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オックスフォード哲学者奇行

いろいろ無頓着なパーフィット

先月、エドモンズ(David Edmonds)によるパーフィットの伝記が出たので早速読んだ[1]。その伝記では「哲学の修道僧」パーフィットの人生を詳しく知ることができる。オールソウルズコレッジのフェローになる以前のパーフィットの人生は、夢と恋に満ちた超優秀な好青年という感じで、青春物語としてそれなりにおもしろかった。だが、それよりもはるかにおもしろいのは、オールソウルズで哲学のフェローになってからで、まさに奇行のオンパレードである。詳しくは翻訳が出たら各自で読んでいただくことにして、今回は伝記の中に出てきたパーフィットの逸話をいくつか紹介しよう。

エドモンズによるパーフィットの伝記。

オールソウルズに入ってからのパーフィットは、身体的な事柄に関して人並み外れて無頓着だった。以前に少し紹介したように、パーフィットによれば、時間を通じた人格の同一性を保証するものは、身体やその他の実体ではなく、心理的継続性なのであった。名探偵コナンの江戸川コナンと工藤新一が同一人物であるのは、同一の身体だからではなく、新一はコナンの経験を覚えており、コナンも新一の経験を覚えているという意味で、心理的に継続しているからである。したがって、身体のうちで重要な器官は精神を司る脳だけであり、脳さえきちんと機能していれば、残りの部分はパーフィットにとって特に重要ではなかった。あるパーフィットの研究仲間は次のように述べている。

「実際のところ、デレクは本当に彼の精神の中で生きているようでした(…)。彼は自分の身体をいくぶん乗り心地の悪いゴルフカートであるかのように扱い、彼は自分の精神をオックスフォードからボストンやニューヨーク(…)に運んでいくためにそれを運転しなければならないのでした。そして彼は他の人々についても、自分と同様に純粋な精神として見ていました。」[2]

また、哲学者のポール・スノウドンは、人格同一性は生物(動物)としての人の存続によって保証されるとする生物説(animalism)の立場をとっていたが、あるとき彼とパーフィットがオックスフォード大学で一緒に授業を行った。そのさい、パーフィットはスノウドンの生物説に理解を示しながらも、重要なのは身体ではなく精神であることを示すために、次のような架空の例を出した。

「私(パーフィット)が、入院中のバーナード・ウィリアムズの見舞いに行き、彼と話している。そして、会話の最中に、ウィリアムズのベッドの掛け布団が床に落ちて、実はウィリアムズの頭は、身体につながっていないことがわかったとする。だとしても、私なら、自分が会話していたのはやはりバーナードだったと思うでしょうね。」

こうパーフィットが述べたところ、この例を噴飯ものだと思ったスノウドンは、口を挟んでこう言った。「もし私がペットショップにペットの猫を受け取りに行って、店員が猫の頭だけ出してきたとすると、私ならものすごく腹を立てるでしょうね!」[3]。モンティ・パイソンのスケッチになりそうな話である。

また、このように精神的な存在者であるパーフィットは、昔から他人との物理的距離(パーソナルスペース)に無頓着だった。パーフィット自身が学生だったさいには、哲学の指導教員のすぐそばに立つか座るかして指導教員を居心地悪くさせ、彼が学生を指導する立場になってからは、ソファに座っている学生のすぐ横に座って、学生に「何かされるのではないか」という懸念を抱かせた[4]

パーフィットは服についても無頓着だった。服は何か着ていればよいという方針で、「気に入ったジャケットがあれば、彼は一度に3着買う習慣があった」[5]。これは一種のライフハックとも言えそうだが、逆に人前で服を着ないこともあった。彼は家の中に他に誰かいようといまいと、トレーニング用の自転車には裸かパンツ一丁で乗り、エクササイズをしながら論文を読んだ。旅行先のヴェニスでは、ある暑い日に、ジャケットを脱ぎ、シャツも脱ぎ、上半身裸で街中を歩いた。オールソウルズでは、部屋から離れたところにある風呂場に行くために裸で階段を駆け上がっていき、会う人を驚かせた[6]

また、70を過ぎたパーフィットが米国の大学のセミナー室で教えていたとき、エアコンが故障したことがあった。すると、長テーブルの先頭に座っていたパーフィットは、「かなり暑いね」と言いながらズボンのベルトを緩め、足首のところまでズボンを降ろすと、パンツだけで座り、何事もなかったかのように2分ほど話し続けたという[7]

さらに、彼は食事に対しても無頓着だった。脳に栄養が行きさえすれば問題がなかったようで、「毎日同じ食事ならどんな食べ物が出てきても気にしない」というウィトゲンシュタインの発言を好んで引用していた[8]。次の話もおもしろい。パーフィットが70になったころ、オックスフォード大で同僚のジュリアン・サヴァレスキュと彼の妻ミリアムが、パーフィットとその妻ジャネットを自宅での夕食に招いたことがあった。パーフィットは気を利かせて200ポンド(約3万円)ぐらいする高級ワインを持参していた。そして彼は自分のワイングラスにワインを少し注ぐと、その上から水を注ぎ足した。ワイン好きのサヴァレスキュは、驚きのあまりアゴが外れそうになった。だが、パーフィットが持ってきたワインなのだから彼の好きなように飲めばよいと思い直したという[9]

左側がラドクリフカメラ(ボドリアン図書館の一部)、正面がオールソウルズコレッジ。

その他の社会規範に関してもパーフィットは無頓着であった。友人の哲学研究者のラリー・テムキンがパーフィットに電話をかけたさい、「(妻の)ジャネットは元気ですか」とパーフィットに尋ねた。すると、困惑したような沈黙のあと、パーフィットはこう応答した。

