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「津久井やまゆり園事件」が問いかけるもの ――元職員の被告接見録にもとづく検証

裁判から何が見えるか(その1)

2016年7月に起こった「津久井やまゆり園事件」が問いかけるものはあまりに大きく重い。優生思想、「生産性」をめぐる議論など、われわれの社会を根底から揺さぶるこの事件の思想的課題について、被告との面会記録を踏まえて検証していく。


第13回 裁判から何が見えるか(その1)

 障害者殺傷事件の裁判がはじまった。公判では、今までほとんど語られなかった小中学校・高校、大学の友人・知人や当日勤務の職員の証言、風俗店の女性従業員の調書、理髪店、心理カウンセラーなどの証言が次々と証拠として読まれ、事件当時の全容がほぼ明らかにされた。しかし、何といっても驚くのは、事件当時の殺伐とした現場の生々しいやりとりである。

1.職員の供述調書 第2回公判

丙Aさん(女性) 「はなホーム」での状況

 7月25日午後5時45分から「はなホーム」(女子ホーム)で夜勤。26日の午前2時過ぎ頃、1時間に1回の巡回のため支援員室を出た。正確にわからないが2時を過ぎたのでそろそろ巡回に行かなければならないと。112号室となりの洗濯物を片付け、112号室から順に巡回しようと思っていた。常夜灯がついていて、ある程度は明るかった。私が110号室付近を歩いていたら、男が空いているところにひざまずいて座った状態でなにか作業をしている様子だった。一瞬、入居者かと思ったが、110号室の奥の窓ガラスが割れていることに気づいた。割れた窓ガラスが散らばっていた。とっさに男に「だれ」と聞くと男は立ち上がり、私の方に向かってきた。どちらかの手に包丁のようなものを持っていた。刃の部分が家庭用包丁よりも長く、細かった。「ギャアー」と叫ぶと男は「騒ぐな、騒いだら殺す」と。腕を掴まれ110号室の部屋内に入った。騒いだら殺されると思い「すみません、すみません」と言って、騒ぐのをやめた。一瞬手を離し、下を見た。隙をついて走って逃げ出し支援員室へ行った。しかし106号室前のあたりで男につかまり、110号室に引きずり込まれ、床に倒された。引きずり込まれた時、右足の靴が脱げ、私を引っぱり110号室の入り口ドア前あたりへ連れ戻した。その間、何度も、男は「騒いだら本当に殺す」と言った。結束バンドで拘束されたので抵抗したり、逃げ出したり、声を出して助けを求めることはできなかった。
 甲Aさんは床マットの上に寝ていて、身体の上にお布団。甲Aさんを指さし「こいつはしゃべれるのか」と。「しゃべれません」と言うと、110号室の中に入り、布団をはがし、中腰のような姿勢で包丁で数回刺した。その様子を110号室の入り口あたりで見ていた。どっちかの手に逆手に包丁を持ち、振り上げ、振り下ろした。甲Aは「ウワ!」という苦しそうな声を出した。男はすぐに私の手をつかみ、111号室へ。
 甲Bさんと乙Aさんが眠っていた。部屋の甲Bへ向かい、「しゃべれるのか」と。私は「しゃべれません」と答えた。男はまず甲Bさんを、そして乙Aさんを。甲Bさんはあぐらをかいて、上半身を前にベタっと倒して寝ていた。男はそのまま刺した。
 110号室の向かいの112号室に入り、男は「この部屋はしゃべれるのか」と。私はどちらも会話が成り立つので「しゃべれます」と。男はなにもせず、109号室のドア前へ。甲Cさんはいつも施錠をする人だった。男は「鍵はどこだ」と、私は鍵の束をエプロンのポケットに入れていた。この中に支援員室の鍵があった。両手首を縛られていたので取り出せず、「ここにあります」と。鍵の束を取り出し鍵を開けた。私の腕をつかみ、109号室の中に引き入れた。
 甲Cさんを指して「しゃべれるのか」。私「しゃべれない」電気がついていなくて、暗い部屋だが廊下の常夜灯でぼんやりと。私の目の前で甲Cさんに包丁を振り下ろし刺した。部屋が暗くてどこを刺したか見えない。108号室へ引っ張っていき、手前に甲Eさん、乙Bさんが寝ていた。男は甲Eを指し「しゃべれるのか」と。「しゃべれない」と言うと刺した。乙Bさん「しゃべれるのか」と。「しゃべれない」と言うと乙Bさんを刺した。107号室へ引っ張っていった。そこは入居者2人が住んでいた。ルームカーテンがついていて奥の人は見えない状況だった。入所者を指し、「しゃべれるのか」私「しゃべれます」と。奥の入所者には気づかなかったと思う。そのまま107号室を素通りした。

