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【アーカイブ】高井ゆと里×能川元一×堀あきこ×松岡宗嗣「トランスヘイト言説を振り返る」

高井ゆと里×能川元一×堀あきこ×松岡宗嗣「トランスヘイト言説を振り返る」出演者発表 文:周司あきら

  昨今トランスジェンダーの人々は、自分たちの生きる現実が無視されるかたちで注目され、「議論」の的にされてしまっています。私たち一人一人は、いかにおかしな角度から注目が集まってしまっているのかを知り、その注目の矢印の向きを替えていく必要があります。

 2023年7月に刊行された『トランスジェンダー入門』(集英社)では、トランスジェンダーという集団が置かれている状況が書かれています。しかしトランスジェンダーの直面している困難は、決してトランスジェンダーだけの困難ではありません。『トランスジェンダー問題』(明石書店)では、トランスが置かれている環境と、さまざまな社会的マイノリティが置かれている環境との類似性を力強く論じています。

 2冊の刊行を記念するとともに、そのなかでもこれまで触れていなかった「トランスヘイト」に焦点を当てたイベントが2023年9月8日にwezzyで開催されました。タイトルは、すばり「トランスヘイト言説を振り返る」。トランスヘイトとは、トランスジェンダーに対する差別や偏見や憎悪、また、それらに基づくさまざまなかたちでの暴力のことです。

 出演者は、『トランスジェンダー問題』訳者であり『トランスジェンダー入門』著者の一人である高井ゆと里さん、右派の言説を研究している能川元一さん、ジェンダー・セクシュアリティ、メディア文化を専門に研究されている堀あきこさん、国政の動きを注視してきた一般社団法人「fair」代表の松岡宗嗣さんです。そのうち能川さん・堀さん・松岡さん3名の発表をもとに、周司あきらが要約して今回の記事にしました。

初出:wezzy(株式会社サイゾー)


記事1(周司あきら) 高井ゆと里×能川元一×堀あきこ×松岡宗嗣「トランスヘイト言説を振り返る」出演者発表
記事2(高井ゆと里) 高井ゆと里「素朴な疑問は素朴ではない~トランスヘイト言説に触れたら~」
記事3(周司あきら) 高井ゆと里×能川元一×堀あきこ×松岡宗嗣「トランスヘイト言説を振り返る」クロストーク

【注意】このイベントでは現状分析を目的にしているため、トランスジェンダーに差別的な言説が多数参照されます。あらかじめご注意ください!


 能川元一さんの発表

 私は、右派の家族認識や歴史認識について調べる一環として、トランスヘイト言説も見てきました。

 最近では、2023年6月に超党派でまとめられた法案をさらに骨抜きにした「LGBT理解増進法」が制定されたり、これまで女性の権利を侵害することに力を入れてきた人たちで「全ての女性の安心・安全と女子スポーツの公平性等を守る議員連盟」が設立されたりしました。右派によるトランスジェンダーへのバッシングも過激になっています。

 しかし実は、右派は昔からトランスジェンダーを攻撃対象にしてきたわけではありません。これまで右派がトランスをどう捉えてきたのか、振り返りましょう。

 紙媒体でトランスヘイト的な情報を発信してきたのは、『正論』(産業経済新聞社)『Will』(ワック)『Hanada』(飛鳥新社)『明日への選択』(日本政策研究センター)などがあげられます。持続的に性的マイノリティに関心を示していたのは、宗教右派系の媒体を除けば『産経新聞』と『正論』でした。そこでは、トランスジェンダーの存在が性別二元論を揺るがし、それが同性婚の容認につながるというロジックも用いられてきました。

右派がトランスに注目したのはいつから?

