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マイノリティの「つながらない権利」

番外編 私が「つながらない権利」を求めるまで~読書の旅を辿る~(1)

理系学生と社会学との出会い

 私がマイノリティにも「つながらない権利」が欲しいと考えるようになった背景を明らかにするには、思考の変遷を見ていく必要がある。

 思考の変遷を見るのに有益な方法の一つに、読書の軌跡を辿ることが挙げられる。これから数回にわたり、番外編として私の読書の軌跡を辿り、思考の変遷を振り返ってみたい。

 今回は自身の遺伝疾患、アルビノをきっかけに生物学に興味を持った理系の学生がいかにして社会学に出会ったのかを辿りながら、読書案内をしていく。

 

 私が高校に在学していた頃、一冊の本が世に出た。『アルビノを生きる』(川名紀美著、河出書房新社、2013年)だ。本記事執筆当時は絶版となっていたが、2023年5月26日に新装版、その後に電子書籍版の発売が決定している。(2023年5月2日加筆修正)

 『アルビノを生きる』はタイトル通りアルビノの人々を取材したルポルタージュなのだが、当時の私にとっては相当に画期的だった。地域の図書館と高校の図書館両方にリクエストをしたらしい記録があるほどだ。

 というのも、アルビノは当事者が非常に少ないため、一冊丸々使ってアルビノについて書いた本、それも、医学や生物学の観点のみではなく、当事者の人生に寄り添った本は、読書家の私にとっても、初めてであった。

 千葉県のアルビノ当事者、石井更幸さんが家族や同級生に心ない扱いをされた衝撃的なエピソードから始まるこの本は、アルビノ当事者達が孤独に悩んでいたところから、それぞれにつながって、当事者運動を行う様子も描き出している。

 私自身、アルビノ当事者として、交流会に足を運ぶことを考えるようになったきっかけもここにある。まずは自分のことを知りたい。そのためには他のアルビノ当事者に出会う必要があった。そして、地方在住の壁を実感した。

 そもそも、その時点で私は自分の対人コミュニケーションに自信がなかった。発達障害については未診断ではあったが、コミュニケーションを行おうとすると、なぜか疎外される、うまくいかない現象については認識していた。

 しかし、それでも自分は他のアルビノ当事者に会い、知る必要があると強く思っていた。この時点では、コミュニケーションの苦手さは、よりよい人生のために克服すべきものだったのだ。

 

 大学に進学し、高校生までよりは多くの自由になるお金を得て、私はアルビノ当事者の交流会に参加した。それからは今までよりも情報収集が容易になった。当事者活動をしている人と知り合ったため、その人たちの名前を検索するなどして情報を追っていくこともできるようになるからだ。

 『私がアルビノについて調べ考えて書いた本』(矢吹康夫著、生活書院、2017年)は、そうして出会った本だ。

 この本は、衝撃的だった。

 視機能の問題(弱視、羞明、眼振など)が克服できれば、他に問題はないと考える傾向が今よりずっと強かった私に、社会学の考え方は雷撃そのものだった。

 著者でありアルビノ当事者でもある矢吹康夫さん自身の話を綴った序章から始まり、生物学、特に遺伝学におけるアルビノ、教育のなかでのアルビノ、またオタク文化や萌えのなかでのアルビノと、アルビノが置かれてきた状況をさまざまに分析した後、当事者達のインタビューとそれに対する考察がなされている。

 博士論文を元にしていることもあり、難解な部分があることは否めないが、日本におけるアルビノの現状を総合的に知りたいのであれば、入り口としては最適といえる。いろいろな角度から見たアルビノについてここまでまとまっている書籍は現時点で他に心当たりがない。

 それまではアルビノであるがゆえの困難に抗するには医学によって、視機能を回復するよりないと考え、医学や生物学に関心を寄せていたが、多面的に物事を見ること、またアルビノではなく、社会に抗する姿勢をこの本から教わった。

 「オタク」の一人として、疑問も持たずに消費していたアルビノ萌え、教育を受ける際の言葉にならないもやもや、そういったものに向き合い、言葉を得るための鍵や扉として、この本があった。

 なお、現在の私は矢吹さんとはアルビノ萌えに対する立場が一致しているわけではない。批判はあってしかるべきだが、表現し続ける必要もあるし、私はアルビノが創作物に登場する世界を望んでいる。

 

 この連載では、私は自分が理系の学生であったことを折にふれて書いてきたが、それにも理由がある。どのように考えてきたかを辿るには、専攻分野は決して外せないことだからだ。

 例えば、私は大学卒業間近に矢吹さんの著書にふれて、社会学に出会っているが、一般教養科目の選択次第ではもっと早くに出会っていただろうし、人文社会科学を学んでいたなら、社会学にふれることは必須だっただろう。

 このような環境要因があり、私は、本を通して、遅まきながら当事者の自覚を持ち、社会学を知るに至った。

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著者略歴

  1. 雁屋 優(かりや・ゆう)

    1995年、東京都生まれ。生後数ヶ月でアルビノと診断される。高校までを北海道の普通校で過ごし、関東の国立大学理学部に進学、卒業する。卒業とほぼ同時期に発達障害の一つ、自閉スペクトラム症(ASD)とうつ病と診断され、治療しながら就職活動をする。病院勤務、行政機関勤務を経て、現在は札幌市を拠点にフリーランスのライターとして活動。科学、障害に関するインタビュー記事、ジェンダー、障害、セクシュアルマイノリティに関するコラムの他、さまざまな執筆業務を手がけている。誰かとつながることが苦手でマイノリティ属性をもつからこそ、人とつながることを避けて通れないという逆説的ともいえる現状に疑問を抱いてきた。日本アルビニズムネットワーク(JAN)スタッフ。視覚障害者手帳4級、精神障害保健福祉手帳2級。

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