横浜地裁(筆者撮影)

2.生権力の作動

 「しゃべれるか、しゃべれないか」。職員の供述調書ではこのやりとりの連続である。そして、「しゃべれない」とわかれば殺害の対象とされる。これはまさに「生権力」の問題である。「意思疎通がとれるか」否か、「生きるに値する生」か否かを選別すること、それが「生権力」の核心である。「生権力」とは、元々はミッシェル・フーコーが『知への意志』(1976年)において定義づけた概念である。人間の生に積極的に介入し、管理・運営しようとする現代的な権力のあり方が「生権力」なのだ。
 一見すると単なる殺人のように聞こえるかもしれないが、犠牲者や遺族は被告とまったくと言ってよいほど、面識もなければ、被告自身、彼らに憎悪も怨恨もない。被告自身が生の選別をし、生命を管理・運営しようとしているのだ。しかもその手段と方法があまりにも残虐極まりない。犯行後は、血の海を想像するが、被告は「血の匂いはない」とも述べている。
 被告の場合、生権力の作動の予兆は、「措置入院」にある。衆議院議長宛ての手紙を持っていき、重度障害者の安楽死を提案するも認められず、措置入院となった。いわば、被告本人も「心失者」の対象とさせられたのである。被告は措置入院させられるとまでは想像していなかったようだが、措置入院が国による回答であったのだ。

甲S姉の代理人弁護士(女性)

―― 衆院議長への手紙について。手紙を書いた時点で、許可されたら、あなたが殺そうとした?
被告 はい。
―― 仮に「国が間違っている、やめられたい」と返事がきたら実行しなかった?
被告 それはわかりません。措置入院になったのが返答だと思います。
―― その意味は?
被告 「やめなさい」という返答と思う。
――「やめなさい」という意味の返答があったのになぜやった?
被告 正しいと思ったから。人々にとって正しいというのと、幸せが増えると思ったからです。

検察官

―― 園に行くとき、意思疎通できない人全員殺害するつもりで侵入した?
被告 なるべくたくさんの人を殺害しようと思っていました。
―― 殺害方法として、最初に包丁で胸を刺し、胸がかたいので途中から首?
被告 はい。首だと確実に殺せると。
―― 首を3回くらい刺せば死ぬと思った?
被告 はい。
―― あなた自身は各被害者の首を刺したけれど、亡くなったかどうかの確認はしたか?
被告 してません。
―― なぜ。
被告 次を急いでいたから。
―― 昨日、今日と死にざまを聞かれて覚えていなかったと答えたが、どうして?
被告 覚えたくない景色だったからかもしれません。
―― 正しいかどうかわからないと言っていたが、躊躇はなかった?
被告 これから外に一生出られないかもしれないとは思いました。
―― 自分が「気づいた」理由はやまゆり園で働いて、その実態とか家族の苦労の様子を知って、気づいたと言っていた。それでよいか?
被告 はい。
―― やまゆり園で働かなければ気づかなかった?
被告 そうかもしれません。

被告の弁護士

――「気づいた」きっかけは、やまゆりの実態を知ってと言ってましたね?
被告 はい。
―― 措置入院する前ですよね。
被告 はい。
―― 措置入院の時にどうかわったか。
被告 自分でやれば良いと気づきました。
―― 措置入院の前は障害者は安楽死させるべきと考えていた。
被告 はい。そうです。
―― 当時も今も自分の考えは正しいと。
被告 はい。
―― 刃物で殺傷したのが正しいとは言い切れないと言いましたよね?
被告 はい。
―― なるべく多く殺害しようとした。
被告 はい。

(第11回公判より抜粋)

