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現代文化見聞録

空間としての書店 〔菊竹梨沙〕

「出版不況」や「若者の活字離れ」という言葉を耳にするようになって久しい。一方、大学には毎年必ず「本が好き」「書店によく立ち寄る」「図書館で本を読むと落ち着く」「出版社で編集者になりたい」という、頼もしい学生が入ってくる。

情報のデジタル化が進んだ結果、「紙の本」や、それを扱う書店という「場所」はどうなっていくのだろうか。菊竹梨沙さんは、そんな問題に自分なりに向き合うべく、研究を進め、その成果を報告してくれた。(岡本健)


 

空間としての書店

菊竹梨沙

 

近年、紙媒体の書籍の売り上げが減少しているのに比例して、書店の店舗数は減少の一途をたどっている。その要因として、スマートフォンなどの電子端末の普及が挙げられる(図1・2)。

[図1]

出所:全国出版協会出版科学研究所(2019)

[図2] 

出所:全国出版協会出版科学研究所(2019)、総務省(2019)

一昔前までは、通勤・通学時に電車で本や新聞などを読んでいる人が多く見受けられたが、近年の急速な電子端末の普及によって、現在の通勤・通学シーンでは、多くの人が手元の電子端末に夢中になっている姿をよく見かける。一昔前の娯楽と言えば読書が主であった。しかし、今では、電子端末一つで読書もゲームもインターネットも連絡のやり取りも可能となり、本に成り代わって、電子端末が娯楽に最適の媒体となった。このウェブ記事も電子端末普及の賜物と言えるだろう。

また、電子書籍の売り上げ数が年々増加しており、紙媒体の書籍の売り上げは、電子書籍市場に侵食されつつある。実際、タブレットで漫画や小説、新聞を読んでいる人を電車内で見かける機会が多い。さらに、書籍を購入する際に書店には赴かず、Amazonや楽天などのネット通販で紙媒体の書籍を購入する動きも多くなった。

こういった要因を背景に、近年、書店の店舗数は減少し続けている。しかし、書店の「総坪数」、つまり「書籍を売る店の総面積」は店舗数の減少と比較すると、それほど減少していない(図3)。このことから、街の書店が次々と姿を消していっている一方で、大型書店が多く存在していることがうかがえる。

[図3]

出所:全国出版協会出版科学研究所(2019)

生き残っている街の個人経営の書店などでは、地域に根付いた書籍の取り扱いや、取次を通さず、出版社から直接本を仕入れて取り扱いの少ない本を置くなど、書店ごとに様々な色がある。

では、大型書店はどうだろうか。今回は「蔦屋書店」に焦点を当てて話を進めていく。

「つたや」と聞くと、多くの人がローマ字表記の「TSUTAYA」を想像するかもしれない。「蔦屋書店」も「TSUTAYA」も、どちらもCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)が統括している事業である。同じ会社の事業ではあるが、軸としている事業内容が異なる。「蔦屋書店」はライフスタイル提案事業を主軸に行っており、「TSUTAYA」はレンタルを中心としたエンタテインメント事業を主軸に行っている。

ライフスタイル事業を主軸とした「蔦屋書店」は書籍販売だけでなく、「スターバックス コーヒー」などのカフェと蔦屋書店が合体した飲食事業、「蔦屋家電」と称した家電製品の卸販売事業、蔦屋書店を中核に複数の専門店が集まるライフスタイル提案型商業施設「T-SITE」を展開するT-SITE事業など、書籍だけでなく、多方面の事業に着手している。

「蔦屋書店」について、川島(2015)によると、「“モノ”があるのではなくて、“モノ”を通じて“生活”を提案する」とされている。前掲書には「生活提案」の4文字が何度も記載されていた。この生活提案を軸に、蔦屋書店では書籍の販売がなされている。

また、蔦屋書店を訪れたことがある人なら身に覚えがあるだろうが、蔦屋書店では他書店でよく目にする書籍の配置とは異なった配置がされている。一般的に目にするのは、新刊、新書、文庫本、エッセイ、雑誌などという風に、書籍の種類で棚が分けられているものだろう。しかし、蔦屋書店では、書籍のジャンルごとに棚が配置されている。

例を挙げると、「旅行」の棚であれば、エッセイや雑誌、ガイドブック、音楽や映画等、書籍の種類にかかわらず、「旅行」について書かれている書籍が一つのコーナーにすべて並んでいる。さらには、そのコーナーに隣接する形で旅行代理店が設けられている店舗もあるようだ。

このように、提案したいライフスタイルを「旅行」のようにジャンルごとに分けて設置しているため、蔦屋書店ならではの独特な配置が完成されている。

蔦屋書店が他書店とは大きく異なる点がもう一つある。「空間」だ。

一般的に目にする書店は、蛍光灯などの光で明るく照らされた店内だろう。しかし、蔦屋書店では店内の照度は低く、暗めの落ち着いたカフェのような印象を与える。実際、店内にスターバックスが存在する店舗もいくつかある。平時なら注意される「立ち読み」だが、蔦屋書店ではカフェに未購入の書籍を持ち込むことができ、どの書籍を購入するか、ゆっくりと内容を吟味できる。このように、蔦屋書店では、落ち着いた内装でリラックスできる空間が作り出されている。

