大麻合法化の社会(『現代カナダを知るための60章【第2版】より)
カナダが世界で2番目に娯楽目的での大麻使用の合法化に踏み切ったのは、今を去ること約2年半前。世界を驚かせたその選択の背景に何があったのでしょうか。新刊『現代カナダを知るための60章【第2版】』(飯野正子、竹中豊総監修/日本カナダ学会編、2021年3月)から、単なる規制緩和というわけではないカナダ流の「大麻合法化」の思想と目的を考察する1章をご紹介します。
注 この文章はカナダの大麻政策を解説したものであり、日本人がカナダにおいて娯楽目的での大麻の所持・使用等の行為を行うことを推奨していません。これらの行為の結果読者が法的不利益を被ったとしても、著者および明石書店は一切の責任を負いません。カナダで日本人が大麻を所持・使用した場合の法的問題についての付記が末尾にありますので、必ずお読みください。
大麻合法化の社会 ~2018年大麻法の壮大な実験~
2018年10月17日、カナダでは、大麻法が施行され、一定の条件のもと、娯楽用大麻使用が合法化された。医療用大麻については、これを合法とする国や地域も少なくないが、娯楽用についてまで合法化したのは、ウルグアイについで2カ国目であり、このカナダの新政策は、日本を含む多くの国から、驚きと関心をもって迎えられることになった。そこで、本章では、カナダがどうしてこのような政策採用に踏み切ったのかを考えてみたい。
最初に、今回、一体何が解禁されたのかを確認しておく。カナダでは、1923年に大麻が規制薬物に指定されて以来、原則として、栽培も使用も禁止されてきた。例外は、きわめて限定的な実験栽培(1961年以降)、産業利用のための商業栽培(1998年以降)、医療目的での使用(2001年以降)であった。これに対して、2018年の大麻法により、次の事柄が非犯罪化された。ただし、同法には様々な条件や例外があり、さらに州に委ねられている点については州ごとの相違もあるので、以下は、個別具体的行為について、合法違法の判断基準を示すものではないことに注意されたい。
所持 | 原則として、18歳以上の者は、乾燥大麻を30グラムまで所持できる。また12歳以上18歳未満の者は、同5グラムまでを所持できる。 |
頒布 | 原則として、18歳以上の者は、乾燥大麻を30グラムまで18歳以上の者に対して頒布できる。12歳以上18歳未満の者は、同5グラムまでを頒布できる。誰でも、発芽又は開花していない大麻草を4株以下頒布できる。 |
販売 | 許可のある販売のみ合法。 |
輸出入 | 許可のある輸出入のみ合法。 |
製造 | 原則として、大麻の合成や有機溶剤を用いた精製等は違法。 |
栽培 | 18歳以上の者は、原則として、自宅で1家族4株以下の大麻草を栽培できる。 |
さらに、大麻法は、禁止事項を規定する形式をとっているが、使用自体については禁止規定がないことから、結果として、合法的に所持している大麻を使用することについては、娯楽目的を含めて合法ということになる。
ただし、ここで注意すべきは、同法は、大麻規制を全廃したものではなく、むしろ、法定条件外の大麻取り扱いについては、厳格な刑事罰をもって臨んでいるということである。たとえば、18歳未満への大麻販売は最高懲役14年をもって処罰される。このことは、同法が、(a)青少年の大麻へのアクセスを制限することによって、その健康を守ること、(b)若者その他の人が大麻使用に誘引されるのを防ぐこと、(c)合法に製造された大麻を供給することによって大麻に関連する違法な活動を減らすこと、(d)適正な制裁と法執行により大麻に関連する違法な活動を抑止すること、(e)大麻に関連する犯罪裁判制度の負荷を軽減すること、(f)品質管理された大麻へのアクセスを提供すること、(g)大麻使用による健康リスクの周知を図ること、の7点を目的としていること(7条)の帰結である。
しかし大麻法が、これまでほぼ全面規制してきた娯楽目的での大麻使用を認め、その供給についても、免許制での規制を加える方向へ大転換したことも、また事実である。ここでは、その背景と理由として、3つの点を指摘しておきたい。
第1は、従来、法規制と実態の乖離がきわめて大きく、新たな実効性のある制度が必要とされたことである。カナダ統計局は、2015年の大麻経済を62億カナダドルと推計したが、違法分の推計には困難があることを認めている。ジャスティン・トルドー首相は、大麻法が上院で可決された際に、自らツイッターに「子どもたちが大麻を手に入れ、犯罪者が大麻で儲けるのが、これまで簡単すぎた。我々は、今日それを変える」と書き込んだが、これは、法と実態の乖離を端的に表現すると同時に、法による第一次的な保護対象を子どもたちに絞り込み、より強力な規制へ転換することをよく示している。
第2は、既に大麻使用を認めることに寛容な世論環境が醸成されていたことである。1960年代のアメリカ合衆国に生まれたカウンターカルチャーとしてのヒッピー文化は、カナダにも大きな影響を与え、若者層を中心に大麻や幻覚剤LSDを用いることが広まっていったが、これは、後の若者層から中間層への使用の広まりと、大麻の嗜好品化の土壌となった。さらに、2001年に解禁された医療目的大麻の使用は、当初、自家栽培品かカナダ保健省からの入手品に限られていたが、2013年の制度改革は商業的栽培品購入を可能とし、一気に合法医療用大麻使用者が拡大した。カナダ統計局によれば、2016年9月の合法使用者はほぼ10万人に達しており、大麻供給量が増えれば、さらに拡大する潜在ニーズがあると考えられた。実際、合違法を問わず、一度でも大麻を使用したことのある人は、2015年に450万人を超えていた(表参照)。こうしたことを背景として、2016年2月29日に『グローブ・アンド・メイル』紙が発表した1000人を対象とする世論調査では、大麻の合法化を支持する者(ある程度支持するを含む)が68%にも達した。
2001年 | 2008年 | 2013年 | 2014年 | 2015年 | 2016年 | 2017年 | 2018年 | |
