学びを行動へ(最終回)
シカゴ市の公立高校で、ジョン・ハーシーの「ヒロシマ」が大量破棄されたことをきっかけに始まったこのプロジェクト。核の話を遠い昔の出来事、あるいは遠くで苦しむ人たちのことにしないで、今、ここにいる私たちと、どう関係してくるのかを中学生と一緒に考える中で、どのような気づきが生徒や教員にあったかを、ここまで8回にわたってお話してきました。最終回の今回は、教室での学びをどのように私たちの毎日の暮らしで実践していけるか、行動に繋げていけるかについて具体例とともに考えてみたいと思います。
国連核禁止条約
核兵器の保有や拡散を制御しようとする動きは、早くはマンハッタン計画に関わった科学者の中でも少なからず共有されていました。1945年9月にはアルベルト・アインシュタインやJ. ロバート・オッペンハイマーが設立者に名を連ねた「シカゴ原子力科学者(Atomic Scientists of Chicago)」と呼ばれるグループができました。このグループの会報は、後に「原子力科学者会報 (Bulletin of the Atomic Scientists)」と名前を変え現在も続いています。1947年の会報の表紙に使われた「終末時計 (Doomsday Clock)」をご存知の方もいるかもしれません。終末時計は、核戦争によって世界が滅びるときを午前0時とし、それまでの残り時間を象徴的に表しています。核の脅威が増すほど人類に残された時間は短くなります。終末まで7分で始まった終末時計は、2026年に過去最短だった前年よりさらに4秒縮まり85秒となってしまいました。この「原子力科学者会報」は現在もオフィスをシカゴ大学キャンパス内に構えています。
会報メンバーは、冷戦下の1955年、アメリカとロシアによる度重なる水爆実験の脅威を背景にイギリスの哲学者、バートランド・ラッセルとアインシュタインが核兵器廃棄、戦争廃絶を訴えた「ラッセル・アインシュタイン宣言」の実現にも貢献しています。この宣言を元に、核兵器・戦争廃絶に同意する科学者によるパグウォッシュ会議が1957年に生まれました。
その後の主な国際条約には1963年の核兵器の部分的核実験禁止条約 (PTBT)、1970年の核兵器不拡散条約(NPT)、1996年の包括的核実験禁止条約 (CTBT)などがあり、2010年にはアメリカとロシアの間で戦略兵器削減条約 (START I 及び II, 1991年)、新戦略兵器削減条約(新START, 2011-2023)などあります。
中でも1996年に起草され2017年に国連で採択され2021年に発効された核兵器禁止条約は、実験はもちろんのこと、開発・製造・保持、あるいは使用の威嚇をも禁止し、世界中の被ばく者の救済をも目的としている点で画期的なものでした。
ただ、こうして国際条約の名前を連ねると、核兵器は科学者や国際政治に携わる人たちの問題、といった印象を受けてしまうことも否めません。しかし核の問題や国家が核兵器を開発したり保有したりすることは、実は私たちの暮らしに深く直結しているのです。
核兵器禁止条約の発効を受けて、シカゴ市議会のマリア・ハッデン議員は、アメリカ政府がこの条約に批准することを、シカゴ市として促す決議案を起草しました。この決議は2022年にシカゴ市議会に正式に可決されています(https://chicago.councilmatic.org/legislation/r2021-920/)。ハッデン議員はシカゴ市議会初の黒人クィア[1]女性議員で、選挙区民の意見を積極的に聞き政策に取り入れる(コミュニティ・エンゲージメント)、民主主義のプロセスを重んじています。こうした中で、彼女は高校生によるアドバイザーを募集しました。核兵器禁止条約への批准を促す決議は、この高校生アドバイザーたちの意見も取り入れて書かれたものです[2]。ではなぜ、シカゴという一都市の高校生が、核兵器に関する国際条約について、これほどはっきりとした意見を持っていたのでしょう?
