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娘の不登校から見た日本の学校や社会のあれやこれや——子ども・若者支援の専門家が20年目に当事者になった話

小学校入学、「文化の壁」も心配だ

 

アメリカからの帰国後、先生やクラスメイトのおかげでスムーズに馴染めた5ヶ月の保育園生活も終わりに近づく頃、はたと娘には、言葉の壁以外にも、「自由の国」で過ごした「文化の壁」もあるように思われていました。保育園の先生たちが小学校入学に向けて入念な準備をし、子どもたちの気持ちを盛り上げてくれればくれるほど、私はむしろ「日本の小学校」のハードルの高さを感じて、不安になっていきました。

 

「そんなに気合を入れて学校生活に臨まないといけないのかなぁ?」

アメリカでの先生との思い出

そんな頃、アメリカで小学校に入学して初めての保護者面談の時のことがしばしば思い出されました。とても学校で楽しく過ごしている、と娘の良いところをたくさん言ってくれた最後に、席に座って話を聞いていない時があること、気になるものを見つけるとそちらに行ってしまうことがあることを、担任の先生から言われました。最初はみんなそうだったけれど、だんだんクラスも落ち着いて、みんな座って聞いていられるようになっていたそうなのですが、どうも娘はそうではないようでした。けれども先生は、座っているように指導している、あるいは家庭でも指導してほしい、などとは言わず、こう聞いてくれました。

 

「彼女は何に興味があるのかしら? 好きなことはどんなこと?」

 

先生は、娘の興味を惹きつけられるように工夫してみるとのことなのです。元々、私たち家族は全米中を旅して回るために、連休の谷間の平日などはほとんど学校に行っていなかったのですが、先生も短い駐在期間で全米を回っていることの価値をよく理解してくれ、助かっていました。面談で、「彼女はいつもフリーダムね」と自由の国アメリカで言われたのですから、ちょっと苦笑してしまいましたが、それを温かく話してくれる先生の、あるいはアメリカの教育の、懐の広さに改めて感心したのでした。


娘は、コンサートなどに行っても、ずっと座って聴いていられる子どもだったので、少しびっくりしました。ですが、私たちも、そういえば「先生が話している時には、ちゃんと座って聞くもの」なんて、親にとっては当たり前すぎてわざわざ教えたこともなかったなぁと思い、娘にこう伝えてみることにしました。

 

「先生や友達がお話ししている時には、ちゃんと聞こうね。自分が話しているときに、相手が聞いていなかったら嫌でしょう? 学校では、できたら席に座って聴けるといいね」

 

娘は、それから自分なりに話を座って聞く努力をしたようです。「もうちゃんと座って聞いてるよ」と、時々自分からそう報告してくれました。きっと先生も、娘の興味を惹きつけてくれたのだろうと思います。

自由で楽しいオンライン授業

それから、年が明け、新型コロナウィルスの感染が全米に広がっていきました。早い段階で感染爆発の起こったシアトルやニューヨークでは、老人ホームでのクラスターが相次ぎ、次々と遺体が運び出されたり、ご遺体の移送が間に合わず、倉庫に山積みになったニュースなどが報じられていましたから、ワシントンD.C.エリア(1市2州)は、たった3人感染者が確認された段階で、翌週から一斉にロックダウンとなりました。学校は一斉休校となり、2週間後からオンライン授業が始まりました。


オンライン授業では、先生方が子どもたちを楽しませるたくさんの工夫をしてくれました。朝は体を動かすエクササイズから始まり、子どもたちが飽きた様子を見せれば「ダンス・タイム・ブレイク!」と言ってダンスミュージックを流してみんなで歌ったり踊ったりする時間をくれたりしました。パジャマデーがあったり、コスチュームデーがあったり、午後は音楽や体育、図書の先生の楽しい授業もありました。子どもたちも、ベランダで日光浴しながらサングラスをかけて授業に入る子もいれば、娘は床に寝転がって、授業を受けていることもありました。


ベテランだった娘の担任の先生は、オンライン授業への技術的な適応には苦労をしていましたが、いつも大きな愛情で子どもたちをみてくれました。放課後の時間帯には、個別の面談の時間をとってくれました。また、読み聞かせの時間も定期的にとってくれ、その時間を通じて帰国前最後の3ヶ月で娘の読む力は格段に伸びたのを感じていました。


