やる気スイッチを入れる?最新文具事情 〔木内蒼太〕
学生記事の第2弾は「文具」について。正直に言って、最初に彼が「文具をテーマにします」と宣言した時は嫌な予感しかしなかった。「まさか、研究対象が決まらなさすぎて、目の前にあったシャーペンをみて『文具でいいんじゃね?』的なノリなのでは……」と疑いの気持ちを抱いてしまったことは内緒である。
しかし、研究が進んでいくにつれて、私は反省した。彼の文具研究は実に面白い。「文房具」という言葉の起源を探ったり、各種文具を実際に購入して使用してみたり……。様々なアプローチによって、「文具」が現代の働き方や社会のあり方と密接にかかわっていることが明らかになっていく。この記事で書かれている内容は、学校の遠隔授業だけでなく、テレワークのあり方やコロナ時代の商品開発など、幅広く応用できるだろう。(岡本健)
やる気スイッチを入れる?最新文具事情
木内蒼太
新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めをかけるため、出された緊急事態宣言。それに伴い広がった自粛生活。私の通っている大学でもZoom(Web会議サービス)を用いたオンライン授業が行われ、自宅で課題に追われる毎日を過ごしている。
インターネットを介した授業は、これまで通学によって切り離されていた「プライベートな空間」と「授業を受ける空間」の距離をゼロにしてしまった。移動にかかる時間がなくなったことで楽になった一方、やる気のスイッチを入れるのはとても難しくなった。
自宅での作業がはかどるような、「やる気が出る文具」はあるのだろうか? 文具を新調しようと思いたって調べてみると、『文房具屋さん大賞』という本が目に入った。文房具屋さん大賞とは、文具を取り扱う様々な業態の中から選りすぐりの企業に絞り、その企業内でまたさらに選ばれた文房具のプロが審査員として、その1年に新発売された文房具をアイデア・機能・デザインの三面から採点し、表彰を行うものである。
今年の大賞受賞文具は、三菱鉛筆の「EMOTT」という商品だった。EMOTTは、ペン先の強化により、細い線をキープして書き続けることができるペンとして高い評価を得た水性サインペンだ。機能面だけでなく、大人の女性に向けた、洗練されたデザインもこのペンの特長の1つになっている。カラーテーマ別に分けられたペンが、白で統一されたケースに入っているので、これまでのカラフルな装飾が施されたペンに比べて、SNSで投稿される際、より自然に画像内になじむことができる。いわゆる「SNS映え」である。
EMOTT(三菱鉛筆)。洗練されたデザイン=筆者私物を撮影
文具は常に進化をし続け、その時代のニーズや価値観を反映し続けている。日本の書道史を専門とする歴史学者の長尾秀則は、「蘇軾と黄庭堅」という論文の中で、「文房四宝」について論じている。11世紀の中国の政治家で書家・画家・詩人として活躍していた蘇軾(そ しょく)によって書かれた『東坡題跋』と、同時代に文学者・書家・詩人として活躍していた黄庭堅(こう ていけん)によって書かれた『山谷題跋』の記述を比較、分析した論文である。
この論考では、当時は書が重要な連絡手段であるとともに、芸術の一部だったため、墨の光沢から香りに至るまでこだわっていたということや、硯や紙においても、材質から製造工程で使われる水にまで気が配られていたことが述べられている。11世紀という遠い昔においても、文具がその時代のニーズを反映していたことが分かる。先ほど紹介したSNSでの「映え」を狙った文具もまた、現代の需要の中で生まれたもので、今、必要とされている文具の1つの形であるといえよう。
そこで、「文房具屋さん大賞2020」、「文房具総選挙2020」[1]、「2019年Bun2大賞」[2]といった文房具を表彰している記事をもとに、表彰された文具を購入して実際に使用し、文具がどのような進化を遂げ、その文具の“どういった部分が評価されているのか”について検討した。
◆「文房具屋さん大賞2020」機能賞/タップテープ(カンミ堂)
