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きらいだし、こわい、けれども……~害虫・害獣の民俗学~

スズメバチの襲来

今年もいよいよ終わりである。思い返してみると、今年だけでもいろいろな虫との思い出ができた。ハートウォーミングな出会いがなかったわけでもないが、やはりその多くは忌々しいものであった。例年のことだが、今年もっとも私の肝を冷やしたのはスズメバチである。アシナガバチも怖かったが、やはり恐怖感はスズメバチが一番だった。今回はそのようなスズメバチを取り上げてみる。

この連載では、虫たちがどこに営巣し、それに対して誰がどのような責任と手段で立ち向かっているのかにしばしば注目してきた。スズメバチは、そのような問題に新たな話題を与えてくれる。

 

新たな害虫としてのスズメバチ

スズメバチもまた、都市に暮らしているかぎり、以前はさほど身近な虫ではなかった。ところが、1970年代、都市および近郊の住宅街にスズメバチが出現するようになり、それは驚くべき出来事として認識された。1974年10月17日の『朝日新聞』記事「ワシはハチとり名人サ」は、「狂暴さで知られるスズメバチの群れが、このところ都内でもときどき現れ、都民のキモを冷やしている」として、ハチ獲りの得意な住民に取材している。民俗学者もこうした事態に反応している。上の記事と同じ1974年、最上孝敬は『西郊民俗』という雑誌に「蜂の民俗」という原稿を投稿し、「今年は都内あちこちにスズメ蜂の巣ができたというが、私の家でも狭い庭なのに、その限にある藤の木の枝先に直径三十センチもあるスズメ蜂の巣がいつの間にかでき刈込みの折気がついてびっくりさせられた」と記している。

桜の木に掛けられたキイロスズメバチの巣(冬の状態)、Nmspec, CC BY-SA 4.0

 

スズメバチは、80年代になるとさらに身近な脅威に変わっていったらしい。『読売新聞』1980年8月30日号記事「増えるスズメバチに悲鳴―『退治して』相次ぐ 頼みの役所は及び腰」では次のように報じている。

 

「スズメバチが庭に巣を作った。何とか退治して」といった相談が、このところ各区の窓口に相次いでいる。スズメバチは年々増える一方で、「これも都会に自然が戻った証拠」と各区ではみているが、何しろこのスズメバチ、肉を食べるほどのどう猛ぶり。このため退治を依頼されたものの、「命あってのものだね」とばかりしり込みする区があるかと思えば、殺虫剤片手に勇敢に退治に出向く区もあるなど、とんだハチ騒動にてんやわんや―。

 

急増しつつあったスズメバチの駆除依頼が自治体の窓口に続々と寄せられていたわけである。90年代、2000年代も変わらず、スズメバチは周期的に大発生していく。表1は厚生労働省の人口動態調査からスズメバチの刺傷による死者数をまとめたものである。ある時期から死者数は落ちついてきたようだが、人命に関わらないまでも、各地自治体への相談件数は少ないわけではない。短期的なデータではあるが、表2は東京都府中市のハチの駆除件数および市民からの相談件数である。

 

表1 スズメバチによる死者数の推移

 

表2 府中市におけるハチ類の相談/駆除件数

 

このように都市住民の生活圏に進出してきたのは、土中営巣をするオオスズメバチではなく、キイロスズメバチという種であった。そして、これらの都市への進出は、自然界の異常であるよりは、小野正人のいうように、「人間自身の活動が作りだしてしまった」事態であったし、また、スズメバチとの共住が問題化しやすい理由が私たちの側にあった。松浦誠は、キイロスズメバチが都市部で害虫視される背景として、宅地開発とそれに伴う山林の減少を挙げている。人間の側がそもそもハチの棲息圏を侵食したというわけである。含糖飲料容器(または生ごみ等)の野外への放棄も、キイロスズメバチの都市への適応を容易にした。キイロスズメバチは雑食なのである。また、都市部にはキイロスズメバチの天敵であるオオスズメバチが営巣できない。

松浦の指摘で興味深いのは、その他の理由である。松浦は、農山村では「農家の住居のつくりが大きく軒も高いので家人との摩擦もおこらず」、「隣家とも距離が離れているので」、軒先にスズメバチが営巣したとしても近隣への配慮が不要であったという。つまり、農山村では人間とハチは適度な距離がとれていたが、都市部では家々が密であり、また、軒が低いので、スズメバチの巣は人間に近いところにできる。つまり、人間との軋轢が生じやすいというわけである。さらには、都市部の緑地保全傾向、緑化重視の傾向が、スズメバチを引き寄せた。そして、山野を切り拓いた都市周辺の新興住宅地への移住者は、自然への知識が乏しく、身近にハチを知らないために、ひと際パニックになりやすいのだという。