 続いては、トランスに特化した右派の発信内容を紹介します。

 2014年3月号『正論』では、西部邁氏と八木秀次氏による対談が掲載されました。内容は、性別を「男」に変更済みのトランス男性が「嫡出推定」に関する最高裁決定を受けて、戸籍上も「父」になれるようになった件への否定的な反応でした。これは確かにトランスへのバッシングではありますが、その論拠は同性婚の容認に繋がってしまうのではないかというのがメインであり、また相続における婚外子差別が違憲判決を受けたときよりも関心は薄いものでした。ですから、トランスジェンダーそのものが攻撃対象になっているわけではありませんでした。

 2018年にはお茶の水女子大が「2020年度からトランスジェンダー学生(戸籍又はパスポート上男性であっても性自認が女性である人)の受入れを開始します」と発表しました。それを受けて、『産経ニュース』2018年7月13日「【主張】「心は女性」入学へ 男女の否定につなげるな」、同じく7月25日「【ニュースの深層】パンドラの箱を開けた? 「心は女子」学生受け入れ決めたお茶の水女子大 「女子大の存在意義」議論の呼び水に」といった記事が出ました。これは、2000年代前半のバックラッシュと同じ理屈です。といっても、ここでは「男女の二元論を否定しないなら、トランス女性の受け入れそのものを否定しているわけではない」と読めますし、やはりトランスジェンダーそのものに関心を向けているわけではなかったようです。

 2018年7月発売の『新潮45』(新潮社)には、杉田水脈氏が同性愛者を念頭において「生産性がない」などと表現した論文が掲載されました。この発言が咎められ、のちに『新潮45』が廃刊したことをきっかけに、2018〜2019年は「言論の自由が弾圧されている」と右派が主張するようになりました。ただし、ここでもトランスに固有の関心が向けられているわけではありません。

 右派の動きに変化が出たのは、2021年後半からでした。右派月刊誌で「トイレ」「浴場」「更衣室」「女子スポーツ」への言及が増えました。これらのキーワードは、トランスジェンダー(とくにトランス女性)を差別する名目でもっぱら話題にされています。これまで右派系メディアに書いてこなかった人たち、例えば弁護士の滝本太郎氏、「女性スペースを守る会」共同代表の森谷みどり氏、小説家の笙野頼子氏なども執筆者として右派メディアに登場するようになります。

右派系と非右派系で共有されている論点

 右派系と非右派系で共有されている重要な論点をいくつか挙げます。

 1つ目に、素朴な生物学主義を盾にとって、「生まれながらの性別は絶対である」と主張し、トランスジェンダーの実在性そのものを否認すること。

 2つ目に、「子どもの利益」を口実として、トランス医療や性教育への攻撃をしていること。

 3つ目に、性同一性障害特例法の「不妊化要件」を撤廃されることへの危機感があることです。「不妊化要件」とは、戸籍上の性別を変更するうえで「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」が要件にされていることであり、基本的には性別適合手術を受けることが要求されています。しかし、自分の戸籍情報を自身の性別に合わせるために不妊化が強制されている現状は端的にいって人権侵害であるため、一刻も早い撤廃が望まれています。トランスに敵対的な言説では、この不妊化要件を維持するよう主張されます。

右派特有のトランスヘイトのロジック

 他方で、右派のトランス排除や反性的マイノリティ言説には、特有のロジックもあります。

 1つ目に、「皇統」の危機につながるという認識があること。もし皇族が「自分はトランス男性/トランス女性だ」などと言い出したら、男系で継承してきた秩序が壊れてしまうという危機感が背景にあるのです。

 トランスの話題に限りませんが、2つ目として、多様性が認められると「安定した秩序」への脅威になるという認識があること。この認識は、選択的夫婦別姓への反対や、民族教育に対する否定的な態度にも通底しているでしょう。「文化マルクス主義」や「過激なフェミニズム」が家族を崩壊してしまう、と右派は考えているようです。また、右派にとっての多様性とは、戦後にGHQから押しつけられた「戦後レジーム」であり、そこから脱却したい、と考えられている場合もあります。

 3つ目に、「人権擁護法案の再来」という認識を右派が持っていることです。人権擁護法案とは、2000年代後半に成立しかけていた、いわば包括的差別禁止法のようなものです。しかし差別が禁じられたり人権が守られるようになったりすると、今でいう「キャンセルカルチャー」が到来してしまうと右派は危惧したため、廃案の憂き目に遭いました。このことは、LGBT理解増進法がつよい反発を受け、結局は骨抜きの内容にされてしまったことともつながります。

