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マイノリティの「つながらない権利」

発達障害の診察、研究に携わってきた医師・本田秀夫先生と考える、マイノリティの「つながらない権利」【前編】

 本連載のテーマであるマイノリティの「つながらない権利」を着想するにあたり、発達障害について情報発信を続けてこられた本田秀夫先生の著書『しなくていいことを決めると、人生が一気にラクになる』(ダイヤモンド社、2021年)に大きな影響を受けた。また、この連載の第13回でもふれているように、対人コミュニケーションの不得手があるマイノリティ性として、発達障害の一つ、自閉スペクトラム症(ASD)が挙げられる。発達障害のある人々を診察し、研究してきた本田先生はマイノリティの「つながらない権利」をどう考えるのか、伺った。


本田秀夫先生プロフィール

本田秀夫(ほんだ ひでお)

精神科医。医学博士。専門は発達精神医学。

信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授。信州大学医学部附属病院子どものこころ診療部部長。長野県発達障がい情報・支援センターセンター長。特定非営利活動法人 ネスト・ジャパン代表理事。

講演や執筆など、発達障害に関する発信を続けている。

『発達障害 生きづらさを抱える少数派の「種族」たち』(SB新書、2018年)『学校の中の発達障害』(SB新書、2022年)、『しなくていいことを決めると、人生が一気にラクになる』(ダイヤモンド社、2021年)など、多数の著書がある。

2023年7月1日より、発達障害・知的障害の情報発信プラットフォーム開発のための寄付を募っている。


 基本的には「自由」が大事

――本連載で提起されている、マイノリティの「つながらない権利」について、どうお考えでしょうか。

本田先生(以下、本田):僕は基本的には「自由」が大事だと考えています。昔、ある精神科の有名な先生が、「統合失調症とは、一般の人々に比べると自由が失われる病気だ」とおっしゃったんです。現代的な「障害」の概念も、「生活の自由に制限が加わること」と考えられています。だから、本人がいろいろなことを選び取る自由を少しでも保障するのが大事になります。本人が人とつながりたければつながる自由が必要だし、つながりたくなければつながらない自由が保障されることが大事です。

――つながらないことは今現在不可能ではありませんが、「つながらない」を選ぶと、「つながる」を選んだ場合よりも、情報面における不利益が大きい現状もあるように思います。それでは、フラットに選択できるとはいえないのではないでしょうか。

本田:どんな選択を取っても正解で、生活に困らない社会を作っていくのは政治の役割です。とはいえ、それは理想なので、今は理想には全然届いていません。そのため、あることを選ぶとすごく有利になって、あることを選ぶと不利になる、そんな状況がいろんな場面で出現するわけです。情報面で有利になる選択肢を選ぶとつらくなるので、やむをえず、わかっていても不利になる方を選ぶしかない。事実、そういう人もいます。つまり、情報を得るにはつながる方がいいけれど、メンタルヘルスを保つにはつながらない方がいい場合に、どちらを選択するかの話になりますね。

――まさに私もその状況にあります。発達障害の一つ、自閉スペクトラム症(ASD)の特性もあるので、つながる際のコミュニケーションには不安があります。つながることでコミュニケーションに失敗し、メンタルヘルスによくない影響を与えてしまうリスクと、つながることで情報を得るメリット、どちらが大きいのでしょうか。

本田:そこは人によるので、わかりません。そこは医師が押しつけることはできないと思っています。ただ、僕は当事者同士のコミュニティにメリットがあると書くことはあります。

つながることを妨げられている現状もある

――「つながる」リスクとメリット、どちらが大きいかはわからないなかで、当事者同士のコミュニティのメリットを発信されるのは、なぜでしょうか。

本田:それは、発達障害の当事者同士がつながる権利がしばしば損なわれることがあるからです。どのように損なわれるかというと、発達障害の特性を否定して、障害の片りんをなるべく見せずに一般の人に紛れなさいとする教育や指導によって、損なわれていきます。過剰適応させられてしまうんです。

――それはかなりつらいことですね。

本田:自分を抑圧して周りに合わせることを要求され続けたり、自分の特性をオープンにすることを許されない育てられ方をされたり、そのような社会参加を強いられる場面があまりにも多いです。それに対するアンチテーゼとして、当事者同士が自分の特性を認められるような、安心して自分のままでいられるコミュニティも必要だと時々言っています。もちろんマイノリティであれば皆がつながりあえるとは全く思っていません。そういうコミュニティ自体が苦手だと思う人もいるのは承知しています。だからマイノリティのコミュニティさえ作れば全てがうまくいくとは考えていません。

