第16回 虚弱がフリーランスしかなくなってしまうのは自己責任か(3)
病気や障害を抱える「虚弱」だから、安定した労働を提供する被雇用者ではなくフリーランスになるほかない。フリーランスでたくさん稼ぐには、積極的に人と交流することのできる健康が必要。一見矛盾するこの状況のなかでどのように生きていくか――。誰かとつながることが苦手でマイノリティ属性をもつからこそ人とつながることを避けて通れない、という逆説的現状に一石を投じた著書『マイノリティの「つながらない権利」』で話題を集めた気鋭の著者・雁屋優さんが、ご自身の経験をもとに「虚弱」な人がフリーランスとして生きていくための実践的方法論を提案します。
ジェンダー不平等な労働市場が虚弱を排除する
労働とジェンダーで真っ先に思いつくのは、性別役割分業意識が未だにはびこっている現状ではないだろうか。ジェンダーの視点を持たなくても、男は仕事、女は家事育児なんて言っていては暮らしていけないことなど、現実の経済状況を見れば明らかだ。
家事・育児・介護、ひいては自分自身の世話までもしなくてよい労働者、特に男性を指して「ケアレスマン」と呼ぶ。そうしたケアレスマンが前提の労働環境はジェンダー不平等を強化するといわれている。
虚弱かつ社会的には女性扱いされる私としてはケアレスマンが羨ましくてたまらない。現在もこれからも誰に対してであれ、育児や介護つまり他者のケアを拒否し続けるつもりだ。私の時間も労力も私のやりたいことに使うので精一杯で、私も他者のケアをしたくないから。虚弱は虚弱さゆえに自身のケアを福祉サービスや家電を利用して楽にし、他者のケアを拒否する権利があるとさえ思っている。そもそも虚弱でなくても、誰であっても無償で他者をケアする義務なんてない。有償であってもその報酬次第で引き受けたり引き受けなかったりする自由がある。有償でも私は絶対に拒否するけれど、それも保障されるべき自由だ。
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ジェンダー不平等な労働環境の具体例として、以下の問題点がある。
1. 賃金格差 女性の賃金水準が低く、同じ正社員でも男女差がある
2. 雇用形態の格差 下記の労働時間の問題もあり女性が非正規雇用に集中しやすい
3. 昇進・管理職格差 管理職に男性が多く、女性が意思決定に参加しにくい
4. 労働時間の格差 長時間労働の可否や転勤への対応可否がキャリア形成を左右し、長時間労働や過酷な通勤が厳しい虚弱な人々が非正規雇用に追いやられたり昇進の機会を奪われたりしやすい
5. 無償労働の格差 家事・育児・介護が女性に偏り、賃金労働に使える時間が制限される
6. 健康への配慮の格差 月経・妊娠・更年期などに関する健康課題が、職場で十分に考慮されない
7. 社会保障の格差 低賃金・短時間労働や就業中断が、将来の年金額などに影響する
8. 社会規範の格差 男性には稼得責任と頑健さ、女性にはケア責任が期待されやすく、女性だけでなく虚弱な男性の困難を生んでいる
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虚弱の視点でこうしたジェンダー不平等を生む労働環境を見てみると、一番気になるのは月経・妊娠・更年期など女性特有の健康課題が考慮されない点だ。虚弱を語る上で月経はかなり重要だ。というのも、人間は生身の肉体から逃れられないため、ホルモンバランスを崩す月経をましにすることで、虚弱な人もかなり楽になれるケースがあるからだ。
最近知られるようになった月経困難症は月経痛だけではなく、吐き気、頭痛、疲労・脱力感、食欲不振、メンタルヘルスの悪化、下痢なども引き起こす。さらには子宮内膜症などの病気が隠れていることもあり、痛いだけと侮ってはいけない。そのほかにも不規則な月経や月経頻度に悩んでいる方はぜひ婦人科で相談してみてほしい(参考:月経困難症ってどんな病気? 富士製薬工業)。ピルへのネガティブなイメージもあるが、昔と異なり副作用も軽く保険適用で使える薬で対処できるケースも少なくない。さらに、定期通院で子宮や卵巣の様子を診てもらえるのも安心だ。こうした対処の費用を公共も企業も出してくれないのも問題だが、それでも使ってみて効果がある人は検討してみてほしい。
日本では生理休暇はあるが休業補償はないため、休めばその分給料が減る。法律上は産前休暇6週間(多胎の場合は14週間)、産後休暇は8週間となっており、産後休暇は世界的に見ても長い方だが、健康保険の対象者に標準報酬日額の2/3を出産手当金として出すものの、該当しない女性労働者もおり、休業補償は不十分だ。妊娠・出産を理由とした不当な差別的取り扱いも禁止されているが、妊娠・出産・育児を機に辞めざるを得なくなった話は今も日本中に溢れている。
介護離職や子どもの不登校による離職もジェンダー不平等と切り離せない。こうしたときに離職するのは多くが女性だからだ。頻繁な介護施設や学校からの呼び出し、通院などへの付き添いなど、予定の読めないタスクが大量発生してしまう。そして仕事を辞めたり時短勤務にしたりした先で老後の年金が減る。家族がどんなに優しくて好意的であろうと、女性は家族に尽くすほど経済的に搾取されてしまう構造がある。かといって、結婚しなければ単身高齢女性となり貧困のリスクも上がる。女性は稼ぐ手段を絶対に手放すなと言われるのはこうした状況から来ているのだろう。
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女性の不利益を語ってきたが、虚弱な男性の不利益も指摘したい。虚弱な男性には男性ゆえの困難が生じる。男性らしい頑健さがなく一人前の給料を稼げないことへの風当たりが強い。しかもこれは心理的な負荷だけではなく、社会のあらゆる制度が「男たるもの、一家の大黒柱であれ」という思想の元に作られている。近い話としては専業主夫の困難が挙げられる。元々共働きであっても、いざというときには妻子を養えてこそ一人前の男という意識は残念ながらまだまだ現役なのだ。
虚弱な男性は職場においても、家族のなかにおいても、理解を得にくい。男らしさは男性にも刃を向けるのだ。
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また、病気のために休むことも療養という仕事として捉える必要がある。病気で療養している人を「専業主ふ」と呼んだり「何もしていない」と蔑んだりするのではなく、療養中と呼ぶ。主ふ業は療養の片手間にできるものではない。制度設計を使ってそれを浸透させていくべきだ。
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ジェンダー平等な労働環境がそのまま虚弱な人々の働きやすさにつながるわけではないが、働きやすさの改善に貢献するのも事実だ。ジェンダー不平等な労働環境は虚弱も排除する。だからこそ、ジェンダー平等と虚弱は無関係ではないのだ。
