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オックスフォード哲学者奇行

ミジリーと配管工

マリー・ミジリーはアイリス・マードック、エリザベス・アンスコム、フィリッパ・フットと並ぶ、オックスフォードの女性哲学者四人衆の一人だが、残念ながら日本ではほとんど知られていない[1]。しかし、2018年に99歳で亡くなるまで活発に活動したこともあり、英国では有名な知識人である。今回は彼女を簡単に紹介しよう[2]

ミジリーは四人衆の中では、オックスフォードにいた期間が最も短い。1938年秋にマードックと一緒にサマヴィル・コレッジに入学し、戦前に卒業している(専攻は古典学)。戦後に大学院に進むが、第6回で紹介した新設のB.Philには入らず、昔ながらのD.Phil課程に入り、プロティノスを研究した。しかし、学位は取らずに研究を中断している。1948年にセントアンズコレッジとセントヒューズコレッジのチューター職に応募したが、それぞれ、マードックとマリー・ウォーノックに敗れ、代わりにオックスフォードとロンドンの間にあるレディング大学で教えることになった。本人は自伝で、オックスフォードに残らなかったことは結果的に幸運だったと述べているが、当時は悔しかったに違いない。

その後、彼女はジェフリー・ミジリーという同じくオックスフォード卒の哲学者と1950年に結婚し(マードックがブライズメイドを務めた)、スコットランドにほど近いニューキャッスルに引っ越し、死ぬまでそこで暮らすことになる。彼女はそこで3人の子どもを育てたあと、ニューキャッスル大学で哲学教員を務め、1978年に、50代後半になって初めて単著(『野獣と人間』)を出版する。その後、次々と著作を発表し、BBCラジオを始めとするメディアにもよく出演する哲学者となった。

なお、彼女はニューキャッスル大学の教員を1980年に早期退職したが、その後、サッチャー政権において大学への運営交付金削減の暴風が吹き荒れ、そのあおりでニューキャッスル大学の哲学科も大幅に縮小された。哲学科の長として渦中にあった夫のジェフリーは、心労のため定年後しばらく鬱状態に苦しんだという。サッチャーはミジリーと同様、サマヴィル・コレッジの卒業生であるが、化学を専攻しており、「役に立たない」学問を敵視していた。

ニューキャッスル駅。オランダからフェリーに乗ってエジンバラに行く途中で利用した。

先に、オックスフォード大学に残らなくて良かったという件(くだり)があったが、ミジリーの不満は二つあり、一つは当時のオックスフォードの道徳哲学の射程があまりに狭く、R.M.ヘアに代表されるように道徳の言語の分析に集中して社会的問題に取り組まなかったことだ。もう一つは哲学的議論の仕方がマッチョであったことである。後者に関連して、なぜ戦後のオックスフォードで女性哲学者が次々に現れたのかという問いに対するミジリーの回答を紹介しておこう。

「問題なのは、多くの賢い若い男性に対して、議論に勝利することを競わせることによって生まれる、特定の哲学スタイルです。こうした若者たちは、単純な二項対立から一連のゲームを作り出し、最終的には他の誰もが何の話をしているのかわからなくなるまで洗練させてしまうのです。これは内輪のグループの外部からやってきた誰かが、全く別のトピックへと会話を移行させることにより最終的に爆発させるまで続きます。すると、そのゲームは忘れ去られるのです(……)。対照的に、戦時中のクラスでは、女性だけでなく男性(良心的兵役拒否者など)もいましたが、議論することに熱心ではなかったのです。明らかに我々はみな、お互いをやっつけることよりも、非常に不可解なこの世界を理解することに関心がありました。」[3]

このような発言から、読者は柔和な性格の人物を想像するかもしれない。だが、彼女は科学が世界全体を説明できるというような科学万能論を終生厳しく批判し、高齢になってもオックスフォード哲学流の戦闘的な論者として恐れられていた。とくに、生物学者のリチャード・ドーキンスに対しては、ほとんど常軌を逸していると言えるような激しさで批判を行ったことで有名だった。


オックスフォード大学のシェルドニアン・シアター。入学式や卒業式も行われる。2019年10月2日には、ニューコレッジの名誉フェローであるドーキンスの新著の出版記念イベントが行われ、1000人入る会場がほぼ満員になった。

ミジリー自身は、コンラート・ローレンツやジェーン・グドールらの動物行動学に魅せられ、人間とそれ以外の社会的動物の行動の連続性について共感的な理解を示していたが、ドーキンスが『利己的な遺伝子』を発表すると、これは「人間は他人に親切にするときでさえも、常に自己利益最大化のために行動している」と考えるホッブズ的な心理的利己主義の再来であると考え、激しく批判した[4]

