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教わることに頼らないための自学自習法

実践編:英語

柳原浩紀

 覚えることは最小限に。それをくっきりと覚えることで、使いこなせるように。英語の場合、英単語と英文法がとても大切だが、それぞれについて具体的に書いていこう。

1.英単語を覚えることに関しては、ひたすら努力をするしかないように思うかもしれない。しかし、ここでもコアとなる知識を使いこなすことで何十倍にもつながり有効活用できる知識と、枝葉に過ぎず、覚えたとしてもそれで終わってしまい、広がりを持たない知識とに分かれていく。その違いを見分けることが大切だ。
 英単語に関して、コアとなるのは接頭辞(前につくパーツ)や接尾辞(後ろにつくパーツ)といった多くの英単語で共通して使われるパーツだ。これらを覚えることで一つの単語から、たくさんの派生語を作り出せるようになる。また、接尾辞は語尾からその単語の品詞を絞り込むことができるようになる。まずこれらを覚える努力をすれば、一つ一つの派生語を別の単語として個別に覚える努力と比べて、多くの英単語を整理しながらマスターすることが可能になる。
 また、英熟語に関しても同じことが言える。英熟語を「覚え」てはいけない。単語と単語の組み合わせから熟語が成り立つ以上、その動詞の基本的なイメージや前置詞や副詞の基本的なイメージを組み合わせることで、英熟語の意味を引き出せるようにしていくことが大切だ。
 もちろん、「英単語なんて覚えなくて良い!」「英熟語なんて覚えなくて良い!」というかっこいい主張をしたいわけではない。接頭辞や接尾辞の意味と品詞を覚えること、基本動詞や副詞、前置詞の基本的なイメージを覚えることは、やはり避けて通れない。また、「英熟語を単語と単語の基本イメージから引き出す」といっても、そのためにはそこそこ抽象的なイメージを取り扱うことへの慣れが必要で、結局覚えてしまったほうが早い熟語も多かったりする。
 しかし、である。覚えるべき知識にも重要性の違いがある。繰り返し様々な場面で使われる知識と、個別のことにしか使えない知識という違いだ。接頭辞や接尾辞といったパーツ、基本動詞や前置詞や副詞の意味、というのは繰り返し繰り返し使うものであるからこそ、覚えておくととてもコスパのよい知識である。
 また、そのように覚えたことを使って類推していく姿勢は、「覚えることとして完結するものでしかない」という諦めから、「覚えたことを使ってどのように目の前の内容を定着させていくか」という新たな取り組みへと扉を開くことになる。自分にとって、新たな内容を覚えるにせよ、理解するにせよ、既存の知識との関係性においてそれを定着させようとする姿勢を身につけることは、ここまでに話した自学自習法の基本からも自然な取り組み方だろう。
 勉強をする時に学習内容が定着しない理由は、自分にとって既にある知識や理解に照らし合わせて新たな内容を吟味する機会を与えられないままに進んでいくからだ。鵜呑[うの]みにさせられる、と言い直してもいい。そうではなく、自分にとっての当たり前と照らし合わせながら覚えたり、考えたりというプロセスを学習において繰り返していくほど、その学習内容は定着してくる。
 そして、当たり前の知識と照らし合わせる機会は頻度が高いほうがいい。接頭辞、接尾辞、基本動詞や前置詞、副詞の基本イメージをくっきりと覚えることで、新たな知識を学ぶ際に何度でも参照することのできる一つの基本的なデータベースがあなたの頭の中に準備される。その準備によって、あなたは新しい知識を鵜呑みにせずに、たえず参照し、考えるための材料を手に入れられる、ということになる。
 一方でこのことは、「覚える」ということの目的を変えていく。たとえば広い範囲をうっすらと覚えても、そんなものは使いこなせるわけがない。何度も使う大切な知識こそ、きっちりと覚える必要がある。それが単語や熟語学習においては、接頭辞や接尾辞、基本動詞や副詞、前置詞のイメージを覚える、ということだ。固有名詞や抽象的な概念とかを覚える前に、これらをきっちりと使いこなせるレベルにまで(頭の中に瞬時に選択肢として思い浮かべられるレベルにまで)徹底的に覚えていくことがまずは大切だ。ここにおいては、何度も使うようなこうした基本知識は何となく覚えたり忘れたり、ということは許されない。使いこなせるレベルまでしっかりと覚える必要がある。
 多くの学習者はそうした繰り返し使うはずの大切な知識をふんわりとしか覚えておらず、そして一つ一つの個別の(それぞれにおいては頻度の低い)知識を覚えようとしすぎている。その点では、覚えるべき知識の重要性を判断せずに、平板に同じように覚えてしまっている。正しい覚え方は大切な知識は徹底的に覚え、個別の知識はそうした基本的な知識と関連させるように、ということだ。
 「覚えるだけでしょ。」とついつい思いがちな英単語の学習においても、このように「覚える」「理解する」「考える」という3つのプロセスを踏むことが、実は効果的な自学自習のためには必要である。

