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アメリカの中学生と核について考えてみた

社会正義と核の授業~シカゴ公立学校で教える意味

 前回は実際に授業を担当したローラ・グラックマンが、生徒たちと共に学ぶ中で、「命の尊厳に基づく社会のあり方を考える」という大きな課題の中に、核に関する学習をどのように位置づけたのかを振り返りました。プロジェクトの3年目についてお話しする前に、こうした意欲的で実験的な取り組みが行われたシカゴ公立学校、ナショナル・ティーチャーズ・アカデミー(NTA)について、その背景と、この学校でティーチ・ニュークリア・ヒストリー・プロジェクト(TEAACH Nuclear History Project)をおこなった意義について説明したいと思います。

 

アメリカの公立教育システムと構造的人種差別

この連載の第1回でも少し触れましたが、アメリカの公立教育システムは、その前提にある社会の構造的人種差別の影響を強く受けています。非常に大まかに言えば、ニューヨーク、ロサンジェルス、シカゴなどの都市部の公立学校は、一部を除き、人種的には黒人やヒスパニックなどの非白人、経済的には低所得層の生徒が集中しています。一方で都市部から数十キロ離れた郊外の公立学校には、中・上流階級の白人が集まりやすい傾向があります。これは人種による居住地の分断と、アメリカの公立学校の資金調達の仕組みという2つの大きな要因があります。

まず都市部と郊外部の人種集中の差は、1930年代以降に政府や銀行が行った住宅ローン差別「レッドライニング」の結果です。黒人家庭はローンを断られ都市部の特定地域に住むように制限される一方で、白人家庭は郊外に家を購入することが奨励されました。また1950年代以後の人種統合政策に反発した白人家庭が都市部を離れ、郊外に移り住む「ホワイト・フライト」という現象も起こりました[1]

こうして低所得でマイノリティが多い都市部と、裕福な白人が多い郊外という状況ができた上に、公立学校の資金調達の仕組みが問題をさらに深刻化させています。日本のように国や都道府県が各学校に平等に資金を配分するのではなく、アメリカでは公立学校の運営は州・連邦・地方という3つの財源からなりたっています。このうち地方は各地域の固定資産税に大きく依存しています。つまり地価が高い郊外の地域は十分な資金が確保できるのに比べ、貧しい都市部では公立学校の運営資金が慢性的に不足します。特に地方財源の割合が高い州ではこの問題はさらに大きくなります。シカゴ市のあるイリノイ州では地方財源は47%と非常に高く、そのためシカゴ公立学校(Chicago Public Schools: CPS)は恒常的な資金不足に悩まされているのです[2]。資金不足は、教員の不足、スタッフの削減につながり、教えられない教科(音楽、美術など)が出てきたり、図書室が機能しなくなったりします。このため、ある程度の余裕があり、より良い教育機会を求める家庭は都市部の公立学校から離れていきます。こうして、卵が先か鶏が先かというような悪循環が生まれてしまうのです。

2024-2025年度はシカゴ公立学校に通う生徒のうち71.6%が低所得層、34.2%が黒人、47.3%がヒスパニック、11.3%が白人となっています。アジア人は4.7%です[3]。これをシカゴ市全体の人口構成(黒人28.4%、ヒスパニック29.6%、白人32.3%、アジア人7.1%)、さらには市の貧困率16.8%と比べると[4]、社会的に弱い立場にある子どもたちが公立学校に不均衡に集中している現状がお分かりいただけると思います。

 

ナショナル・ティーチャーズ・アカデミー(NTA)とはどんな学校?

TEAACHプロジェクトをおこなった、ナショナル・ティーチャーズ・アカデミー(National Teachers Academy, 以下、NTA)もそのような公立学校の1つです。2025年現在は全校生徒のうち72.2%が黒人、6.5%がヒスパニック、9.5%が白人、4.4%がアジア人、そして56.7%が低所得層ですが、特に注目していただきたいのは黒人の生徒の多さです。これはNTAという学校のなりたちと深く関わっています。

NTAは、シカゴのダウンタウンのすぐ南側に位置する「サウスループ」と呼ばれる地域にあります。ダウンタウンの南側一帯には1910年代、アメリカ南部の苛烈な人種差別から逃れるために、何十万人もの黒人が移住してきました。しかし南部ほどではなくとも、構造的人種差別はシカゴでも根深く、黒人の多くは経済的、社会的に苦しい状況にありました[5]。1950年代になるとダウンタウンの南側一帯に、公営住宅プロジェクト(略して「プロジェクト」 [“the projects”]とも呼ばれます)として、低所得層向けの高層団地が次々に建設されました。NTAは、そうしたプロジェクトの一つである「ハロルド・イッキーズ・ホーム[6]」という1000世帯以上が暮らす大規模団地の子どもたちのために、その団地の目の前に建てられた学校です。2015年頃までは、人種構成も黒人がほぼ100%、低所得層も90%以上でした。

