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マイノリティの「つながらない権利」

解決編 2.オンライン空間が鍵を握っている

 マイノリティの「つながらない権利」を実現するのに欠かせないものの一つとして、私はオンライン空間を挙げたい。昨今、差別言説の温床と認識されてもいるが、それでもたしかにオンラインに救いはある。

 ただその場にいることを許すオンライン空間

 オンライン空間は、その場にただ存在することを許す設計が可能だ。

 名乗らず(あるいは本名ではない名前を名乗り)、声も出さず、顔も出さず、ただそこにいて、その場で行われることを見聞きしている。そんな参加の形もオンライン空間にはある。

 これが対面の場であれば、即座に「あなたは誰なのか」を問われ、イベントを主催する側に姿を見られることは避けられない。頭の先から爪先まで、その場に現れたときの服装、メイク、そこで見聞きできる限りの情報を渡してしまうほかない。情報があれば、人は相手を記憶する。

 オンライン空間の匿名性を手放しに称賛するわけではない。そもそも完全な匿名ではないし、そうあるべきではない。現状でも、オンライン空間で差別言説が増幅され、蔓延している。誰か、あるいは特定のマイノリティ属性を攻撃する行動はオンライン空間であっても、罰せられるべきだ。

 しかし、オンライン空間で現実を生きる自分ではない誰かとして、ただその場にいられることは安心をもたらす。逆に言えば、自分が何者であるかを明かさねばならない状況はマイノリティを追いこむ可能性もある。

 マイノリティ性を明かさなくても、マイノリティの生存のための情報にアクセスする。その情報にアクセスしたと誰かに表明せずとも、その恩恵が受けられる。

 そんなシステムを構築するなら、オンライン空間は最適といえる。

 オンラインの距離感で生まれるもの

 オンライン空間を「冷たい」と批判する人が後を絶たない。この批判は当たっているのだけれど、そもそも、「冷たい」のは悪いことだろうか。

 よくも悪くも、オンライン空間での出会いには物理的、心理的な距離がある。他者との関係性において境界線をきっちり保ちたい人にオンラインは向いている。徹底して境界線を引くことがオンライン空間を遊ぶ秘訣ともいえるからだ。

 オンライン空間は冷たい。距離がある。それは事実だ。それがいいと私は強く思っている。

 

 画面の向こうの人とはクリック一つ、タップ一つで縁が切れる。もし何かの拍子に自身のマイノリティ性を知られて、相手が嫌な態度を取っても関係性を終わらせてしまえる。現実ではそうもいかないからこそ、マイノリティ性の開示には慎重になる。

 つまり、オンラインでなら、ある程度は関係性の取捨選択が可能になるのだ。限界はあるが、現実よりは選択肢が広がる。

 オフラインの空間でマイノリティ性を明かすと、「ケアさせられるのではないか」と身構える人もいるが、オンラインでは「へえ、そうなんだ」で終わることが多い。物理的、心理的に距離があるからだろう。

 自分のマイノリティ性は、画面の向こうの人間の生活には、関係ない。逆もまた然り。

 オンライン空間は、マイノリティ性が後景化しほかの要素が前面に出る場所にもなりうるのだ。普段どんな生活をしているかより、この人がゲームをプレイする様子がおもしろい、絵が上手、好きな小説を更新しているなどの要素が大事になる。「マイノリティの〇〇さん」でなくてもいい空間はポジティブな意味での逃避先になりうる。

 オンライン空間は距離を越える

 忘れてはならないのは、都会と地方の格差である。はっきり言うならば、東京とそれ以外の格差だ。東京ではマイノリティのためのイベントが高頻度で開かれている。東京以外では行われたとしても頻度は少ない。

 だから東京以外でももっと開催してほしいとの意見も筋は通るが、実際には難しい。その地域で活動している人は多くないし、活動している人が都市部から移動するなら費用が発生する。そういったものを払えるほど資金が潤沢な団体ばかりではない。

 オンライン空間はそういった問題の多くを解決する。すべてを解決するわけではないが、家から出るのが難しい人、長距離移動がつらい人にも情報を得る機会がもたらされる。

 ただ情報を受け取ることも、マイクもビデオもオフにしてオンライン空間に存在しイベントを見聞きすることもできる。それは、オンライン空間がなければ実現しなかったことだ。

 

 現在、トランスジェンダーへのヘイト言説がオンライン空間に溢れかえっている。何か事件があれば、障害者もすぐに標的になる。法整備、システムの見直しなど、反差別のオンライン空間を作る努力は今後ますます必要になってくるだろう。

 しかし、マイノリティにとってオンライン空間が救いになりうること、誰でもないままに情報を得られるオンライン空間の構築が、マイノリティの「つながらない権利」の実現の鍵を握っているのも揺るぎない事実だ。

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著者略歴

  1. 雁屋 優(かりや・ゆう)

    1995年、東京都生まれ。生後数ヶ月でアルビノと診断される。高校までを北海道の普通校で過ごし、関東の国立大学理学部に進学、卒業する。卒業とほぼ同時期に発達障害の一つ、自閉スペクトラム症(ASD)とうつ病と診断され、治療しながら就職活動をする。病院勤務、行政機関勤務を経て、現在は札幌市を拠点にフリーランスのライターとして活動。科学、障害に関するインタビュー記事、ジェンダー、障害、セクシュアルマイノリティに関するコラムの他、さまざまな執筆業務を手がけている。誰かとつながることが苦手でマイノリティ属性をもつからこそ、人とつながることを避けて通れないという逆説的ともいえる現状に疑問を抱いてきた。日本アルビニズムネットワーク(JAN)スタッフ。視覚障害者手帳4級、精神障害保健福祉手帳2級。

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