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オックスフォード哲学者奇行

哲学の修道僧、パーフィット

デレク・パーフィットの数ある逸話で一番印象に残っているのは、彼のクローゼットには数着の白いシャツと黒いズボンだけが入っており、彼はいつもそれ(と必要な場合には赤いネクタイ)を着ることで時間を節約していたという話だ。私もできれば中国の人民服を着て生活したいと長年思っている方なので、この習慣には大いに共感するが、彼のように突き抜けた生き方をするには至っていない。パーフィットのような超一流の哲学者になりたい人のために、今回は彼の人生とライフハックを紹介しよう[1]

パーフィットは1942年に四川省の成都で生まれた。中国で生まれたのは、両親がオックスフォード卒の医師兼宣教師で、現地の病院に予防医学を教えに来ていたためだ。日中戦争の影響もあり、一家は1945年にオックスフォードに戻り、パーフィットは名門小学校のドラゴンスクールに通ったあと、これまた名門のイートン校の寮生となった。イートンでは数学以外は非常に優秀な成績だったようで、哲学への関心もこの頃に始まっている。

オックスフォードにある名門ドラゴンスクール。映画『ハリー・ポッター』のシリーズに出ていたエマ・ワトソンが通っていたことでも有名。

1961年、パーフィットはオックスフォード大学のベイリオル・コレッジに入学し、歴史学を専攻した。哲学を学ぶためにPPE(哲学、政治学、経済学)に専攻を変えることも考えたが、論理学が必修のため、あきらめたという[2]。これとは別の説もある。経済学では数学を学ぶ必要があるので、パーフィットが経済学の教科書を試しに読んでみたところ、彼は「上と下に点が付いた線」の記号の意味がわからなかったので誰かに尋ねてみた。すると、「あっ、それは割り算の記号だね」と教えられ、パーフィットは恥ずかしくて死にたくなって、そのまま歴史学を専攻し続けることにしたという[3]

歴史学を続けるか哲学に専攻を変えるか悩んでいたパーフィットは、1964年から2年間、奨学金をもらって米国に行き、コロンビア大学やハーバード大学で哲学の授業を受け、哲学の魅力に惹かれて専攻を変えることに決めた。米国では、自殺や人生の意味という重要な問題を扱っているが何をしゃべっているかわからない大陸哲学研究者の授業と、非常に明快に話すが全くどうでもいい内容について話している分析哲学研究者の授業に出て、重要な問題を明快に話すためには大陸哲学を学ぶべきか分析哲学を学ぶべきか考えた末、分析哲学を学ぶ方がよいと判断して英国に戻った。

帰国後、パーフィットはベイリオル・コレッジでB.Philを専攻し、エアやヘアやストローソンのチュートリアルを受け始めたが、1967年の秋に難関オールソウルズコレッジの試験に合格し、フェローとなった。フェローになるとB.Philは続けられない決まりがあったため、彼はD.Philに切り替えたものの、結局博士論文は提出せずに終わった。したがって、パーフィットが唯一取った学位は学部のときの歴史学のみということになり、彼は哲学の学位を一切持っていない近年では稀有な哲学者である。

パーフィットは2009年末に67歳で定年退職するまで、ずっとオールソウルズのフェローであった。彼は授業の負担がきわめて少ない非常に恵まれた環境で、修道僧のような研究生活を続けた。彼は7歳のときに修道僧になりたいと考えていたので、ある意味ではその夢が実現したと言えよう。とはいえ、彼は苦労しなかったわけではない。最初のフェローシップは任期が7年で、1973年には3冊の本を書く約束でシニアフェローになれたが、次の期限の1980年になってもパーフィットはまだ一冊も本が書けていなかった。幸い4年間の延長が認められたが、その間に本が書けなければフェローを首になることになっていた。そのように追い詰められた末、1984年の41歳のときに出版したのが『理由と人格』である[4]この本はすぐに高い評価を受けたため、パーフィットは無事に終身フェローになることができたという。