しかし2000年代に入り、中・上流階級向けの地域再開発(ジェントリフィケーション)の波が押し寄せると、ダウンタウンに近い利便の良い地域の公営住宅は次々に取り壊され、25万人もの住民(そのほとんどは低所得層の黒人)は立ち退きを余儀なくされました[7]。イッキーズ・ホームも例外ではなく、2011年に取り壊されました。子どもたちは自分の住んでいた部屋がブルドーザーで潰されていくのをNTAの教室の窓から見ていたそうです[8]。立ち退き後市内に散り散りになってしまった元イッキーズ住民にとって、NTAは唯一残ったコミュニティの場所となりました(シカゴ市が元住民に、転居後の住所の学区に関係なくNTAに通うことができると約束をしたという話もありますが、真偽は定かではありません)。

NTAの外観

 

つまり、NTAは、白人を主流とする富裕層のダウンタウン回帰によって貧しい黒人が居場所を奪われるという痛みをコミュニティ全体として経験してきた学校なのです。だからこそNTAではキンダーガーテン[9]から、差別や人権、社会正義についての積極的な学びがおこなわれています。子どもたちは、自分たちの生きる社会を批判的に見つめ、不正義や不公正について声を上げることの大切さを学んでいるのです。

そんなNTAにさらなる困難が襲ったのは、2017年のことでした。当時のラーム・エマニュエル市長(前・駐日米国大使)のもと、NTAを閉校し、そのキャンパスを再開発によって地域に流入してきた中・上流層向けの高校に作り変えるという計画が持ち上がったのです。エマニュエル市長は、在任中の2013年、教育の効率化を名目にアメリカ史上最大規模の公立学校一斉閉校を実行し、49の公立小・中学校が閉校となりました。この一斉閉校により被害を受けたのは圧倒的に黒人の生徒たちで、自分の学校を失い強制的に転校させられた1万3646人の生徒のうち、89%が黒人、9%がヒスパニックで、白人は1%にも満たなかったのです。大変な物議を醸したこの一斉閉校から4年後、出席率・成績・学習効果のいずれも模範的であったNTAを閉校するという計画が持ち上がったのでした。

NTA閉校に対する抗議集会とインタビューをうけるNTAの中学生

 

優良校を閉校するというこのような計画は、もしこれが白人の比率が高い学校だったなら、決して考えられなかったはずです。どのような正当化の理由を並べたとしても、NTAコミュニティにとってそれは、馴染みのある歴史が繰り返されること——再び裕福な白人によって貧しい黒人が居場所を奪われること――にほかなりませんでした。この不当な計画について、NTAは断固として戦いました(2年余りに及ぶ戦いの詳細については、マガジン9連載の「シカゴで暮らす、教える、考える[10]を参照してください)。最終的には裁判になり、2018年12月、この計画は人種差別的であるとして差し止め命令が出され、NTAは存続が決定したのでした。

わたしたちがTEAACHプロジェクトを最初に提案したNTAとはそのような学校でした。つまり、アメリカ社会における構造的差別と社会的不正義を、知識として学習するだけではなく、身をもって体験し、それに対して声を上げ勝利したコミュニティだったのです。

 

社会正義の視点から核の歴史を学ぶ

中学生に核の歴史を教えるにあたって、まず心配だったのは、生徒たちがどれだけの基礎知識を持っているかということでした。イリノイ州の中学校では第二次世界大戦期の世界史は必修ではありません。限られた時間の中でどうアプローチすればいいだろうか、どこから説明をはじめるべきなのか、はじめにわたしたちは悩みました。アジアの地理も必修ではありませんから、原爆投下を知らないどころか、そもそも日本がどこにあるのかさえわからない生徒も少なくないのです。どうすれば生徒たちに「どこか遠くの国で起きた昔のこと」としてではなく、「身近なこと」として興味をもってもらえるでしょうか。

しかしその答えは意外なほど自然に見つかりました。それはNTAの生徒たち自身の経験、そしてそれに基づく批判的思考力です。彼らの人種差別や社会的不正義に対する敏感さは、核をとりまく構造的な問題に気づく素地となっていました。たとえ細かい年号や出来事の詳細を知らなくても、核は人権に関わる問題であるという本質を彼らはすぐに見抜いたのです。 

