ミルクボーイのネタがウケた理由 〔日向柚香〕
学生記事の第1弾は「M-1グランプリ」についてである。年末に開催される漫才の大会で、この優勝者には一気に注目が集まり、翌年の大活躍が約束される。もはや年中行事とさえいえる一大メディア・イベントだ。
「お笑い」も学生には人気の研究テーマなのだが、それをいかに分析的に見るかという方法論は確立されているとは言い難い。今回、この難題にチャレンジしてくれた日向柚香さんがとった方法は「数を数えること」。実にシンプルだが、第一歩としてこれをやってみることで、「単なる印象」を超えた「新たな気づき」が得られるのだ。(岡本健)
ミルクボーイのネタがウケた理由
日向柚香
M-1グランプリの審査基準は「とにかくおもしろい漫才」ということだけである。この抽象的で曖昧な審査基準は、M-1グランプリに出場するすべての漫才師たちを苦しめているのではないかと思う。「おもしろい」というのは感覚的なものであり、はっきりしない。人によっておもしろいと感じるものは違うだろうし、どうすれば他人をおもしろいと感じさせることができるのかを考えることは手がかりも手応えもなく、想像するだけで気が遠くなる。
2019年のエントリー数は過去最高の5040組だった。優勝候補と言われていたコンビや、決勝進出経験者の多くが準決勝で敗退し、9組中7組が決勝戦初出場という大波乱が起きた。そんな中、優勝を果たしたミルクボーイは決勝で過去最高得点をたたき出した。こんなにもウケたのには何かしらの理由があるのではないだろうか。
ボケの駒場(左)とツッコミの内海(右)のコンビ「ミルクボーイ」=イラスト作成:シ竜
漫才は、賢い者と愚かな者の二役で成り立っていることは周知の通りである[1]。たしかに漫才において、ボケが明らかに間違っているおかしなことを言い、ツッコミが正しく指摘するというのは定型と言えるだろう。そこで、ミルクボーイのネタにも、それが当てはまるのかを検討し、なぜウケたのかを考えてみたい。
下の表は、2019年のM-1グランプリ[2]で決勝進出者が決勝ファーストラウンドで披露したネタを分析し、まとめたものである。「文字数」では、漫才のネタをすべて文字に書き起こし、カウントした。さらに、ボケの人のセリフとツッコミの人のセリフをそれぞれ数え、ボケとツッコミの割合を示している。つまり、ボケの人がツッコミらしいセリフを言ったときもボケ、ツッコミの人がボケらしいセリフを言ったときもツッコミとしてカウントしている。
「笑いの数」における分析は、少人数でも笑いが起こった際、ボケが言ったセリフによって笑いが起きたときはボケとしてカウントし、ツッコミがあって初めて笑いが起こったり、ツッコミの人のセリフによって笑いが起きたと考えられるときはツッコミとしてカウントした。大まかな目安として、セリフそのものの意味や内容ではなく、言い方によって笑いが起きたと考えられる場合は「言い方」、漫才師が動きを入れており、その動作がなければ笑いが起こっていないと考えられるものを「動作」としてカウントしている。
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点数 (順位) |
文字数 (ボケ:ツッコミ) |
笑いの数 (ボケ,ツッコミ,言い方,動作) |
ミルクボーイ |
681 (1) |
1823 (3:7) |
30 (2,28,0,0) |
かまいたち |
660 (2) |
1800 (5:5) |
45 (27,15,3,0) |
ぺこぱ |
654 (3) |
1315 (2:8) |
33 (3,24,4,2) |
和牛 |
652 (4) |
2254 (5:5) |
36 (6,25,1,4) |
見取り図 |
649 (5) |
1861 (3:7) |
40 (8,27,1,4) |
からし蓮根 |
639 (6) |
1520 (2:8) |
38 (6,25,0,9) |
オズワルド |
638 (7) |
1804 (5:5) |
28 (3,22,1,2) |
すゑひろがりず |
637 (8) |
865 (5:5) |
28 (4,8,14,2) |
インディアンス |
632 (9) |
1830 (7:3) |
24 (16,4,1,4) |
ニューヨーク |
616 (10) |
1591 (5:5) |
36 (12,13,8,2) |
表をご覧いただきたい。優勝したミルクボーイに注目してみると、文字数は4番目に多いが、笑いの数は7番目であり、あまり多くはないことが分かる。また、文字数に関しては、10組中5組がボケとツッコミの割合が5:5である中、ミルクボーイは3:7でツッコミの方が多い。さらに笑いの数に関しても、ボケによる笑いが2回であるのに対してツッコミによる笑いは28回と圧倒的だ。
笑いの数自体は少なかったが、ツッコミによる笑いの数だけをみると10組の中で一番多い。そしてもう一つ特徴的なのが、どのコンビも漫才中のセリフの言い方または動作によって一度は笑いを取っている。しかしミルクボーイは10組の中で唯一、言い方による笑いも動作による笑いも表中のカウントは0である。つまり、ミルクボーイは漫才の内容だけで笑いを起こしていると言える。
分析結果から、ミルクボーイの特徴はツッコミにあるのではないかと予想できる。そこで、ミルクボーイの台本に注目したい。
