『在野研究ビギナーズ』から考える 公式読書会 第4回
知的生活を支えるルーチン
荒木:では、事前にこの本に関する質問やコメントをいただいているので、それからいきましょう。働きながら学問ぽいことをやるにあたっての日々のルーチンなどを教えていただけると幸いですというふうにきたんですが、これは工藤さんに聞けばいいのかな。どうです?
工藤:日々のルーチンの大切さについては、『できる研究者の論文生産術』っていう本が参考になると思います。紀伊国屋書店新宿店の『在野研究ビギナーズ』刊行記念ブックフェアで今一番売れている本なんです。ただ、ルーチンの作り方は、ライフスタイルによって違うので、人それぞれかなと思います。たぶんこの点については、後ろにいる共著者のほうがちゃんと答えられるんじゃないでしょうか。
酒井大輔:第1章を書きました酒井大輔です。突然振られると思ってなかったんですけど(笑)。
工藤:すみません!
酒井大輔:研究だけに向きあう時間と場所を、生活と仕事のあいだにどう確保するかだと思うんです。日々のルーチンでいうと、私は、仕事が終わってから帰宅までの間で1~2時間作業してます。以前はカフェ、最近は有料のコワーキングスペースを借りてやってます。仕事で疲れてる日もありますけど、「研究」って論文を読んだり書いたりだけじゃなくて、細分化すればもっと単純労働みたいな作業もありますよね。仕事帰りの細切れの時間でも、何かしらできます。「今日は疲れたから帰ろうか」って思う日も、1時間だけちょっとやってこうかって自分でルールを決めておけば、週末に慌てることはないなと思ってます。
伊藤未明:3章を担当した伊藤未明です。日々のルーチンっていうとなんか毎日毎日決まったことをやってるように聞こえますが、私はお恥ずかしながら、毎日はとてもできていません。人文系の研究者なので、「読む」と「書く」が中心です。書くのは、年末年始とか連休じゃないと書けないですね。電車の中ではとてもじゃないけどできない。最近老眼で、ちっちゃい画面が見られなくなったし、重い物も持てなくなったし、厳しいです。それから、読むのも、毎日はちょっとできない。仕事が終わると疲れちゃうし、あとは結構「夜遊び」をするので。年間50本ぐらい映画を見たり、コンサートも週1回ぐらい行ってます。芝居やオペラとかも。17時に仕事をあがって真っ先に劇場に行くっていう駄目な人間なので。朝出かける前に1時間ぐらいは時間がありますが、それも最近病院に行かなきゃいけない歳になってきてですね、毎日はちょっとできないという感じです。
ただ、『できる研究者の論文生産術』の本どおりに、スケジュールを立てて実行していくと何がいいかっていうと、10年前と同じことがだんだんできなくなってくるのが、自分でよくわかるんですね。なので、ちょっとやり方を変えなきゃいけないことが、わかる。あの本は、そういう啓示も与えてくれるという意味で有効だと思います。
本は1kgまでいける! 通勤読書の楽しみ
質問者:酒井さんのツイッターをよく見てるんですけど、通勤読書をされているじゃないですか。本を読む時間をどうやって作ってますか。
酒井:朝の電車で1時間、お昼休みに1時間、帰りの電車で1時間。1日3時間。サラリーマンだと昼食を同僚と一緒に食べる人も多いけど、それをやってると読書時間は確保できません。
工藤:酒井さんは、通勤しながらツイッターで読書メモを投稿されてますけど、どうやってるんですか?
酒井:左で本、右で吊り革。ときどき胸ポケットからスマートフォン。毎日混雑率160%ぐらいの満員電車に乗ってるんですけど、鍛えるとだんだん重い本が持てるようになります。今は1キロ──これはニクラス・ルーマンの『社会の社会』の重さなんですが──までならいけます。
質問者:それを満員電車で。
酒井:そう。
荒木:これ使えますか、その知識(笑)。
酒井:いけるっていうのがわかれば、いけたりするものですよ。1キロはいけなかったけど600グラムまではいけた、とか。
在野研究 最初の一歩と品質管理
荒木:次の質問です。最初の一歩の踏み出し方がよくわかんないよっていうこと、同時に、研究の質の保ち方が何かあれば教えてくださいっていうことが質問できてるんですけども。これは誰に答えていただきましょうか。
酒井:「最初の一歩」は、他人の振りを見ることから始めるのがいいんじゃないでしょうか。具体的には研究会に行くことですね。研究会には小さいの、中くらいの、大きいの、いろいろありますが、特に重要なのは小さいやつです。本当に様々な趣旨や形態があるし、相手のあることなので合う合わないもあるでしょうから、いろんなところに顔を出してみるしかありません。
星野:僕もほとんど同じで、法華仏教研究会に関わらせていただいたのは、学部4年のときに書いた卒論を誰にも相談せずに事務局に送ったのが始まりでしたので、まずは専門分野の研究会に何かしらアクセスするのが大事だと思います。
工藤:最初の一歩の踏み出し方は、確かに聴きに行くっていうのが一番いいかなと思います。聴きに行ったら、そこで会った人に、その分野の基本書や概説書を教えてもらう。そしてその本を読む。それがいいパターンだと思います。
質の保ち方は、『在野研究ビギナーズ』40〜41ページに書いています。論文を出す前に、プレ報告をして、フィードバックをもらうんです。褒められたところは伸ばす。引用していない文献を指摘されたら、読み直したり新たに読んだりする。ロジックに飛躍があると言われたら、考え直します。最近は、友達が立派になって、忙しくなったり地方に就職したりしているので、メールとかスカイプとかでやってもらってます。
ちなみに、友達からもときどき草稿が送られてきて、コメントを頼まれます。そのときに心がけてることは、「まっさらな目」でコメントすること。分野が近いと細かいことが気になっちゃいますけど、そうじゃなくて、ロジックが一貫してるかとか、研究目的と方法が合致しているかとか。そういう枠組みや構造を見てレビューをしてます。たぶんそれは、実際の論文査読と近い。査読ってドンピシャな専門の人にあたることって少ないですよね。そういうときでも読みやすい論文を書かなきゃいけない。
まとめると、質の保つために、私は他人の力を借ります。支援を得ようとしますね。
研究と教育のはざまで
荒木:星野さんに対する質問です。ご自身の考え方と研究内容との相関性について知りたいと。つまり、家庭教師をやっている先生としての仕事と、もっと固有なご自身の研究的内容はどういうふうに関連しているのかあるいは関連していないのか、これに加えて、個人指導といういわば在野教育をどのようにお考えかもざっくばらんに聞かせてほしいということがきてます。
星野:正直、相互乗り換えというのはほとんどないですね。『ビギナーズ』では一例は書きましたけど、これは編集サイドからリクエストがあって捻り出したもので。それと、在野教育。私がやってるのは、教育というか、勉強を主軸にした一対一の会話、気軽に勉強の相談ができる話し相手といった感じで、“親戚にいるちょっと勉強ができるおっちゃん”程度の役割だと思っています。