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マイノリティの「つながらない権利」

発達障害の診察、研究に携わってきた医師・本田秀夫先生と考える、マイノリティの「つながらない権利」【後編】

 第24回では、つながる/つながらないは基本的に自由ではあるものの、生きていくために最低限必要な「つながる」は生存のためと割り切ってやっていくしかないという話があった。では、つながらない自由を選んだ人にも情報保障をするにあたっての課題は何か。また、どういうつながり方なら比較的抵抗なくつながれるのか。引き続き、本田秀夫先生に伺った。


能力主義が「つながる」ことから人を遠ざけてしまう

――最低限必要な「つながる」のお話のなかで、生活保護の受給についてふれられていましたが、生活保護を受給するとさまざまな制限(収入や資産の申告、居住の制限、所有できる物品の制限など)もあって、自由に趣味を楽しみきれなかったり、自尊心が損なわれたりすることがあると自分や周囲を見ていて感じます。私の場合、自分で稼いだ自分のお金があることが自尊心につながっている部分はあります。

本田先生(以下、本田):まさにそこに問題点があります。たしかに先ほど雁屋さんがおっしゃった通り、人によってはやっぱり自分で食べるお金ぐらい稼がないと自尊心がうまく作れないから外に出て行きにくいと感じる方がいます。でも、世のなかには、自分で稼ぐことすら難しい人がいます。そういう人は自尊心を持ってはいけないのでしょうか。そうではないですよね。人は本来、全く稼げなくても自尊心を持つ権利があります。理想かもしれませんが、「君は君のままでいい」はずなんです。ただ、どうすれば、稼げなくても自尊心を持てるかは、難しい問題になるのですが。

――全く稼げなくても自尊心を持つ権利があるのはその通りですし、稼げない人に生きる価値がないなどとは思いません。ただ、私自身がうつ病で療養していて稼げなかったときに、稼げている人から「生きているだけでいい」と言われて、嬉しいとは思えませんでした。それがあるべき権利なのはわかっているけれど、自分の成果を拠り所にして生きてきた私としては、その言葉は戦力外通告、あるいは下に見られていると感じました。

本田:その感じ方があるのはわかりますが、能力主義が染みついてしまっている感じがしますね。能力主義は、家父長制につながっています。家父長制を基盤とした日本の社会においては、人に優劣をつけて、優位に立つ人が劣位に立つ人を支配する構造があります。家父長制や能力主義に染まってしまうと、劣位に立ったときに自尊心を持てなくなったり、自分より優位に立つ人に物を言えなくなったりしてしまいます。

――人に優劣をつける……比較されて育てられてきた心当たりが大いにあります。能力主義や家父長制の問題点は認識していないわけではなかったものの、根深いですね。

本田:さらに、能力主義に深く染まると、コミュニティに参加するのが難しくなります。コミュニティに入ったときに、どうしても他人と自分を能力で比較して、優劣をつけようとしてしまうんです。

――思い当たる節が多いですね。本連載の第4回での「マイノリティ性が“剥がれる”ことへの恐怖」は本当にその話になっていますし。

本田:そのようにして、教育段階から植えつけられた、家父長制やそれに由来する能力主義の考え方が、つながる機会を奪っていくことがあります。

情報保障を誰が、どう担っていくのかは課題

――つながるかどうかを選択する前に、家父長制や能力主義の内面化により、つながる機会を奪われているマイノリティもいることが予想されます。そんななかで、現状、つながらない、あるいはつながれないマイノリティに、当事者コミュニティはあまりできることがないように思います。

本田:そもそも、僕は情報提供機能について、当事者コミュニティにあまり期待していません。本来はある程度、行政がやるべきことです。アクセシビリティなどと同じく、情報保障ですから。また、情報をどう作るかという点で、「つながらない」人のニーズを知ることが非常に難しく、情報は人の手で作らないといけないので、ニーズを把握するためにはその人達に発信してもらわないといけなくなります。

――それは大きなジレンマですね。でも、今はインターネットがあるので、匿名性をある程度保ったまま、ニーズを表明することができるのではないでしょうか。最善とまではいかなくても、次善の策くらいにはなりそうです。

本田:インターネットやAIの活用で、「つながらない」人達のニーズを知るいい方法を見つけられるかもしれません。

――AIはあらゆるものを大きく変えていくのでしょうね。サイエンスコミュニケーションを学ぶ者として、当事者だからこその視点があることも認めますが、それが科学的に正しいとは言い切れないことも理解しています。その意味では、当事者コミュニティの情報提供機能に期待できないのも納得できます。しかし、旧優生保護法(1948年~1996年)のもとで推し進められた障害や疾患のある人々などへの不妊手術のことを思うと、公的なものを信頼しきれません。