 4つ目に、「日本は伝統的にLGBTに寛容」論や、「声をあげない当事者」を参照することで、差別の存在自体を否認する傾向もあります。右派にとっては「差別がないこと=平等」ではない、というのが注目したいポイント。右派の認識では、「分をわきまえた」マイノリティに対してマジョリティが鷹揚に振る舞うことを「差別がない」状態と認識しているため、マイノリティが権利を要求することは、むしろ「差別を作り出す」行為とみなされるわけです。

(なお、2023年10月の最高裁判決で不妊化要件に違憲判決が出ました。)


能川元一
大学非常勤講師。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程単位取得退学。専攻は哲学。「南京事件否定論とその受容の構造」(山北宏との共著、『戦争責任研究』第58号、2007年)、「「ネット右翼」の道徳概念システム」(『現代の理論』第14号、2008年)で「ネット右翼」をとりあげ、それ以降おもに歴史認識問題と家族に関する右派の言説を研究テーマに。共著に『憎悪の広告』(合同出版、2015年)、『海を渡る「慰安婦」問題』(岩波書店、2016年)、『右派はなぜ家族に介入したがるのか』(大月書店、2018年)、『まぼろしの「日本的家族」』(青弓社、2018年)など。


周司から一言

 以上が、右派のなかでトランスがどう位置づけられてきたかという、能川さんの発表でした。右派が同じ理屈を使い回しながら、あらゆる社会的マイノリティを攻撃対象にしてきた点を踏まえると、トランスの権利を考えるときにはトランス以外の集団と団結する必要があるのだと改めて意識させられました。続いて、堀あきこさんによる発表です。 

 堀あきこさんの発表

 私からは、「女性」の立場で行われるトランスヘイト・排除言説を確認していきます。

 私の視点から、これまでの言説空間で重要だと思われる出来事をピックアップしました。

―2018年―

・2018年7月2日 お茶大トランス学生受け入れ報道。SNSでトランス排除言説が急増
・2018年12月10日 「共にあるためのフェミニズム」(飯野由里子)『福音と世界』(新教出版社)
・2018年12月28日 「MtFの女性専用スペースの利用について、ひとりのMtFが考えたこと」[*1](みふ子)ブログ

―2019年―

・2019年1月5日 Abema TV「みのもんたのよるバズ!」、LGBT差別禁止法案批判の文脈でトランスへの恐怖煽動(松浦大悟)
・2019年1月9日 はてな匿名ダイアリー「ツイッターのせいで高校からの友達が死んだ」[*2]
・2019年1月15日 wezzy特集開始「トランスジェンダーとフェミニズム」[*3](堀あきこ)
・2019年2月26日 トランス女性に対する差別と排除に反対するフェミニストおよびジェンダー/セクシュアリティ研究者の声明(賛同募集)
・2019年3月19日 ウィメンズマーチ東京にトランス排除的プラカードが持ち込まれる動き、主催者によるトランス差別反対声明
・2019年6月8日 アジア女性資料センター『女たちの21世紀 特集 フェミニズムとトランス排除』(夜光社)
・2019年6月16日 WSトランスジェンダー入門をめぐる諸問題とフェミニズムの関係を考える@一橋大学
・2019年12月20日 「フェミニズムの中のトランス排除」(小宮友根)『早稲田文学』(早稲田文学会)

