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テレワークがもたらすもの ─呪縛からの解放─

第16回 デジタル・プラットフォームの光と影

◆デジタル・プラットフォームとは何か
 自営型テレワークで働くとき、どのように仕事を受注することになるのだろうか。これがアナログ社会であれば、以前に会社員として所属していた企業から受注するとか、知人の紹介といった伝手や人脈に頼ることが多いだろう。これまでの人間関係が信用を担保してくれる。デジタル社会では、SNSをつかった人脈も活用されるだろうし、インターネットでの公募に応募することもあろう。ただSNSやインターネット公募となると、相互の信用面の担保が弱くなる。こうしたときに信頼できる仲介事業者がいれば助かるはずだ。こうしたことから、今日ではインターネットをつかった人材仲介サービスが広がっている。これは近年話題の「デジタル・プラットフォーム」ビジネスの一つだ。
 プラットフォームというと、電車の駅での乗降場を想起する人が多いだろう(日本では「プラットホーム」と表記することも多い)。しかし現在では、プラットフォームは、経済や経営の用語として使われるのが一般的だ。プラットフォームは、まさに多くの人があちこちから集まってくる駅のように、多数の利用者がサービスを利用するために集まってくる。それがオンライン上にあるので、デジタル・プラットフォームなのだ。今日、デジタル・プラットフォームの提供が、最も成功したビジネスモデルであることは、アマゾンなどの例をみれば明らかだ。

◆なぜアマゾンは成功したか
 デジタル・プラットフォームにより、これまでは物理的な制約があって、つながりたくてもできなかった人たちが、つながることができるようになった。例えば、書籍の販売でいうと、アナログ時代は、本を売りたい人(出版社・著者)と買いたい人(読者)とのつながりを広げることは容易ではなかった。本屋というリアル店舗における本との偶然の出会いや、新聞や雑誌の書評、広告、知人の評判などの情報が頼りだった。
 ところが現在、読者は本を購入したいと考えれば、アマゾンのサイトに行けばよい。そこで自分の関心のあるテーマを検索すると、いくつかの本がヒットする。それぞれの本についての内容や著者の情報が掲載されている。おまけにカスタマーレビューもあるし、そのレビュアーの情報まである。試し読みができる場合もある。本の購入の決断をするために足りないものは、リアル本の実感と本全体の試し読み(立ち読み)だが、それがなければ購入決断ができないほどのことではない。むしろリアル店舗に行かなくても、早ければ翌日には自宅に届けてもらえるメリットは大きい(電子書籍なら、その場でダウンロードできる)。こうなると、アマゾンで買わない手はない。そういう読者が増えると、売り手のほうもアマゾンに出品しないわけにはいかなくなる。出品が増えると、ますますアマゾンを利用する読者が増える。この相乗効果で、アマゾンなしでは書籍が売れないようになる。これがネットワーク効果だ。最初にこの場をうまく設定できたプラットフォーム企業は、このネットワーク効果により、規模をどんどん拡大し、「勝者総取り(Winner-take-all)」状態となる。GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)と呼ばれる企業は、こうして成功したのだ。

◆労働商品でも情報は重要
 アマゾンは、たんに「つながる場」を提供しているだけではない。アマゾンに蓄積する利用者の膨大なデータが、新たな価値を生み出す。例えば、アマゾンから送られてくるレコメンドメールがある。アマゾンは、購買歴のデータをAIに分析させて、本人の欲しそうなものを推奨してくるのだ。しつこく送られてきても、人間の営業のようには気にならないし、セールストークで騙されそうになることもない。気に入らなければ無視すればよい。でも実際には気になるので、推奨された商品をとりあえず確認したくなる。その結果、購入することもある。AIによって自分の嗜好を分析されているのは気持ちの良いものではないが、反面、どのような本を推奨してくるか楽しみにしている自分もいる。
 生産者側からすると、広告には無駄が多いものだが、買う可能性の高い人に集中して広告を出せるなら、その無駄を大きく減らせる。だから、ターゲティング広告への需要は高い。実際、グーグルは検索サイトで吸い上げた個人データから、その嗜好を分析して検索連動型広告というビジネスモデルを開発して、大きな成功を収めた。
 以上は、普通の商品についての話だが、商品のマッチングについてプラットフォームが重要な役割をはたす点では、労働という商品も同じだ。労働商品の購入者は、その「品質」についての情報をもつのは困難だ。例えば、雇用の場合、労働商品の品質として重要なのは、指揮命令を受けて働くことができる能力だ。これは本人の人格的な部分にかかわる情報なので、雇う側が入手するのは容易ではない。1973年の三菱樹脂事件の最高裁大法廷判決は、企業には採用の際の広範な調査の自由があるとしたが、現在では、個人情報保護法や職業安定法などの規制がある。
 自営の場合の品質情報は、仕事を完成させる能力に関するものが中心となり、人格的な情報の重要性は小さくなるだろうが、それでも個人情報保護法による規制は及んでくる。だから売り手(ワーカー)側から提供される情報は、買い手(発注者)にとって貴重なものとなる。自営型テレワーカーも、イーターネット上で自らの労働商品としての質(これまでの経験や実績など)を発信すると、買い手の目につきやすくなるし、そこでうまくアピールできると、良い契約条件を勝ち取りやすくなる。そうした場を設定するのが、デジタル・プラットフォームなのだ。

