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エリア・スタディーズ 試し読み

ロシアのウクライナ侵攻に対するスロヴァキアの対応(『スロヴァキアを知るための64章』より)

今年の秋に通算200巻となったエリア・スタディーズ・シリーズ。その次なる歩みとなった201巻目は『スロヴァキアを知るための64章』です。2009年刊行の『チェコとスロヴァキアを知るための56章』から「チェコ」と「スロヴァキア」が分かれ、別々の書籍として刊行されることになりました。

スロヴァキアはポーランドやウクライナなど様々な国と接し、地域によって生活が大きく異なります。村や小都市では民俗文化が花開き、現在でも古き良き文化が色濃く残っておりますが、その中でも昨今のウクライナ情勢の中でスロヴァキアはどのような支援・対策を行っているのか、現地の状況を克明に記録している章をご紹介します。

 

ロシアのウクライナ侵攻に対するスロヴァキアの対応~隣国に対する最大限の支援

2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻は、ウクライナの隣国スロヴァキアにとって、自国の安全保障にも関わる深刻な出来事として受け止められている。本稿執筆時も、戦争の行方を予測することは困難な状況であるが、スロヴァキアは小国ながら多数のウクライナ避難民を受け入れ、人道面でも軍事面でもウクライナ支援を積極的に展開し、ウクライナは侵略者ロシアに対して勝利すべき、という立場を明確に示している。

ウクライナ国境に開設された避難民支援センター

(2022年、東スロヴァキアのヴィシネー・ニェメツケー村、筆者撮影)

 

2022年2月24日の開戦直後から、スロヴァキア国境には多数のウクライナ避難民が殺到した。国境付近に設置された支援センターでは、食事、衣服、医療サービス、主要都市への移動手段が提供された。同時に、スロヴァキアに避難したウクライナ人を対象に一時保護の措置が導入され、これにより複雑で時間のかかる難民申請手続を経ることなく、スロヴァキア国内での居住、労働、生活保障などが迅速に認可された。一時保護の付与件数は2023年4月時点で11万人を超えており、スロヴァキアは人口の約2%に相当する避難民を受け入れた計算になる(なお、避難民を最も多く受け入れたポーランドの付与件数は同年2月時点で99万人を超えている。人口比で約2.6%)。スロヴァキアは、ウクライナ国内で避難生活を送る人々に対しても人道支援物資を提供しており、その総額は戦争開始後1年間で900万ユーロ以上(約13億円)に達した。

ウクライナ国境に開設された避難民支援センター(2022年、東スロヴァキアのウブリャ村、筆者撮影)

 

スロヴァキアはウクライナへの軍事支援にも尽力している。ヘゲル内閣(当時、中道右派)は、侵攻開始の2日後に弾薬や燃料の提供を閣議決定し、その後もウクライナのニーズに合わせ、防空ミサイルS-300、歩兵戦闘車BVP-1、戦闘機ミグ29などの、スロヴァキアが保有する旧ソ連製兵器を供与した。これらの兵器は旧式であるものの、旧ソ連製兵器の取り扱いに習熟しているウクライナ軍が、即戦力として利用できる点でメリットがある。また、スロヴァキア軍が発注していた新型の国産自走式榴弾砲ズザナ2を、ウクライナに優先的に売却した他、スロヴァキア国内の工場でウクライナの軍装備品を修理している。
スロヴァキアの国防能力強化も喫緊の課題となり、チェコ、ドイツ、アメリカ、オランダ、ポーランド、スロヴェニアの軍隊から構成されるNATO軍部隊の、スロヴァキア駐留が決定された。外国の軍隊がスロヴァキアに配備されるのは、ソ連軍のチェコスロヴァキア駐留(1968~1991年)以来のことである。アメリカやドイツなどは、ウクライナに対する軍事支援の見返りとして、スロヴァキアの国防能力を補填しており、防空ミサイル・パトリオットを貸与し、戦車レオパルト2と攻撃ヘリコプター・ヴァイパーをスロヴァキアに提供した。スロヴァキアは2004年のNATO加盟以降、旧ソ連製兵器からの脱却に取り組んでいるが、今回の戦争は軍装備品の脱ロシア化が急速に進む契機となった。
脱ロシア化はエネルギー分野でも模索されている。スロヴァキアは、2021年の時点で、天然ガスの85%、原油の100%、核燃料の100%をロシアに依存していたが、「ロシアはもはや信頼できるビジネス・パートナーではない」として、エネルギー供給源の多様化に踏み切る方針を示した。しかし、エネルギーの脱ロシア化は一朝一夕に実現できる問題ではない。天然ガスについては、ノルウェーなどから液化天然ガス(LNG)の輸入を部分的に開始したものの、原油と核燃料は現時点でロシアに依存し続けている。世界屈指の原発大国であるスロヴァキア(総発電量に占める原子力発電の割合は50%を超えている)は、ロシア型加圧水型原子炉VVER-440を利用しているが、ロシアへの依存度を軽減するために、今後はアメリカ企業製の核燃料も調達する予定である。

