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広く知られる国の色(『アイルランドを知るための70章【第3版】』より)★ラグビーワールドカップ2019日本大会出場国特集★

広く知られる国の色 〜緑色〜

  緑色(green/uaine)といえば、セント・パトリックス・デイに必ず身につける色、シャムロック(クローバー)の色、アイルランド代表のサッカーやラグビーチームのユニフォームの色、郵便ポストの色、エアリンガスの飛行機の色。アイルランドはエメラルドの島と呼ばれ、緑豊かな大地が広がる。緑がアイルランドの色ということに異論を唱える人はいないだろう。

 ところが実際には、アイルランドを象徴する色が緑になったのはそれほど昔のことではない。かつてはアイルランドの色といえば「聖パトリックの青」と呼ばれる青色だった。神話に登場する高貴な女性たちは、青いローブを身につけていたといわれる。12世紀ごろからアイルランドを象徴する色として、青がさまざまな場面で正式に使われるようになった。16世紀にヘンリー8世がアイルランド王即位を宣言すると、青地に金色のハープがアイルランドの紋章として加えられた。現在でも英国の女王や皇太子の紋章に、同様のデザインが入っている。またシャムロックが飾られた聖パトリック勲章にも青色が使われている。アイルランド国内でも大統領の色は青だ。大統領の旗には青地に金色のハープが描かれている。ブライアン・ボルーのハープが国章だけに、その背景となる青色が、正統な国の色という印象を受ける。ではいったいいつ頃から、緑色が表舞台に躍り出たのだろうか。

 じつはこれにはシャムロックの存在が大きく関与している。英国によって軍服にシャムロックをつけることが禁止されたため(詳しくは『アイルランドを知るための70章【第3版】第46章を参照)、シャムロックの色である緑を身につけることが、カトリック系アイルランド人の抵抗の証だと考えられるようになった。独立運動が活発化するにつれて、アイルランドは徐々に緑色に染まっていく。自治を獲得した後には、英国らしさの象徴であった赤いポストが緑色に塗り替えられた。いまだに英国の王冠や当時の英国王の頭文字が浮き彫りになった「緑色」の郵便ポストが国内に残っているのは興味深い。聖パトリックを描いた古い絵画では、青い着衣を身につけていることが多かった。しかし今ではセント・パトリックス・デイで聖人に仮装する際には緑色の衣装が定番。彼らしい色が緑であることに誰も疑いをもたない。

[写真]アイルランドの緑色の郵便ポスト(筆者撮影)

 1937年に憲法で制定されたアイルランド共和国の国旗の色は、オレンジ、白、緑のトリコロール(三色旗)。これには深い意味がある。この国旗が共和国のシンボルとなったのは1916年のイースター蜂起で、反乱の最中にダブリンの中央郵便局に掲げられた。もともとはフランス革命に感化されたトーマス・フランシス・マーが、19世紀に青年アイルランド党の紋章として取り入れたものだった。だからフランス国旗と同じトリコロールなのだ。オレンジ色はボイン川の戦いでカトリック王ジェームズ2世を倒したオレンジ公ウィリアム(イングランド王ウィリアム3世)に由来するプロテスタント系住民、緑色はナショナリストのカトリック系住民を象徴する。オレンジ色は現在でも北アイルランドのプロテスタント系住民にとって象徴的な色。そして中間の白色は、両者の和平や調和を意味する。国旗に込められた平和への思いが感じられる。

 

[写真]アイルランドの国旗(左)。色は左からオレンジ、白、緑。(筆者撮影)

  21世紀の現在、緑は環境保護や平和をイメージさせる、世界的に好感度の高い色だといえるだろう。当時は英国支配への抵抗のなかで生まれた象徴の一つだったとはいえ、自然にあふれた牧歌的なアイルランドと結びついた国の色として、緑色の勢いは止まりそうもない。(山下理恵子)

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著者略歴

  1. 山下理恵子

    成城大学他非常勤講師。ライター、翻訳業。言語文化博士号取得。
    主な著作に『アイリッシュ・ダンスへの招待』(共著、音楽之友社、2002)、『アイルランド─パブとギネスと音楽と』(共著、トラベルジャーナル、1998)、『アイルランドでダンスに夢中』(東京書籍、1998)、訳書に『アンディ・サマーズ自伝─ポリス全調書』(ブルース・インターアクションズ、2007)など。

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