音楽サブスクリプションと海賊版アプリ 〔澤田 猛〕
新型コロナウイルスの感染拡大によって、人の「移動」や「集合」を前提とした産業は大打撃を受けている。特に「観光」や「イベント」などへの負のインパクトは大きい。その一方で、多くの人々が利用するようになったサービスがある。それが、「サブスクリプションサービス」だ。学生たちからは、「外出自粛で暇すぎて、NETFLIXでドラマばかり見てました」「これまで興味なかったんですが、サブスクでアニメ見たら止まらなくなっちゃって(笑)」といった声がよく聞かれた。
音楽についても、データでの流通が非常に多くなった。世界の音楽売上金額の推移をみると、ストリーミングの売り上げでは、2010年に4億ドルであったのが、2010年代を通じて規模を拡大し、2019年には114億ドルに達した(『デジタルコンテンツ白書 2020』、81頁)。レコード、カセットテープ、CD、MD(!?)と、音楽を記録するメディアの変遷とともに成長してきた私としては、一抹の寂しさも感じるが、現在の学生たちの音楽聴取実践はどのようになっているのだろうか。まさに当事者である澤田猛さんが見た学生たちのリアルな動向を感じていただければ幸いである。(岡本健)
音楽サブスクリプションと海賊版アプリ
澤田 猛
サブスクリプションとは契約期間内、指定条件下において、定額料金でサービスを利用し放題という課金モデルのことを指す(青木 2018)。モノおよびサービスそのものを購入するのではなく利用する権利を購入する点が、サブスクリプションというビジネスモデルの特徴であるといえる。実際サブスクリプションは世間に広く普及しており、本記事で紹介する音楽をはじめとして、映画、雑誌、書籍、ゲーム、婚活アプリ、コインランドリー、さらには家電など非常に多岐にわたっている。
企業によって定められた料金を支払うことで様々な書籍にアクセス可能になったり、ゲームがプレイ可能になったり、さらにはコスメなどといった商品のレンタルおよび使用が可能になったりと、非常にバラエティに富んでいる。さらにユニークなものになると、月に定額を払うことによって二郎系ラーメンを1日1杯無料で食べることができるといったものもあった。
以上のことからサブスクリプションは急速に幅広く拡大し続けていることが窺える。また、本記事のメインテーマであるが、サブスクリプションが海賊版対策になるという研究が提示されている(Aguiar and Waldfogel 2018)。この研究では、ストリーミングとCDの両者のビジネスモデルの違いから、売り上げを比較するにあたって、いくつかの妥当な仮定のもとで、ストリーミングが音楽業界の売上を増やしたと報告している(田中 2020)。サブスクリプションモデルが海賊版に対してどのように働きかけるのか、音楽ジャンルに焦点を当てて考えていく。
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著作物を商品として利用するためには、対価としてお金を払わなければいけない。だが金銭の受け渡しが回避されることで、著作者に売り上げがまったくいかないという問題が生じている。その問題を引き起こしているものがまさに海賊版コンテンツである。
海賊版の問題はこれまで何度も議論されてきており、この海賊版に関するサイトへのアクセスブロッキングを行うべきだという主張もある。しかしこの案については、憲法21条2項の「通信の秘密を侵してはならない」という項目に対して違憲だという反論もあり、主に法的な観点からの論争が続いている。
この海賊版コンテンツの例として「漫画村」問題があった。無料で漫画が読めてしまうため、2018年4月に閉鎖されるまでおよそ6億人以上もの人が利用したといわれ、約3200億円もの被害が生じたというデータもある。サイトを運営していた星野路実容疑者は2019年7月上旬にフィリピンの入管当局に拘束されて逮捕となり、サイトは閉鎖した。しかし、漫画村の代わりとなるサイトの存在が報告されており、いわゆるイタチごっこの状態に陥ってしまっている。
また、この記事で取り扱う音楽についても海賊版のコンテンツが目に付く。その代表例として「Music FM」がある。Music FMとはスマートフォン向けに配信された音楽ストリーミング機能を持つアプリであるが、広告が表示される代わりにMusic FMというプラットフォームにあげられている音楽をストリーミングして聴けるだけでなく、ダウンロードまでできてしまう。音楽サブスクリプションアプリの代表例である「Spotify」や「Apple Music」とまったく同じ機能を持ち、しかもそれを無料で提供しているのである。