また、連載第6回でも述べたように、私たちの虫の知識は、直接体験だけでなく、むしろ間接的な情報によって方向づけられている。スズメバチは毎年のように刺傷被害が報道され、人命をおびやかすものとしてのアナフィラキシーショックについても繰り返し発信された。スズメバチを身近に感じたことのない人びとは、あらかじめ恐るべきものとしてスズメバチを捉えていたことも忘れてはならない。

以上のように、スズメバチが都市の恐るべき害虫として認識された背景には、私たちの暮らし方や意識のあり方も関わっている。しかし、ハチに刺されるのは危険であるに決まっている。スズメバチを自分の力で駆除することは避けなければならない。では、そのような虫に、人びとはどのように対峙しているのだろうか。

 

スズメバチを駆除する

スズメバチの被害が意識されだして以降、その営巣に直面した人びとは、危険を冒して自ら駆除するのでなければ、市町村の環境衛生関係の部署や保健所などに駆除を依頼してきた。いうなれば、「公共」の問題として人々に認識され、また行政もそのように認識し、スズメバチに対応しようとしたわけである。ただし、このような位置づけは、必ずしも統一のとれたものではなかった。これを害虫として駆除する根拠法がなかったことも関わっているだろう。

全国の自治体のスズメバチへの対応について情報を集めてみると、その対応の在り方は、①「自治体による直接駆除(有償・無償)」、➁「自治体の業者委託による駆除(有償・無償)」、③「駆除業者の紹介」、④「補助金の交付」、⑤「駆除用具の貸し出し(有償・無償)」、⑥「対応なし」に整理できる。

⑥のように対応しない自治体があるのは、スズメバチの駆除は土地建物の管理者がその責任において行うべきとする認識があるからである。また、③のように、自治体としては助言等を行ない、当該自治体内ないし近隣で営業する駆除業者等を紹介している例も散見される。行政サービスとして駆除業者を紹介することを明記しているケースもあるが、広報誌やホームページ等で業者名を列記するもの、または当該地域のペストコントロール協会を窓口として紹介するもの、タウンページによって消毒業等の欄を確認するように求めるものもみられた。逆に、役所・役場としては特定業者を紹介することはしていないと明言するケースもある。

業者を利用してスズメバチを駆除すると、価格設定や営巣状況にもよるが、おおよそ1万円から数万円の出費となる。そこで、市民の業者利用を促しつつその負担を軽減しようとする工夫が④のような補助金の交付である。費用の全額を負担するものではなく、上限額を定めているケースが多い。また、費用による補助ではなく、市民が自らハチの巣を駆除する際の防護服や殺虫剤等を貸し出すケースが⑤だが、防護服の貸し出しは、①~④の対応とあわせて行われている場合もある。スズメバチの駆除は防護服を使用したとしても危険であるため、その使用をアシナガバチ等に限定している地域もあり、スズメバチの駆除は業者に委託することが強く推奨されている。

こうしたスズメバチへの対応は各自治体においても実施内容が移り変わるが、大きな流れとしては、自治体職員による駆除から民間業者への委託へという変化が生じている。例えば、千葉市、さいたま市、名古屋市、大阪市、京都市、北九州市などでは、危険が伴うことを理由に、自治体職員による駆除から業者委託や補助金の交付へと対応を切り替えていった。他方、市町村内に駆除業者が存在しない自治体ではこうした民間への委託を行なうことができず、自治体職員が駆除に従事している。北海道八雲町では2013年にスズメバチの駆除対応が変化した。『広報やくも』94号には以下のお知らせがある。

 

これまで町内の駆除業者が無かったことから、原則、八雲地域は環境水道課環境衛生係、熊石地域は総合支所住民サービス課の職員が対応してきました。このたび、八雲町内に蜂駆除を有料で取り扱う業者が業務を開始することとなりました。これにより、今年度、町の蜂駆除サービスの取り扱いを次のとおり見直しすることとなりましたので、町民皆様のご理解とご協力をお願いします。

 

それまでは町内の全事例を自治体で対応していたが、町の対応は個人宅のみとし、「事業所、公共施設、店舗、農家、漁家の施設」は新規に開業した駆除業者に依頼すること、また、個人宅であっても「駆除が困難な場所」「巣などが確認できない場合」などの専門的技術や器具を要するケース、また、行政の対応時間外の駆除は業者に直接依頼する形へと改められた。民間の駆除業者の開業状況が行政の対応を変えていくことがわかる。