また、印象的なのが、開放的な店内だ。店内のどこからでも見えるような、区切りのない空間。一般的な書店では見受けることがあまりないモダンな雰囲気が感じられる。この内装を撮影する目的も兼ねて、蔦屋書店に訪れる人もいるようだ。

Instagramで「#蔦屋書店」と調べてみると、本棚をバックにした写真や本棚だけの写真が投稿されていたり、蔦屋書店の外観の写真が投稿されていたりと、いわゆる「インスタ映え」の撮影場所としても需要があるようだ。この点においては、蔦屋書店だけでなく、個人経営の書店や古書店なども需要があるようで、「#書店」で調べてみると店内の写真や外観の写真が多く出てきた。

このように、書店を「書籍を売るだけの空間」にせず、スペースごとに照明の照度を変える等、書店ではなく家にいるような居心地の良さを生み出している。また、オシャレなカフェのような空間は、普段書店へ訪れない人でも「一度足を運んでみよう」と思わせるきっかけとなっている(図4)。

[図4]

 

出所: 梅田 蔦屋書店ウェブサイト

2019年8月31日に梅田 蔦屋書店において、同店の企画本部に所属している三砂慶明氏と日高奈緒美氏にインタビューのご協力をいただいた。

先述したが、蔦屋書店の書籍の配置は一般的な書店とは異なる。この配置の重要な役割を担っているのが「コンシェルジュ」だ。前掲書によると「レコメンデーションする機能」を担うのがコンシェルジュの役割とされている。モノが多すぎて、何をどこから選んで良いのかがわからない。そんな現代の世の中だからこそ、店側が、積極的に生活提案を行わなければならない。その際に「価値のあるものを探し出し、選んで提案してくれること=提案力」が求められる。その機能こそがコンシェルジュであるとされている。

三砂氏にコンシェルジュについて尋ねたところ、以下のような返答がきた。蔦屋書店のコンシェルジュの中には、写真家や雑誌編集者などの様々な分野に特化した人たちがいる。彼らの仕事である書籍のジャンル分けに必要とされるのはもちろん様々な本に関する知識である。しかし、知識だけでなく「いかに本を見極めるかの技術」が重要となってくる。そのため「この著者はこの分野の専門家だから、このジャンルのことも関係しているかもしれない」などの想像力が重要になるそうだ。

一般的な書店の、新刊、文庫本、単行本などの種類に分けられている棚は管理がしやすく効率が良い。しかし、蔦屋書店では「生活提案」を一番の軸としているため、“効率”ではなく“質”を重視している。

また、三砂氏によると、「何でもあります。ではなく、これがあります。という売り場を目指しています。お客様がまだ自分自身気づかれていない発見を提案したい」とのことだ。モノで溢れている現代で、自分の本当に欲しいもの・必要としているモノが希薄化しているように感じる。そんな世の中で、生活の中で真に必要であると感じるモノを提案することで「何でもある、何かがある店」ではなく「これがある店」であることができ、需要力が高まっているのではないだろうか。

また、照明についてだが、店内では間接照明が使われており、先述したとおりカフェのようなリラックスできる空間となっている。しかし、店内すべてに間接照明が使われているわけではなく、仕事や勉強のスペースとして使われる場所では明るめの照明が使われるなど、その場所と用途によって照度が異なる。

このように、用途に適した照度にすることで、不自由を感じることのない居心地の良い空間が作られているのではないだろうか。

ここ数年の電子端末の急激な発展により、閉店を余儀なくされる書店を多く見かける。

これは個人としての意見だが、科学技術が発展していく限り、衰退していく分野は多くあるだろう。だが、その衰退していく分野の中に、先人たちの知恵や考えが詰まった「書籍」を販売する書店を入れたくない。出版業界を盛り上げるためにも、書籍と多く出会う機会のある書店をなくしてはいけないのだと思う。

このような時代を生き残っていくためには、従来の書店にはなかった新たな視点からの切り口が必要となってくるだろう。何か、その書店ならではの“個性”を出していくことが、昨今の出版不況から書店を守る一つの手立てになっている。その一つとして、これまで記述してきたCCCのライフスタイル事業が挙げられる。

目まぐるしく変化していく時代を生き残っていくために、その時代にあった新たな経営体制を築いていくことが、大きな鍵となるだろう。

 


【参考文献】

川島蓉子『TSUTAYAの謎 増田宗昭に川島蓉子が訊く』日経BP社、2015年

全国出版協会出版科学研究所『2019年版 出版指標 年報』全国出版協会出版科学研究所、2019年

総務省「平成30年通信利用動向調査の結果」2019年、https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/data/190531_1.pdf

梅田 蔦屋書店ウェブサイト、https://store.tsite.jp/umeda/about/

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著者略歴

  1. 菊竹 梨沙(きくたけ・りさ)

    近畿大学総合社会学部3年
    趣味はマンガを読むことです。ジャンル問わず幅広く読んでいますが、戦闘シーンがあるマンガが特に好きです。最近ハマっていることは塗り絵で、集中力が鍛えられている気がします!

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