようになったのは23歳の頃である。一方で「自宅に盗聴器をしかけられている」という被害妄想的な発言もするようになった。この頃から職場での仕事が雑になった。私生活でも信号無視をしたり、殴り合いのけんかをする。イルミナティカードにはまった他、美容整形をしたり、髪を金髪に染めたりしたのだ。

4.イルミナティカードの暗示

 衆議院議長宛ての手紙の衝撃的な内容については知られているが、イルミナティカードの複写が入っていたことはあまり知られていない。イルミナティは、フリーメーソン系の団体である。ドイツのバイエルンで18世紀後半に結成され、ごく短期間活動をした。近年では、ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』や『天使と悪魔』でも話題になった。イルミナティカードは、1982年に発売されたスティーブ・ジャクソン・ゲームズ社が開発したものである。このゲームのカードに描かれたイラストが、後の重大事件を予言しているとして「都市伝説」で話題になっている。被告人質問では、13013という数字が出たが、圧縮するとBOB、すなわち、「伝説の指導者」であるボブに由来する。カードと事件との関係はあるのだろうか、それともないのであろうか。第8回の被告人質問では、この点について被告人の弁護士が質問をした。

被告人弁護士 イルミナティカードはどうやってみつけましたか?
被告 ネットやテレビ番組で見ました。
―― どんなことが書かれていましたか?
被告 なるほどと思うような真実ばかり書かれています。例えば、コマーシャルに出ている俳優の足下には大金が置かれているとか、ケチャップは野菜だというふうに言っていました。大切な要求をするときには拳銃を突きつけたほうがいいと。
―― 他には?
被告 日本が滅びると書いてありました。
―― いつ滅びると?
被告 今年滅びると思います。
―― どういう形で?
被告 首都直下型地震など、いろんな問題が起きると思います。
―― ここは横浜ですが、何か横浜については書いてありましたか?
被告 横浜には原子爆弾が落ちる、と。
―― それはいつですか?
被告 2020年の6月7日か9月7日です。
―― それはイルミナティカードに書いてあったのですか?
被告 それは『闇金ウシジマくん』に書いてありました。
―― 実際に起きたことでイルミナティカードに書いてあったことはありますか?
被告 9・11、ビットコイン、トランプ大統領、世界情勢のことが書かれていました。
―― 他には?
被告 3・11とか。
―― イルミナティカードに植松さんのことはありましたか?
被告 ありません。
―― あなたが書いたノートに5つの数字が書いてありましたが、覚えていますか?
被告 はい、13013です。
―― それはどういう意味ですか?
被告 わかりませんが、聖なる数字と伺っています。
―― その数字は何を示すのですか?
被告 わかりません。
―― イルミナティカードに書かれてあることで、あなたは何を思いましたか?
被告 日本はヤバイと思いました。
―― それを誰かに話しましたか?
被告 周りの友人です。
―― 日本が滅びたら大変ですか?
被告 はい。
―― そのために何かしようとしましたか?
被告 社会に貢献しようと思いました。
―― それは今回の事件とつながりがあるのですか?
被告 はい。
―― 社会に貢献するために重度障害者を殺したと。
被告 はい。
―― 先ほど、友人に話したといいましたね。友人の反応は?
被告 信じてくれる方と、信じてくれない方がいました。
―― その割合は?
被告 人生がうまくいっている人はあまり興味なかったかもしれません。
―― うまくいっているとは?
被告 充実している人です。
―― あなたが思う充実とは?
被告 社会的地位や金銭的な面でしっかり働いている方です。
―― お金持ちの方とか人生がうまくいっているということですか?
被告 はい、そうです
―― イルミナティカードについて友達に話をしたとき、友達は何か言っていましたか?
被告 「すごいね、そういうのがあるんだね」と話していました。
―― 友達には自分のことをどんな言葉で表しましたか?
被告 「伝説の指導者」と、ネットには書いてあったのでそう言いました。
―― 「伝説の指導者」にあなたがなれるかもしれないと。
被告 そうです。
―― 他には?
被告 ありません。
―― 自分が世の中を変える話は友達にしましたか?
被告 したと思います。
―― 具体的には?
被告 重度障害者を殺すと話しました。
―― 何人ぐらいに話しましたか?
被告 50人ぐらいです。
―― 賛成する人、反対する人はいましたか?
被告 はい。
―― その割合は?
被告 半分以上の方に同意してもらったと思います。
―― どういう台詞で同意したんですか?
被告 私はよく冗談を言うのですが、一番笑いがとれたと思います。
―― それはあなたが冗談を言っていると思ったのではないですか?
被告 それが真実だと思ってくれたんだと思います。
―― 例えば、友達はどんなことを言っていましたか?
被告 「悪いけど、悪いことじゃないね」と言ってました。
―― 「日本が滅びる」という話は、措置入院の前からしていたのですか?
被告 前からだったと思います。
―― その後もしていたのですか。
被告 はい。
―― どっちが多いですか?
被告 後の方が多かったと思います。
―― 「社会を変える」何か別な表現を使ったことはありますか?
被告 革命を起こす、と。
―― 革命を起こすこと自体について友達は何か言っていましたか。
被告 驚いていました。
―― 革命が成功すると思いましたか。
被告 わかりません。

(第8回被告人質問より抜粋)

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著者略歴

  1. 西角 純志

    1965年山口県生まれ。専修大学講師(社会思想史)。津久井やまゆり園には2001年~05年に勤務し、事件の犠牲者19人のうち7人の生活支援を担当した。被告とは、2017年9月以降、手紙のやりとりをし、これまで10回以上接見している。著書に『移動する理論――ルカーチの思想』(御茶の水書房、2011年)、『開けられたパンドラの箱』(共著、創出版、2018年)などがある。

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