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マイノリティの「つながらない権利」

問題提起編 2.当事者コミュニティの功罪(6)

組織的に社会や政治にアプローチできる

 当事者コミュニティに集うのは好きではないし、当事者コミュニティに行かねば得られないものが多くありそれは不平等を生んでいるとして、この連載を書き始めた私だが、当事者コミュニティの持つ有益さについても、一定の理解と納得をしている。

 前回まではマイノリティ性のある当事者による当事者のケア、ピアサポートにフォーカスした話を展開してきたが、今回は社会や政治へのアプローチという話をしていきたい。

 

 私自身、さまざまにマイノリティ性があり、情報を求めて当事者コミュニティの公式サイトをいくつも巡ることがある。

 そういったときに、ちらほら見かけるのが“政策提言”や“署名活動”などの社会運動の実績の報告である。

 政策提言や署名活動などの社会運動を行い、社会や政治にアプローチしていかなければ、当事者の悩みは際限なく大きくなる。

 マイノリティを苦しめている根本、つまり社会や政治を変えなければならないのだ。

 しかし、こういったことを一人でやろうと思うと、必要な前提知識のインプット、その分野の最近の動きについての情報収集、的確に伝わる文章作成、自身の提案を拡散し多くの人の協力を取り付ける――などなど、やるべきことは多岐にわたる。

 その人が、そのような活動のみに時間を使える身の上であったり、一人でそれらのことを行えるエネルギッシュで聡明な人なら、一人で行っても成り立つだろう。しかし、そんな人が、今の日本にどれほどいるだろうか。

 私自身、ルネサンスの頃に理想とされた万能人になってみたかったという思いは拭えないが、それが無理筋なのも理解している。私が得意なのは知識や情報を集め、理解や解釈を行うこと、そしてそれを踏まえて文章を書くことだ。

 しかし、私は社会運動に関してはほとんど素人と言っていいようなもので、方法も、暗黙の了解もわからない。全部を一人でやるのは大変だからと仲間を集めようにも、人とつながるのが下手で、到底できたものではない。

 

 それらの私に足りないものが当事者コミュニティのリソースとして既にあり、活用できる場合がある。当事者コミュニティには活動してきた歴史があり、社会や政治に働きかけてきた過去がある。その蓄積は、社会運動のいろはも知らない私にとって、喉から手が出るほど欲しいものだった。

 また、当事者コミュニティには、問題意識の近い仲間もいる。同じマイノリティ性について考えている、当事者やその関係者である。

 何もないまっさらな状態から、社会や政治にアプローチしようとすると、それは至難の業になる。そうして暗礁に乗り上げて、自分のニーズを社会実装する手段がわからないまま、社会運動にまで結びつかず、頓挫する。ニーズはあるのに、透明化される。

 それは、当事者コミュニティにつながる前の私自身だった。

 

 しかし、当事者コミュニティにつながり、他の当事者と話をするようになって、見た目による就職差別への怒りだけでなく、「どうやったら就職差別を減らせるか」という視点が私にも生まれてきた。

 見た目による就職差別をする方が悪いのは間違いないのだけど、差別が起きにくい構造を作っていくことは大事だ。泥棒だって、鍵の開いた家ときちんと施錠した家なら、前者を狙うだろう。

 私一人では、「見た目に関する差別なんか滅べ」「法律で明確に禁止すべきだ」くらいまでしか辿り着けなかった。

 日本アルビニズムネットワークのスタッフでもある、社会学者の矢吹康夫さんが始めた署名活動、「履歴書から写真欄もなくそう」キャンペーンには、差別が起きにくい構造を作る視点がしっかりと存在していた。

 海外での事例や論文で示されているアンコンシャス・バイアス(無意識の差別)について触れながら、的確に「公正な選考のために履歴書から写真欄をなくす必要がある」と伝えていく矢吹さんの論理構成は見事なものだった。

 そのように、自分の感じている不利益を構造を変えることで減らしていくための言葉を、手段を、当事者コミュニティで見聞きした。私もそこで得た知見を自分のものとし、自身のニーズを満たすべく、動いていく足がかりとしたい。

 前述のキャンペーンには、いくつかの団体が賛同している。「見た目問題」解決を目指すNPO法人、マイフェイス・マイスタイルをはじめとした、「見た目問題」に関連する団体だ。

 当事者コミュニティ同士のつながりから、目指すものに共鳴し、賛同する団体が増えたのだろう。

 そのように団体間の連携、協力によって社会運動を行う。そのベースとして、当事者コミュニティが存在している。

 社会運動を一人で行うのが難しいこと自体は問題ではあるが、当事者コミュニティが当事者の声を拾い上げ、社会運動を展開していく礎となっていることは、評価するべきだろう。

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著者略歴

  1. 雁屋 優(かりや・ゆう)

    1995年、東京都生まれ。生後数ヶ月でアルビノと診断される。高校までを北海道の普通校で過ごし、関東の国立大学理学部に進学、卒業する。卒業とほぼ同時期に発達障害の一つ、自閉スペクトラム症(ASD)とうつ病と診断され、治療しながら就職活動をする。病院勤務、行政機関勤務を経て、現在は札幌市を拠点にフリーランスのライターとして活動。科学、障害に関するインタビュー記事、ジェンダー、障害、セクシュアルマイノリティに関するコラムの他、さまざまな執筆業務を手がけている。誰かとつながることが苦手でマイノリティ属性をもつからこそ、人とつながることを避けて通れないという逆説的ともいえる現状に疑問を抱いてきた。日本アルビニズムネットワーク(JAN)スタッフ。視覚障害者手帳4級、精神障害保健福祉手帳2級。

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