まずは、「文房具屋さん大賞2020」で機能賞を受賞したカンミ堂の「タップテープ」を取りあげる。この商品のキャッチコピーは、「手軽に貼れる〈スタンプ式〉両面テープ」である。その名のとおり両面テープなのだが、私たちの知っているものとは、一目見ただけで違いを感じる。装飾性の高い特殊紙を使用した、おしゃれな外装が目を引くデザインになっている。
タップテープ(カンミ堂)。ファンシーペーパーを使用したおしゃれな外装=筆者私物を撮影
『文房具語辞典』で調べてみると、両面テープとは「ものを貼り合わせるのに使う、基材の両面に粘着材の層をもつ粘着テープ」のことを指す。粘着テープなどの包装材料を製造する日東電工によると、両面テープは20世紀中ごろのアメリカとドイツで発明されたもので、それまでに接着剤が担っていた“貼り合わせる”という役割ができるものとして、様々な場面で用いられてきたテープである。
この商品の機能面での特徴は、
・両面テープの粘着面を、貼り合わせたいものにスタンプのように押し付けることで、簡単に貼ることができる
・テープ自体がすでにカットされているので、はさみで切る必要がない
・勝手に剝離紙をはがした状態で粘着面が出てくるので、剝離紙をはがす必要がない
・貼ってはがせる粘着面を片面に採用することで、ただの紙を付箋のようにする使い方ができ、はがした後も残らずクッション性が高いことから、壁に貼ることもできる
といったものが挙げられる。
タップテープの使用方法:粘着面を押し付け、紙などに貼りつける=筆者私物を撮影
このテープはプラスチックではなく、紙の外装が採用されているので手触りがよく、脱プラスチック社会の流れにも沿っており、また手のひらに収まるサイズのため、持ち運びしやすいというのも大きな特長だ。このような特長とおしゃれな見た目から、“つい置きたくなる両面テープ”という新しさを感じる。
この文具は、従来両面テープの欠点とされてきた部分を改善し、そしてデザイン性を向上し、環境に対する配慮がなされているという点で、消費者のニーズに応えている。今回「文房具屋さん大賞2020」で機能賞を受賞した理由もきっとこの多様なアプローチが審査員の心をつかんだ結果だろう。
◆「文房具総選挙2020」大賞/富士山消しゴム(プラス)
次は「文房具総選挙2020」にて大賞を受賞したプラスの「富士山消しゴム」である。2019年7月に数量限定販売された本商品は、SNSやテレビ番組を中心に様々なメディアでの大反響により、定番品として販売されることとなった消しゴムだ。Instagramでは「#富士山消しゴム」で800件以上の投稿がされており、話題性の高さが窺える。
富士山消しゴム(プラス)=筆者私物を撮影
この商品のコンセプトは、「“よく消える”機能と“消す楽しみ”を同時に実現する、新しい消しゴム」である。ふたたび『文房具語辞典』を引いてみると、消しゴムとは「鉛筆やシャープペンシルで描いた線に擦りつけることで、黒鉛を吸着して消去する、天然ゴムまたは軟質プラスチックを原料とした塊」のことを指す。主に学業で使用するが、学校の休み時間に友人と消しゴム落としをして遊んだという人も多いのではないだろうか。間違いなく身近な文具の代表的な存在である。
この商品の機能面での特徴は、
・多孔質セラミックスパウダー含有のAIR-IN樹脂を使用することで、いつもカドで消す感触を実現する
・消しゴム粒子が黒鉛粒子を包み込んで筆跡をよりきれいに消すことができる
・消していくと、2層の消しゴム樹脂が徐々に削られ、富士山のようなフォルムが現れる
といったものである。
四角い消しゴムを使用しているうちに、富士山が現れる=筆者私物を撮影
従来の文字を消すためだけに使用されていた消しゴムは、近年様々な付加機能により差別化が図られている。今回紹介した富士山消しゴム以外にも、透明な樹脂を使用することで、消したい文字を的確に消すことのできる消しゴムや、鉄粉を樹脂に含ませて消しゴムケースの底に磁石を設けた消しゴムなどが発売され、進化をし続けている。
今回取り上げた富士山消しゴムは、「消すことで作る」という斬新なアイデアに基づいた魅力的なデザインが、消費者の心をつかんだ商品である。そのうえ消しやすさもしっかり考えられた設計で、今回大賞を受賞したのもうなずける。
◆「2019年Bun2大賞」4位/ネムミ(サンスター文具)