これらのスロヴァキア政府の対応は、基本的にEUとNATOの方針に沿ったものであるが、ウクライナ支援に向けた強い意志は、他のEU・NATO加盟国と比較しても際立っている。スロヴァキアは、EU内で合意される前から、ウクライナ避難民に一時保護の地位を付与し、ウクライナをEU加盟候補国にすることをEU首脳会合で最初に提案し、防空システムや戦闘機をウクライナに引き渡した最初の国となり、フランスに次いで2番目に、戦争犯罪捜査に協力するための専門家チームをウクライナに派遣した。ロシアのウクライナ侵攻に対するスロヴァキア政府の認識は、政治指導者の発言の中で端的に示されている。侵攻が始まってから1か月半後にキーウを訪問したヘゲル首相(当時)は、「ウクライナは自国のみならず世界の民主主義のために戦っており、スロヴァキアは歴史の正しい側につくべきである。ウクライナが敗北すれば、次はスロヴァキアが標的になるかもしれない。隣国ウクライナが独立を保ち繁栄した国になることは、スロヴァキアの国益である」と繰り返し訴えている。同じく開戦3か月後にキーウを訪問したチャプトヴァー大統領は、ウクライナ最高議会で行った演説の中で、スロヴァキアの歴史とウクライナの現状を重ね合わせ、1938~39年のヒトラーに対する融和政策と第一次チェコスロヴァキア解体は、第二次世界大戦の勃発を防ぐことができなかったと指摘し、国際社会はウクライナを見捨てるべきではないと主張した。

ウクライナ支援集会(2022年、ブラチスラヴァ、筆者撮影)

 

ただし、スロヴァキア国民全体がウクライナ支援のために一丸となっているわけではない。2022年9月に行われた世論調査によれば、「ウクライナの勝利によって戦争が終結することを望む」と回答した人の割合は47%であったが、「ロシアの勝利によって戦争が終結することを望む」と回答した人の割合も19%に上った。スロヴァキアはロシアに対して親近感を抱く人が比較的多い国であるが、その理由として、ロシアによるプロパガンダの浸透、アメリカ中心主義に対する反感、西欧のリベラルな価値観に対する反発など、様々な要因が背景にあると指摘されている。ヘゲル首相が率いていた連立政権は、積極的にウクライナを支援するという点では各政党の意見が一致していたが、内政面での内部対立が絶えず、政権運営をめぐる混乱が続き、支持率を大きく落としていった。2022年12月には国会でヘゲル内閣に対する不信任案が可決され、2023年9月末に解散総選挙を実施することが決まった。(追記)同選挙では、ウクライナへの軍事支援に消極的なフィツォ元首相が党首を務める「方向(Smer)」(中道左派)が勝利した。2023年10月に首相の座に返り咲いたフィツォ氏は、「ウクライナへの軍事支援は戦争を長引かせるだけだ。スロヴァキアはこの戦争に関わるべきではない」と主張しつつ、引き続きEU・NATOと協調する姿勢を示しており、今後のスロヴァキアの対ウクライナ政策は見極めが困難である。

 

(増根正悟)

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著者略歴

  1. 増根 正悟(ましね・しょうご)

    1990年生まれ。元在スロバキア日本大使館専門調査員。専門はスロヴァキアの地理、政治、経済。

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