「なぜそんなことを訊くのか。」

そこでテムキンは、友人の家族について質問するのは丁寧なことであり普通のことだと説明した。パーフィットは、なるほどそういう規範があるのかと納得し、次回以降、テムキンに電話するときには、毎回きまって次のように会話が始まったという。

パーフィット:もしもし、デレクです。仕事の邪魔でないといいんだけど。今、時間は大丈夫かな。

テムキン:デレク、あなたと話すのならいつでも大丈夫ですよ。

パーフィット:メグは元気ですか?[10]

また、時刻についても彼は無頓着だった。完全に夜型のパーフィットは、「よいスピーカーを買えばいつでも音楽が聴けるのだから、わざわざコンサートに行く必要はない」という信念に基づき、深夜にオールソウルズの自室でワーグナーのオペラを爆音で再生していた[11]。また、同僚と哲学の議論の続きをするために、「火曜日の午前3時、時間ある?」と訊いたり(同僚は「ええ、あります」と答えたという)、学生にも真夜中に電話をかけたりしていた[12]

その一例はこうだ。米国からオックスフォードに留学にきた女子学生は、朝3時に電話がかかってきたため、米国にいる家族によほど悪いことが起きたのかと思って震えながら電話を取った。すると、それはパーフィットからだった。彼は「こんな時間にかけてすみません」とも「ハロー、デレクだよ!」とも言わず、単に「5頁目の問題についてだが……」と話し始めた。パーフィットは彼が考えた解決策を述べ終えると、少し沈黙して、電話を切った[13]

とはいえ、パーフィットはあらゆることに無頓着なわけではなかった。他人の苦しみや死については他の人と同じくらいか、それ以上に感受性が高かった。

パーフィットが70を過ぎたころ、友人の哲学者と4時間ほど哲学の議論をしてから、オックスフォードのレバノン料理屋で二人で夕食を取ることになった。彼らは夕食中もずっと哲学の議論をしていたが、たまたま話が第一次世界大戦に及ぶと、パーフィットはおいおいと泣き始めた。友人がどうしたのかと尋ねたところ、パーフィットは第一次世界大戦で早世した人々のことを思ってひどく悲しくなったのだった。その友人は、まだパーフィット自身も生まれていない時代の人々のことを思って彼が泣いているのを立派だと思いつつも、通常であれば家族や友人の死に対して見せるような態度を、知らない人の死に対して見せているパーフィットのことを奇妙に思ったという[14]

また、この話と同じ頃に、パーフィットは哲学のノーベル賞と言われるショック賞の授賞式で講演をする機会があった。その講演の中でパーフィットは、バッハの「フーガの技法」という最晩年の未完成の曲に言及した。すると、パーフィットは話の途中で急においおいと泣きだした。1分半ほどその状態が続いたため、会場にいた百名程度の参加者はどうしたのだろうとざわめいた。パーフィットはどうにか落ち着きを取り戻して講演を終えた。翌日、参加者の一人がパーフィットになぜ泣いたのかと尋ねたところ、パーフィットは次のように答えた。「素晴しく美しい音楽なんです。だから、バッハがあの曲を完成させる前に死んだのは、本当に悲劇的なことなのです」。こう述べたあと、パーフィットは再びおいおいと泣き始めたのだった[15]

ここまでエドモンズの伝記に基づき、パーフィットが無頓着な事柄と関心のある事柄について紹介してきた。だが、やはりパーフィットがその人生において最も関心(というか執着)を抱いていたのは、哲学およびオールソウルズのポストであった。そこで次に、パーフィットがオールソウルズでテニュア(終身雇用)を得るために『理由と人格』を何とか完成させた話を紹介したい。だが、話が長くなってきたので続きは次回ということで。

 

[1] Edmonds, David, Parfit: A Philosopher and His Mission to Save Morality (Princeton University Press, 2023).  下記の記事は本のさわりだけ紹介している。Edmonds, David, “Derek Parfit: the perfectionist at All Souls,” New Statesman, 12 Apr 2023.

[2] Edmonds, ch. 8.

[3] Edmonds, ch. 16.

[4] Edmonds, ch. 8.

[5] Edmonds, ch. 8.

[6] ibid.

[7] Edmonds, ch. 21.

[8] Edmonds, ch. 17.  この話は、マルコムの回想録に出てくる。ノーマン・マルコム『ウィトゲンシュタイン:天才哲学者の思い出』(板坂元訳、平凡社、1998年、128頁)。

[9] Edmonds, ch. 21.

[10] Edmonds, ch. 15.

[11] Edmonds, ch. 10.

[12] Edmonds, ch. 16.

[13] Edmonds, ch. 17.

[14] Edmonds, ch. 21.

[15] Edmonds, ch. 21.

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著者略歴

  1. 児玉 聡(こだま・さとし)

    1974年大阪府生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程研究指導認定退学。博士(文学)。東京大学大学院医学系研究科専任講師等を経て現在,京都大学大学院文学研究科教授。
    主な著書に『COVID-19の倫理学』(ナカニシヤ出版,2022年),『実践・倫理学』(勁草書房,2020年),『正義論』(共著,法律文化社,2019年),『入門・倫理学』(共編,勁草書房,2018年),『マンガで学ぶ生命倫理』(化学同人,2013年),『功利主義入門』(筑摩書房,2012年),『功利と直観』(勁草書房,2010年,日本倫理学会和辻賞受賞)など。

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