――ある場所に行ってみて合わなくても、「他にいくらでもある」とはならないのがマイノリティのつらいところかもしれません。

本田:一般の人にとっては、コミュニティはいくらでもあるし、合わなかったら別のところに行けばいいんですけど、マイノリティだと、そもそもコミュニティの数自体が少ないから、そうはいきません。そこにも難しさがあります。

生存のための、最低限の「つながる」

――マイノリティ性のある人が、医学的な情報にとどまらず、生存に必要な情報を手に入れて、生きていく手段として、当事者コミュニティ以外で、今活用できるもの、あるいはこういうものがあるといいというようなものはありますか。

本田:ないですね。それを思いついたら大発見だと思います。今、僕達も困っているところです。

――情報が医学的、科学的に正しくありさえすればいいわけではないことは私も認識しています。科学技術の専門家と一般の人々の間に立って、いろいろな課題を考えていくサイエンスコミュニケーションの手法が役に立つのではないかと考えています。

本田:それは大事です。

 ――情報保障については難しい現実があるのを痛感しています。理想とは程遠い現状で、これだけは、と思うことはありますか。

 本田:本人がどう思っていようと、生存に必要不可欠な「つながる」だけはやっていってほしいです。情報や情緒的なつながり以前の、本当に生きるか死ぬかの段階の話です。

――生死に直結する「つながる」というと、医療機関を受診するなどでしょうか。

本田:それだけではありません。障害者手帳の取得、障害年金の申請、障害福祉サービスや生活保護の受給など、生きていく上で必要なサービスを受けるための「つながる」です。自治体の福祉サービスの担当窓口や担当者とつながっていないと、必要な支援を受けられないどころか、支援についての情報も入ってきませんから。また、障害年金や生活保護の受給を手伝ってくれる支援者とのつながりも最低限必要です。仕事がない状況で一人暮らしをしていくこともありうるわけなので、そのときに支援を受けられないと困ります。

――そこはもう、生存のためだと割り切ってやるしかない「つながる」ですね。食欲はないけれど、命をつなぐために食事するような感じがあります。

本田:ただ、行政の人は行政の事務手続きは知っているけれど、現場の生活を把握するまではやらない、できない場合もあります。もちろん、しっかりやってくださるワーカーさんもいるんですけど、そういう方に出会えれば運がいいですね。僕が関わっている地域だと、障害者向けの基幹相談支援センターをご紹介するようにしています。

――相談支援事業所のようなところでしょうか。

本田:そうですね。そこでは、単に制度の手続きとかをやってくれるだけではなくて、生活全般について相談に乗ってもらったり、ちょっと一緒に動いてもらったりできるような人がいる場合があるんです。だからそういう福祉関係の支援者、本人に割と近い立場で手続きを一緒にやってくれたり、説明が難しいときに代わりに説明をしてくれたりする、そういう人とはせめてつながれないかなと模索します。

――根幹のレベルで、生活を大きく左右することですよね。

本田:そうです。そこの生存に関する「つながる」さえできてしまえば、他はオプションプランです。オプションプラン以降に関してはその人の選択です。もちろん、何を選んでも困らないように社会をよくしていく必要もありますが、現状において何を選ぶかは本人が判断するしかない部分があります。

(後編へ続く)

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著者略歴

  1. 雁屋 優(かりや・ゆう)

    1995年、東京都生まれ。生後数ヶ月でアルビノと診断される。高校までを北海道の普通校で過ごし、関東の国立大学理学部に進学、卒業する。卒業とほぼ同時期に発達障害の一つ、自閉スペクトラム症(ASD)とうつ病と診断され、治療しながら就職活動をする。病院勤務、行政機関勤務を経て、現在は札幌市を拠点にフリーランスのライターとして活動。科学、障害に関するインタビュー記事、ジェンダー、障害、セクシュアルマイノリティに関するコラムの他、さまざまな執筆業務を手がけている。誰かとつながることが苦手でマイノリティ属性をもつからこそ、人とつながることを避けて通れないという逆説的ともいえる現状に疑問を抱いてきた。日本アルビニズムネットワーク(JAN)スタッフ。視覚障害者手帳4級、精神障害保健福祉手帳2級。

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