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エリア・スタディーズ200巻突破記念連載 「わたしとエリア・スタディーズ」

〈エリア・スタディーズ〉執筆と私の2人の「賢女ワシリーサ」(安島里奈)

世界の国と人を知るための知的ガイド〈エリア・スタディーズ〉シリーズがおかげさまで遂に200巻を突破しました!

この節目を記念して始まった連載「わたしとエリア・スタディーズ」では、 〈エリア・スタディーズ〉に触発され、さまざまな研究を行う若手研究者たちの経験やエピソードを紹介しています。〈エリア・スタディーズ〉が探求する多様なテーマに関連する体験や研究の裏話、そして〈エリア・スタディーズ〉を通じて感じたインスピレーションに焦点を当て、シリーズに寄せるメッセージをお届けします。

第5回は、ロシア文学、ロシアフォークロアの研究をされている安島里奈さんが、〈エリア・スタディーズ〉執筆時の興味深いエピソードを紹介してくださいました。

 

 ある国について、ある地域について知りたいと思ったときに手を伸ばす本が、〈エリア・スタディーズ〉シリーズではないだろうか。

 私自身はロシア文学と民間伝承を研究しているが、ロシアだけではなく、他の東スラヴの国々(ウクライナやベラルーシ)にも関心が及ぶことは、よくある。そういう時には『ウクライナを知るための65章』と『ベラルーシを知るための50章』を開くものだ。

 私は今まで〈エリア・スタディーズ〉の読者であったが、この度刊行される『ロシアの暮らしと文化を知るための60章』(仮)(2024年刊行予定)では、「昔話」の章を担当させていただける運びとなった。

 依頼を二つ返事で引き受けたはいいが、うんうん唸っているばかりで一向に筆は進まなかった。何せ、昔話が現代の生活の中で持つ意味について書かねばならないのだから! これは結構な難題だ。仕方がないので、賢女ワシリーサ(ロシア昔話で主人公の手助けをするキャラクター)のセリフ「一晩寝ればいい知恵も浮かびましょう」に素直に従い、寝た。だが、目覚めたところで誰も私を助けてはくれないし、何もいい知恵など浮かばない。頭を悩ませながらモスクワに留学していた頃の記憶を呼び起こしていると、カーチャ先生と路面電車のおばあさんのことが思い出されたのだった。

ヴィクトル・ヴァスネツォフ≪蛙の王女≫(1918)
中央に描かれた女性が賢女ワシリーサ
https://my.tretyakov.ru/app/masterpiece/8722 

 

 当時、留学生向けのロシア昔話の授業を担当されていたのがカーチャ先生であった。「昔話」の章で触れた体験型博物館には、実はカーチャ先生が車で連れて行ってくれたのだった。ちなみに、この博物館を創設したのはカーチャ先生のお父さんである。お父さんは残念ながら既に亡くなられていたが、生前は子供向けの新聞を発行したり、脚本を書いたりと、かなり精力的に活動をされていたそうだ。この博物館で昔話によく出てくるアイテムや家屋の様子を実際に目にできたことは良い経験となった。

 それから、朝の路面電車に時々乗り合わせることから顔見知りになったおばあさんのことも思い出した。お互いの名前も知らない私たちは、停留所をたった3つか4つ通り過ぎる間だけ話す間柄に過ぎなかったのだが、おばあさんと昔話について話したことは今でも覚えている。おばあさんにロシアのどんなことに興味があるのか訊かれて、昔話が好きだと答えると、昔話をベースにしたソ連映画『マロースコ』を観たか尋ねられ、観たと言うと、この映画のヒロインがボリショイ劇場のバレリーナだったことなど色々教えてくれたのだった。

 結果的にカーチャ先生と路面電車のおばあさんとの記憶が突破口となり、無事、原稿を書き上げることができた。この2人こそが、私の「賢女ワシリーサ」なのかもしれない。そして今回の〈エリア・スタディーズ〉の執筆は、昔話をいつもとは違う観点から見る機会になったことにも気がついた。

 〈エリア・スタディーズ〉は、あるエリアに文化や政治、歴史などの様々な面から光を当てた本であり、知りたいと思う気持ちにいつでも応えてくれる。この本を手に取られた方々の世界は、きっと広がっていくに違いない。

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著者略歴

  1. 安島 里奈(あじま・りな)

    東京外国語大学大学院博士後期課程。中央大学総合政策学部兼任講師。専門は、ロシア文学、ロシアフォークロア。主要論文に、「ロシアロマン主義文学におけるルサールカ/水死女の形象Образ русалки-утопленницы в русской романтической литературе」(Новый филологический вестник. №1 (56). 2021)、「ルサールカの行為「くすぐる/くすぐり殺す」の持つ呪術的側面:笑いと殺害」(『スラヴィアーナ』第13号、2021年)、「フョードル・ソログープ『小悪魔』における香水の芳香」(『ロシア語ロシア文学研究』第55号、2023年)などがある。

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