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虚弱フリーランスの方法論

第2回 治るまで休んでいたら何もできない

 病気や障害を抱える「虚弱」だから、安定した労働を提供する被雇用者ではなくフリーランスになるほかない。フリーランスでたくさん稼ぐには、積極的に人と交流することのできる健康が必要。一見矛盾するこの状況のなかでどのように生きていくか――。誰かとつながることが苦手でマイノリティ属性をもつからこそ人とつながることを避けて通れない、という逆説的現状に一石を投じた著書『マイノリティの「つながらない権利」』で話題を集めた気鋭の著者・雁屋優さんが、ご自身の経験をもとに「虚弱」な人がフリーランスとして生きていくための実践的方法論を提案します。【毎月第1・第3・第5火曜日更新予定】


 虚弱で安定して勤務できないから雇用されるのに向いていない。それなら病院に行って診断してもらい、投薬でも入院でもやれることは全部やって、元気になってから働けばいい。そう返されることは少なくない。それができないからこの連載はあるのだが、健康な人どころか虚弱に片足を突っこんでいる人でさえこれを言葉にするのは難しい。

 病院に行けば必ず何らかの診断がついて病名がわかる。

 病名がわかれば何らかの治療法や対症療法がある。

 医師の言う通り治療や対症療法に励めば、病気は治る。

 健康なときに人はこう信じて疑いもしないが、全部事実ではない。診断がつかない症状も治らない病気も対処できない症状もある。しかもそれはさほど少なくない。薬を飲み続ける、悪化していないか定期的に検査するなどして、付き合っていく病は案外身近にある。私の眼皮膚白皮症も定期的な検査をしながら経過を見ていくしかない疾患だ。もっと身近なところで言えば、うつ病やがんは治癒ではなく寛解(症状が落ち着いて安定しているが、再発もありうる状態)を目指して治療していく。

 入退院を繰り返していて緊急対応が頻繁に発生するような時期は明らかに急性期とされ、まずは治療、働けるかどうか考えるのは今ではないと誰もが合意するだろう。そこには私も異論はない。ただし、その時期も治療のために医療費やそれ以外の治療にまつわる出費がかさむこと、本人や家族の生活費はかかってしまうことも忘れてはならない。

 自宅での療養生活になり限定的に労働許可が出ても、そこにマッチした労働がないケースもある。私自身もうつ病の状態がある程度安定して働こうとした際、ハローワークで医師の意見書を求められた。主治医は「在宅で週20時間程度なら可能」と記載し、ハローワークの職員はその意見書を見て「難しい」と口にした。当時は新型コロナウイルス感染拡大の前だったのもあり、主治医の提示した条件に合う求人は見つからなかった。現在出社回帰の企業も増えているようだが、経営陣や行政は出社回帰で働けなくなる人もいる可能性をどう捉えているのだろうか。虚弱な人々は想定すらされていない動きに見える。

 最高裁判所でさえも難病の弁護士、青木志帆さんに「病気を治してから司法修習に来られないのか」と電話したエピソードが『あしたの朝、頭痛がありませんように』(青木志帆・谷田朋美著、現代書館、2025年)で青木さん本人の文章で明かされている。本書によれば、青木さんが司法試験に合格したのは2008年9月なので、虚弱や患い続けることへの無理解はさして遠い話でもない。2008年の最高裁判所でもそうなのだから、2026年の現在も国内に多くの無理解に晒され、想定すらされない困難が虚弱な人々を襲っているのは想像に難くない。

 治るまで待っていたら、何もできずに人生が終わってしまう。それが虚弱の現実だ。

 ◇ ◇ ◇

 人間はただ生きているだけでも出費がかさむ。診断名がつかなければ障害年金の受給も難しく、生活保護も死なないだけの手薄い保障で、安心して療養できる環境とは程遠い。頼れる親か配偶者がいなければ、あるいは莫大な資産でもなければ、この社会に安心して療養に専念できる環境はない。

 在宅している以上は入浴も掃除も食事の調達も自分でやるか、障害福祉サービスなどを利用する手はずを整えるかしないと暮らせない。当然、通院も治療も続けなければならない。やめた途端に絶不調に逆戻りだからだ。

 治らない、あるいは治るまでに時間のかかる虚弱な人が、治るまで休むことは経済的な面からも時間の面からも不可能だ。経済的な面で療養が妨げられている点は障害年金の増額や基準の見直し及び拡大、生活保護の改善などで解決されるべき問題だ。しかし、社会保障がどれほど手厚くなろうとその人の人生の時間だけは補えない。残酷で厳しい現実だが、虚弱を語る上では避けられない話だ。

 ◇ ◇ ◇

 虚弱な人も健康な人も、夢を持つ。虚弱ゆえに実現不可能な夢もあるだろう。私も夢見たことがすべて叶ったとはいえない。医学研究者として第一線で活躍するキャリアウーマンになる夢は叶いそうもなく、それでもやりたい研究をする方法を模索している。健康な人の前にはいくつもある夢の実現ルートが、虚弱な私の前では遠く彼方の点になる。それこそが、虚弱の人生の困難だ。

 誰もが仕事をして職業を持つべきとは言わない。だが、何か実現したいことがあったとき、そこへ行くには職業の形を取ったり専門性を身につけたりする必要が生じやすい。虚弱な人を労働から排除するのは夢、ひいては生きる希望そのものを奪うことにほかならない。

 治るまで待っていられない。急性期なら体調の安定を待つのもドクターストップも合理的だ。しかしそこを過ぎれば、その人の日常や人生も考慮されていいはずだ。虚弱のまま、無理なく仕事をしていく。健康な人ほどの速度は出せなくても仕事を通して夢を叶え、希望を抱いて生きていく。人間の生にはそうした希望が欠かせない。

 服薬、治療、通院を続けながら、無理なく働いていく。これからの時代、それはありふれた光景となるだろう。

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著者略歴

  1. 雁屋 優(かりや・ゆう)

    文筆業/研究者志望。主に医療・科学領域で研究や執筆を行う。
    茨城大学理学部卒業。北海道大学COSTEP(科学技術コミュニケーター養成プログラム)修了。
    単著『マイノリティの「つながらない権利」』(明石書店、2025年)ほか、論考「家族をつくる選択肢を緩やかに確実に奪う構造の解剖:障害者グループホームの制度設計から見る優生思想」(『季刊福祉労働176号』現代書館、2024年)や『障害のある10代のための困りごと解決ハンドブック』への寄稿などがある。

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