―2020年―

・2020年2月9日 きんきトランス・ミーティング イベント「トランスジェンダーを語りなおす」
・2020年2月18日 「「女」の境界線をひきなおす」(千田有紀)『現代思想 フェミニズムの現在』(青土社)トランス差別的であるという批判と批判への再批判が行われる
・2020年2月20日 「未来人と産業廃棄物」[*4](夜のそら)note 
・2020年2月21日 「埋没した棘」(清水晶子)『思想』(岩波書店)
・2020年3月21日 「男女の境界とスポーツ」(井谷聡子)『思想』(岩波書店)
・2020年7月頃 冊子「トランスジェンダリズムを憂う女の会」が政治家や法曹、女性活動団体に送付される
・2020年8月12日 WAN「トランスジェンダーを排除しているわけではない」(石上卯乃)→8月17日 ふぇみ・ゼミ×トランスライツ勉強会「公開質問状」、→9月1日 WAN「トランスジェンダーとともに」コーナー排除要請
・2020年9月1日 リソースサイト TRANS INCLUSIVE FEMINISM[*5] 
・2020年9月23日 日本学術会議法学委員会社会と教育におけるLGBTIの権利保障分科会「提言 性的マイノリティの権利保障をめざして(Ⅱ)トランスジェンダーの尊厳を保障するための法整備に向けて」
・2020年12月 フラワーデモへのトランス女性参加を拒否したファイヤーデモが活動開始

―2021年―

・2021年 LGBT理解増進法案の議論→5月 女性の人権と安全を求める緊急共同声明、 9月6日 No!セルフI D  女性の人権と安全を求める会
・2021年6月8日 「これは闘争、ではない」(二階堂友紀)『思想』(岩波書店)
・2021年 夏、東京オリンピック。トランス女性選手への注目とバッシングが加熱
・2021年9月18日 女性スペースを守る会発足
・2021年9月30日 当事者による冊子『トランスジェンダーのリアル』
・2021年11月20日 Tokyo Trans March 2021

―2022年―

・2022年4月30日 冊子「女性スペースの安心安全を−「性自認」を法令に入れてはいけない」女性スペースを守る会
・2022年5月14日 「女性トイレの維持確保に関する陳情についての情報提供」(遠藤まめた)
・2022年7月16日 トランス女性はジェンダー規範を強化すると主張する『美とミソジニー:美容行為の政治学』(シーラ・ジェフリーズ、慶應義塾大学出版会)
・2022年11月12日 『反トランス差別ZINE−われらはすでに共にある』

―2023年―

・2023年4月 新宿、複合ビルのジェンダーレストイレが話題となる
・2023年5月1日 「性自認」法令化に反対する声明。この時期、グルーミングなどのデマも増加
・2023年6月4日 にじーずTwitterアカウント閉鎖
・2023年6月14日 WAN「LGBTQ+への差別・憎悪に抗議するフェミニストからの緊急声明」(賛同募集)→千田有紀、牟田和恵 WANの理事辞任
・2023年7月11日 経産省事件最高裁判決(性自認に基づいて社会生活を送る利益を重要な利益と位置づけ)
・2023年7月12日 「トランスジェンダーを排除しているわけではない」(2020)掲載に対してWAN謝罪

これまでの動きからわかること

 上記には書ききれていない出来事もありますが、ひと通りの動きを列挙しました。ここから、次のようなことが指摘できるでしょう。

 まず、言説は非常に拡大しています。SNS中心と言えるものの、その範囲は出版・ウェブサイト・声明(署名)・マーチ・ワークショップ・イベント・学会シンポジウムなど多岐にわたります。そしてSNS以外でも、排除言説と、それへの対抗言説があることがわかるかと思います。能川さんの発表にもあったように、当初は右派が直接トランスへのヘイト言説を広げていたわけではありませんが、今や右派に利用され、法整備のイシューにもなっています。

 そして、トランスヘイトを拡散する人たちが「自分たちの意見が差別だと抑え込まれている」と被害者意識を持っていることもありますが、決してトランスヘイトが抑え込まれているわけではありませんし、対抗している側が抑え込みに成功できているとも言えません。

 例えば2023年6月4日には、LGBTやそうかもしれない10代〜23歳までの人の居場所である「にじーず」がTwitter(現X)のアカウント閉鎖に追い込まれました。「言論の自由」が叫ばれながらも、結局退場させられるのはトランス側だったのです。

 また、「研究者(トランスを擁護する側)VS市井の女性(トランスに恐怖し排除する側)」という枠組みでみなされることがありますが、その認識は間違っています。アカデミアばかりがトランス排除を問題視しているわけではありません。様々なアクターが関わっています。