3.生の選別

 「国が認めないのであれば自分で実行するしかない」。そして措置入院中に実行を決意し、身体を鍛え、準備をしていたのだ。被告は、「意思疎通のとれない重度障害者は安楽死させるべきだ」とする一方で、自らに責任能力があることを訴え「責任能力がなければ即死刑にすべきだ」と主張している。つまり、意思疎通のとれない、責任能力がとれないものは、死刑・抹殺の対象とするべきだというのだ。ここに「法」と「法外なもの」の関係が、直ちに立ち現れる。責任能力のあるものは法の裁きを受けることができ、責任能力のないものは法の裁きを受けることができない。自分は法の内にあり、責任能力があるので法の裁きを受ける権利があるが、「心失者」は、法の外にあり、その責任能力がないので裁きを逃れることができる。つまり、被告は、自ら規定した「心失者」に自らがなることを恐れているのである。これは被告にとって「屈辱」以外の何ものでもないはずだ。
 だとすれば、何が言えるのか。遺族や被害者の全員が被告に極刑を望んでいる。つまり、被告を「死刑」にすることを望んでいる。その判断は司法である。つまり、司法は、「生きるに値する生」か否かの線引きを行うのだ。そしてこの線引きは、「安楽死の対象とするべき生」とそうでない生の線引きとも通底している。被告は安楽死を合法化することを主張しているが、安楽死が合法化されると国家によって生の選別が可能となる。死刑による生の選別、安楽死による生の選別、どこが違うのか。いずれも主権権力によるものであり、まさに「生権力」の範疇である。個人は、生の選別はしてはいけないが、国家は生の選別はしてもよいという逆説性が含まれている。公判を傍聴していて遺族の感情はよくわかるが、私自身は、――今回の事件に限ったことではないが――死刑制度にも安楽死・尊厳死の合法化にも反対である。
 被告自身が重度の障害者となり意思疎通がとれなくなることを経験させる以外には、悔い改める方法や手段はないのではなかろうか。おそらく自分自身が「心失者」にさせられることが本人にとって最も苦しいことだと考えるからである。近代の死刑制度は拷問・八つ裂きなどではなく、「紙切れ一枚」で合理的に行われる。死刑の覚悟はいるが、一瞬で終了し、痛みも苦しみも生じないからである。

4.私たちは被告を批判・否定しきれるか

 第9回公判では、被告は「匿名裁判は重度障害者の問題を浮き彫りにしています」と語った。この命題自体は間違ってはいない。重度障害者でなければ匿名ではなかったということである。実名が法の内側にあるものだとすれば、匿名は「法外なもの」である。つまり、法外に追いやっているのは、家族であり、健常者なのである。敵は外にいるのではなく、私たちの内にいるのだ。法の内にいる家族や私たちが、重度障害者を法外に追いやっているのだ。
 障害者殺傷事件については既に様々な観点から考察されている。また、被告をどう裁くかについても議論がされている。誰しも口を揃えて被告を批判、否定しようとはするが、私たちは被告の考え方を簡単に否定できるのであろうか。安楽死、優生思想、生産性やカジノの問題一つ取り上げても明らかである。
 では、被告を糾弾し彼の考え方が社会に出ないように監視強化、社会防衛を徹底すれば問題の解決につながるのだろうか。それは正しいとはいえないだろう。何故なら敵は外にいるのではなく、私たちの内にいるからだ。児童虐待や、DVなどの家庭内暴力をみれば明らかである。支援者・介助者といった顔見知りの犯行というのが意外と多い。
 では、何が裁かれるのか。裁かれること、罰せられるべきことは、19人を殺害したという「客観的事実」である。この事実は決して揺るぎようのないものである。そして、この「客観的事実」に法が適用されなければならない。
 被告のような考え方はむしろ社会では、支配的なのかもしれない。社会の半数以上が重度の障害者、国会議員の過半数が重度の障害者になったらなどということは想像すらしていないだろう。なぜなら社会は健常者中心に動いているからである。だとすれば、先の参議院選挙で当選した「れいわ新撰組」の舩後靖彦議員、木村英子議員の登場は、この問題の解決の方向性を指し示しているといえるのではなかろうか。「LGBTは生産性がない」などという議論にせよ、隣に座っている当事者を前にして語る議員はいようはずもないからである。

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著者略歴

  1. 西角 純志

    1965年山口県生まれ。専修大学講師(社会思想史)。津久井やまゆり園には2001年~05年に勤務し、事件の犠牲者19人のうち7人の生活支援を担当した。被告とは、2017年9月以降、手紙のやりとりをし、これまで10回以上接見している。著書に『移動する理論――ルカーチの思想』(御茶の水書房、2011年)、『開けられたパンドラの箱』(共著、創出版、2018年)などがある。

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