決議は、広島・長崎で使われた原爆の8倍の威力をもつ1発の核兵器をアメリカは所有していること、核兵器が人的被害だけでなく環境被害も及ぼすことなどに加え、「アメリカが核兵器に投資している一方で、アメリカ国内外の人種マイノリティの安全と安心が蔑ろにされていること、それにより白人アメリカ人の安全保障を優先している」と述べています。つまり、核兵器は人種差別と繋がっていることを指摘しているのです。
シカゴ市だけでなく、アメリカの都市部や経済的に不利な人たちが多く住む地域の公立学校は、恒常的に予算が不足しています。そのために音楽や美術の授業ができなかったり、図書室が機能していなかったり、養護教諭や用務員が十分に確保できなかったり、また設備が壊れても修繕できなかったりと、子どもたちが教育を受けるための環境が整えられないのです。一方で、核兵器の維持のためには多額のお金が注ぎ込まれていることを、この決議案は具体例を挙げて示しています。「シカゴ住民が払っている連邦政府への税金のうち年間5億ドル(約800億円)が核兵器に使われています。」核兵器に費やされるこれだけのお金について、市民が納めた税金がどのように使われているか、予算の配分という視点から考えると、毎日通う自分の学校のトイレがなかなか修理されない生徒たちにとっては、まさに直結する問題となります。
幸運にも、私たちの仲間のローラ・グラックマンがハッデン議員と知り合いだったために、忙しい議員が合間を縫ってオンラインで授業に参加してくれました。議員は、この決議について説明し、核兵器の問題は遠い昔や人々の話ではないことを、生徒たちに改めて想い起こさせてくれました。
もちろん、この兵器禁止条約は完全なものではありません。それは核兵器による「被ばく者」の存在は認めていても原発などによる「被曝」は認めていないからです。しかし、生徒たちは今まで学んできた植民地の問題(第3回)や環境正義の問題(第4回)で、核による「被爆・被曝」の構造や「平和利用」と言う言葉のまやかしを学んできました。そしてこの大きな被害が自分たちの暮らしと地続きだと認識を深めることができています。
「政治的」・「中立性」
さて、こうした授業を行うと「政治的」だと批判されることがあります。そもそも「政治的」とはどういうことでしょうか?この言葉の使われ方には注意を払う必要があります。「政治的だ」という言い方は、往々にして国策や体制とは違う意見を表したときだけに使われることが多いのです。例えば、原発は国の「政策」である時点ですでに政治に関連する事柄ではありますが、原発が必要だといったり、原発再稼働を支持したりすることは「政治的」だと批判されることはほとんどありません。ところがこれに反対したり、否定的な意見を述べると、まるでレッテルを張るように「政治的だ」といわれることがあります。その点で、「政治的」という言葉は、国策に沿わない言説を排除しようとするときに使われるのではないかと思います。
しかし、私たちの暮らしにおいて「政治的」でないものなどありません。シカゴ市の決議案が示しているように、核兵器は科学者や国際関係の話だけではなく、私たちの生活に直結する問題です。このように、どんなことであっても、生活と政治は切り離せないのです。だとすれば、「政治的」であることを避けなければならないという考え方自体から、問い直すべきではないでしょうか。
また、同じように注意したい言葉に、「中立性」があります。さまざまな立場や意見を知るようにつとめることは大切です。しかし、前回のドキュメンタリーの回(第8回)でも触れましたが、異なる意見を併記しさえすれば「中立性」が保てるというような考え方には、私たちは疑問を持っています。例えば、福島原発事故後、主にリスク・コミュニケーションと「処理水」の海洋放出に関して、政府は2022年までに広告代理店の電通一社に対して約360億円支払っています。これは野池元基さんという方が情報開示請求をしたことで、初めて明らかになった数字です[3]。これだけのお金が使われて「海洋放出は安全である」というメッセージが流れている時に、誰もそれに対しては「中立でない」とは言いません。しかし、これとは反対の「海洋放出は危険である」という意見を紹介する際は、「両方の意見を出さなければ中立とは言えない」と批判されることがあります。そして「両論併記」のために、すでに政府によって圧倒的なお金を使って流されているメッセージをまた繰り返さなければならなくなるのです。それぞれの意見を伝えるために与えられているリソースや機会のもともとの不均衡を考えるとき、両方の意見を同じように並べることが本当に「中立」なのでしょうか?