「女性」の立場から起こるトランスヘイト

 さて、「女性」の立場を利用していったい何がヘイト・排除言説となっているのでしょうか? 3つに分けてお話しします。

 1つ目に、トイレなど男女別スペースのトランス女性の利用について。トランスヘイト言説は、「(シスジェンダー前提の)女性」に対する性暴力が起きる可能性を示唆して、トランス女性の排除に向かうことがあります。例えば、こんな「不安」を見聞きしたことはないでしょうか。「『今日から女性です』と言えばペニスのある人が堂々と女性トイレを利用できるようになるのだから、『女性』の安心安全が守られなくなる」と。

 この言説には、いくつもの問題点があります。まず、ジェンダーアイデンティティの存在を軽視しています。「今日から女性です」と言いさえすればその人物が女性になる、ということはありません。ジェンダーアイデンティティの存在をからかう目的で、「セルフID」「自認女性」「トランス猫(周司による注:猫だと自称すれば私は猫になるとでも? という言い分)」などのワードが用いられることがありますが、アイデンティティとはその時々の思いつきや、何の実質も伴わない一時的な自己主張とは異なるものです。SOGI(Sexual Orientation and Gender Identity)は全員に関わるものなのに、ジェンダーアイデンティティーを否定する人たちと対話することはできないでしょう。そのことについては、ぜひ『トランスジェンダー入門』の第1章をご参照ください。

 そして、男女別スペースの利用に言及する際、性別適合手術を受けていないトランス女性は性暴力の原因になる、と考えていることも大きな問題です。そもそも(とくに女性用の)個室のトイレで他人の性器の形状が問題視されることはありません。また、性暴力は支配の形態であり、他者の尊厳を貶めるために(同性からも)行われるという、これまでフェミニズムが見出してきたことを理解すれば、ペニスのある人物が潜在的な性加害者であるという認識から離れることができるはずです。実際にはトランス女性は高い割合で性暴力の被害に遭っているにも関わらず、性暴力の原因と位置づけることは、彼女たちの被害を覆い隠してしまいます。

 そもそもトランスは、男女分けスペースをどちらも利用できないことさえ珍しくありません。ここで起きているのは、「社会のなかでより脆弱な立場に置かれている者がむしろ加害者の人間として表象される逆転のメカニズム」である「想像的逆転」[*6]なのです。

 「トランス女性だと偽る男性と見分けがつかない」だろうからトランス女性の利用を控えてほしい、という意見もよく聞きます。ところで、あなたは普段どうやって男女別スペースを利用しているか、思い出してみてください。トイレの入り口で性器を見せたり、「これまでずっと女性として育ってきました」という来歴を提示したりする必要はなかったはずです。男女の見分けは「ぱっと見」という曖昧な運用がされてきたのです。トランス女性にのみ厳格な見分けの適用を要求するのはまずもって不可能ですし、そもそもおかしな要求なのです。「女性にみえない」と判定されるシスジェンダーの女性が女性用スペースから排除されることもあります。それは残念ながら今までもそうでしたし、今後も仕組みが変わらなければ、同様でしょう。

 結局のところ、性犯罪目的の男性を完全に阻止することは無理でしょうし、性犯罪はトランス女性を排除したところでちっとも解消されません。トランス女性がスケープゴートになるばかりなのです。

 2つ目に、スポーツや女性限定枠などへのトランス女性の参加について。シス女性の権利がトランス女性に奪われる、といったヘイト言説が存在します。例えば2018年秋、アメリカの高校陸上競技でトランス女性が好成績を収めたニュースがあり、それに対する否定的反応が起きました。2021年の東京オリンピックでは、シス女性の写真を加工してまで「こんなにも男らしいトランス女性がメダルを奪ってしまう」などと吹聴され、意図的なミスジェンダリングが多数起きました。

 スポーツ以外でも、差別解消のためのアクションが「逆差別」と呼ばれる現象は起きています。例えば、ジェンダーレストイレができた際の「トランスジェンダーへの配慮で女子トイレがなくなってしまった」という言説や、大学の女性限定公募で採用されたトランス女性へのバッシングなどもその一例です。これらは、フェミニズムに向けられてきたアファーマティブアクションへの反対言説とまったく同じことが起きているのではないでしょうか。

