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エリア・スタディーズ200巻突破記念連載 「わたしとエリア・スタディーズ」

「幸せの国デンマーク」は本当か?(亀井瞳)

世界の国と人を知るための知的ガイド〈エリア・スタディーズ〉シリーズがおかげさまで遂に200巻を突破しました!

この節目を記念して始まった連載「わたしとエリア・スタディーズ」では、 〈エリア・スタディーズ〉に触発され、さまざまな研究を行う若手研究者たちの経験やエピソードを紹介しています。〈エリア・スタディーズ〉が探求する多様なテーマに関連する体験や研究の裏話、そして〈エリア・スタディーズ〉を通じて感じたインスピレーションに焦点を当て、シリーズに寄せるメッセージをお届けします。

第6回は、来年1月下旬に刊行予定の『デンマークを知るための70章【第2版】』の執筆者の一人で、現在デンマークに留学し研究を続けている亀井瞳さんに、日本のデンマークに対するイメージと実際についての興味深いエッセイをご紹介します。

 

自由、平等、平和、高い幸福度、充実した福祉サービス

 

このようなイメージを抱いて『デンマークを知るための70章【第2版】』を手に取る方が多いのではないだろうか。ある地域についてより深く知るために明石書店の〈エリア・スタディーズ〉を開く時、私たちはすでにその国や地域に関する何らかの知識やイメージを抱いている。

編者の村井誠人氏は本書第68章において、日本におけるデンマーク・イメージの一つとして存在する「平和の国デンマーク」というイメージが、戦後日本において人々が抱いた復興の希望が投影されながら創られたものであったことを指摘している。また、第24章、第31章、私が担当した第22章においては「小さく均質なデンマーク」というイメージが再検討されている。

「小さく均質なデンマーク」というイメージは19世紀前半にノルウェーやスリースヴィ・ホルスティーンを失ったデンマークにおいて、言語や文化を国民的アイデンティティの基礎として重視し、デンマークを均質な住民による小国と捉え国民の調和を強調する言説などによって構成されてきた[1]

しかし、「小さく均質なデンマーク」というイメージを国民国家成立以前のデンマークには当てはめることは誤りである。近世以前のデンマークは様々な言語や文化を包摂する複合的な国家であり、そのような歴史を無視することは現在のデンマーク社会に内在する多様性を過小評価することにつながる[2]

私は現在コペンハーゲン大学に留学しているが、留学生の中にはデンマーク社会における自由や平等、高い幸福度、ジェンダー平等、環境意識の高さを母国の模範として学ぶことを目的としている者も多くいる。しかし、最前線の研究者たちが指摘するのは、そのような価値観を実現する社会というイメージもまた、デンマークの人々のアイデンティティ形成やグローバル資本主義社会におけるナショナル・ブランディングなどと関わり合いながら形成された側面を持つことを意識し批判的に検討すべきということである。

 

実際私は現地での生活を通して、「自由で平等なデンマーク」というイメージと「小さく均質なデンマーク」というイメージの矛盾を実感している。なぜならデンマーク国民を同じ文化や言語を共有する人々として想像する時、それ以外の人々の自由や平等が過小評価される可能性が生まれるからである。実際、移民がデンマーク市民権を得るためにはデンマーク語やデンマークの文化に関する厳しい試験が課せられる。また、表現の自由やジェンダー平等を根拠の一部として反イスラーム主義を掲げる政治家も少なからず支持を受けている。

ある地域の共同体や人々に対する「つくられたイメージ」は、意図せずに差別や排除を伴うことや、それを見えにくくしてしまうことがある。私たちの中にあるそのようなイメージに批判的になるために、研究者たちが最新の知見、様々な角度から特定の地域について論じる〈エリア・スタディーズ〉は大いに役立つであろう。

 

[1] Østergård, Uffe. “Danmark og EUropa.” Temp - tidsskrift for historie, 2015, pp. 107-108. Jørgensen, Ida Lunde, and Mads Mordhorst. “Producing History, (Re)Branding the Nation: The Case of an Exhibition on the Danish Golden Age.” Scandinavian Journal of History, vol. 47, no. 5, 2022, pp. 606.

[2] Østergård, Uffe. “Danmark og EUropa.” Temp - tidsskrift for historie, 2015, pp. 120-122.

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著者略歴

  1. 亀井 瞳(かめい・ひとみ)

    大阪大学人文学研究科博士前期課程。

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