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変わるアカデミー賞選考基準(『現代アメリカ社会を知るための63章【2020年代】』より)

いわゆる世界三大映画祭(カンヌ、ベネチア、ベルリン)と並び、非常に大きな影響力をもつアメリカのアカデミー賞。アカデミー会員構成や受賞状況の人種・性別・年齢的な偏りや保守性が長らく批判されてきた側面もあり、特に2017年、ハリウッド映画プロデューサーによるセクハラ・性的暴行に対する多数の女優や映画関係者の告発は、後に世界に波及した#MeToo運動が急速に盛り上がるきっかけになりました。アカデミー賞・アメリカ映画をめぐる諸問題は、多民族・多文化社会アメリカの姿と切っても切れない関係にあるようです。アメリカの今後を見通す上で外せない63テーマを集成した新刊『現代アメリカ社会を知るための63章【2020年代】』(2021年9月)より、そんなアカデミー賞のこれまでとこれからをご紹介します。

変わるアカデミー賞選考基準 ~ステレオタイプから多様性へ~

映画芸術科学アカデミー(AMPAS)は、映画における技術と科学の発展を目的として、ハリウッド映画業界人により1927年に創立された。現在、ビバリーヒルズ市およびロサンゼルス市ハリウッドを拠点にさまざまな活動を展開するが、なかでもよく知られるのは、アカデミー賞の授与であろう。受賞者に贈られる小像の名をとってオスカーの別名でも親しまれる同賞は、カンヌ、ベネチア、ベルリンの国際映画祭において、その年の審査員が受賞作を選ぶのと異なり、投票資格を持つ会員(終身制)の投票で決まる。

AMPASの会員(2020年現在、約9000名)になるには、かつてオスカー候補であったか、または会員2名に推薦されることが必須条件である。会員の人種や性別、年齢は明かさない伝統であったが、12年、ロサンゼルス・タイムズ紙が、約6000名の会員(当時)のうち白人94%、男性77%であり、平均年齢は62歳であるとスクープした。この報道で多様性の欠如を指摘されたAMPASは、翌13年には坂本龍一(1988年に『ラストエンペラー』で作曲賞受賞)を含む非白人を会員に迎えたが、高齢の白人男性が多い傾向が解消されるには至らなかった。

アカデミー賞といえば、国民的な人気を誇る映画賞というイメージがある。その一方、AMPASは保守的で作品も監督も俳優も、白人男性好みのものばかりを選び、一般人の意識とかけ離れているとの批判があることも否定できない。こうしたAMPASの意識の「ずれ」は、黒人俳優が受賞する際に繰り返しクローズアップされてきた。

黒人ではじめてオスカー俳優となったのは、『風と共に去りぬ』(1939年)のハッティ・マクダニエル(助演女優賞)であったが、奴隷であることに満足している「陽気な乳母(マミー)」のステレオタイプそのものを演じたとして、一部の評論家や黒人新聞などからは非難の声が上がった。マクダニエルに対するAMPASの処遇も、授賞式で白人受賞者との同席を認めないなど、差別的であった。批判の声は現在まで続いており、2020年には動画配信サービスHBOMaxがブラック・ライブズ・マター(BLM)運動《第32章「ブラック・ライブズ・マター(BLM)運動」参照》の隆盛を受けて作品の配信を停止、後にシカゴ大学教授ジャクリーン・スチュワート(映画研究専門)による解説付きで再開するというできごとがあった。

黒人男優初のオスカー受賞者は、ディズニー映画『南部の唄』(1946年)に主演したジェームズ・バスケットであったが、主演男優賞ではなく特別賞(現・名誉賞)を与えられて終わった。彼もまた、白人に尽くす実直な奴隷または召使い「アンクル・トム」のステレオタイプを演じたとして、非難された。批判への配慮から、86年まで販売していた映像ソフトは、同年以降販売を自粛中である。さらにBLM運動の高まりを受けて、この作品をテーマとしたディズニーランドのアトラクション、スプラッシュマウンテンはテーマを別作品(ディズニー映画初となる黒人プリンセスの活躍を描いた『プリンセスと魔法のキス』)に切り替えると発表した。

その後も、ステレオタイプの黒人キャラクターを演じてのオスカー受賞は続く。たとえば『野のユリ』(1963年)でアンクル・トム的な好青年を演じたシドニー・ポワチエ(黒人初の主演男優賞)、『トレーニングデイ』(2001年)で暴力漢を演じたデンゼル・ワシントン(主演男優賞)、『チョコレート』(01年)で性的に放逸な混血女性を演じたハル・ベリー(黒人初の主演女優賞)、『プレシャス』(09年)で福祉に依存するシングル・マザーを演じたモニーク(助演女優賞)などである。「黒人俳優はステレオタイプでオスカーを取りに行く」というAMPASの負の伝統は、不動のものに思われた。

