いま、なぜアイルランドの地方自治研究か?:『アイルランドの地方政府』出版によせて(1)
2018年に刊行されたLocal Government in the Republic of Ireland(マーク・キャラナン著)の翻訳書、『アイルランドの地方政府:自治体ガバナンスの基本体系』を今年4月に出版します。訳者は大東文化大学の藤井誠一郎氏、監訳者はアイルランド国立大学ダブリン校の小舘尚文氏です。
本書は最新のアイルランドの地方自治システムを詳解した、日本語で読める唯一の学術的概説書です。いま、なぜアイルランドの地方自治研究なのか。出版に先立ち、藤井氏執筆の「訳者あとがき」の一部を以下でご紹介します。
[バナー写真:首都ダブリンにあるアビバ・スタジアム=佐藤洋輔氏撮影]
出版の趣旨
アイルランド共和国は、通称GAFAで知られるGoogle、Amazon、Facebook、Appleなどの多国籍企業が本拠地をダブリンに置いていることや、隣国のイギリスがEU離脱を選択したことにより、注目が集まっている。その多くの視点が、EU離脱による政治・経済への影響や、和平協定・治安の今後に注がれているが、イギリスが離脱を達成した場合に、唯一の英語圏加盟国としてアイルランドが持ちうるポテンシャルの大きさまではあまり知られていない。そのため、アイルランドの地方自治にまで関心が及んでいないのは驚くには値しないのかもしれない。
一方、日本では、地方自治研究において、イギリスや北欧諸国を含めて諸外国との比較研究が行われてきた。しかし、アイルランドの地方自治については、2003年に自治体国際化協会(CLAIR)により『アイルランド共和国の地方自治』が公表されているものの、それ以降の文献がほとんど存在せず、研究が進められていない状況にある。
2014年の地方政府改革法で地方の統治システムが大幅に変更されたこともあり、今のアイルランドを知るためにはアップデートが急務である。CLAIRからの文献の提供予定はないとのことであり、アイルランドの自治体の現状を詳細に記述する原典の翻訳本を出版することは、アイルランドの地方自治の現状を広く日本の読者に伝えることに資し、日本におけるアイルランド(ヨーロッパ)研究を支えていく貴重な1冊になるものと見込まれる。
イギリスのEU離脱が今後どのように進むかはわからないものの、国境問題も絡み、EUの唯一の英語圏加盟国ともなりうるアイルランドに関する研究も盛んになることが予想される。また、日本では、伝統的にイギリス政治や歴史に関心が高く、南北アイルランドの分断や社会福祉政策や制度基盤を理解するうえでも、アイルランドの地方自治への理解は不可欠である。
また、アイルランドでは、過去10年間、日本文化を紹介するイベントであるエクスペリエンス・ジャパンが盛大に開催されており、毎年2万人近くが来場する。日本大使館、CLAIRはもちろん、日本からは(小泉八雲を通じて長年交流のある)松江市や、(ラグビーワールドカップ会場・オリンピックの選手村としてアイルランドと交流を深める)静岡県庁などの自治体も後援や参加をしてきた。今後は、より一層、グラスルーツの地域間交流も盛んになっていくことが見込まれ、本書が日本の地方自治体がアイルランドの地方自治の現状を理解するうえで参照する書籍となることは間違いない。
さらに、2019年2月、日EU経済連携協定(EPA)が発効し、5月はじめには、三井住友系列の子会社がアイルランドで事業拡大を発表するなど、イギリスのEU離脱の関係もあり、日愛の貿易・経済交流も活発化が予想されている。日系企業にとってもアイルランドの地方自治体の状況を把握しておく必要が生まれている。本書は、その際に有用な書籍になる。
すなわち、本書は地方自治研究、日本の地方自治体、アイルランドの日系企業にとって役立つのではないかと考えられる。関係する多くの方、アイルランドに興味を持たれる方に幅広く読んで頂き、活用して頂ければと思う。また、アイルランドの地方自治研究は、日本のように公共政策系の学部に所属する研究者により行われているのではなく、大学とは別組織である行政研究所(IPA)、大学の地理学科や都市計画学科等の研究者により取り組まれており、研究者の数は日本のように多くはないようである。本書が今後のアイルランド研究を進めていく上での同志を募るものになり、かつ、日本からアイルランドの地方自治研究を支えていくことに貢献していくような流れが生じるものになればとも思っている。
[訳者 藤井誠一郎]
マーク・キャラナン(著)、藤井誠一郎(訳)、小舘尚文(監訳)
A5判/横組/上製/672ページ/本体5,400円+税/ISBN 978-4-7503-5001-1 C0031(2020年4月5日頃発売)