このように、「政治的」や「中立性」という言葉には、国策に沿わない意見を排除する作用があるのです。そうした言葉が批判的に使われるときには、ある「政治的」な目的や効果があり、その意味で「中立性」を欠いているともいえます。国策が全て間違っているわけでも悪いわけでもありません。しかし、根本にある力の構造を見ないでいることは、その排除の力をも見逃してしまうことになりかねません。
平和教育と政治教育
では、現実に社会で起きている問題や政策について、どのようにしたら学校教育の場で取り上げることができるでしょうか。私たちは、「政治的」だという批判を恐れて、教育の場で現実の問題に一切触れないこと(=「触らぬ神に祟りなし」)が答えだとは考えません。この世の中で「政治的でない」ものはないからです。触れない、ということもまた、結局は一つの政治的な立場です。
また、「中立性」を保つという名目で、政策や体制への批判を紹介するときに、政府や企業側の意見を同等に扱って批判のトーンを薄める、あるいは消すこと(=「腫れ物に触る」)が答えだとも考えません。それぞれの意見のおかれた社会構造、その中で働く力関係を無視して、ただ隣り合わせに両論をならべることは、本当の意味で中立ではないからです。
こうした社会構造を見抜くことは、「平和教育」においても大切です。戦争になったら、あるいは核実験が行われたら、「犠牲」にされてしまう人は、戦争や核実験がなくても、すでに別の側面で社会の犠牲にされてしまっていることが往々にしてあるからです。人種差別や環境正義の視点、つまり、普段の暮らしの不正義に向き合うことを、平和教育の根幹に据えなければいけないのだと私たちも再認識しています。
その上で、核の問題を教室で生徒と考える私たちのプロジェクトについて、日本での「平和教育」とは少し違っているかもしれない感じる点があります。それは、「戦争はいけない」「核兵器はいけない」というメッセージから始めない、ということです。
理由の一つには、アメリカという原爆投下国、核保有国、そして世界最大の軍事国で、この授業を行っているということがあります。若い世代、特にシカゴのような都市部では原爆投下についての見方は少しずつ変わってきてはいますが、それでも「原爆は必要だった」「原爆が戦争を終わらせ、結果として多くの命を救った」という言説は、まだアメリカに根強く残っています。また、韓国や中国、台湾などの出身者の中には、「原爆によって大日本帝国の植民地支配が終わった」と考えている人もいます。そうした中、たとえ私たち自身が「戦争はいけない」「核兵器はいけない」と考えており、またその論拠を示すことができるとしても、結論ありきで授業をすすめることは、あまり説得力を持ちません。
もう一つの大きな理由は、私たちは、むしろ、教室で「政治的」な議論をすることが大切だと考えているからです。教育の場で問題になるのは、「政治活動」、つまり、特定の党や候補の支援活動や選挙運動であって、政治的な話題を扱うことや、政治参加について学ぶことは認められています。その意味で、私たちのやり方は、日本の「平和教育」よりも、「政治教育 (political education)」または「市民教育 (civic education)」に近いといえるかもしれません。
民主党の菅直人政権だった2011年、総務省は「常時啓発事業のあり方研究会」(https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/keihatsu/index.html)という、従来の選挙啓発を見直し「主権者教育」をすすめるための有識者会議を設置しました。この有識者会議に招かれた早稲田大学の近藤孝弘教授は、「ドイツでの政治教育における政治的中立性の考え方」(https://www.soumu.go.jp/main_content/000127877.pdf)について発表を行い、ドイツの政治教育の原則であるボイステルバッハ・コンセンサスを紹介しています[4]。
(1) 教員は生徒を期待される見解をもって圧倒し,生徒が自らの判断を獲得するのを妨げてはならない。
(2) 学問と政治の世界において議論があることは,授業においても議論があることとして扱わなければならない。
(3) 生徒が自らの関心・利害に基づいて効果的に政治に参加できるよう,必要な能力の獲得が促されなければならない。