まずボケの駒場が「おかんが好きな朝ごはんがあるらしいんやけどその名前を忘れたらしい」と持ち掛け、ツッコミの内海が「おかんの好きな朝ご飯ちょっと一緒に考えてあげるからどんな特徴言ってたかっていうのを教えてみて」と提案することによって話が始まる。以下はその後のやりとりである。
駒場「甘くてカリカリしてて牛乳とかかけて食べるやつやって言うねんな」
内海「コーンフレークやないかい。その特徴はもう完全にコーンフレークやないか」
駒場「コーンフレークなー」
内海「すぐわかったよこんなんもう」
ここで、駒場が明らかにコーンフレークの特徴を挙げている。しかしこのあと、本当にそれがコーンフレークなのかそうではないのかという議論になっていく。
駒場「でもちょっとわからへんねんなー」
内海「何がわからへんのよ」
駒場「俺もコーンフレークと思ってんけどな」
内海「いやそうやろう」
駒場「おかんが言うには死ぬ前の最後のご飯もそれでいいって言うねんなあ」
内海「あー、ほなコーンフレークと違うかー」
内海「人生の最後がコーンフレークでいいわけないもんね」
駒場「そやろ」
内海「コーンフレークはね、まだ寿命に余裕があるから食べてられるのよあれ」
駒場「そうやんなあ」
内海「コーンフレーク側もね、最後のご飯に任命されたら荷が重いよーあれ」
駒場「そやねんそやねん」
内海「コーンフレークってそういうもんやから」
内海「ほなコーンフレークちゃうがなそれ」
内海「もうちょっと詳しく教えてくれる?」
このように、次はコーンフレークではないような特徴を挙げる。おもしろいのが、ここでただコーンフレークとかけ離れた特徴を挙げているのではなく、逆説的な特徴を挙げ、いわゆる「あるある」とは正反対の「ないない」になっているところである。手軽に食べられるコーンフレークの特徴を、死ぬ前の最後のごはんという一度しか食べられない重大なものによって真逆から言い表している。そのため、そのあとの「ほなコーンフレークと違うかー」で大きな笑いを生む。
そしてこの後はずっと駒場が「あるある」と「ないない」を交互に挙げていき、内海がツッコんでいく。ツッコミの内海がたたみかけるように「あるある」を言っており、ツッコミによる笑いが多くなっている。
また、この漫才の形もミルクボーイがウケた理由ではないかと考えられる。例えば先述したネタの部分は、一般的な漫才だと次のように言い換えることが可能だ。
駒場「死ぬ前の最後のご飯はコーンフレークがいい!」
内海「なんでやねん!」
内海「人生の最後がコーンフレークでいいわけないやろ!」
駒場「そうか」
内海「コーンフレークはまだ寿命に余裕があるから食べてられるねん!」
駒場「そうかなあ」
内海「コーンフレーク側も、最後のご飯に任命されたら荷が重いわ!」
こうすると、ボケとツッコミが明確になり見慣れた漫才に近づく。普通の漫才なら「死ぬ前のご飯はコーンフレークがいい」というボケに対して「なんでやねん」や「そんなわけないやろ」などとストレートに否定するツッコミをするため、ボケ自体で笑わせる。
一方ミルクボーイの漫才では、そのあとの「まだ寿命に余裕があるから食べてられる」「最後のご飯に任命されたら荷が重い」などのツッコミによって笑わせようとしている。そのため最初に「なんでやねん」と否定するツッコミをしてしまうと、そのあとボケていないのにツッコミをたたみかける形となり、不自然に感じられる。
つまり彼らの漫才は、ボケが愚かな者でありツッコミが賢い者であるという従来の典型的な漫才の形に当てはまらず、「おかんの好きな朝食を一緒に考える」という新しい形をとっているため、おもしろさが増し自然にツッコミで多く笑いを生んでいる。
そしてそのツッコミが予想外の角度からのツッコミだったり、共感を得られるものだったり、言葉選びが秀逸だったりするため、一つ一つの笑いが大きく、大爆笑を生んでいる。さらにこのような新しい構成をとることによって今まで見たことのないような新鮮さを生んでいる。
このように、ミルクボーイの漫才は漫才の内容だけで笑いを起こす伝統的なしゃべくり漫才でありながら、今までになかった新しい形で漫才をしており、馴染みやすさと新鮮さを兼ね備えた漫才であることが分かった。
また、テーマを変えると違うネタとして応用することができるのも、この漫才の強みの一つだ。新型コロナウイルス感染症の拡大防止動画ではミルクボーイが「手洗い」をテーマに漫才を披露している。ネタの構成をうまく利用することで、ミルクボーイらしさを失うことなく、感染症拡大防止という目的に合った漫才になっている。このように、ミルクボーイは臨機応変に対応できる独自のネタを武器に、さまざまなメディアや領域で活躍している。
さらに、独自のネタを編み出しているのはミルクボーイだけではない。他の決勝進出者をみても、今までになかったようなタイプの漫才やそれぞれの良さや持ち味を活かしており、漫才の種類が多様化してきている。そして視聴者も、変化を受け入れ、新しいものを求めている。これから先も、「もっとおもしろい漫才」を目指して、さまざまな創意工夫がなされていくだろう。
[1] 相羽秋夫『漫才入門百科』弘文出版、2001年。
[2] 2019年12月22日にABCテレビ・テレビ朝日系列全国ネットで放送された。
【参考文献】
相羽秋夫『漫才入門百科』弘文出版、2001年
井山弘幸『お笑い進化論』青弓社、2005年
須田泰成『笑論』バジリコ、2008年
広瀬和生『21世紀落語史』光文社、2020年
山中伊知郎『「お笑いタレント化」社会』祥伝社、2008年
ラリー遠田『教養としての平成お笑い史』ディスカヴァー・トゥエンティワン、2019年