学年の最後に、先生は一人ひとりに合わせた「称号」を書いた表彰状を郵送してくれました。届いた封筒を開封すると、そこには「未来の大統領」と書かれていました。理由には「だってあなたは生まれながらのリーダーだから」。人見知りの娘でしたので、意外な気がしましたが、確かに意思が明確で、はっきり意見を言う子でもあるので、そんなところを長所として見てくれていたのかな、と思いました。


そんな一人ひとりを尊重し、理解してくれ、自由で楽しかったアメリカの学校生活から、日本の学校に適応なんかできるんだろうか? そんな不安を持っての入学となりました。

小学校入学、疲労困憊の毎日

心配の中迎えた入学式でしたが、新たに着任されたやわらかな雰囲気の校長先生も、話の上手なPTA会長さんも、優しそうな担任の先生も、なんとなく良さそうでした。同じ保育園だったお友だち5名とも同じクラスにもなれ、なんとなくホッとした入学となりました。


入学初日に小学校生活に張り切って出かけていった娘は、帰宅後に、私が教科書に記名をしている横で、気づけば自分でも名前書き始めていました。「苗字-名前」の順ではなく、「名前-苗字」の順で書いていて、平仮名が書けるようになっても、まだ相変わらず「言葉の壁」はあるようでしたが、本人も「間違えちゃったー。ははは」と朗らかに笑っていました。


ところが、小学校入学から1ヶ月が経ったころ、娘が少々不憫になってきました。4月末にタブレットが支給され、ますます重くなったランドセルと祖母が縫ってくれたバッグを持って毎日頑張って登校していましたが、「小学校は疲れる」と話すことが増えたのです。


日本での保育園も大好きだったけれど、アメリカの小学校ではなにかを学ぶこと”learning”が楽しく、入学前は早く勉強したいと言っていた娘。

 

「勉強楽しくないの?」

 

そう聞くと、ひらがなも数字も「ゆっくり丁寧にちゃんとかかないと」で、適当に書くと戻されるので疲れるのだそう。「そんなの適当にすれば良いのに」と、なんでもちゃちゃっと片付けてしまう性格の私は思ってしまうのですが、言われると真面目に緊張しながらやってしまうのはまだ小さな子どもだからなのか、律儀なうちの子の性格なのか、「先生がそう言ったからやらないといけない」のだそう。


そういえば、アメリカの幼稚園や小学校ではちょっと間違っていてもできたところを見てくれて、特に直されたりしてなかったのです。「7割間違っていても、3割できてるところを褒める」、感覚的に言えば、アメリカの教育はそんなものでした。世界中から人が集まるワシントンD.C.近辺でしたので、そのことを親同士で話すと、もちろんヨーロッパやアジアなど日本以外から来た人でも、それには違和感があって、「間違いは間違いだからちゃんと教えなくちゃ」と困惑した様子で話す人は何人もいました。


ざっくりだけど学ぶ楽しさをたくさん教えてくれた学校、一方で暮らしていると雑すぎでは?と思うことの多かったアメリカでの生活。一長一短だなぁ、文化の違いってそういうもんかなぁと思ったりしながら、両極端な二つの国の間を移動したギャップの大きさを考え、早く娘が疲れすぎない学校との付き合い方を見つけてくれたら、と願う春でした。

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著者略歴

  1. 鈴木 晶子(すずき・あきこ)

    NPO法人パノラマ理事、認定NPO法人フリースペースたまりば事務局次長・理事、一般社団法人生活困窮者自立支援全国ネットワーク研修委員。臨床心理士。
    1977年神奈川県に生まれ、幼少期を伊豆七島神津島で過ごす。大学院在学中の2002年よりひきこもりの若者の訪問、居場所活動に関わり、若者就労支援機関の施設長などを経て2011年一般社団法人インクルージョンネットかながわの設立に参画、代表理事も務めた。その傍らNPO法人パノラマ、一社)生活困窮者自立支援全国ネットワークの設立に参画。専門職として、スクールソーシャルワーカーや、風俗店で働く女性の相談支援「風テラス」相談員なども経験。内閣府「パーソナル・サポート・サービス検討委員会」構成員、厚生労働省「新たな自殺総合対策大綱の在り方に関する検討会」構成員等を歴任。2017年に渡米。現地の日系人支援団体にて食料支援のプログラムディレクター、理事を務めた。2020年帰国。現職。著書に『シングル女性の貧困――非正規職女性の仕事・暮らしと社会的支援』(共編著、明石書店、2017年)、『子どもの貧困と地域の連携・協働――〈学校とのつながり〉から考える支援』(共編著、明石書店、2019年)他。

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