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エリア・スタディーズ200巻突破記念連載 「わたしとエリア・スタディーズ」

世界の複雑さ・多彩さに分け入るための勇気の知(長岡慶)

世界の国と人を知るための知的ガイド〈エリア・スタディーズ〉シリーズがおかげさまで遂に200巻を突破しました!

この節目を記念して、本シリーズに新しい一面を加えるべく、新たな連載「わたしとエリア・スタディーズ」を始めます。 〈エリア・スタディーズ〉に触発され、さまざまな研究を行う若手研究者たちの経験やエピソードを紹介します。〈エリア・スタディーズ〉が探求する多様なテーマに関連する体験や研究の裏話、そして〈エリア・スタディーズ〉を通じて感じたインスピレーションに焦点を当て、シリーズに寄せるメッセージをお届けします。

第2回は医療人類学、南アジア地域について研究している長岡慶さんに、〈エリア・スタディーズ〉に対する彼女の思いを、読者と執筆者両方の視点から紹介していただきました。

 

 明石書店の〈エリア・スタディーズ〉に出会ったのは、大学1年生の春だった。異文化理解に関する授業を履修し、その実習で夏休みにブータンへ出かけることになっていた。ブータンとはどのような国だろうか。大学図書館を訪れ、膨大な量の本に圧倒されながら、やっとの思いでみつけたのが『現代ブータンを知るための60章』だった。著者たちの経験に基づく現地の話や写真をみながら、自分もこの場所に立つことができるのかと思うと胸が高鳴った。大学3年生で初めて海外一人旅をするときも、〈エリア・スタディーズ〉を開いた。インドへの旅を計画し、『インドを知るための50章』を読みながら、これから始まる冒険のイメージを思い描いた。ブータンやインドについて多様な角度から教えてくれた〈エリア・スタディーズ〉は、知らない世界に足を踏み出す勇気を私に与えてくれた。

農村風景(アルナーチャル、タワン県)

農村風景(インドアルナーチャル、タワン県)

あれから年月がたち、一執筆者として『インド北東部を知るための45章』(2024年春刊行予定)に関わることになった。インドの東端に位置し8つの州からなるインド北東部は、様々な国と国境を接し、州内の民族紛争やインドからの独立運動、インド・中国間の国境紛争などを背景に、1990年代後半まで外国人の入域が厳しく制限されていた。私は、そのなかのアルナーチャル・プラデーシュ州(以下アルナーチャル)でフィールドワークをし、薬草医療の実践と身体や環境、市場との関わりを研究している。

アルナーチャルは、ほとんどの日本人にとってなじみのない場所であるが、意外にも現地では日本に親しみをもっている者が少なくない。というのも、アルナーチャルという名前には「日がのぼる国(Land of the Rising Sun)」いう意味があり、「日出ずる処」からきている日本の名前と由来が同じことが知られているからである。章の執筆では、現地の人々と交流するなかで知った、チベットとインド北東部をつなぐ広大な交易や仏教、医療のネットワークについて書いた。「孤立した辺境で暮らす山の民」といった単純化したストーリーにはおさまらない、現地の人々の国境を越えた広い世界との結びつきやその歴史の厚みの一端を、読者に感じとっていただけたらと思っている。

タワン僧院の祭り(アルナーチャル、タワン県)

タワン僧院の祭り(インドアルナーチャル、タワン県)

今日、誰もがインターネットの記事やソーシャルメディアを通じて、知りたい情報に瞬時にアクセスできる。断片化した情報が大量に流通し消費されるなかで、インド北東部のように国だけでなく特定の地域の「複雑な背景を知ること」に心を配る〈エリア・スタディーズ〉は、むしろますます重要なものになるのではないだろうか。それは、複雑な世界を、安易に単純化するのではなく、何がどのように複雑なのかを一般読者に寄り添いながら伝えてくれる、数少ない旅行書と専門書の中間の書である。いろいろな国・地域の複雑さや多彩さを知ることの楽しさや、その世界に分け入るための勇気としての知を、〈エリア・スタディーズ〉がこれからも多くの人びとに提供し続けてくれることを願っている。

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著者略歴

  1. 長岡 慶(ながおか・けい)

    2019年京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。東京大学大学院総合文化研究科・学振特別研究員(CPD)、カリフォルニア大学バークレー校人類学研究科・客員研究員。専門は、医療人類学、南アジア地域研究。主要著書に、『病いと薬のコスモロジーーーヒマーラヤ東部タワンにおけるチベット医学、憑依、妖術の民族誌』(春風社、2021)、『チベット・ヒマラヤ文明の歴史的展開』(共著、京都大学人文科学研究所、2018)、Ruptures and Repairs in South Asia: Historical Perspectives(共著、Martin Chautari、2013)など。

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