生徒たちの批判的思考力のおかげで、わたしたちは思い描いていた核についての学習のあり方をさらに推し進めることができました。その一つの軸は、核について、ナショナルな語りの枠組みを解体することでした。たとえば、「唯一の被爆国である日本」、あるいは今年は「広島・長崎から80年」という語り方があります。原爆を投下したアメリカという国の責任は当然問われなければなりません。しかし同時に、アメリカ国内にも、核兵器開発という国家政策によって被害をこうむっている人々がいます。トリニティ実験の半径80キロ内に住んでいた多くの子どもたちを含むニューメキシコの住民たち[11]、ウラン採掘により土地や水源を汚染された人々、核兵器製造工場の労働者とその周辺住民[12]。その多くは先住民や、ヒスパニック系であり、彼らもまた、アメリカの大義のために犠牲を強いられた人々です。アメリカという「国」の中における犠牲者の歴史を知ることを通じて、核被害が広島・長崎だけではないこと、むしろ、核被害はアメリカで始まっていたこと、そしてその意味を考える機会が必要なのではないでしょうか。

核保有国による核実験は旧植民地や政治的に弱い立場に置かれている人たちの居住区域に集中しています。アメリカは第二次世界大戦終結の約1年後には核実験を再開していますが、その実験場に選ばれたのは当時、統治していたマーシャル諸島でした(マーシャル諸島は戦時中日本に統治されていたことも加害の記憶として留めておかなければなりません)。67回に及んだ核実験の威力は「12年間毎日、広島原爆級の核爆弾1.7個相当」と言われ、そのうち、キャッスル・ブラボーは広島原爆の1000倍の威力と言われています[13]。この実験で日本の漁船、第五福竜丸が危険区域外にいたにもかかわらず死の灰を浴びたことは知られていると思います。

同じく太平洋の島、フランス領タヒチもフランスにより193回の核実験が行われたところであり、1996年まで行われていた核実験により多くの住民が被ばくしたにもかかわらず、2024年にはオリンピックのサーフィン会場となりました[14]。タヒチで核実験が行われるようになったのは、1962年までフランスの植民地であったアルジェリアのサハラ砂漠で行われていた核実験を、アルジェリアの独立に伴って、別の場所に移さざるを得なくなったためです。核保有国により世界中で2000回以上行われた核実験は、このように「核で守る」という核抑止力の言説とは裏腹に、全く守られていない人たちの存在を私たちに突きつけます。彼らはもともと差別を受けていた人たちなのです。

また、ノーベル平和賞受賞スピーチで日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の田中熙巳さんが訴えたように、日本国政府による原爆犠牲者への国家補償はすすんでいません。それどころか黒い雨訴訟における認定は難航し、核兵器廃絶へ向けての核兵器禁止条約の批准もしていません。「唯一の被爆国である日本」という時、それはあたかも被ばく者の方々の体験を国として盗用し利用していることにはならないでしょうか。またこうした語りが、「被害者としての国」というイメージのみを打ち出し「加害者としての国」ではなかったかのように聞こえはしないでしょうか。そしてこの言葉が他国の数多の被ばく者との連帯を妨げることにならないでしょうか。NTAの生徒たちが示してくれたように、人権と社会正義の視点から見つめ直すことで、こうしたナショナルな枠組みに回収されることなく、核の問題についてより本質的・普遍的に考えることができるのです。

そしてもう一つ、わたしたちが目指す核についての学びの軸は、「兵器」と「平和利用」の二分法から脱却することでした。政治学者の加藤哲郎は「原子力に『軍事利用』と『平和利用』があったのではなく、『戦時利用』が冷戦期に『平時利用』に受け継がれたもの」でしかないと指摘しています[15]

「平和利用」という言葉のまやかしは、例えば長崎原爆のプルトニウムを製造したことで知られるワシントン州ハンフォード核施設内に、核兵器製造のための原子力発電所が作られたこと、あるいは、ウクライナで起きたように、核発電所が攻撃の標的になったことを考えると明らかです。また、ウラン採掘から放射性廃棄物になるまでの原子力発電に関わる一連の工程と、その過程における人的、環境被害を考えると「平和利用」の「平和」とは何を指すのか疑問を抱かざるを得ません。「原子力は地球に優しい」「原子力はクリーンでグリーンだ」という標語のもとで多くの人が犠牲を強いられている現実は、核抑止論の「核はわれわれを守ってくれる」という言葉の裏で、実際には多くの人が守られるどころか被害をこうむっていることと同じではないでしょうか。

N T Aの生徒たちは、自分たちが置かれた境遇から、こうした大きな主語「核が守ってくれる」「国が守ってくれる」といった言葉を聞いて、自動的に「守られる側」に自らを投影することはありません。むしろ、そうした言葉の裏側にある構造的差別を見抜く鋭い目を持っています。私たちが彼らから学ぶことは、こうした世間に広く蔓延する語りが誰の視点から構築され、誰を除外しているのかを分析することの大切さではないかと痛感します。

裁判所前での決起集会

 

小嶋亜維子(主筆)宮本ゆき(副筆)

 

 【注】

[1] US Department of Housing and Urban Development. “Fair Housing History in Brief.” HUD Exchange, www.hudexchange.info/programs/fair-housing/fair-housing-in-action-phas-everyday-practice/overview/fair-housing-history-in-brief/. Accessed 24 June 2025.