2.もう一つの柱である英文法についても、基本的な知識を徹底的に身につけるべきだという点で、同じことが言える。英文法の理解において一番大切なのは、品詞(言葉の種類)に分解することと、その語順だ。名詞、形容詞、副詞、動詞、前置詞、接続詞など、各品詞がどのようなものかを説明できること、そしてそれらが自分の頭の中でくっきりと選択肢として思い浮かべられること、そして英文の中で各々の品詞がどのような順番でつながるのか、といったことが、徹底的に身につけるべき基本的な知識である。そして、その知識を使って実際の英文を読むときに、「どの品詞だろう?」と考え、浮かんだ選択肢の中から特定できるように使いこなしていく練習をする。
 品詞がわかれば、それを使って文構造(SVOC)がわかる。しかし、文構造が大切なことについてはそれなりに強調されるものの、品詞分解が重要なことについては、あまり強調されない。目に映る英文をすべて品詞に分解できるようになることが、英語を読めるようにも書けるようになるためにも重要である。
 たとえば、じゃんけんをするとき、「じゃんけんって、グーとチョキともう一つなんだっけ?」という状態では、困るだろう。頭の中に明確に選択肢があるからこそ、そのどれを選ぶか、という考え方を通じて使いこなすことができるようになる。
 そして、そのためにはやはり品詞の種類と意味に関しては徹底的に覚えることが必要となる。品詞の名前やそれらが何を意味するのかを覚えないままでは、品詞分解をしようとは思えないだろう。人間は言葉で物を区別するため、分類のための言葉を覚えられていないものは、そもそも別のものとして認識できない。自分にとって馴染み深いものについては分類のための言葉が増えていくというのは、その現れだ。これは文化人類学などを引き合いに出すまでもなく、自分の趣味のように詳しい分野に関しては他の人が気づかない区別を難なく分類できるし、そしてそれらは名前に紐づけられているはずだ。だとすると、品詞の名前と役割を覚えないまま文法を学習しても、品詞の区別をつけられるわけがない。そしてそれは文構造を把握するうえで大きなマイナスとなる。
 とはいえ、「品詞は数が多いから覚えるのが大変!」という理由で、これらを諦めてしまう人もいるだろう。あるいは、先生たちもそれを懸念して、品詞の分類をしっかり教えない、というアプローチをとっている場合も多いだろう。しかし、基本的な分類を覚えずに区別をしないということでは、目に映る英文を何となく覚える以外のアプローチを取れなくなってしまう。品詞の数が多少多くても(とはいえ20個もない)、それは繰り返し繰り返し使う根本的な知識であり、そしてその分類を覚えるだけで未知の英文も自分の既存の知識を使って分析できる、極めて強力なツールである。だからこそ覚えるべきなのだ。

 さて、ここまでは単語や熟語、品詞分解というミクロな勉強について書いてきた。あなたは「実際に入試で出るのは長文だから、英語の長文をひたすら読めば良いのでは?」と考えたり、またそのような指導を受けていることも多いだろう。しかし、入試においては初めて読む長文に接するわけで、これは自分にとっての既知から未知を考えていく(『考える』)、という最終段階である。その練習に入る前にはこうした既知の部分がどれだけしっかりと定着し、理解し、使いこなせるかどうかがまず前提となる。結論を急ぎすぎて、長文の問題を読んだり解いたりする練習ばかり早いうちからしてしまっている(させられてしまっている)中高生は非常に多い。しかし、単語学習においての接頭辞や接尾辞の意味、熟語学習においての前置詞や基本動詞の意味、文法における品詞、のように何度も使う基本的な知識に関しては徹底的に習熟することがまず必要であるのと同様に、長文においてもまた短文での文構造がどのような形でもしっかりと取れる、という基本的な知識についてまずは徹底的に習熟することが必要だ。それがあやふやな状態であるのに「どうせ入試では長文が出るのだから、ひたすら長文をやればいい!」とやってしまうと、数学だったらひたすら問題を解いては何も残らない、といったのと同じ失敗に陥ることになり、何も力がつかないままに終わってしまう。また、「長文の復習を丁寧にすればいいじゃん!」と思っても文構造についての習熟した既知が少ない状態での復習など、何を復習すべきかまるでわからないことになる。それは一見近道に見えて、あなたの貴重な勉強時間をただただ浪費するだけになってしまう。