 3つ目に、ジェンダーアイデンティティに関して。「トランス女性は女性ではない」という文言で、トランス女性の存在ごと否定したり、あるいは女性であることを否定したりする人もいます。

 能川さんの指摘では、「素朴な生物学主義」が右派と非右派で共有されつつあるとありましたが、フェミニスト的な立場から、より踏み込んだ視点でトランス女性排除に繋げているケースもあります。

 例えば、牟田和恵氏は、「性別適合手術で「女」になったからといって、あらゆる面で女性と同じ扱いをすることは当事者の利益では決してない」(:139)とし、トランス差別で有名なジャニス・レイモンドの論に部分的に肯定的な記述をしながら「生まれながらの女と同一であると見なすとすれば、それは逆に、トランスセクシュアル女性の個別性を認めない、きわめて単純な男女の二元論に陥ってしまう」(:244-5) [*7]などと記述しています。この記述から帰結されるのは、一見トランス女性の立場を尊重しているようでいて、トランス女性がそもそも「女」ではないという主張です。

フェミニズムがやってきたこと

 フェミニズムはこれまで、「女性」とからだ・性・生について着力してきました。しかし、トランスジェンダーばかりがアイデンティティに疑いの目を向けられ、からだのことばかり執拗に問われるという不公正が、いくら指摘を受けても無視されています。

 シス女性が性暴力への恐怖から「見分け」を語り、そこでトランス女性は「判定」の対象にされるという事態は、フェミニズム的な文脈で続いてきました。「判定」の対象とされるトランス女性が女性らしいジェンダー表現をすれば「女らしさを強化している」と非難され、女性らしくないジェンダー表現をすれば「やはり男に違いない」と排除されます。これが果たしてフェミニズムなのでしょうか?

[1] みふ子「MtFの女性専用スペースの利用について、ひとりのMtFが考えたこと」https://kuroimtf.hatenablog.jp/entry/2018/12/28/202941
[2] 「ツイッターのせいで高校からの友達が死んだ」https://anond.hatelabo.jp/20190109004202
[3] 堀あきこ「トランスジェンダーとフェミニズム ツイッターの惨状に対して研究者ができること」https://wezz-y.com/archives/62688 ※現在閲覧不可
[4] 夜のそら「未来人と産業廃棄物」https://note.com/asexualnight/n/n8ef173987d74 
[5] TRANS INCLUSIVE FEMINISM https://transinclusivefeminism.wordpress.com/
[6] 藤高和輝「後回しにされる「差別」 トランスジェンダーを加害者扱いする「想像的逆転」に抗して」https://wezz-y.com/archives/67425  ※現在閲覧不可
[7] 牟田和恵『ジェンダー家族を超えて 近現代の生/性の政治とフェミニズム』新曜社、2006年 


堀あきこ
関西大学他非常勤講師。専門はジェンダー・セクシュアリティ、メディア文化。主な著作に『ジェンダーで学ぶメディア論』(共著, 2023, 世界思想社)、『BLの教科書』(共編著, 2020, 有斐閣)、『欲望のコード―マンガにみるセクシュアリティの男女差』(単著, 2009, 臨川書店)。ほかに「近年のインターネットを中心とした「トランス女性排除」の動向と問題点」(2023, 『解放社会学研究』No.36)「だって、ネットの話でしょ?―インターネットの差別に抗う」(2022, 『シモーヌ 特集:インターネットとフェミニズム』VOL.6)、「分断された性差別―『フェミニスト』によるトランス排除」(2019, 『女たちの21世紀 特集:フェミニズムとトランス排除』No.98)など。


周司から一言

 以上が、インターセクショナリティを重視してフェミニズムに向き合ってきた堀さんによる発表でした。フェミニズムの名のもとにマイノリティ女性を排除したり、一部の「女性の安心・安全」のために他の集団を差別することはあってはならないことです。最後は、松岡宗嗣さんの発表です。 

