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マイノリティの「つながらない権利」

番外編 私が「つながらない権利」を求めるまで~読書の旅を辿る~(4)

英語圏で書かれた書籍との奇跡的な出会い

 発達障害の一つ、自閉スペクトラム症(ASD)であると診断を受けて、私がまずはじめにしたことは、発達障害に関する本を読むことだった。診断が出た2018年当時は新型コロナウイルスもなく、各地で発達障害の当事者コミュニティや理解啓発のためのイベントがあったことは認識しているが、私はそこへは足を運ばなかった。

 理由はいくつかあるが、主なものとして、ASDの特性ゆえに対人コミュニケーション、特に非言語のコミュニケーションを苦手としていることを診察のなかで指摘されたことがある。当然ながら、当事者コミュニティやイベントへの参加には、対人コミュニケーションが生じる。

 自分の得手不得手を知りたいと言って、既に判明した苦手なことの集合している場所に行くのは、あまりにも非合理的に思えた。

 また、当事者コミュニティやイベントでは、まだ受け入れる準備のできていない情報が雪崩のようにやってくることも考えられた。診断直後で、混乱のさなかにある私には、いつでも読むのをやめたり、読み返したりできる書籍の方が情報を得る手段としてフィットしたのだ。

 そして、本連載の第2回でもふれたように、診断直後の私が、自分を含めた発達障害当事者への差別感情を抱いていたことも大きい。物心ついた頃から付き合ってきたマイノリティ性があるからこそ、それへの意識との比較により、「この状態で他の発達障害当事者と交流してしまうと、トラブルを生む」と判断できたのだろう。

 

 そうして書店に足を運び、今に至るまで、発達障害関連書籍のチェックは欠かさないでいるが、「これだ」と思うものに出会うことはあまりなかった。少しは謎が解き明かされるのだが、どことなく期待外れな結果に終わることばかりだ。

 まず、私は、社会や周囲が優しくない前提で、サバイブする方法を知りたかった。

 その上で、シスジェンダー(性別違和を感じていない人々)ではないASD当事者も想定した話をしてほしかった。

 そして、「何とか人並みにやっていきましょう」と言われるだけではなく、「あなたに合う方法で、才能を活かしましょう」とエンパワーメントされたかった。私は「できない」のではなく、「最適な方法さえあれば、才能を発揮できる」と思いたかった。

 発達障害の女性に焦点を当てた書籍も見られるようになり、そこからいくつかの実践的な知識を得たものの、異性愛規範の強い書き方にげんなりすることもあった。

 ただ、発達障害の症状や生じる困難には性差があるのではないかとも考えていたので、発達障害の女性を対象にした書籍のチェックは欠かさなかった。

 

 ある研究発表を聴いたことで出会った書籍、『アスパーガール』(ルディ・シモン著、牧野恵訳、スペクトラム出版社、2011年)と『自閉スペクトラム症の女の子が出会う世界』(サラ・ヘンドリックス著、堀越英美訳、河出書房新社、2021年)は、私にとって画期的な本だった。

 どちらも英語圏のASD当事者の女性の文筆家によって書かれた書籍で、書かれていることは、私にとって実感のあるものだった。書かれていることのすべてに自分が当てはまるわけではないが、原因と結果がしっかり説明されているがゆえに、理解はしやすかった。

 また、『自閉スペクトラム症の女の子が出会う世界』においては、セクシュアリティと性自認にふれている章がある。近年世界中で激化しているトランスジェンダーへのバックラッシュを意識してか、ASDであり、トランスジェンダーでもある場合、生じる困難はより大きくなることも述べている。

 セクシュアルマイノリティが「病気」と扱われ、病気ではないと運動してきた歴史(病理化から脱病理化へ)があるために、セクシュアルマイノリティと精神疾患や発達障害を関連づけて語ることを許さない人々も多い。その警戒はもっともだけれど、セクシュアルマイノリティであり、発達障害当事者でもある私のような人間の行き場を失くしかねない言動は、誰であっても、容認できるものではない。

 2011年に刊行されている『アスパーガール』でも、ASDの女性が性別不詳に見える服装を選びがちである場合やジェンダーアイデンティティへの言及がされており、非常にほっとしたのを覚えている。

 この二冊は、発達障害のある私の居場所となった。

 

 発達障害に関しての書籍では、英語圏のものが私のニーズを満たす傾向にある。特に、『アスパーガール』の第10章「大学」で、アドバイスとして、「大学を終えるかどうかによって、非常に多くのことが変わってきます。お金、時間、将来、生活の質、自立性。」(159ページ)と記されているのを読んだときには、私は顔も知らない著者にお礼を言いたくなった。

 大学を卒業しているかいないかで、その後の人生は大きく変わってしまう。どんなに残酷でも、それは現実なのだ。マイノリティであるからとその現実から逃れることなどかなわない。マイノリティであるからこそ、より強く、残酷な現実がのしかかってくる。

 能力主義に陥るリスクがあることも承知で、私は著者の言葉を心から称賛する。著者の言葉は、能力主義に反対する人々から批判されるかもしれない。でも、今を生きるASDの女性に必要なメッセージであることに間違いはない。是非はどうあれ、最終学歴が年収に大きく影響することを私達は知っているからだ。

 批判を受ける可能性があるなかで、それでも表現した著者、翻訳して日本に届けた翻訳者、そして出版を決めた出版社のおかげで、この大事な情報を日本語で入手できる。

 改めて、心から感謝する。

 

 発達障害当事者、あるいは保護者、支援者にとって、どのような情報、言説がニーズを満たすかは、その人の考え方や環境によって異なるだろう。

 他の当事者とつながるのを避けるべき/避けたい時期に、必要な情報を得るのに、私には書籍が有効だったが、人によっては、webサイトの文章や動画、スライドなどが有効かもしれない。

 読書がつながりたくない/つながれない状況下の私の救いとなったように、似た状況の誰かにも必要な情報が当たり前に届くような社会にするには、何が必要なのだろうか。そういった疑問も生まれてきた。

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著者略歴

  1. 雁屋 優(かりや・ゆう)

    1995年、東京都生まれ。生後数ヶ月でアルビノと診断される。高校までを北海道の普通校で過ごし、関東の国立大学理学部に進学、卒業する。卒業とほぼ同時期に発達障害の一つ、自閉スペクトラム症(ASD)とうつ病と診断され、治療しながら就職活動をする。病院勤務、行政機関勤務を経て、現在は札幌市を拠点にフリーランスのライターとして活動。科学、障害に関するインタビュー記事、ジェンダー、障害、セクシュアルマイノリティに関するコラムの他、さまざまな執筆業務を手がけている。誰かとつながることが苦手でマイノリティ属性をもつからこそ、人とつながることを避けて通れないという逆説的ともいえる現状に疑問を抱いてきた。日本アルビニズムネットワーク(JAN)スタッフ。視覚障害者手帳4級、精神障害保健福祉手帳2級。

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