[2] National Center for Education Statistics. “Public School Revenue Sources.” Condition of Education, U.S. Department of Education, Institute of Education Sciences, 2024, nces.ed.gov/programs/coe/indicator/cma.

[3] “Demographics.” Chicago Public Schools. Accessed June 20, 2025. https://www.cps.edu/about/district-data/demographics/.

[4] U.S. Census Bureau quickfacts: Chicago City, Illinois. Accessed June 20, 2025. https://www.census.gov/quickfacts/chicagocityillinois.

[5] “Early Chicago: The Great Migration.” WTTW Chicago, 21 Nov. 2024, www.wttw.com/dusable-to-obama/the-great-migration; “The Great Migration.” Chicago Public Library, www.chipublib.org/the-great-migration.

[6] “Harold Ickes Homes.” Individual Development Page | Chicago Housing Authority, web.archive.org/web/20130528055553/www.thecha.org/pages/Harold_Ickes_Homes/50.php?devID=258. Accessed 23 June 2025.

[7] “Reframing the Gap: Educational Debt and the Responsibility of Socially Conscious Educators in Troubling Times, Part 2 of 3.” Performance by David Stovall, YouTube, CUSchoolofEducation, 25 Mar. 2011, https://www.youtube.com/watch?v=_UBjIepLEE0.

[8] “Prevail: The Story of the NTA Community.” YouTube, We Are NTA, 1 Dec. 2017, https://www.youtube.com/watch?v=4qNDLS81n5k.

[9] 日本の幼稚園年長にあたる年で、厳密には義務教育ではありませんが、NTAを含め、多くの学校はキンダーガーテンから教育が始まります。

[10] 小嶋亜維子「シカゴで暮らす、教える、考える」、マガジン9. https://maga9.jp/category/chicago/

[11] Tina Cordova, “What ‘Oppenheimer’ Doesn’t Tell You About the Trinity Test” The New York Times, July 30, 2023 https://www.nytimes.com/2023/07/30/opinion/international-world/oppenheimer-nuclear-bomb-cancer.html またはLesley M. M. Blume, “U.S. lawmakers move urgently to recognize survivors of the first atomic bomb test” September 21, 2021 https://www.nationalgeographic.com/history/article/lawmakers-move-urgently-to-recognize-survivors-of-the-first-atomic-bomb-test

[12] Myrriah Gómez, Nuclear Nuevo México: Colonialism and the Effects of the Nuclear Industrial Compelx on Nuevomexicanos (Tucson; AZ: The University of Arizona Press, 2022).

[13] “In Dependent Solutions” Unnatural Causes. Unnaturalcauses.org/case_studies_03_theory.php

[14] Hannah Beech, “Olympic Surfing Comes to a ‘Poisoned’ Paradise” The New York Times, July 30, 2024. https://www.nytimes.com/2024/07/30/world/olympics/olympics-tahiti-nuclear-testing.html 補償に関する記事としてThomas Statius, “French Polynesia nuclear tests: How the Atomic Energy Commission is funding a counter-narrative on contamination” Le Monde, May 27, 2025 https://www.lemonde.fr/en/france/article/2025/05/27/french-polynesia-nuclear-tests-how-the-atomic-energy-commission-is-funding-a-counter-narrative-on-contamination_6741724_7.html. および“フランス、核実験めぐり仏領ポリネシアに謝罪すべき 議会報告書”AFP BB News, 2025年6月18日, https://www.afpbb.com/articles/-/3583965

[15] 加藤哲郎『日本の社会主義:原爆反対・原発推進の論理』(岩波書店、2013)111. 太字は本稿著者によるもの。

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著者略歴

  1. 宮本ゆき(みやもと・ゆき)

    デュポール大学宗教学部倫理学教授。デュポール人文学センターセンター長。著書にBeyond the Mushroom Cloud(2011),、『なぜ原爆は悪ではないのか』(2020)、A World Otherwise (2021)。訳書に「黙殺された被曝者の声:アメリカ・ハンフォード 正義を求めて闘った原告たち(2023)。

  2. 小嶋亜維子(こじま・あいこ)

    シカゴ美術館附属美術大学(School of the Art Institute of Chicago)社会学教員。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。イリノイ州における公平な公教育の実現を目指す団体「レイズ・ユア・ハンド・フォー・イリノイ・パブリック・エデュケーション(Raise Your Hand for Illinois Public Education)」理事。現在『マガジン9』にてコラム「シカゴで暮らす、教える、考える」連載中(https://maga9.jp/category/chicago/)。

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