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エリア・スタディーズ200巻突破記念連載 「わたしとエリア・スタディーズ」

多数の「我々」を認めるため(中村 達)

世界の国と人を知るための知的ガイド〈エリア・スタディーズ〉シリーズがおかげさまで遂に200巻を突破しました!

この節目を記念して始まった連載「わたしとエリア・スタディーズ」では、 〈エリア・スタディーズ〉に触発され、さまざまな研究を行う若手研究者たちの経験やエピソードを紹介しています。〈エリア・スタディーズ〉が探求する多様なテーマに関連する体験や研究の裏話、そして〈エリア・スタディーズ〉を通じて感じたインスピレーションに焦点を当て、シリーズに寄せるメッセージをお届けします。

第4回は、英語圏を中心にカリブ海の文学・思想を研究され、西インド諸島大学モナ校(ジャマイカ)英文学科博士課程に日本人として初めて在籍・博士号を取得された中村達さんが、様々な地域の様々な「我々」というキーワードから、本シリーズの特色や地域を研究する魅力を語ります。

 

「私たちは、『我々』に住みつく多数の存在を認める一方で、多数の『我々』が住みつく世界の多様性というものも認めなければならない」[1]。世界文学や世界哲学といった学問的試みは、文学や哲学を人類全体が共有する知の営みとして記述する。その記述においては、人類は「我々」というひとつの総体であり、その「『我々』に住みつく多数の存在」が、世界各地から文学や哲学を通して人類知の発展に貢献している。

このような「グローバル・スタディーズ」とも呼べる学問は、人種的・民族的差異を包摂する普遍的な「我々人類」という視座を私たちに提供している。

 

しかし、カリブ海思想研究者のシルヴィオ・トレス=セイラン(Silvio Torres-Saillant)が述べるように、私たちは同時に多数の「我々」が世界中に存在していることを認めなければならない。トレス=セイランは、人類を普遍的な単数の「我々」としてのみ認識することは、「惑星上の人々が同じ世界を知り、同じようにそれを知っている」と思い込むことであると指摘する[2]

私たちは必ずしも同一な世界を知り、同じようにそれを認識しているわけではない。この惑星には様々な「我々」という複数の主体が存在し、その「我々」の数だけ世界認識の方法がある。地域性を重視した「エリア・スタディーズ」は、この「多数の『我々』」を私たちが認めることを可能にするのだ。


2年に1度ジャマイカで開催される国際的文学祭の「カラバッシュ」に参加したときの光景。様々な人種が集い、カリブ海の人々としてカリブ海の文学を愛する。ここにカリブ海の「我々」を見た。(筆者撮影)

 

今年200巻を達成した明石書店の〈エリア・スタディーズ〉は、「多数の『我々』」の存在をひとつひとつ可視化する、価値ある試みである。『カリブ海世界を知るための70章』が世に出たのは、私がジャマイカで留学中の2017年のことだった。遂にカリブ海「世界」に住まう「我々」を、〈エリア・スタディーズ〉が紹介してくれたのだった。

そして今回私が参加した『カリブ海の旧イギリス領を知るための60章』は、主にイギリスによる植民地支配を受けたカリブ海の国々の「我々」を取り上げている。カバーされているカリブ海の国々はまだ少ないが、今後このシリーズはカリブ海の様々な「我々」を見せてくれるだろう。

 
お世話になった西インド諸島大学モナ校の図書館。(筆者撮影)

 

私の研究対象であるカリブ海は、歴史を通して他者として表象され続けてきた。拙著『私が諸島である カリブ海思想入門』(書肆侃侃房)では、私はカリブ海の人々がどのように自身の特殊な経験から地域的叡智を紡ぎだし、欧米の知とはまた異なる知の体系を作り出しているかを紹介している。

明石書店の〈エリア・スタディーズ〉や拙著を通して、カリブ海の地域の文化的豊饒性や特殊性に触れ、カリブ海の「我々」をめぐる地域研究の楽しさを感じていただければ幸いである。

 

[1] Silvio Torres-Saillant, An Intellectual History of the Caribbean (New York: Palgrave Macmillan, 2006), 2.

[2] Ibid., 1.

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著者略歴

  1. 中村 達(なかむら・とおる)

    千葉工業大学教育センター助教。PhD with High Commendation(文学、西インド諸島大学)。専門は英語圏を中心としたカリブ海文学・思想。
    主要著作:『私が諸島である カリブ海思想入門』(書肆侃侃房、2023年)、 “Peasant Sensibility and the Structures of Feeling of ‘My People’ in George Lamming’s In the Castle of My Skin” (in Small Axe: A Caribbean Journal of Criticism, 27 (1): 34–50, 2023), “‘Maybe Broken Is Just the Same as Being’: Brokenness and the Body in Kei Miller’s Short Stories” (in Caribbean Quarterly, 68 (3): 382–401, 2022) など。

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