  松岡宗嗣さんの発表

 私は、これまで性的マイノリティにまつわる国政の動きを追ってきました。

 最初に、時系列で法整備をめぐる動きを整理します。

2015年 「超党派LGBT議員連盟」ができ、「LGBT法連合会」も同年設立
2016年  超党派LGBT議員連盟とは別で「自民党LGBT特命委員会」「LGBT理解増進会」設立 (いずれも差別を禁止しようとしない組織)
2018年 お茶の水女子大トランス学生の受け入れ発表以降、トランスバッシングの激化
2021年 「LGBT理解増進法案」与野党で合意するも国会提出見送り。「女性スペースを守る会」設立
2022年 「埼玉県LGBT条例」が成立
2023年 「LGBT理解増進法」自民公明維新国民による修正案が成立

差別を禁止させないための「理解増進」

 ポイントは、差別を禁止させないために「理解増進」が主張されている点です。2016年に公開された「性的指向・性自認に関する自民党の考え方」では、「カムアウトする必要のない社会」「ジェンダーフリー論とは全く異なる」「パートナーシップは慎重な検討」などと述べられており、差別を温存し、男女の二元論に固執し、異性婚のみを認めて同性婚は決して認めない姿勢があらためて示されています。また、LGBT特命委員会初代委員長の古屋圭司議員は自身のブログで、LGBT理解増進法が「『攻撃こそ最大の防御なり』の発想でこの理解増進法を進める」「むしろ自治体による行き過ぎた条例を制限する抑止力が働くこと等強調したい」などと表明しています。

 性的マイノリティへの構造的差別がいたるところで蔓延っているにもかかわらず、なぜ国政は差別を禁じようとしないのでしょうか。反対理由として「不注意な発言が差別と断じられる」「欧米は差別禁止で社会が分断している」「訴訟が乱発し社会が混乱する」などが挙げられています。

 2021年に「LGBT理解増進法案」が浮上した際には、「性自認」が槍玉に挙げられ、それまで中心的ではなかったトランスジェンダーへのバッシングが過激になっていきました。山谷えり子議員は「体は男だけど自分は女だから女子トイレに入れろとか、アメリカなんかでは女子陸上競技に参加してしまってダーッとメダルを取るとか、ばかげたことはいろいろ起きている」と、トランス女性の実態とは乖離した差別的イメージを述べました。その後、簗和生議員も「LGBTは種の保存に背く」と差別発言をしました。ただ、後者がLGBTコミュニティ全体への差別発言として注目されやすかったのに対し、前者は注目が薄く見過ごされていたことについては、私も含む差別に反対する人たちも反省すべき点かもしれません。

2022年 埼玉県LGBT条例

 地方ではすでに約70の自治体で性的指向や性自認に関する差別を禁止する条例が作られています。2022年に埼玉県で同様の条例が提案された際、2021年に理解増進法案が国会提出見送りになったあとだったこともあり、保守派等からのバッシングが集中しました。

 「埼玉県LGBT条例(埼玉県性の多様性を尊重した社会づくり条例)」は、自民党の埼玉県連が提案したという点が特徴的ですが、自民党内部からも批判を浴びました。そしてパブリックコメントを募集したところ、トランスヘイト言説を中心に、組織的な攻撃対象とされました。

 埼玉県の条例は可決成立したものの、基本計画案のパブリックコメントにも、トランスバッシングが継続的に呼び掛けられています。『産経新聞』などでも条例反対の報道が目立ちます。

2023年 LGBT理解増進法案をめぐって

 2021年に国会提出にすら至らなかった「LGBT理解増進法案」が再び議題に上ったのは、荒井首相秘書官(当時)が「隣に住んでいたら嫌だ 見るのも嫌だ」などと発言したこと、そしてG7広島サミットを前にホスト国の日本だけ法整備がなされていなかったことへの問題提起がきっかけでした。結局、2023年6月に非常に後退した内容で「LGBT理解増進法案」は成立しました。

 2023年の議論でも、性自認が槍玉に挙げられることになりました。本来、「性自認」「性同一性」「ジェンダーアイデンティティ」が意味するものは同じです。しかし、性自認は「自称」で、性同一性は「医師による診断」という事実誤認もあり、最終的にカタカナの「ジェンダーアイデンティティ」が採用されるという経過をたどりました。