もちろんこの広告収入はアーティスト側に回らず、アプリの運営のもとに入る。Music FMは何度もアプリストアから姿を消しては再び現れる、ということを繰り返している。無料であることからMusic FMに対する需要も多く、Music FMのダウンロード方法について解説するサイトまで存在する。これは漫画村の事例の音楽版であるといえるだろう。
仮にMusic FMの運営者が逮捕され、コンテンツの運営が停止されたとしても、また別の海賊版コンテンツが登場することは目に見えている。先述したとおりアクセスブロッキングなどの技術的な対策をとればすべての問題が解決するわけでもない。
いま本当に目を向けるべきなのは、利用者の意識のほうである。海賊版コンテンツにとって最も必要な存在がまさに利用者なのであり、利用者の著作権への意識がこの海賊版の議論において重要なポイントとなってくるのだ。
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ここでは、大学生の違法音楽アプリの使用状況について筆者が行った調査をもとに考えていく。
現在、筆者は近畿大学東大阪キャンパスに通う大学3年生であるが、リモートでの講義体制に移行する前、キャンパス内でイヤホンをつけて音楽を楽しむ学生の姿がたくさん見られた。そこで実際に、近畿大学内の学生20人に対して匿名で簡単なアンケート調査を実施した。
アンケートの設問は2問ある。1問目でどのような音楽アプリを使用しているのかについて選択してもらい、2問目でその音楽アプリを使用している理由について尋ねた。
1問目の選択肢としては、いくつか音楽アプリを提示し、その中から該当するものすべてを選択してもらった。Music FMなどの違法音楽アプリの大学生の使用実態を探るのが目的であるが、アンケート紙にはこのことは記載せず、単に「大学生の音楽アプリ使用状況に関するアンケート」と題して回答を依頼した。また、「その他」の欄で音楽アプリ名を記入してもらうことによって、Music FM以外の違法音楽アプリを見つけることができるのではないかと考えた。
調査結果を端的に述べていく。「Apple Music」を使っているという人は9人、「Spotify」6人、「Music FM」4人、「LINE MUSIC」2人、「YouTube Music」1人、「Google Play Music」1人、「AWA」1人、「Amazon Music Unlimited」1人、「Amazon Prime Music」1人、その他のアプリとして「dヒッツ」を使っている人が1人、音楽アプリを使っていないという人が2人という結果となった。使用アプリは比較的散らばる傾向があるものの、Apple MusicとSpotifyに票が集まった。
音楽アプリ名 |
使用人数 |
Apple Music |
9人 |
Spotify |
6人 |
Music FM |
4人 |
LINE MUSIC |
2人 |
YouTube Music |
1人 |
Google Play Music |
1人 |
AWA |
1人 |
Amazon Music Unlimited |
1人 |
Amazon Prime Music |
1人 |
その他(dヒッツ) |
1人 |
使用していない |
2人 |
この結果からは、サブスクリプションでの音楽アプリがある程度浸透していることが窺える。調査対象の母数が少ないため断定的に論じることはできないが、違法アプリであるMusic FMの利用者が20人中4人のみと、ストリーミングサービスが海賊版対策になるという研究結果について改めて実感することができた。
Spotifyを選んだ理由として「機能性の高さ」を挙げる声が多く、一方Apple Musicを選んだ者の声としては「iPhoneにもともと入っていたから」という受動的なものが多かった。このことからSpotifyという音楽サブスクリプションサービスの革新性が見て取れる。
また、Spotifyの効果として、CD等で音楽を購入していた人の売上額が11~24%減少した分、Spotifyでの売り上げ増加により、業界全体での売り上げは結果的に増加したとの研究データもある(Wlömert and Papies 2016)。一方Music FMを利用している人の声として、「だめだとはわかっているけれど無料だから」「好きなアーティストの曲がないから」「無料でたくさん聴けるから」といったものがあった。やはり無料であることが大きな要因であることがわかる。しかし、Music FMが無料であるということは、著作者に利益がもたらされないということである。このように著作権に対する意識の低さが浮かび上がった。