オールソウルズコレッジ内にあるチャペル。大学院生と研究者しかいないコレッジのため、あまり部外者には開かれていない。

本が書けないといっても、パーフィットは遊んで暮らしていたわけではなく、むしろまさに修道僧のように、毎日ほぼ一日中、研究に没頭していた。彼は昼食前に起きて、夕飯以外は深夜まで勉強し続けた。若い頃は不眠症に悩まされていたが、30代半ば以降は、医師に処方してもらった抗鬱薬と大量のウォッカを飲むことで失神するようにして寝る技術を身に付けたという。起きている間は家族の集まりやコレッジ内での社交といった「雑用」は極力避けて、ひたすら研究をしていた。時間の節約のために、歯を磨くときや服を着替えるときにも論文を読んだ。一回歯を磨く間に論文80頁分読んだとされる。よほど歯を磨く時間が長かったのだろうと邪推したくなるが、パーフィットは自他が認める凄い速さで本や論文を読んでいたようだ。また、コーヒーをよく飲んでいたが、コーヒーを豆や粉から淹れる時間がもったいないので、インスタントコーヒーしか飲まず、しかもコンロでお湯を沸かさずに、蛇口から出るお湯で済ませていたという。食事も自分で作らないといけないときには、調理しなくて済む生野菜とフルーツを毎食食べるなど、可能な限り手を抜いていた。用事でどこかに行くときは極力走るようにし、年を取って運動が必要と感じてからは、毎晩一時間、フィットネスバイクを全速力で漕ぎながら哲学書を読んだ。

このようにしてひたすら哲学の勉強をしていたパーフィットだが、彼の研究時間は、自分の著作を書く時間と、他の研究者から送られてきた論文や著作のドラフトにコメントする時間に分かれていた。有名な話だが、パーフィットは知り合いの哲学者や学生から論文や著作のドラフトが送られてくると、すぐに読んでしばしば元の原稿よりも長いコメントを付けて返した。また、自分の著作のドラフトも方々に送り、受けたコメントや批判に丁寧に答えて本を完成させていくスタイルを好んだ。『理由と人格』の出版が遅れたのは、一つにはこのような事情があるようだ。実際、『理由と人格』のドラフトは世界中の100名以上の研究者に送られ、それに答えた50名以上の研究者の名前が謝辞に載っている。2000年代前半からドラフトが出回っていたOn What Matters(2011)に至っては、250名以上の名前が謝辞に挙がっている。パーフィットは共著論文を書くわけではなかったが、彼にとって哲学はこのように「協力的活動」だった[5]

彼はまた議論も好んだ。ゴシップ話は一切せず、ひたすら哲学的な議論を続けた。現在オックスフォードのホワイト道徳哲学教授であるジェフ・マクマハンはパーフィットの弟子の一人だが、彼が若いときに受けたパーフィットのチュートリアルは、長いときには14時間にも及んだという[6]。パーフィットは年を取ってからは若い学生と議論をすることを好んだが、それは同世代の哲学者たちやかつての弟子たちは家族がいたり大学の雑務が忙しかったりして、半日ぶっ通しで哲学談義ができないからだった。パーフィットだけが、年を取っても若い頃と同じような生活を続けていたのである。

これまた有名な話だが、パーフィットの趣味は写真だった。彼は高齢になるまで毎年数週間ヴェニスとサンクトペテルブルクに行き、ひたすら同じ建物の写真を撮り続けた。そうして帰国すると、研究を終えた深夜の時間帯を趣味の時間に充てた。自分でも現像のための機材を一通り買い揃えていたが、撮影した1000枚ぐらいの写真の中から3枚ほど気に入った写真を選ぶと、プロの技術者に1枚1000ポンドで現像してもらっていた。さらにPhotoshopのようなソフトウェアが出るまでは、手作業で写真から人を消すなどして、20世紀の痕跡をなくすと同時に、建物そのものにも手を加えて、彼がこうあるべきだという姿になるまで修正を行った。彼の著作の装丁に使われているのは、こうした写真の一部である[7]。パーフィットはこのお金のかかる趣味の費用を捻出するために、米国の大学の客員ポストを引き受けていると言っていたという。写真をやめてからは、余ったお金で貧困救済のための寄付をするようになった。

  

パーフィットのOn What Mattersの第1巻から第3巻。いずれも装丁はサンクトペテルブルクの写真。

パーフィットは13歳年上のバーナード・ウィリアムズを激しく敬愛していた。社交を愛したウィリアムズと社交を極力避けたパーフィットは全く対照的だが、彼はウィリアムズをとにかく尊敬していたようだ。あるとき、パーフィットは弟子の一人のラリー・テムキンに、ウィリアムズがケンブリッジ大のキングズコレッジの屋根に立ってケンブリッジ市街を見渡している写真を見せて、「彼はすばらしいと思わないかい?」と尋ねたという。この話からすると、パーフィットはウィリアムズの哲学だけでなく、外見も含めた人間としてのウィリアムズを尊敬していたようだ。一方、ウィリアムズはパーフィットの独創性は認めていたが、社交性のないパーフィットを高くは評価していなかった[8]

