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テレワークがもたらすもの ─呪縛からの解放─

第19回 デジタル社会の落とし穴

◆信用はどこから来る?
 会社員から独立してフリーのテレワーカーになったときに思い知るのは、自分の社会的な信用がいかにないかということかもしれない。それまで働いていた会社から仕事を受注するならともかく、新たに顧客を開拓しなければならないとき、名刺に書かれている自分の名前だけでは、何のアピール力もないはずだ。これまで取引先が会ってくれていたのは、名刺に書かれている自分の名前の力ではなく、その横にある会社の名前のおかげだったのだ。
 ただ会社の看板による信用は、最初に会ってもらえるかというところでは意味があるが、その後、信用を維持できるかどうかは、個人の力にかかっている。私たちが、その他人を信用できるかどうか評価するときには、通常、本人に実際に会って話をし、そこから入手した様々な情報から、自分の経験則に照らして判断を行うだろう。もちろん、その人が○○会社の社員であることは、判断要素の一つとなるが、それがすべてではない。それだったらむしろ、自分が信用している人の推薦があることのほうが、価値は大きい(推薦状は、書いた本人の信用やこれまで推薦した人の信用にもかかわるので、私は安易な推薦状は書かない)。信用はこうして連鎖していく。最近増えているリファラル採用も、信用できる社員の紹介だから当てにできるのだ。
 ただ、こうしたアナログ的な信用形成は、デジタル社会では大きく変わりつつある。主役はデータだ。

◆信用スコア
 フリーワーカーにとって、金融機関から金を借りることは容易ではない。収入が不安定とみなされ、経済的な信用が低いからだ。しかし、フリーワーカーにもいろいろな人がいる。平均的にみると会社員より信用度が低いとしても、個人でみると、高い信用に値する人もいる。こういう人に貸し付けをしないのは、金融機関にとっても、フリーワーカー本人にとっても不幸なことだ。
 そこで活用されるのが「信用スコア」だ。中国のアリババグループの「芝麻信用」が有名だが、日本でもみずほ銀行とソフトバンクが開発した「Jスコア」がある。低信用の人でも、自己の情報を登録してAI(人工知能)によって高いスコアを得られれば、低い金利で融資を受けられる。偏見によって信用を低く評価されていたフリーワーカーも、これによって資金を得て、ビジネスで成功するチャンスをつかむことができる。
 もちろん信用スコアには危険もある。とくにこれが金融以外の場面でも広く活用されると、AIによって私たちの社会的な格付けがされるということになりかねない。低い信用格付けであれば、金融機関のサービスで不利となるだけでなく、社会生活のあらゆる場面で差別を受けるかもしれない。
 そもそもAIは、個人の実像をわかっているわけではない。あくまでデータに基づく推測をしているにすぎない。AIが学習するデータに誤りがあることもある。個人が自分のデータを誤って入力することもある。さらに、学習データのなかにバイアスが混入する危険性もある(後述)。信用スコアには、このような危うさがある。

