番外編 私が「つながらない権利」を求めるまで~読書の旅を辿る~(3)
自分が何者かを知るために書店へ
自身がセクシュアルマイノリティに属することは理解していたものの、どの説明も何だかしっくり来なかった。
恋愛をしないこと、他者に性的に惹かれないこと、そして、自身に性別がないと感じること。
それらを指す言葉――アロマンティック、アセクシュアル、ノンバイナリーなど――を知ってはいたものの、情報はあまりにも少なかった。私は、セクシュアルマイノリティのなかでも、マイノリティだったからだ。
セクシュアルマイノリティのなかでも、自分のような人々はどのような歴史を経て、今どう扱われていて、差別にどのように抗しているのか。
日本語で読める情報源は、限られていた。
そんな折、アセクシュアルについて解説した本があると聞いて、私は迷わず購入した。それが、『見えない性的指向 アセクシュアルのすべて』(ジュリー・ソンドラ・デッカー著、上田勢子訳、明石書店、2019年)だ。
アセクシュアルの男女二人を描いたドラマ『恋せぬふたり』(NHK、2022年)にも登場するこの本は、アセクシュアルについて理解を深める入門書として最適だ。
性的指向やロマンティック指向(恋愛指向とも言う)は、本当に多様で、どんな性別の人を好きになるかだけではないことも教えてくれる。また、人より恋愛感情や他者への性的な惹かれが弱いけれど、ないわけではない、グレイロマンティックやグレイセクシュアルという自認のしかたもあるなど、多くの自認の形を知るきっかけとなる。
私自身、セクシュアリティを雑に認識していた節もあったが、本書を読んだことで、急に極彩色となって見えるようになった。それに、セクシュアリティの話をする上で、一番大事な考え方を身につけそれは、セクシュアリティは、他人や医療に決められるものではなく、自分で決めるものであり、自分のなかでの認識の変化による流動性もある事実だ。一方で、他人や医療がセクシュアリティを変えさせようとすることそのものが暴力であることは、明記しておく。
そうして、私はアロマンティック/アセクシュアルを明確に自認した。その上で、充実した人生を生きることを決意したともいえる。
また、私は自分自身をシスジェンダー(性別違和のない状態)の女性だと感じることは少なかった。とはいえ、真逆にあるとされる男性であるとか、男性になりたいとか考えているわけではなかった。つまり、トランス男性ではなかったのだ。
自分には性別がないと感じており、それが自分にとって望ましい状態と確信していた。それだけで、十分私は満足していた。
黙っていれば、シスジェンダーの女性のふりをして生活できる。
だけど、私は、本来ならば、どのように尊重されるべきなのだろうか。
そうした問いのいくつかを『ノンバイナリーがわかる本』(エリス・ヤング著、上田勢子訳、明石書店、2021年)にぶつけてみた。ノンバイナリーと一口に言っても、それぞれの認識は多様であり、それらは肯定されるべきであることを改めて確認した。
歴史や言語をはじめとした背景を通し、性別二元論に支配された現代社会は最初からそうあったわけではないと知り、「伝統」を盾にする人々の言葉を恐れる気持ちはなくなった。
各国の法律についてもふれているので、「日本でもノンバイナリーにきちんと配慮した法律ができるべきだが、どのような法律ならばいいのか」と迷ったときに考える材料としても、有益だ。
私はどのようにありたいか、そしてそれをどのように阻害されているか。
マイノリティの人生は、戦うべきものを見定め、照準を合わせるところから始まると言っても過言ではない。残念なことだけれど、座して待っていても状況は悪化するだけなのだから。
その意味で、自分のマイノリティ性を、自分の言葉だけではなく、他者の言葉でも知り、深めていくことは欠かせない。
時系列が前後するが、今日、トランスジェンダー、特にトランス女性へのヘイトスピーチが激化している事実は看過できない。世界中で起きているバックラッシュに、ヘイトスピーチに抗するべく、もう一冊本を紹介したい。
『トランスジェンダー問題』(ショーン・フェイ著、高井ゆと里訳、明石書店、2022年)だ。
トランスジェンダーの人々のトイレや入浴スペースについて、他人事として現実からかけ離れた議論をするより先に、誰もがするべきことがたくさんあると教えてくれる良書だ。
もしも、トランスジェンダーについてよく知らないままに、何か言いたくなったら、あるいは何か書きたくなったら、この本を読んでからにしてほしい。心からそう思う。
ただ、バックラッシュについても描かれており、人によっては読み進めるのにかなりのエネルギーを要するだろう。一気にではなく、章ごとに読むなど、読書の際の工夫もいるかもしれない。
それでも、トランスジェンダーの人々が直面する現実を知りたいと思うならば、手に取ってみてほしい。