◆労働仲介事業に対する法規制
 正社員のように、特定の企業で定年までの雇用が保障されている場合には、自分を他者に「売り出す」機会はないし、その必要もなかったので、仲介ビジネスの需要はそれほど大きくなかった。加えて、雇用労働者については、仲介ビジネスは、厳しい法規制があった。
 資本主義の勃興期に人材ブローカーが暗躍して人身売買のようなことが行われた反省から(「女工哀史」の世界だ)、戦後、法律は仲介ビジネスを厳しく規制してきた。現在でも、有料で人材紹介するビジネスや派遣ビジネスをやるには、政府の許可が必要だ。ところが、雇用労働者の仲介でなければ、こうした規制はない。つまり、自営型テレワークの仲介事業は、政府の許可なしで参入できる。
 もっとも、何も規制がないのはさすがに問題ということで、厚生労働省が発表している「自営型テレワークの適正な実施のためのガイドライン」(https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000198641_1.pdf)では、仲介事業者に対して、ワーカー側に発注者の募集内容が的確に伝わるようにすること(契約内容の明示)などが求められている。

◆新たな支配者?
 発注者とワーカーとの間で適正に契約が成立するよう尽力するのが仲介事業者の重要な責務であることは言うまでもない。しかし、今日のデジタル・プラットフォームの状況を考えると、労働のデジタル・プラットフォームが、こうした契約の単なる仲介の立場にとどまらない可能性もある。
 前述のように、現代社会では、いくつかのデジタル・プラットフォームが独占的な地位に立ち、生産やサービスを提供する企業に対して強い交渉力をもつという現象が起きている。こうした状況を懸念する声も強い。昨年、公正取引委員会が、「デジタル・プラットフォーム事業者と個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」を発表し(2019年12月)、独占禁止法違反の優越的地位の濫用に該当しうる行為類型を示して(利用目的を消費者に知らせずに個人情報を取得することなど)(https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/dpfgl.html)、アラートを発したのは、そうした懸念に後押しされたものだろう。さらに2020年4月には、政府は「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」を制定した。デジタル・プラットフォーム企業が事業者と取引する場合の透明化(情報開示など)を目指したものだ(https://www.meti.go.jp/press/2019/02/20200218001/20200218001-1.pdf)。
 自営型テレワークも、今後、有力なプラットフォームが登場して、そのプラットフォームなくしては、ワーカーは仕事をみつけることができなくなり、発注側もワーカーをみつけることができなくなる、といった事態が生じる可能性は十分にある。前述のように、このビジネスモデルでは、ネットワーク効果やスケールメリットが働くからだ。デジタル・プラットフォームの優越的地位の濫用は、受注側のワーカーに対してだけでなく、発注側の企業・個人に対しても起こりうることだ。
 労働法は、従来、商品(財やサービス)を生産する企業が支配者となり、労働者がその指揮命令下で働くという従属状況に着目してきた。商品を生産する「企業」vs.そこで雇用される「労働者」というのが、労働法が慣れしたんできた構図だ。ところが、新たな支配者であるデジタル・プラットフォーム企業は、Web上で商品の生産者と消費者といったグループをつなげる場を提供しているだけで、自らが商品を生産しているわけではない。それにもかかわらず、そこに参集するすべての者(そこには事業者も含まれるし、個人の発注者、さらにワーカーも含まれる)に絶大な支配力を発揮するという新たな構図が現れている。自営型テレワークが発展していくためには、この新たな支配者の登場にどう備えるかも考えておく必要がありそうだ。

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著者略歴

  1. 大内伸哉(おおうち・しんや)

    1963年神戸市生まれ。東京大学法学部卒、同大学院法学政治学研究科博士課程修了。神戸大学大学院法学研究科教授。博士(法学)。労働法を専攻。著書に『君は雇用社会を生き延びられるか』(明石書店、2011年)ほか多数。SHINYA OUCHI Web Site:http://www2.kobe-u.ac.jp/~souchi/

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