最後に、「2019年Bun2大賞」にて4位に入賞したサンスター文具の「ネムミ」を取りあげる。皆さんは勉強や仕事をしていてふと眠たくなることはないだろうか。かたい机の上に突っ伏したのち、顔を真っ赤にして起きている人を見かけたこともあるだろう。そんな人にさっと渡したくなる筆箱――それがネムミだ。今回の中では最も不思議な商品である。
ネムミ(サンスター文具)。筆箱としての機能も充分=筆者私物を撮影
これはビーズクッションのような素材が含まれていることで、枕にもなる筆箱なのだ。「寝ることを前提にした文具なんておかしい」と思う人もいるかもしれないが、睡眠をしっかりとることで学習した内容を記憶の定着につなげることができると、科学的根拠をもとに様々な書籍や記事で述べられている[3]。寝ることで記憶が定着するなら、この筆箱も学習の手助けをしてくれる文具になるはずである。
この商品の機能面での特徴は、
・大きいサイズのポケットで、比較的大きなものでも収納できる
・ビーズクッションのような素材のものと、マイクロファイバー綿が入ったもの、ソフトパイプの入ったものの3種類の硬さから選べる枕としての機能に優れている
といったものである。
このネムミは斬新すぎるアイデアで筆箱に別の機能を追加しているわけだが、もはや枕が主な用途なのではないかというほどに大きなインパクトを残すものになっている。このほかにも卓球ができるノートや、同じように枕にもなるノートがあり、他の機能を別の文具に付加することで生まれた面白さが、文具に新たな需要を生んでいる。いくら枕のようで気持ちよく眠れるからといって、授業では眠らず、自習や休み時間にうまく利用したいものである。
このように、3つの記事の大賞受賞作を見ていくと、評価されている点がそれぞれ異なり、高く評価されるには様々な要素を持つことが大切であることが分かった。この文具それぞれの持つ特長を、上記3つの文具と最初に紹介したEMOTTの特長から大きく分けて推測すると、以下の5つが挙げられた。
① 機能の向上: 従来の商品の欠点の部分の改善や、本来の機能をさらに強化する。(例:芯が折れにくくなったシャープペンシルなど)
② デザインの向上: SNSでの「映え」や雑貨としての側面を意識し、デザインを向上することによって見た目で人を引き付ける。(例:黒で統一されたノート、動物の形をした付箋など)
③ 再発見する: 古くからの良い文化や昔の商品を、現代に合わせて復刻する。(例:日本刀を模したペーパーナイフ、クーピーを活用したマーカーなど)
④ 別の機能を追加する: 本来の機能ではない別の機能を文具に加えることで新しいものにする。(例:枕として使える筆箱、ハンコの機能がついたペンなど)
⑤ 女性を意識する: かわいらしいデザインや色使いにすることで、女性をターゲットにしたもの。(例:パステルカラーで統一されたペン、リップグロスのようなデザインの付箋など)
下のグラフおよび表は、先に紹介した3つの記事「文房具屋さん大賞2020」「文房具総選挙2020」「2019年Bun2大賞」における、記事内で表彰された文具の特長の個数をカウントしたものである。記事内での評価をもとに、5つの特長のうち該当したものをカウントした。富士山消しゴムのような、特長①②③の複数に該当するものもあれば、私の推測した特長以外の部分で評価されていたことにより、まったくカウントされていない文具もある。
表彰されている文具の数がそれぞれ【「文房具屋さん大賞2020」→218点】、【「文房具総選挙2020」→35点】、【「2019年Bun2大賞」→30点】とばらつきはあるものの、全体の数を見ていき、実際にどのような要素が評価されているのか検討していく。なお、複数の記事に共通して表彰されていたものも、記事別に別物として複数カウントしている。
グラフを見ていただくと、①機能の向上と、②デザインの向上の数字が大きくなっている。各記事を調べていく中で、いくつかの文具に共通して使用されている言葉があった。その中で最も印象的だったものが「女性らしさ」である。⑤の“女性を意識する”に該当している文具がそれに当たるのだが、主に色使いにパステルカラーやピンクが用いられ、「かわいい」デザインで女性の目を引くものが多く表彰されていた。