◆人事を科学化するHRテック
 「プロファイリング(profiling)」は、犯罪捜査のときに、犯人像を推測する言葉として有名だが、最近では、AIが個人のデータからその嗜好や行動パターンなどを予測する意味でも、よく使われる。後者のプロファイリングについては、グーグルのターゲティング広告が有名だ。個人が検索したワードを集めて、プロファイリングによりその本人の嗜好や関心を予測するサービスだ。グーグルはこれを商品化して巨大な富を築いた。検索が無料でできるのは、私たちが何を検索したかという情報が、大きな富を生み出すからだ(本連載の第16回を参照)。
 昨年、ある就職サイトの運営企業が、個々の内定者の入社可能性について、Web上の閲覧履歴を基礎にしてAIが予測し、その情報を企業に提供したことが問題となった。こうした情報があれば、企業はずいぶんと助かるだろう。このケースが問題とされたのは、内定者の十分な同意なしに個人情報の活用をしていたことに法令違反の疑いがあったからだが、企業には、通常、合法的に取得している膨大な社員データがある。それをAIで分析すると、採用や配属などの人事上の重要な決定に活用することが可能だ。このような人事管理とテクノロジーとの融合を「HRテック」という(「フィンテック」などの人事版だ)。これまでは、求職者や従業員の評価は、経営者や上司が、勘や経験に基づいて行うのが一般的だった(「彼は、うちの会社に向いている感じがする」など)。まさにアナログ的な手法だ。ところが、AIならデータによって客観的に判断する。AIの出す結論は、なぜそうなるかの理由が示されない(アカウンタビリティがない)のが欠点だが、人の手が介在していないこと自体が、その公正さの証明となるという見方もできる。
 フリーワーカーも、取引先の担当者のアナログ的な評価によれば信用度が低くても、AIを活用してくれれば、実力を正当に評価されて取引が成立することがあろう。

◆ケンタウルス・モデル
 もちろん前述のように、データのエラーなどがあれば、AIは的確な予測ができない。またデータが少なすぎたり、データを収集した対象に偏りがあったりすると、予測の精度が下がる。ただ、こういうことは、注意をすれば改善できる。
 より深刻なのは、データのなかに社会や企業に無意識に存在する偏見が入り込むことだ。例えば、女性は勤続年数が短い傾向にあると決めつけて、重要な業務に配属せず、それゆえ昇進・昇格に男性と差が付いていた企業における過去のデータを、教育用データとしてAIに学習させると、女性に不利なモデルが形成され、それにより差別が再生産されることになる。もし女性のフリーワーカーが、どんなに頑張っても仕事を受注できないときには、過去の担当者の女性への偏見に基づく取引データが、AIのアルゴリズムに入り込んでしまっている可能性があるのだ。
 このように、AIの下す判断が社会的に公正なものであるという保証はまったくない。つねに人間が法的ないし倫理的なチェックをしておかなければ、AIは社会に偏見をまき散らすことになる。
 このような事態を回避するためには、少なくとも重要な決定では、AIだけの自動的な判断に任せないという方法をとることが考えられる。AIと人間の協働は、「ケンタウルス(ギリシャ神話に出てくる下半身は馬で、上半身は人間という怪物)」モデルと言われており、その意味は多義的だが(最近では、AIを活用して人間がいっそうパワーアップする職業の人たちを「デジタル・ケンタウルス」と呼ぶこともある)、AIの力と人間の倫理的判断の協働も、このモデルの一例に含めてよいだろう。ちなみに、欧州では、GDPR(一般データ保護規則)により、重要な影響がある決定において、人間を介在させずに、プロファイリングなどによる自動的な処理をすることを規制しているが、日本の個人情報保護法にはそうした規制はまだない。
 人間の関与は、倫理的なチェックだけが目的ではない。例えば人事管理を全面的にAIに任せると、AIに不信感をもつ社員にとっては納得性がなくなり、かえってモチベーションが下がってしまう。これでは企業がHRテックを導入する意味がない。社員の納得性を高めるためにも、AIの判断が社会に広く認知されるまでは、企業の重要な意思決定に人間が関与し、結果についてしかるべき説明をすることが必要不可欠だろう。