 まとめよう。効果的な英語の自学自習法は、

①自分が未知の単語を覚えたり、未知の英文を読んだりするときに、参照先となる根本的な分類(接頭辞・接尾辞・前置詞・基本動詞/品詞・SVOC)に関してはまずきっちりと覚えること。
②それら以外の知識は最初からそんなに頑張って覚えなくていいこと。
③そのうえで、①を使って未知の単語や熟語、英文に対して取り組んでいくときに既知の知識へと参照し、考え、分析していくこと。
④短文についてそのように文構造という既知を増やし、使いこなせるレベルまで徹底的に取り組んだうえで、英語長文という未知へと取り組むべきだ、ということ。

が英語学習においては必要である、ということだ。

 これらはここまでに書いてきた自学自習法の中での「覚える」「理解する」「考える」、そしてそれらの相互のつながりに対応する。
 あなたが絶えず使いこなすことになる基本的な分類やパーツをしっかり覚え込もう。それが定着するまでには、いくらでも時間をかけるべきだ。そして、それらをきっちりと覚えてから、徐々に知識を増やしていけばいい。そのように、分類や整理のための知識が土台として定着している状態で新たな知識を増やそうとする勉強は、覚えているのか、理解しているのか、考えているのか、自分でも区別がつかなくなっていくだろう。それが確かな基礎のうえに定着させる、ということだ。そのための土台作りのためには、いくらでも繰り返し、時間をかけるべきだ。それが新たな内容を覚えたり理解したり考えたりする基礎となる。そのようにして、あなたにとって学ぶ内容の中で繰り返し使う既知のものが固まっていくほどに、それとの関係性において考えたり覚えたりしやすくなっていく。
 「覚える」というときに、繰り返し使う基礎となる知識と枝葉の知識との間に区別をつけて、前者が定着するまでは後者にあまり時間を割かないこと。
 「理解する」というときに、そうした基礎となる知識へと関連性や論理によって結びつけようとすること。
 「考える」というときに、基礎となる知識からどのように新たな内容を導けるのか、を論理によってつなごうとしていくこと。
 自学自習について語ったこれまでのすべてが、英語の具体的な学習においても必要である。

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著者略歴

  1. 向坂 くじら(さきさか・くじら)

    詩人。「国語教室ことぱ舎」代表。Gt.クマガイユウヤとのユニット「Anti-Trench」朗読担当。著書に第一詩集『とても小さな理解のための』(しろねこ社)、エッセイ集『夫婦間における愛の適温』(百万年書房)。現在、百万年書房Live!にてエッセイ「犬ではないと言われた犬」、NHK出版「本がひらく」にてエッセイ「ことぱの観察」を連載中。ほか、『文藝春秋』『文藝』『群像』『現代詩手帖』、共同通信社配信の各地方紙などに詩や書評を寄稿。2022年、ことぱ舎を創設。取り組みがNHK「おはよう日本」、朝日新聞、毎日新聞、東京新聞などで紹介される。1994年名古屋生まれ。慶應義塾大学文学部卒。

  2. 柳原 浩紀(やなぎはら・ひろき)

    1976年東京生まれ。東京大学法学部第3類卒業。「一人一人の力を伸ばすためには、自学自習スタイルの洗練こそが最善の方法」と確信し、一人一人にカリキュラムを組んで自学自習する「反転授業」形式の嚮心塾(きょうしんじゅく)を2005年に東京・西荻窪に開く。勉強の内容だけでなく、子どもたち自身がその方法論をも考える力を鍛えることを目指して、小中高生を指導する。

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