この三原則の考え方は、私たちのプロジェクトと似ていると感じます。政治とはさまざまな考えをもつ人たちの間の意見調整と合意形成ですから、核の問題をとりあげるにあたっても、生徒に「正解」を一方的に教えてしまうのではなく、生徒が自分で考え、意見を持つプロセスを重視しているのです。
私たちのプロジェクトでは、原爆投下や原子力発電について、賛成・反対という二項対立だけでなく、それぞれの立場がどのような論点や根拠に基づいているのかを生徒に詳しく調べてもらいます。上で述べた「中立性」のための両論併記と異なるのは、両方の意見を単に知るだけで終わらせず、それらの言説が置かれている社会構造についても深く検討するからです。個別の問題についての知識だけでなく、その背景にある社会構造から問い直すことの重要性は、プロジェクト1年目の経験からも明らかでした。社会科で扱った原爆投下については十分な議論ができた一方で、科学で扱った原子力発電の必要性については、社会構造を検討するための時間を十分に確保できず、生徒たちは自分自身が納得できる結論に至ることができませんでした(第2回)。生徒が自分で考え、自分で納得する意見を持つまでのプロセスは時間がかかりますし、必ずしも全員が、私たちと同じ考えにたどり着くとは限りません。それでも多くの生徒は、核兵器や原発はいけない、というだけでなく、なぜ自分はいけないと考えるのかを筋道立てて説明することができるようになるのです。
ティーチ・ニュークリア・ヒストリー・プロジェクト、4年目に向けて
ボイステルバッハ・コンセンサスにも「生徒が自らの関心・利害に基づいて効果的に政治に参加できるよう」とありますが、私たちは当初から、教室での学びを社会につなげる試みをしたいと考えていました。しかし時間が足りず、プロジェクト3年目は年度末を迎えてしまいましたので、これはプロジェクト4年目の課題となりました。
2024年秋からのプロジェクト4年目は、また、大きな変化がありました。ローラが健康上の理由でNTAを退職することとなり、後任の教師がなかなか決まらなかったため、NTAでプロジェクトを継続するのが難しくなりました。代わりに、ローラの友人の科学教師、アンブリア・テイラーが新しく仲間に加わり、彼女が勤めているシカゴ公立中学校、ミニー・ミニョソ・アカデミー(Minnie Miñoso Academy, MMA)でプロジェクトを続けることになりました。ローラもアドバイザーとしてアンブリアのサポートをしてくれています。MMAはシカゴ市の中心部から西南にある地区で、生徒の大多数の家庭はスペイン語を話すヒスパニック系です。またチャイナタウンが隣接していることもあり、中国からの移民の生徒も少なからずいます。人種的マイノリティが多いところは似ていますが、大多数が黒人だったNTAとは人種の構成がかなり違うことも、このプロジェクトにとって興味深い展開になりそうでした。
これまで9回にわたって、NTAでのプロジェクトの初めから3年目の終わりまでを報告してきました。連載はこれで最後になりますが、MMAでの4年目の展開について、特に教室での学びをどう社会につなげるかと生徒の政治参加について、別の形でご報告したいと思っています。ここまでお読みいただき、どうもありがとうございました。

宮本ゆき・小嶋亜維子
【注】
[1] ハッデン議員はこの言葉を性的マイノリティの総称として使っています。
[2] 決議はこちらのサイトからダウンロードできます。https://chicago.councilmatic.org/legislation/r2021-920/
[3] 野池元基さん講演(その1)「3.11後の福島で電通は何をしたのかー広告化された報道、S N Sインフルエンサーは花盛りー」2025年2月24日 福島県三春町 https://www.youtube.com/watch?v=ufOD0u3Wm9s “原発事故後の福島で電通は何をしたのか” 政経東北、2025年6月16日https://www.seikeitohoku.com/what-did-dentsu-do-in-fukushima-after-the-nuclear-accident/
[4] 近藤教授はドイツでの政治教育の行なわれ方と比較して、日本の社会科教育について「論争的な問題が教室から遠ざけられ、生徒一人一人に自分の政治的意見を持たせるような教育活動が行われにくい」こと、「中立性の要求が、日本では非政治性の要求と解釈されており、このことが、政治への参加意識を育む上で障害になっている」ことも指摘しています。(https://www.soumu.go.jp/main_content/000129509.pdf)