明石書店のwebマガジン

MENU

エリア・スタディーズ200巻突破記念連載 「わたしとエリア・スタディーズ」

【最終回】エリア・スタディーズよ永遠に!(渡邊泰輔)

世界の国と人を知るための知的ガイド〈エリア・スタディーズ〉シリーズがおかげさまで遂に200巻を突破しております。

この節目を記念して始まった連載「わたしとエリア・スタディーズ」では、 〈エリア・スタディーズ〉に触発され、さまざまな研究を行う若手研究者たちの経験やエピソードを紹介しています。〈エリア・スタディーズ〉が探求する多様なテーマに関連する体験や研究の裏話、そして〈エリア・スタディーズ〉を通じて感じたインスピレーションに焦点を当て、シリーズに寄せるメッセージをお届けします。

最終回は文化人類学を学び、台湾について研究をしている渡邉泰輔さんにエリア・スタディーズ・シリーズの研究者ならではの活用法やシリーズを刊行し続ける意味について語っていただきました。

 

今回エリア・スタディーズ200巻突破記念のエッセイという貴重な機会をいただいた。改めて調べてみると創刊は1998年。単純計算で一年に8冊出版されており、驚異的なペースだ。これほどの規模感のあるシリーズは、世界的にも珍しいのではないだろうか。

エリア・スタディーズの魅力は、世界中の地域の概要を専門家が分かりやすく解説してくれる点にある。私が専門とする文化人類学は、その名の通り人類の「文化」を研究する分野であるが、研究の初期に自身の調査地のエリア・スタディーズを読んだ経験のある人は少なくないだろう。私自身も台湾を研究しようと思った時、まず『台湾を知るための60章』の気になる箇所を読む事から始めた。観光に関する書籍は数多あれ、知的好奇心も満たしてくれるエリア・スタディーズは研究者の卵にとっても貴重な本だ。

また、沢山のトピックが網羅されていることは、研究者として知識が多少増えた後にも役立った。私の場合、植民地時代の記憶やインフラ、コミュニティ運動など関心のあるテーマに詳しくなると、却って他のテーマを見落としがちになってしまう。そんな時はエリア・スタディーズを開き、別の視点から問題を見る可能性を探ってみるのだ。社会全体を大掴みに捉えられるのも、学術書とは異なる本シリーズの優れた点の一つだ。

 

日本統治時代に建設された灌漑インフラ白冷圳(奥の緑色のパイプ)

側の記念公園には主任技師・磯田謙雄の銅像が置かれている(台中市・新社区)

 

これまで数多くの地域を扱ってきたのがエリア・スタディーズの魅力の横軸だとすれば、縦軸は時代の変化と共に新たな情報を私たちに届けてくれる改訂版の存在だ。台湾はこれまで『現代台湾を知るための60章』(2012)、『台湾を知るための60章』(2016)、『台湾を知るための72章』(2022)の三冊が出版されている。台湾は2019年にアジアで始めて同性婚を認め、新型コロナウイルス対策では世界から注目された。そもそも国際情勢における台湾の立ち位置は常に不安定であり、歴史をどう扱うかは政治状況に左右されてきた。私がこれを書いているのも選挙が終わった直後であり、2016年から続く蔡英文政権が終わり、民主進歩党が政権を維持したものの議席数は過半数を下回った。このことも次の改訂版が出ることには大きな意味を持っているかもしれない。同じテーマでもその内容は常に変化している。絶えず揺れ動く社会の定点観測的な役割もエリア・スタディーズにはあるのだ。

そう、だから本シリーズに終わりはない。紹介されていない地域はまだまだあるし、時代が変われば新たに書かなければならないことが出てくる。いつか書けるように頑張りながら、新たな一冊を、新たな世界を楽しみに待とう。

 

エリア・スタディーズよ永遠に!

 

本連載はこれで終わりますが、またいつか装いを新たに地域を見つめる気鋭の研究者の方々に語っていただく機会を設けたいと思っています。

お楽しみに!(エリア・スタディーズ編集室)

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 渡邊泰輔(わたなべ・たいすけ)

    東京都立大学大学院で社会人類学を専攻。台湾の人々の歴史認識と文化的創造について研究している。

関連書籍

閉じる