本田:基本的に、旧優生保護法に関しては、立法の問題だとは思います。法律を作る人達が科学的なエビデンスに基づいて動いていない。これは大きな問題です。

――特に最近はそれを痛感するようなニュースばかりですよね。

本田:発達障害や知的障害に関しては、2023年7月より、信州大学医学部子どものこころの発達医学教室で、発達障害・知的障害の情報発信プラットフォーム開発に関する寄付を募っています。信頼できる情報発信のプラットフォームを作ろうと試みています。

「得意」より「興味」「好き」に焦点を当てる

――現状では「つながる」を選ぶ方が情報を得るには有利ですが、「つながらない」人への情報保障は課題が多いです。とはいえ、「つながる」を阻む当事者に内面化された能力主義をはじめとしたさまざまな壁があります。ここには打開策はないのでしょうか。

本田:つながり方の発想を変えてみるのがいいと思います。発達障害のコミュニティとしてではなくて、好きなもの、例えば雁屋さんの好きな本に関するコミュニティだったら興味が持てるのではないでしょうか。

――そうですね。「発達障害のコミュニティに行こう」と言われるよりも、「あなたの好きな本の話をできる場所があるよ」と言われた方が興味が出てくる気がします。

本田:僕は東京の港区で、特定非営利活動法人 ネスト・ジャパンというNPO法人をやっているんですが、そこでは発達障害の人達を中心とした仲間づくりをしています。とはいっても、発達障害当事者の集まりという形ではなくて、鉄道オタクの仲間、アニメ漫画クラブのような部活みたいなことをしています。参加者が一人しかいないものも、何人か参加しているものもあります。発達障害当事者にとっては、誰とやるかよりも、何か興味のあることがあってそこに行ったら同好の士がいた、くらいのスタイルのほうがつながりやすいんです。

――今までにも「対面コミュニケーションが苦手」と書いている私ですが、好きなことで人と会った経験もあるので、当事者としてもそれは納得できます。発達障害当事者の場合は興味のあることや好きなこと、得意なことを深めていくことが鍵になるのでしょうか。

本田:「得意」よりも、「興味」「好き」が大切です。発達障害の診断をしていると、得意不得意の凹凸があるから、得意を伸ばしていきましょうとする立場もあって、昔は僕もそういうことを書いていたんですが、『しなくていいことを決めると、人生が一気にラクになる』の辺りからは「好きなことをやりましょう」と言っています。

――フリーランスのキャリア形成の話で出てくるような、「得意分野に注力する」戦略とはまた別の話でしょうか。

本田:別ですね。雁屋さんはおそらく、好きで興味のあることと、得意で仕事にできることが重なった方なんだと思いますが、発達障害当事者のなかには、やりたいことがお金につながらない方もよくいます。だから、能力ではなく、興味の話になっていくんです。

――「得意なことをやろう」とはよく聞きますが、「好き」を中心に据えた話はあまり聞かなかったので新鮮です。

本田:支援をやるときにも、能力を伸ばすことよりも先に、本人が何をおもしろいと思うのか、何を欲しているのかを探っていくようにしています。どう生きていくのかはその人次第ですからね。

インタビューを終えて

 本連載の中盤辺りから、マイノリティの「つながらない権利」は情報保障やサイエンスコミュニケーションの話に波及していく予感はしていた。しかし、そこに留まらない問題が根深く存在していたのだ。

 本田先生だけでなく、以前お話を伺った飯野由里子さんも指摘していた、能力主義の問題だ。第4回が、私が能力主義をどのように内面化してしまっていたかを示す証拠であることは否定できない。

 しかし、だからこそ、あの回は何らかの形で残り続けるべきだ。

 インタビューの最中に、「本来、「君は君のままでいい」はずなのに、稼いでいないと自尊心を持つのが難しい現実がある」とのお話があった。マイノリティについて考えている人々の多くは、「君は君のままでいい」ことに異論はないだろう。

 でも、それに続けて、「だから、稼いでいなくても、自尊心を持とうよ」と来たら、私は首を傾げる。今まで散々人に優劣をつけて能力主義を内面化させてきておいて、これからはそれだけでは通用しないから変われ、とはあまりにも性急で、本人の気持ちを無視しているのではないか。

 能力主義のなかにいる人々をいきなり変えようとするのではなく、どのようにすれば本人が少しずつ楽になれるかを本人と一緒に考えていくことからしか始まらない。「そういう風に考えてはいけない」と言うのではなく、「どうしてそう考えるのか」と自分に問う機会を作る試みが必要だ。

