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マイノリティの「つながらない権利」

問題提起編 1. 当事者コミュニティに参加できない/したくない理由(2)

地方在住/実家暮らしゆえにアクセスが困難

 当事者コミュニティが万能ではないと考えるとき、当事者の居住地が問題として挙げられる。東京や大阪といった大都市圏では、数多くの当事者コミュニティが存在し、定期的に交流会やイベントを開催している。大都市圏に住んでいれば、それらへのアクセスは容易だ。未成年であっても、「ちょっと遊びに行ってくる」と保護者に詳細を告げずに参加するのは可能である。

 ところが、大都市圏から少しでも外れれば、当事者コミュニティへのアクセスの難易度は跳ね上がっていく。真っ先に思いつくのが、交通費と所要時間がかさむことだ。そして、それゆえに、そこまでして行かなくていいか、と当事者コミュニティにアクセスするモチベーションが下がる。これも想像は容易だろう。数百円、数駅でアクセス可能な場所に行くのと、数千円、ときには数万円、そして飛行機や新幹線、特急に乗らないとアクセスできない場所に行くのは、全く違う。後者では、気軽にアクセスするわけにはいかない。後者の場合、覚悟やその他の予定と抱き合わせるなどの工夫がいるのだ。

 特に未成年の当事者の場合、アルバイト禁止の学校に通っている、保護者に明確な目的を告げずに遠出できないなどの事情もあり、大きな金額を動かして、遠出するのはかなりハードルが高い。第2回でもふれたように、未成年の当事者が、保護者に当事者コミュニティにアクセスしたいと伝えること自体にハードルのあるケースも存在する。地方在住で、保護者の協力を得られない未成年の当事者には、大都市圏にある当事者コミュニティへのアクセスはかなりの難問になる。

 最近はそのような未成年の当事者のニーズに対応しようとしているのか、東京や大阪といった大都市圏だけでなく、全国各地で当事者コミュニティが活動をするようになっている。札幌、仙台、京都、新潟、長野、福岡など、全国各地の都市名を当事者コミュニティの公式サイトで見かけるようになった。そのことによって当事者コミュニティにアクセスできるようになった当事者も少なくないだろう。でも、そのやり方では、金銭的にも、当事者のアクセスの観点からも、限界があるのだ。

 人口がある程度より少ない地域では、監視されているかのごとく、住民の一挙手一投足が他の住民に知られている、住民同士が皆顔見知りという事態が起こりうる。これを田舎のメリットと捉えるか、デメリットと捉えるかは人それぞれだろう。しかし、当事者コミュニティへのアクセスの観点からすれば、そのような状況は当事者を追いつめるだけだ。

 他の住民に当事者コミュニティへのアクセスを知られれば、自身のマイノリティ性をアウティング(本人の了承なく、セクシュアリティなどのマイノリティ性を他者に伝えること。絶対にやってはいけない。)されるリスクがある。

 そうした環境から来るリスクを恐れ、当事者コミュニティが容易にアクセス可能な場所まで来たとしても、アクセスが困難になることがある。それが、日本の地方に住む当事者を取り巻く状況の一つだ。

 そんな折、新型コロナウイルスの感染拡大により、当事者コミュニティもオンラインへの対応を迫られた。結果、対面を大事にしてきた多くの当事者コミュニティが、Zoomをはじめとしたオンラインツールを用いるようになったのだ。

 これは画期的だった。当事者コミュニティを運営する側も、アクセスする側も、今までのように交通費や宿泊費、時間をかけて移動する必要がなくなった。自分の部屋からスマホやPCで、URLをクリックするだけで、アクセスできるようになったのだ。前述した、時間と費用をかけて移動する覚悟はいらなくなる。

 これで、誰でも当事者コミュニティに容易にアクセスできるようになって、アクセスが困難であるがゆえに、必要な情報を得られない当事者はいなくなった。そんな風に思えるかもしれない。

 残念ながら、事はそんなに単純ではない。

 自室からオンライン開催の当事者コミュニティにアクセスすることにも、ハードルがある。同居人の存在だ。

 一人暮らしであれば、自室からオンラインで当事者コミュニティに参加することは容易だ。しかし、同居人がいる場合、特に家族と住んでいると、参加の難易度が上がる。

 同居していて、同居人の自室の物音が聞こえてこないなんてことはほとんどないと言っていい。部屋の前を通れば、中で流れている音楽は耳に入るし、通話をしていればそうとわかる。そんな状況で、自室から当事者コミュニティに参加すれば、同居人に参加を知らせるようなものだ。

 同居人に当事者コミュニティへの参加が知れないように、カラオケボックスやコワーキングスペースの通話可能な個室から参加する当事者もいた。私も、一人暮らしでなければ、そうしただろう。

 家族に、自身のマイノリティ性についての本音を知られたくない思いは、私も痛いほどわかる。

 第2回でも少しふれたように、家族だからこそ、言えないこともあるのだ。

 遺伝する疾患であれば、親に当事者コミュニティへの参加を知られることは、疾患を気にしていると知らせてしまい、気まずくなることが予想される。遺伝する疾患について、親子間で話題にしづらいのは、想像に難くないだろう。親は「自分のせいだ」と自分を責めるし、子どもの側は「親を責めるようで話題にできない」と考える。そんなことが起こりうる。これは、何も機能不全家庭だけに起こることではないと思う。

 また、家族に、自身のマイノリティ性について悩んでいることや、マイノリティ性についての弱音を万が一にも聞かれたくないケースもある。心配をかけたくない、強くて元気な自分が弱音を吐くことを知られたくない。頼れる親でいたい、自立した大人であると示したい。そう考えると、自室から当事者コミュニティに参加して吐露する本音が漏れ聞こえ、家族に知られるリスクは、恐ろしいのだ。

 自身のマイノリティ性について、家族に知られていない場合は、自室からの接続は絶対に避けたいものとなる。アクシデントのようなカミングアウト、ひいてはアウティングを誘発してしまう可能性がある。

 カラオケボックスやコワーキングスペースといった、通話可能な場所も、ある程度の都市でないと存在しないことが多い。地方での実家暮らしだと、オンラインでの開催が広まっても、当事者コミュニティへの参加の難易度は相当に高い。

 当事者コミュニティが各地で開催されるようになり、オンラインでの開催も活発になってきた。しかし、当事者コミュニティへのアクセスの問題は解決していない。必要な情報を取りに当事者コミュニティに参加したくても、さまざまな事情から参加が難しい当事者は存在する。

 当事者コミュニティのみに、マイノリティ性のある当事者への情報提供の役割を担わせるのには、限界がある。当事者コミュニティへの参加以外の多くの選択肢が必要だ。

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著者略歴

  1. 雁屋 優(かりや・ゆう)

    1995年、東京都生まれ。生後数ヶ月でアルビノと診断される。高校までを北海道の普通校で過ごし、関東の国立大学理学部に進学、卒業する。卒業とほぼ同時期に発達障害の一つ、自閉スペクトラム症(ASD)とうつ病と診断され、治療しながら就職活動をする。病院勤務、行政機関勤務を経て、現在は札幌市を拠点にフリーランスのライターとして活動。科学、障害に関するインタビュー記事、ジェンダー、障害、セクシュアルマイノリティに関するコラムの他、さまざまな執筆業務を手がけている。誰かとつながることが苦手でマイノリティ属性をもつからこそ、人とつながることを避けて通れないという逆説的ともいえる現状に疑問を抱いてきた。日本アルビニズムネットワーク(JAN)スタッフ。視覚障害者手帳4級、精神障害保健福祉手帳2級。

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