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出典:Statistics Canada. Table 36-10-0597-01 Prevalence of cannabis consumption in Canadaの一部抜粋を筆者が翻訳した。 | ||||||||
使用者全体 | 3,075,339 | 3,553,704 | 4,191,011 | 4,364,163 | 4,540,920 | 4,701,240 | 4,876,544 | 5,034,949 |
1度だけ使用 | 190,060 | 206,116 | 222,189 | 227,067 | 232,077 | 239,289 | 247,482 | 255,731 |
月1回未満 | 1,098,997 | 1,283,183 | 1,531,688 | 1,598,718 | 1,667,111 | 1,726,717 | 1,791,548 | 1,849,851 |
月1~3回 | 569,917 | 643,760 | 742,683 | 770,126 | 798,179 | 825,856 | 856,465 | 884,165 |
週1回以上 (毎日使用を除く) |
796,961 | 923,743 | 1,099,418 | 1,147,064 | 1,195,701 | 1,238,598 | 1,285,402 | 1,327,026 |
毎日 | 419,403 | 496,901 | 595,033 | 621,188 | 647,853 | 670,780 | 695,647 | 718,176 |
第3に、裁判所も、大麻使用規制には、憲法上の問題が含まれると指摘していたことも重要である。たとえば、2003年のオンタリオ控訴裁判所R. v. J. P.判決は、当時の医療用大麻へのアクセス規制が、医療用大麻使用をきわめて困難としている以上、元々の薬物等規制法が違憲となると判断している。同年にカナダ最高裁ではR. v. Malmo-Levine事件およびR. v. Caine事件で、非医療目的の大麻所持禁止自体の合憲性が争われた。判決は6人の裁判官の多数により合憲判断となったが、3人の裁判官は、刑事制裁を伴う規制について、立法に求められる基本的正義の要件に抵触すると認め、違憲を判示している。類似の事件では、2011年にオンタリオ州上位裁判所が、実際に違憲と判断した(R. v. Mernagh判決)。さらに、2015年にはカナダ最高裁がR. v. Smith判決で、医療用大麻使用許可を受けた患者への大麻取り扱い規制が違憲であるとの判断を示すに至っている。
これらの判決は、決して、積極的に大麻を使うことを唱道するものではないが、政府が規制を加えるには、正当な理由が必要であり、また、規制手段が均衡のとれたものであることを要求することで、大麻規制のあり方に制限を加え、また大麻使用に寛容な世論を助長した。
以上からすると、カナダの娯楽用大麻合法化は、全く新たな政策導入というよりも、既存のカナダ社会の価値観と事実を追認しつつ、青少年保護に注力する環境を整備したものとみることが適切なように思われる。とすると、この大麻法という壮大な実験の成否は、青少年を大麻から遠ざけることに成功したかという点にかかっている。是非、継続的に注視したい。
(佐藤信行)
Webあかし掲載にあたっての付記 ~カナダにおける大麻の娯楽目的使用合法化と日本人~
上記(『現代カナダを知るための60章【第2版】』第26章)で紹介したように、カナダでは、娯楽目的での大麻使用も合法化されている。他方で日本においては、免許を受けた大麻取扱者を除き、大麻の所持、栽培、譲り受け、譲り渡しが禁止されており(大麻取締法3条1項)、これらを行うと、犯罪として処罰されることになっている(同法24条から27条)。
すると、日本人がカナダにおいて大麻を所持し、使用することは、どのような法的問題を引き起こすのであろうか。
まず、巷間「そもそも日本法は、大麻使用を禁じていないから、カナダでの使用も問題ない」という主張も見られるが、これは筋違いな議論である。確かに大麻取締法は、大麻の所持を禁止する一方で使用自体を禁じていないが、これは大麻草という植物の性質に由来しており、使用は問題ないという趣旨ではない。実は、大麻の規制根拠成分テトラヒドロカンナビノール(THC)は、樹液に多く含まれ、成熟した茎や種子には「ほとんど」含まれていない。そこで、法は「大麻」の定義から「大麻草の成熟した茎及びその製品(樹脂を除く。)並びに大麻草の種子及びその製品」を除いており、これらは「しめ縄」や七味唐辛子の「麻の実」など広く使われている。ただこれらにも微量のTHCが含まれることがあり、結果的にTHCを摂取してしまう可能性もあることから、念のために「使用自体を犯罪とすることはせず、THCが多く含まれる部分の所持という前段階で犯罪とする」という法政策が採用されているのである。
そこで、日本人がカナダで大麻を所持することが、日本の大麻取締法違反として処罰されうるかが問題となるが、見解は2つに分かれている。第1の見解は、法24条の2第1項が「大麻を、みだりに、所持し……た者は、5年以下の懲役に処する」としており、大麻の娯楽目的使用を認めているカナダでの所持は「みだりに」とはいえないから、日本法で処罰できないとする。第2の見解は、この「みだりに」とは、免許を受けた大麻取扱者が正当な目的で所持することを除くという意味であり、海外であれば許されるとはいえないので、帰国後になお処罰されうるとする。
いずれの見解が正しいかは、最終的には、裁判所の判決により確定することになるが、これまでのところ警察等の法執行機関は、第2の見解を支持する立場を示している。そこで、日本人のカナダにおける大麻所持については、大麻取締法の解釈自体を裁判所で争うためにあえて行うという覚悟なくして、安易に行うべきではないといえよう。
(佐藤信行)