 

 発達障害当事者の「つながる」や人生において、鍵となるのは「興味」や「好き」であることを、胸に刻んで、これからも書いていく。本田先生にインタビューを終えた後に発達障害当事者に関する言説を改めて見ると、「得意」に注目するものが相当に多かったからだ。

 私のように、「興味」や「好き」と「仕事にできるくらい得意」が重なっているケースは、本田先生曰く、「特殊で、ラッキー」だそうだ。そのようなタイプの発達障害当事者はそれでいいかもしれないが、そうではない人のことを忘れてはならない。

 成人の発達障害当事者への支援といえば就労が頻繁に出てくるが、人はそもそも、そのままで自尊心を持つ権利を有している。就労できるか否か、自分で自分を養えるかが、すべてではない。

 

 日々、医療や社会制度の限界も考えつつ、医師として現場に立ち続けている本田先生と話せたことは、本連載、および私自身にとって大きな糧となった。

 人間は放っておけば能力主義や家父長制に流れていくが、それを「人はそのままで自尊心を持つ権利がある」と反論する理性も、人の持ちうる可能性だ。

 そのように理性を使っていく書き手でありたい。

生活保護についての解説、受給に関する各種相談機関紹介

 今回のインタビューにおいて、生活保護の受給についてふれているが、生活保護の受給に至るまでにはさまざまな問題がある。ニュースになることも多い、役所で申請をさせないようにするいわゆる「水際作戦」や、生活保護に関するさまざまな誤解があり、そのために申請ができず、最悪の場合、死に至るケースもある。生活保護の申請、受給のための「つながる」はまさに生存に大きく関わっている。

 また、生活保護制度には、一定以上の障害のある人、ひとり親家庭、子育てをしている、妊娠していたり出産後半年以内であったりする人、在宅患者、介護保険利用者などに対する加算がある。
 インタビュー内でふれた生活保護の受給によるさまざまな制限についても少し補足する。収入や資産は毎月、すべて申告する必要があるが、自立のために必要な分は手元に残しておけるよう考慮した上で保護費が調整される。

 また、居住の制限は自治体ごとに住宅扶助の額が決められており、家賃がそれを大きく上回る場合には引っ越しをしなければならないこともある。コレクションでいっぱいの大きな家に住むことは期待できない。

 所有できる物品の制限については、贅沢品を持っているのなら、売却して生活費用にあてるよう指導される。事業に必要なものについては相談できる。

 

 根拠法令および厚生労働省が公式に発表している生活保護についての見解、生活保護の申請を手伝ってくれる支援団体を以下に紹介する。

1.根拠法令および厚生労働省の見解

日本国憲法 第二十五条 eGov 法令検索
憲法25条が生活保護制度の根拠となっている。
すべての国民は、「健康で文化的な最低限度の生活」を送る権利を有している。つまり、生存権が保障されているといえる。

生活保護を申請したい方へ 厚生労働省
住むところがなくても申請できることや施設に入ることが申請の条件ではないこと、また同居していない扶養義務者に相談しなくてもいいことも明記されている。
車や持ち家も一律に制限されるわけではないため、後述の支援団体に相談の上、申請時に役所の担当者に事情を話すといい。

2.生活保護の申請を支援してくれる団体

認定NPO法人 自立生活サポートセンター もやい
生活保護申請の際に福祉事務所への同行、生活保護を受給していてケースワーカーに理不尽な扱いを受けたときの相談などを行っており、すべて無料。
首都圏を中心に活動しているが、連絡すれば、居住地の近くの支援団体につないでくれる。

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著者略歴

  1. 雁屋 優(かりや・ゆう)

    1995年、東京都生まれ。生後数ヶ月でアルビノと診断される。高校までを北海道の普通校で過ごし、関東の国立大学理学部に進学、卒業する。卒業とほぼ同時期に発達障害の一つ、自閉スペクトラム症(ASD)とうつ病と診断され、治療しながら就職活動をする。病院勤務、行政機関勤務を経て、現在は札幌市を拠点にフリーランスのライターとして活動。科学、障害に関するインタビュー記事、ジェンダー、障害、セクシュアルマイノリティに関するコラムの他、さまざまな執筆業務を手がけている。誰かとつながることが苦手でマイノリティ属性をもつからこそ、人とつながることを避けて通れないという逆説的ともいえる現状に疑問を抱いてきた。日本アルビニズムネットワーク(JAN)スタッフ。視覚障害者手帳4級、精神障害保健福祉手帳2級。

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