◆BYODの便利さと危険性
 企業が社員に自分のタブレットやノートパソコンなどを使って仕事させることを、BYOD(Bring your own device)という。雇用型テレワークで、社員に自宅で個人のパソコンを使って業務をすることを認めるのもBYODの一種だ。BYODは、企業にとっては、パソコン等を供与しなくてよいので費用の節約になるし、日頃からパソコンを使っている社員にとっては、慣れている機器を使って仕事ができるので、働きやすく、結果として、生産性も高まるだろう。現在、コロナ禍で急に必要となったテレワークへの対応のため、BYODを導入している企業は多いようだ。
 ただBYODには、情報漏洩のリスクがつきまとう。企業内でのネットワークであれば、ファイアーウォールで守られているが、社員が私物の端末で取引先と情報のやりとりをしたり、VPN(Virtual Private Network)を通じて企業のネットワークに接続したりする場合に、どこかでセキュリティに穴があれば、ハッキングされて情報が抜き取られてしまう危険が高まる。実際にセキュリティに厳しい大企業であっても、そういうことが起きている。
 サイバー空間とリアル空間が融合するSociety5.0の時代には、サイバー空間での危険がリアル社会に及んでくる。例えば、通貨がデジタル化すると、自宅に現金を置かないようになり、火事にも泥棒にも強いといえそうだが、窃盗はサイバー空間でも起こりえる。実際、ビットコインの流出のようなことがあったし、最近では、銀行口座から預金が無断で引き出される事件も起きている。
 私たちは物理的な安全には敏感だが、今後はそれだけでは不十分で、サイバー空間でのセキュリティにも注意しなければならない。だからといって、企業が社員にテレワークをさせることを逡巡するのは過剰反応だろう。企業がしっかり対策をとれば、被害は最小限に食い止められる。自社の社屋でどんなに厳重にセキュリティ対策をとっても、強盗の侵入を完全に阻止できないのと同じだ。ただ、サイバーセキュリティは、敵の進歩も早いので、それに負けないようなスピード感が必要だ。

◆もう一つのセキュリティ
 自営型テレワーカーの場合、当然、仕事用のパソコンやタブレットは個人のものだ。セキュリティ対策も、頼るべき企業はないので、自分でやる必要がある。
 今後は、サイバー空間上で、すべての取引プロセスが完結することが普通となろう。契約の締結から、成果物の引渡し、報酬の支払などもすべてWeb上のこととなる。そうなると、一度も会うことのない取引相手の信用をどのように確認するかが非常に重要となるが、もはやアナログ的な手法はとれない。データのやり取りを行う相手がなりすましでないことを確認するための電子署名と認証のシステムや、契約取引が行われた時刻を正しく記録するタイムスタンプなどのデジタル技術の活用が不可欠だ。
 もっとも、こうしたセキュリティ対策は、自営型テレワークの取引だけでなく、日常生活の多くのことがオンラインで行われるようになると、社会に不可欠のインフラとなるはずだ(大学では、オンライン入試のなりすまし受験をどうするかなどが重要だ)。そこは政府の出番であり、実際「内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)」が設置されて、サイバー被害の対策に取り組んでいる。とくにNISCでは、設計段階からの「セキュリティ・バイ・デザイン」という考え方で、抜本的なサイバーセキュリティ対策を実施しようとしている点が注目される。サイバー空間は、人間が技術的に構築した建造物(アーキテクチャ)だ。そこにはリアルな建造物の火災報知器などと同様の、様々な安全対策が必要なのだ。
 サイバー空間で仕事を展開する自営型テレワーカーも、サイバーセキュリティの重要性を、まだそれほど認識していないかもしれない。自営型テレワーカーらフリーワーカーにとってのソーシャルセキュリティ(社会保障)の重要性は前にも書いた(本連載の第13回)が、サイバーセキュリティも、これに負けずとも劣らない重要なセキュリティ問題なのだ。痛い目に遭うまえに、備えが必要だ。そのためにも、教育の役割は必要だ。サイバーセキュリティは、情報リテラシーの一つとして、小学生から学ぶべきだろう。

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著者略歴

  1. 大内伸哉(おおうち・しんや)

    1963年神戸市生まれ。東京大学法学部卒、同大学院法学政治学研究科博士課程修了。神戸大学大学院法学研究科教授。博士(法学)。労働法を専攻。著書に『君は雇用社会を生き延びられるか』(明石書店、2011年)ほか多数。SHINYA OUCHI Web Site:http://www2.kobe-u.ac.jp/~souchi/

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