日経産業新聞の記事「接着用品新ブランド、コクヨ、まず4商品、デザイン性・使いやすさ、20~30代女性を開拓。」(2018年10月1日)では、国内大手文具メーカーであるコクヨの新商品が女性をターゲットにしたものであることが述べられていた。企業が経費を削減する動きが高まり、会社が支給した文具を使用するのではなく、個人で購入する事例が増えてきていることが、ターゲット拡大の1つの理由であるらしい。
その中でも特に、SNSや口コミによる影響力を持つ女性に選んでもらえるような、デザイン性のあるものが重視されている。大手文具メーカーであるコクヨがこういった取り組みを行っていることからも分かるとおり、デジタル化や少子化による、市場規模の縮小が懸念される今の文具業界において、“女性”が大きなキーワードとなっている。
④の“別の機能を追加する”に該当した文具は比較的少なくなっていたが、その中でも特に付箋が様々な用途で使われるために進化していることが分かった。世界地図が印刷された付箋や、はがせる暗記マーカーとして開発された付箋、また、特殊な粘着剤を使用することにより、凹凸面や温度変化の激しい場所でも使用できる付箋など、付箋本来の用途である「主に書籍や用紙に用件の付記や目印のために貼付する」を発展させたものが目立っていた。
また、③の“再発見する”に該当したものは主に和紙を使用したものや、日本の景色をデザインしたものなどがあり、海外向けに作られた「ジャポニズム」を意識した文具が多く見られた。
私が3つの記事を分析していく中で、様々な魅力をそれぞれの文具が持っていることが分かった。「限定色」や「女性」などいくつかキーワードとして見られたが、そういった特長を持った新しい文具においても、機能面の向上が欠かせないということも分かった。
⑤の女性を意識したものでも、デザインや配色だけでなく、それでいてしっかりその文具の役割を全うし、もしくはそれ以上の活躍をする。④では別の用途を付加するために機能を向上させ、消費者が快適に使用できるように工夫されている。③においても、その文化や伝統を現代の文具に落とし込むために機能面の向上は欠かせない。
表彰される文具には製作者側のアイデアや、工夫、努力がたくさん詰まっており、すべてが「消費者にとってどんなものが必要か」「どうすれば消費者の生活がより豊かになるか」が考えられたものになっている。そのアイデアや努力が評価され、3つの記事で表彰されているのだ。
文具がその時のニーズを反映しているのであるならば、コロナ禍に対応することも重要な要素になってくるのではないか。私が今回調査した中でも、自宅での作業のために開発されたものがいくつか見られた。自宅での作業や学習の日々は続くが、こうした文具が、あなたのやる気のスイッチを入れてくれるかもしれない。
[1]『GetNavi 2020年7月号』(学研プラス、2020年)より。
[2] 文具のフリーペーパー『Bun2 2019年12月号』(ステイショナー、2020年)より。
[3] 池谷(2001:212-213)や玉置(2008:170-181)を参照。
【参考文献】
池谷裕二『記憶力を強くする―最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方』講談社、2001年
高畑正幸『文房具語辞典―文房具にまつわる言葉をイラストと豆知識でカリカリ読み解く』誠文堂新光社、2020年
玉置應子「睡眠と記憶」堀忠雄編著『睡眠心理学』北大路書房、2008年
長尾秀則「蘇軾と黄庭堅―文房四宝(筆・墨・硯・紙)に対する見解を比較して」『京都語文』03号、1997年、224-237頁
扶桑社ムック『文房具屋さん大賞2020』扶桑社、2020年
日経産業新聞「接着用品新ブランド、コクヨ、まず4商品、デザイン性・使いやすさ、20~30代女性を開拓。」2018年10月1日
Nitto Denko/日東電工株式会社「テープの歴史館|Nitto | Tape Museum | 粘着テープの総合情報サイト」https://www.nitto.com/jp/ja/tapemuseum/history/(最終閲覧日2020年4月27日)