また、別の流れとして、補助金の交付を廃止していく自治体もある。現在、自治体としては相談を受け付けるのみとしている横浜市は、2013年4月を以て補助金の交付を廃止していた。このことを報じる『東京新聞』2013年12月12日記事「スズメバチ駆除 補助全廃」によると、スズメバチの危険性と駆除費が高額であることから実施されていた同市の補助事業は、財政的問題により2010年から交付額を減額し、2011年からは対象が住民税非課税世帯に限定され、さらに不公平性が指摘されるに至り、廃止となったという。廃止の根本的な原因は財政的問題であったであろうが、「本来は自主的に駆除すべき」という説明が示された。こうした動向は横浜市のみの現象ではない。スズメバチ駆除は事業仕分け等の対象となるケースも多い。ただし、スズメバチの営巣は私的な出来事なのか、公共のリスクなのか、線引きの難しい事態である。したがって、自治体による駆除や補助を縮小する流れは必ずしも全自治体の趨勢ではない。近年、新たに補助金制度を新設した自治体もある。

スズメバチへの自治体の対応は、全国的にみれば未だ最適解のない、過渡的な状況にあるともいえよう。もっとも、こうした過渡的状況はスズメバチの今日の社会における位置づけを考慮するかぎり、当面持続するものと考えられる。

 

害虫と益虫の間

スズメバチの社会的位置づけは不安定である。危険性が語られつつも、益虫としての側面が説明され、また、生態系などの言葉が持ち出されつつ、「共存」すべきことが強調される。そして、生命をおびやかす害虫であり益虫でもあるために、「住民の安全を図るため」に自治体が駆除している一方、これを廃止する自治体はその駆除を個人の「管理責任」に属する問題として位置づけている。

個人宅に発生した害虫は個人が駆除する、という理屈は一見すると理解しやすい。しかし、ゴキブリが出て困るのはその家の住民であろうが、スズメバチがもたらすリスクは、私的問題なのか公共の問題なのかが不明瞭である。例えば、私有地に営巣したスズメバチが公道を通行する人を刺傷するおそれがある。しかし、私有地内のこととなれば、行政が駆除すべきものでもない。そして、駆除をするもしないも住民の勝手ではある。その一方で、スズメバチは私的領域と公的領域とを飛び交い、またはそのどちらにも営巣する性質上、近隣への「迷惑」にもなる。個人の勝手では済まない場合がある。また、スズメバチがやって来てそこに営巣するということは、土地所有者の「責任」なのかという点も疑問である。スズメバチの発生が開発による自然の減少や都市の緑化と関係するならば、それは国や自治体の施策が住民生活にもたらしたリスクでもある。それを「害」とみなすか否かはその人次第であろうが、開発に起因することの責任を個人が担うことは、いささか不合理とも思う。

もっとも、緑多き街を愛するのなら、スズメバチの営巣に文句を言っているだけでもいけないだろう。そして、この問題において問われなければならないことは、人びとが生活に対してもつ自治意識ないし責任感のありかたである。『朝日新聞』1988年8月5日号記事「生活型公害の苦情急増」によれば、栃木県環境衛生部公害課に昭和62年度に寄せられた苦情のうち、スズメバチ等の害虫問題を含む生活型公害は前年度比32・8%増であったとする。これについて同課職員は「快適な生活を求める気持ちが、強まっている。また、近所付き合いが都会並みに疎遠になり、お隣に直接持ちかけてギクシャクするよりは、行政に相談する方が楽、と気軽にゲタを預ける風潮」があると指摘している。生活のなかに出現した問題に対し、私たちは自らの手で、または近隣や同志との相談や協力によって対応するよりも、サービスを利用して対応することに慣れている。生活の問題を自ら考え、自ら処理する意識の希薄化が、行政サービスへの過大な期待に結びついていることも指摘できよう。または、都市空間が自然を取り戻していくプロセスに、生活者の意識が対応しきれていないとも言うことができようか。

もちろん、スズメバチの巣は自分でとりましょう、という話ではない。しかし、不都合な自然との交渉を間接化し続けているかぎりは、私たちにとってスズメバチは単なる害虫でしかあり得ないままのように思われるのである。

 

(第8回に続く)

 

【参考文献】

小野正人2000「都市に現れるスズメバチ―都市適応型スズメバチとは」『遺伝』54巻8号

松浦誠2000「都市環境におけるスズメバチの多発生とその要因」『三重県環境保全事業団研究報告』5巻6号

最上孝敬1974「蜂の民俗」『西郊民俗』69号

八雲町2013『広報やくも』94号

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著者略歴

  1. 及川 祥平(おいかわ・しょうへい)

    成城大学文芸学部准教授。
    1983年、北海道生まれ。成城大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。
    専門は民俗学(民俗信仰論・現代民俗論)。主な著作は『偉人崇拝の民俗学』(2017年、勉誠出版)、『民俗学の思考法』(共編著、2021年、慶應義塾大学出版会)など。

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