 また、12条に「すべての国民の安心に留意」という、実質的に「多数派への配慮」を課す条項が追加されました。これはトランスバッシングを追認しかねない内容です。男女別施設の領域を超えて、多数派が不安だと感じたら必要な施策を進められないのではという懸念も残ります。

 トランスヘイトの動きは、街中でも広がっています。渋谷駅ビルのトイレ・都内のマクドナルド・自宅ポストに差別ビラが配布されたり、街宣でトランスヘイトが拡散されたりしました。

LGBT理解増進法成立後

 法案の成立後もトランスバッシングは続いており、今後も激化する見込みがあります。法案成立から間もない6月21日には「全ての女性の安心・安全と女子スポーツの公平性を守る議員連盟」が設立されました。共同代表は、山谷えり子・片山さつき・橋本聖子議員です。設立総会には「女性スペースを守る会」も参加し、7月20日時点で所属議員は100人に達しています。

 この議連は9月8日、齋藤健法務大臣に不妊化要件維持を求める声明を提出しました。声明では、「手術要件が違憲とされれば、性自認だけで法的に性別変更できるようになる恐れがあり「大きな混乱が生じる」」と主張しています。戸籍変更に手術を課すこのような姿勢は、フェミニズムが求めてきたリプロダクティブ・ヘルス&ライツ(生殖にまつわる健康と権利)とは真っ向から対立するものです。

 参政党の地方議員を中心に、「LGBT理解増進法の慎重な運用を求める意見書」提出の動きもあります。そこでは「女性の権利侵害、スポーツ界の問題、子どもの発達への悪影響など、諸外国の社会的混乱が日本でも生じるのではという懸念」が述べられています。そのため地方議員のなかでも、トランスの生活を想像できなかったり、トランスヘイトが盛んである現状を認識していなかったりすると、「言われてみれば、トランスの権利を認めるべきではない」という考えに至ってしまう危険性があります。

 これまで女性の人権に無関心だったり、むしろ侵害してきた人たちが「女性を守る」という名目を持ち出してトランスヘイトを行っている状況があると言えます。 


松岡宗嗣
愛知県名古屋市生まれ。明治大学政治経済学部卒。政策や法制度を中心とした性的マイノリティに関する情報を発信する一般社団法人fair代表理事。ゲイであることをオープンにしながら、HuffPostや現代ビジネス、Yahoo!ニュース等で多様なジェンダー・セクシュアリティに関する記事を執筆。教育機関や企業、自治体等での研修・講演実績多数。著書に『あいつゲイだって – アウティングはなぜ問題なのか?』(柏書房)、共著『LGBTとハラスメント』(集英社新書)、『子どもを育てられるなんて思わなかった – LGBTQと「伝統的な家族」のこれから』(山川出版社)など。 


周司から一言

 以上が、国政の動きを振り返る、松岡宗嗣さんの発表でした。今後の政府・自治体の動きに注目していきましょう。

 ここまでの3名の発表でトランスヘイト言説を振り返ってきましたが、同時に、これからどうすべきかのヒントも得られたのではないでしょうか。

 出演者によるクロストークの前に、高井ゆと里さんによる発表をもとにした記事を高井さんご本人がお書きになったのでそちらをご覧ください。

記事1(周司あきら) 高井ゆと里×能川元一×堀あきこ×松岡宗嗣「トランスヘイト言説を振り返る」出演者発表
記事2(高井ゆと里) 高井ゆと里「素朴な疑問は素朴ではない~トランスヘイト言説に触れたら~」
記事3(周司あきら) 高井ゆと里×能川元一×堀あきこ×松岡宗嗣「トランスヘイト言説を振り返る」クロストーク

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著者略歴

  1. 周司 あきら(しゅうじ・あきら)

    主夫、作家。生活が女性から男性になった人。性同一性はないが、性別を聞かれたら「男性」でいい。単著に『トランス男性による トランスジェンダー男性学』(大月書店)。

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