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オックスフォード哲学者奇行

ローラー車に轢かれるフット

戦後まもなく、フィリッパ・ボザンケットはマイケル・フットと結婚してフィリッパ・フットを名乗るようになった。二人はロンドンからオックスフォードに戻り、夫のフットは戦争で中断されていた学部での勉強を再開し、妻のフットは大学院でカントを学んで修士号を取った[1]。彼女はそのころからアルバイトでチュートリアルをしていたが、1949年にはサマヴィル・コレッジで初の哲学のチュートリアル・フェローになった。今回は、当時のエピソードをいくつか紹介しよう。

フットがアルバイトでチュートリアルをしていた当時、マリー・ウォーノックは間接的に彼女のチュートリアルを受けた[2]。1924年生まれのウォーノックは、フットたちより少し遅れて1942年にオックスフォード大学のレディ・マーガレット・ホール(LMH)に入学したが、1944年に戦争で学業が中断されたため、1946年にまた学部生として戻ってきた。そのため、彼女はアンスコムやフットの同世代というよりは、彼女らから教育を受ける関係だったと言える。

ウォーノックがフットから間接的にチュートリアルを受けたというのはこういうことである。ウォーノックのいとこのジェニー・ターナーも戦後にLMHに入学し、寮ではウォーノックの隣の部屋に住み、二人は暖炉の火とコーヒーとタバコを分かちあいながら生活していた。古典学を学んでいたウォーノックはまだギリシア語とラテン語を苦心して学んでいたが、PPE(哲学・政治学・経済学)を専攻していたジェニーは、ウォーノックよりも一足先に哲学を学んでおり、そのうちの1科目のチューターがたまたまフットであった。チュートリアルのテーマは、フットが以前ドナルド・マッキノンから教わっていたカントの純粋理性批判である。

オックスフォード大学の演劇部(OUDS)に所属して忙しい学生生活を送っていたジェニーは、チュートリアルが迫ってくると毎回危機に陥っていたため、ウォーノックはジェニーと一緒に純粋理性批判を勉強し、チュートリアルの準備を手伝ったという。「私にも理解できないところが出てきた場合は、ジェニーをチュートリアルに派遣して、自分の質問だけでなく私からの質問も尋ねてもらうようにした。そしてエッセイを書く夜になったら、一緒になってフットが提示した問いへの回答を作成した」。女優を目指していたジェニーがフットの口吻を真似てチュートリアルでの議論を再現してくれたので、後にウォーノックが直接フットに会ったときには、「彼女のことをすでに知っているように感じた」。ただ、ジェニーのエッセイをこっそり手伝っていたことはフットには言わなかったという。

フット。米国大統領の孫という出自のこともあり、「哲学の貴婦人(Grande dame of philosophy)」と呼ばれていた。

フットとアンスコムの関係も興味深い。フットがサマヴィル・コレッジに戻ってきたのと同じころ、アンスコムはケンブリッジ大学のウィトゲンシュタインのところでの研究期間を終え、サマヴィルのリサーチ・フェローとしてオックスフォードに戻ってきた。二人はそこで60年代の終わりまで同僚として教育と研究を行うことになる。フットはよくアンスコムと哲学の議論をしたとして、2002年のインタビューで次のように振り返っている。

「アンスコムはよく私のセミナーに出席していました。私も彼女のセミナーにいつも出席して、たいていは、彼女の言うことのほとんどすべてに反対しました。当然ながら、私がいつもやりこめられていました。しかし、私は次の週も、彼女のセミナーに出て反論するのでした。それはまるで、古い子どものマンガの中で、登場人物がローラー車に轢かれてぺったんこにされ地面に引かれた線分になってしまうけれど、次の回では何ごともなかったかのように復活している、という感じでした。私はそうした登場人物の一人のようなものでした」[3]

このような毎回ローラー車に轢かれる思いをした経験が、有名なトロリー問題の着想につながった……わけではおそらくないだろうが、「ローマ教皇よりも厳格なカトリック教徒」であったアンスコムとの対話の中でこの事例が生まれてきたのは想像に難くない。トロリー問題は、カトリックの教義である「二重結果論」の妥当性を検討する論文の中で登場した思考実験だからだ[4]。フットは「証明書付きの無神論者」であったため、政治や宗教の話はまったく合意が成り立たなかったというが、二人の間ではこのような実りある哲学的議論が行われていたようである。

トロリー問題[5]

フットが50年代の終わりにサバティカルをとったときにアンスコムが現代道徳哲学の批判を始めたのはすでに述べた通りである[6]。フットは1967年から2年間、サマヴィル・コレッジの副学寮長をやったのちに、チュートリアル・フェローをやめてリサーチ・フェローとなり、活躍の場を徐々に米国に移すことになる[7]。その背景には、フットが1960年に離婚したこともあるようだ。一方、アンスコムも1970年にケンブリッジの哲学教授になり、オックスフォードを離れることになる。