ドーキンスは、遺伝子の利己性というのは比喩であり、人間が利己的であるとは一言も言っていないと反論したが、ミジリーは聞く耳を持たず、ドーキンスをひたすら批判し続けた。ドーキンスもミジリーを蛇蝎のごとく嫌っていたようで、『利己的な遺伝子』の注にも、「極度に節度に欠け、悪意に満ちた論文」を書いた「メアリー・ミッジリーとかいう人物」に対する批判が述べられている[5]。ミジリーの生誕100周年の記念シンポジウムでも二人の関係が大きな話題となっていたが、ドーキンスはミジリーと同じ学会には絶対に出ないと公言していたそうだ[6]


ミジリーの生誕100周年の日にシンポジウムが行われたロンドンのコンウェイホール。大英博物館から東に10分ほど歩いたところにある由緒ある建物で、A.J.エアやB.ラッセル、トマス・ハクスリーやジュリアン・ハクスリーもここで講演をした。

最後はもう少し感じのよい話で終わりにしよう。ミジリーの自伝は『ミネルヴァのフクロウ』と名付けられているが、これはもちろん、ヘーゲルの『法の哲学』の序文にある「ミネルヴァのフクロウは黄昏に飛び立つ」という一文から取られたものだ。私はこれを、哲学者としての彼女の成功が遅く到来したことの比喩として理解していた。だが、自伝の序文を読み返してみると、むしろフクロウが象徴している知恵ないし哲学が本領を発揮するのは、物事が明らかで単純なときではなく、昏くなり複雑になったときだということを言いたいのだと述べてある。

この、哲学は思考のシステムが故障したときに役立つという発想を、彼女自身は「配管工としての哲学者」という比喩で表現している[7]。我々の高度な文化の背景には、水道管のように複雑な思考のシステムが隠されており、それがときどき故障し、個人的にも社会的にも、精神の危機をもたらすことがある。その修理を専門とするのが哲学者だ、という理解である。配管工(plumber)は、日本では代表的な職種とは言えないと思われるが、家の水道管がよく故障する英国では代表的な職種の一つであり、それゆえにこの比喩が用いられているのだろう。専門的技術を持った配管工が社会に欠かせないのと同様、専門的知識を備えた哲学者も社会に欠かせない――このような仕方で、ミジリーは哲学の必要性を社会に訴えていたように思われる。

ちなみに、私が渡英中に住んでいたフラットでは水道管は一度も壊れなかったが、乾燥機付き洗濯機は乾燥機をかける度に頻繁に故障し、その度に修理工に来てもらっていた。英国ではいろいろなものが壊れることで多くの職業が成り立っているようだ。英国で哲学が盛んなのはそのような背景もあるのかもしれない。

 

[1] 主著とはいえない著作について、一冊だけ翻訳がある。M.ミッジリー/J.ヒューズ『女性の選択:フェミニズムを考える』五條しおり/中村裕子訳、勁草書房、1990年

[2] 以下の記述の典拠は、断りがない限り、ミジリーの自伝である。Midgley, Mary, The Owl of Minerva: A Memoir, Routledge, 2005

[3] Midgley, Mary, “The golden age of female philosophy(Letter),” The Guardian, 28 November 2013, https://www.theguardian.com/world/2013/nov/28/golden-age-female-philosophy-mary-midgley

[4] Midgley, Mary, “Gene-juggling,” Philosophy, 54(210), 1979, pp.439-458

[5] リチャード・ドーキンス『利己的な遺伝子  40周年記念版』日高敏隆/岸由二/羽田節子/垂水雄二訳、紀伊國屋書店、2018年、477頁 なお、この経緯をより詳しく知りたい場合は以下も見よ。ウリカ・セーゲルストローレ『社会生物学論争史:誰もが真理を擁護していた』垂水雄二訳、みすず書房、2005年

[6] 2019年9月7日にロンドンのコンウェイホールで行われたシンポジウム。https://e-voice.org.uk/kingstonphilosophycafe/news/mary-midgeley-at-100/

[7] Midgley, Mary, “Philosophical Plumbing,” Royal Institute of Philosophy Supplement, Cambridge University Press, 1992, pp.139-151

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著者略歴

  1. 児玉 聡 (こだま さとし)

    京都大学大学院文学研究科准教授
    1974年大阪府生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程研究指導認定退学。博士(文学)。東京大学大学院医学系研究科で専任講師を務めた後、2012年から現職。
    主な著書に『実践・倫理学』(勁草書房、2020年)、『正義論』(共著、法律文化社、2019年)、『入門・倫理学』(共編、勁草書房、2018年)、『マンガで学ぶ生命倫理』(化学同人、2013年)、『功利主義入門』(筑摩書房、2012年)、『功利と直観』(勁草書房、2010年、日本倫理学会和辻賞受賞)など。

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