◇
ここからは日本全体の著作権事情について見ていく。日本の著作権はクリエイターの保護に関して問題点があり、この問題の代表的な例としてJASRACに関するものが挙げられる。
JASRACとは日本音楽著作権協会のことであり、音楽の著作権に関して保護活動を続けており、著作利用者から徴収を行っている。しかしJASRACの徴収に関しては強引な一面があり、たとえば過去にJASRACは音楽教室から著作権使用料を徴収すると発表し、各方面から批判を受けた。このことは裁判にまで発展する事態となったが、著作権の過度の制限が著作者にマイナスの影響をもたらすかもしれないという声もあり、議論となっている。
ほかにも、著作物を生み出すクリエイターと企業との関係が対等なものではなく、搾取されてしまうといった事例も存在している。このような日本の状況において、一番苦しい立場にあるのはまさに著作者である。
米国パテントエージェントである近藤泰氏は、米国のCCC(コピーライト・クリアランス・センター)の事例を紹介しており、著作者と使用者のフェアな関係を形成するための仕組みづくりの必要性を主張している。日本はいま一度この著作権の事情について俯瞰し、改めて保護の体制を整えなおすべきである[1]。
◇
新たなビジネスでもあるサブスクリプションの音楽分野において、Spotifyといったストリーミングサービスはその機能のみでなく、海賊版に対してもある程度の効力があると考えられる。しかし、このサブスクリプションが海賊版に対する決定打となるわけではない。アクセスブロッキングや海賊版に対する法整備も確かに必要かもしれないが、本当に意識すべきなのは、利用者の著作権に対する意識を変え、音楽のサブスクリプションサービスを使用していくことである。新たな音楽との付き合いを行うことにより、今後の私たちと音楽との好ましい関係を築いていくことが大切なのである。
[1]「『漫画村』はなくならない 中国よりひどい著作権事情」(日経ビジネス2019年8月5日)参照。日本の著作権事情やコンテンツ事情が事例を通じて詳しく述べられている。
【参考文献】
Aguiar, Luis and Joel Waldfogel(2018)"As Streaming Reaches Flood Stage, Does It Stimulate or Depress Music Sales," International Journal of Industrial Organization, v.57, pp.278-307
Wlömert, Nils and Dominik Papies(2016)"On-demand streaming services and music industry revenues: insights from Spotify’s market entry," International Journal of Research in Marketing, Volume 33, Issue 2, pp.314-327
青木孝次「『サブスクリプションモデル』は今後さらに拡がるのだろうか? On lineからOff lineへのサービス進展の中で」『経営情報学部論集』32巻1・2号、2018年、55-69頁
越智慎司「調査研究ノート 海賊版サイトは“ブロッキングすべき”か:著作権侵害コンテンツ対策の課題を考える」『放送研究と調査』68巻9号、2018年、38-47頁
田中辰雄「漫画の定額配信サービスの可能性:漫画海賊版への対抗策」『情報通信政策研究』3巻2号、2020年、127-150頁
福井健策「視点 ネットのダークマター、海賊版はもう止まらないのか?」『情報管理』60巻10号、2018年、735-738頁
村上泰子・川瀬綾子・西尾純子・北克一「知的財産戦略としての海賊版サイト問題と図書館」『図書館界』71巻2号、2019年、122-128頁
「JASRACの著作権料徴収認める 東京地裁、音楽教室敗訴」日本経済新聞2020年2月28日(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56169210Y0A220C2EA2000/)
「『漫画村』はなくならない 中国よりひどい著作権事情」日経ビジネス2019年8月5日(https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00117/00054/)