倫理学に関するウィリアムズとパーフィットの立場も対照的である。ウィリアムズは道徳に関して相対主義的で、行為の理由に関しても欲求の存在を重視する主観主義的な立場を堅持していた。そのため、より実在論的で客観主義なパーフィットは、ウィリアムズは何かを誤解しているに違いないと考え、ウィリアムズを説得できる議論を構築すべく研究に没頭した。しかし、二人は結局意見の一致を見ないまま、ウィリアムズは2003年に亡くなってしまう。その後も、パーフィットは自分がウィリアムズをいかに愛していたかを周囲に繰り返し語り、自分がウィリアムズに真理を悟らせることができなかったことを悔やんでは涙を流していたという。

その一方で、二人に共通するのは議論における卓越性である。ウィリアムズが議論の相手の主張を本人以上に理解して、それに対するあらゆる可能な反論と、さらにそれに対するあらゆる可能な反論を、相手の発言が終わる前に用意すると言われるほど頭脳明晰だったことは前々回に述べたとおりだが、パーフィットも若い頃から似たような(超)能力を発揮していたようだ。1960年代末、オックスフォードでB.Philを取得するためにオーストラリアから留学に来ていたピーター・シンガーは、ジョナサン・グラバー、ジェイムズ・グリフィンとパーフィットが3人で担当していたセミナーに出て4歳年上のパーフィットを知ったときのことを、「チェスのグランドマスター」に出会ったようだったと回顧している。

「哲学を学び始めてからもう50年以上になるが、私が出会った哲学者たちのなかで最も天才に近かったのはパーフィットだった。彼と哲学的議論をすることは、グランドマスターとチェスをするようなものだった。彼は自分の議論に対する私の応答をすべて先に考えついており、それに対するいくつかの返答を検討し、それらの返答への反論と、さらにその反論に対する最善の再反論を知っていたのだ。」[9]

マクマハンもパーフィットを優れたチェスプレイヤーに喩えているが、このような「哲学的チェス」が半日ぐらい延々と行われたら相手もさぞかし大変だろう。

長くなってきたので続きは次回にすることにしよう。

 

[1] 以下の記述は、下記の文献による。Dancy, J., “Derek Parfit,” Biographical Memoirs of Fellows of the British Academy, XIX, 2020, pp.37-57; McMahan, J., “Derek Parfit(1942-2017),” Philosophy Now, 119, 2017, https://philosophynow.org/issues/119/Derek_Parfit_1942-2017; MacFarquhar, L., “How to be good,” The New Yorker, 2011, September; Edmunds, D., “Reason and romance: The world’s most cerebral marriage,” Prospect, 2014, http://www.prospectmagazine.co.uk/features/reason-and-romance-the-worlds-most-cerebral-marriage

[2] 前出のDancyの論文より。

[3] 前出のMacFarquharの記事より。

[4] 翻訳はデレク・パーフィット『理由と人格』森村進訳、勁草書房、1998年。

[5] 前出のDancy, p.45。

[6] 前出のEdmundsの記事より。

[7] パーフィットの写真は次の新聞記事でいくつか見ることができる。Derbyshire, J., “The philosopher in the darkroom: Derek Parfit’s photographs,” FT Magazine, April 27, 2018, https://www.ft.com/content/8b4f9470-4816-11e8-8ae9-4b5ddcca99b3

[8] 前出のMacFarquharの記事より。

[9] Singer, Peter, “A Life That Mattered,” Project Syndicate, Mar 14, 2017 この話は以下にもある。Singer, Peter, “An Intellectual Autobiography,” In J. A. Schaler Ed., Peter Singer under fire: the moral iconoclast faces his critics, Open Court, 2009

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著者略歴

  1. 児玉 聡 (こだま さとし)

    京都大学大学院文学研究科准教授
    1974年大阪府生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程研究指導認定退学。博士(文学)。東京大学大学院医学系研究科で専任講師を務めた後、2012年から現職。
    主な著書に『実践・倫理学』(勁草書房、2020年)、『正義論』(共著、法律文化社、2019年)、『入門・倫理学』(共編、勁草書房、2018年)、『マンガで学ぶ生命倫理』(化学同人、2013年)、『功利主義入門』(筑摩書房、2012年)、『功利と直観』(勁草書房、2010年、日本倫理学会和辻賞受賞)など。

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