12月のオックスフォードの公園。クモの巣に霜が降りていた。

フットは寡作だった。編著を除けば、彼女は2010年に90歳で亡くなるまでに2冊の論文集と、1冊の単著を出しただけだった[8]。自分がゆっくり考える思想家であることは、彼女自身が認めている。「私はまったく賢くありません。私の思考はひどく遅いのです、本当に。けれども私は、重要なことは何かについて鼻が利きます。最も優れた哲学者は賢さと深さの両方を持ち合わせているものですが、私はいつだって賢さよりも良い鼻を選びます!」。

また、単著が出版されたのは、フットが80歳になった2001年のことだった。これは50代後半で『純粋理性批判』を出したカントと比べてもさらに遅い。出版時の年齢もさることながら、この比較的薄い本が構想されたのは1980年代の中盤だったというから、出版までゆうに10年以上かかっている。このような事情もあり、出版の際に彼女の編集者は、「哲学を十分にゆっくりすることは不可能だ」というウィトゲンシュタインの言葉を引用して、次のように冗談を言った。「(遅筆の)フィリッパはどうやらこの問題を解決したようだ」[9]。遅筆の人には励まされるエピソードであるが、真似をしたい場合は長生きできるように健康に気をつける必要があるだろう。

 

[1] The Telegraph, “Professor Philippa Foot,” 5 October, 2010 なお、The Telegraphでは修士の学位はBLittになっているが、VoorehoeveのインタビューではM.A.になっている。Voorhoeve, A., Conversations on ethics, Oxford University Press, 2009, p.87 また、夫のフット(M. R. D. Foot)は後に歴史学者になっている。

[2] 以下のエピソードは、ウォーノックの自伝より。Warnock, M., A Memoir, Gerald Duckworth & Co. Ltd, 2000, pp.48-49 ウォーノックについては第11回、第12回も参照。

[3] Voorhoeve, op. cit., pp.92-93

[4] トロリー(ここでは路面電車)が暴走しており、このまま進むと5人が轢かれて死ぬ。真ん中にいる人物がスイッチを切り替えることでトロリーは側線に入り5人は助かるが、代わりに側線の先にいる1人が死ぬことになる。スイッチを切り替えるべきか、という思考実験で、フットが1967年の「中絶の問題と二重結果論」で最初に論じた。Foot, P., “The Problem of Abortion and the Doctrine of Double Effect,” in Virtues and vices and other essays in moral philosophy, Clarendon Press, pp.19-32

[5] 図はWikipediaより。https://en.wikipedia.org/wiki/Trolley_problem#/media/File:Trolley_Problem.svg

[6] なお、フットは1958年にヘアの道徳哲学を批判する論文を出しているが、アンスコムやマードックよりも主流のオックスフォード言語哲学に近かったようで、女性の中では唯一、オースティンの「土曜朝の研究会」に招かれている。Conradi, P. J., Iris: the life of Iris Murdoch, W. W. Norton & Company, 2002

[7] 60年代以降、コーネル、バークリー、MIT、プリンストン、ニューヨーク、スタンフォードなどで客員教授をしたあと、最終的に1976年にUCLAの教授になる(1991年に退職)。Conradi, P. J. and Lawrence, G., “Professor Philippa Foot: Philosopher regarded as being among the finest moral thinkers of the age,” The Independent, 19 October, 2010

[8] Foot, P., Virtues and vices and other essays in moral philosophy, Clarendon Press, 2002; Foot, P., Moral dilemmas and other topics in moral philosophy, Clarendon Press, 2002; Foot, P., Natural goodness, Clarendon Press, 2001(フィリッパ・フット『人間にとって善とは何か:徳倫理学入門』高橋久一郎ほか訳、筑摩書房、2014年)

[9] Voorhoeve, op cit., p.94; Conradi and Lawrence, op. cit. フット自身もインタビューの中でこの冗談に言及しているので、お気に入りのものだったようだ。

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著者略歴

  1. 児玉 聡 (こだま さとし)

    京都大学大学院文学研究科准教授
    1974年大阪府生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程研究指導認定退学。博士(文学)。東京大学大学院医学系研究科で専任講師を務めた後、2012年から現職。
    主な著書に『実践・倫理学』(勁草書房、2020年)、『正義論』(共著、法律文化社、2019年)、『入門・倫理学』(共編、勁草書房、2018年)、『マンガで学ぶ生命倫理』(化学同人、2013年)、『功利主義入門』(筑摩書房、2012年)、『功利と直観』(勁草書房、2010年、日本倫理学会和辻賞受賞)など。

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