2010年代に入ると、AMPASは内部改革を推進していく。13年、シェリル・ブーン・アイザックスが黒人初の会長に就任し、約5年の在任期間中、非白人および女性会員の増加に向けまい進した。ボーラム・チャトウによると16年には会員の92%が白人、75%が男性だったが、翌17年には非白人41%、女性46%と大きく変化した。さらに20年までの4年間で、投票権を持つ会員は2000人以上増え、これに伴い非白人と女性の割合も増加した。

一方、2015年から2年続けてノミネート俳優20名すべてが白人だったことは、大規模な抗議行動を引き起こし、AMPASに改革を迫る大きな流れを形成していく。ツイッターに#OscarsSoWhite(オスカーは白人だらけ)が作られるとたちまち拡散し、スパイク・リー監督ら映画関係者による16年授賞式のボイコットにまで発展した。さらに17年には映画プロデューサーのハーベイ・ワインスタインが多数の女優にセクハラと性的暴行で訴えられ、実刑判決を受けてAMPASを追放された。これらの事件は、AMPASの保守的な牙城が崩れ始めたことを明示する。業界内の差別問題を暴き、権威を根底から覆したのは、#MeToo運動から「タイムズ・アップ」運動に至るSNSの草の根パワーであった《第37章「#MeToo運動」参照》。

この大きな流れは、オスカー受賞者の多様さとなって結実していく。2017年には監督、脚本、主要人物のすべてが黒人の『ムーンライト』が、作品賞を含む3部門で受賞。20年には韓国人監督ポン・ジュノの『パラサイト』が、作品賞を含む4部門受賞を達成した。さらに同年9月、AMPASは24年からの作品賞選考において、非白人や女性、LGBTQといったマイノリティが一定数以上出演していることなどを必須条件とする新基準をホームページ上で発表した。

こうしたAMPASの進化は、新タイプの作品の登場とヒット作の番狂わせにより「変わらざるを得ない状況」に直面したからとも言える。『ドリーム』(2016年)、『ブラックパンサー』『クレイジー・リッチ!』(いずれも18年)など、主要人物の大部分が非白人という映画が次々とヒットし、白人ヒーローもの常勝説は覆された。一方、配信サービス会社ネットフリックスやアマゾン・スタジオなどが映画製作に進出し、オスカー候補作品を輩出するようになったのである。「いかにも」AMPAS好みの作品ではオスカーを勝ち取れない時代が到来しつつある。

『クレイジー・リッチ!』の主演俳優はすべてアジア系だった。
(MTV International, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons

現在までにAMPASの不均衡がすべて是正されたわけではないものの、2021年には黒人俳優6名がオスカーにノミネート(うち1名が受賞)、長く女性を冷遇してきた監督賞は中国人女性クロエ・ジャオが獲得、という現象も起きている。また同年9月開館のアカデミー映画博物館は、前述のマクダニエルへの差別待遇や女性候補の少なさなどAMPASの「負の歴史」に注目する常設展示を予定している。他方、20年ベルリン国際映画祭は、今後「俳優賞」として性別を問わず選考すると発表。21年英アカデミー賞では監督ノミネート枠を増やし、史上初となる4名の女性が候補に上がった。同年のカンヌ映画祭では、前述のリー監督が黒人初の審査員長に選ばれるなど、世界的にも映画賞の選考は公正さと多様性に向け変化しつつある。AMPASのさらなる公正な舵取りが期待される。

(赤尾千波)

◆参考資料
赤尾千波『アメリカ映画に見る黒人ステレオタイプ―『国民の創生』から『アバター』まで』富山大学出版会、2015年
生田綾「アカデミー賞、作品賞の新基準を発表 『主要な役にアジアや黒人などの俳優』『女性やLGBTQ、障がいを持つスタッフ起用』など」『ハフポスト日本版』2020年9月9日
Chattoo, Borum. "Oscars So White: Gender, Racial, and Ethnic Diversity and Social Issues in U.S. Documentary Films (2008–2017)."

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著者略歴

  1. 赤尾千波(あかお・ちなみ)

    富山大学人文学部教授。専攻・専門:アメリカ文学、アメリカ文化研究。主要著作:『アメリカ映画に見る黒人ステレオタイプ――「国民の創生」から「アバター」まで』(単著、富山大学出版会(梧桐書院発売)、2015年)、「最新アメリカ映画に見るマイノリティ像の多様化――ディズニー実写版『美女と野獣』から『ドリーム』までの4 作品をめぐって」(単著、富山大学人文学部編『人文知のカレイドスコープ』〈富山大学人文学部叢書1〉、桂書房、2018年、96~106 頁) 、『アメリカ文化事典』(共著、丸善出版、2018 年)、「ビッチに突きつけるヒューストン・プライド――DJスクリューからビヨンセに至るチョップ&スクリューの伝統」(共著、『黒人研究』83号、2014年)。

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