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テレワークがもたらすもの ─呪縛からの解放─

第15回 テレワークと民主主義

◆YouTuber
 私の労働法ゼミ(現在は休止中)では、学生(3年生)が初回の自己紹介のときに、将来つきたい職業のことを話し、私がそれにいろいろツッコミを入れるのが恒例だった。普通は、公務員になって社会を良くしたいとか、企業に入って大きな事業を手がけたいとか、手堅く金融マンになりたいとか、地元に帰って地域の振興に貢献したいとか、そういうタイプのことが出てくるのだが、4年前にある男子学生が「YouTuber(ユーチューバー)になりたい」と言ったときには、うまく応答できなかったことを覚えている。私の考えていた「まともな」職業リストには入っていなかったからだ。しかし彼の年代では、すでにそういう職業の選択肢もリアリティがあったのだろう。いまの小学生のアイドルはHIKAKINで、「めざせYouTuber」という子どもたちが多いようだ。
 そういえば「闇営業」問題で、事務所との契約を解除になりテレビから消えたお笑いタレントが、現在、YouTuberとして活躍しているそうだ。テレビに出演できなくても、YouTubeを使えば、テレビよりも多くの視聴者に自分の芸を発信できる。稼ぎは減ったかもしれないが、好きなように自己プロデュースできる自由は魅力だろう。それにピコ太郎の「PPAP」のように、ひょっとしたら世界を席巻できるかもしれない。
 芸能人を例に挙げると、何か特別な話のように思えるが、彼ら・彼女らがYouTubeを使ってやっていることは、要するに情報をインターネット上で誰かに届けることだ。デジタルトランスフォーメーションにより、産業の中心がモノの生産から情報の生産に変わると、私たちがテレワークでやることも、基本的には、芸能人YouTuberとやることと変わりはない。大学のオンライン授業でも、すでにYouTubeはかなり活用されている。教育という情報提供行為を、YouTubeを使って行っているのだ。私も自宅で録画して、学生向けに配信しているので、その意味でテレワークYouTuberだ。いまは大学に授業料を払っている学生にしか配信していないが、その気になれば、独立してビジネスとしてやっていくこともできないわけではない。
 YouTubeのような動画配信は、言語だけを使うよりもはるかに多くの情報を伝えることができる。これを活用しない手はないだろう。このような形の自営型テレワークは、今後の働き方の有力な選択肢だ。もちろん、これで成功するためには、(本連載で何度も指摘しているように)情報の新しさが大切だ。自分の情報がどのように社会課題の解決につながるかをアピールし(芸能などのエンターテインメントも、人々のストレス発散などの面で、社会課題の解決に大きく貢献している)、どれだけうまく自己プロデュースできるかがポイントとなろう。

◆自営業者と政治
 YouTuberかどうかはさておき、テレワークのメリットは、職住が一体化し、人々の生活が地域回帰となるところにある。会社員であれば、夜眠るだけの場所であった自宅の近辺をゆっくりみて歩く時間ができ、そこで新たな発見をすることもあるだろう。日曜や休日の風景と平日昼間の風景はまるで違うものだ。地域社会の平日昼間は、子供、主婦、高齢者が主役の時間帯だが、そこに会社員がどんどん入ってくると、状況は一変するだろう。コロナ禍でテレワークが増えたことにより、すでにそうした変化が起きていても不思議ではない。
 自営で働く人は、もともと職住接近や職住一体なので、地域社会に関心をもっている人が多い。地域社会を支えるのは、このような人であり、地方議会の議員も大半は会社員以外の人だ。企業へのフルコミットが求められる会社員では議員活動は難しいし、企業もそうした活動(これも副業の一種)を許してこなかった(労働基準法7条は、労働者が公職への立候補をしたり、公職を執行したりする権利を保障しているが、判例によると、企業は、公職に従事することによって業務が遂行できなくなった場合には、労働者を解雇することが許される)。
 それに自営で働く人は、政府のやることに敏感だ。今回のコロナ禍でも明らかになったように、会社員であれば、企業という緩衝材があり、労働法でも守られているので、経済的打撃が必ずしも自身に直撃するわけではない。しかし自営のフリーワーカーであれば、ちょっとした経済的打撃だけで、たちまち路頭に迷うことになりかねない。頼れるのは自分か政府だけだ。持続化給付金のような中小企業やフリーワーカーへの支援策が比較的迅速に打ち出されたのは、こうした人たちが日頃から政治に敏感で、政府もそれに応えることで支持拡大につなげられるという思惑があるからだ。自民党の支持者に伝統的に自営業者(農業従事者も含む)が多いのは周知の事実だ。

◆芸能人は、なぜ政治的発言をするようになったか
 ところで近頃、芸能タレントが事務所から独立するという話をよく耳にする。最近でも、若手人気タレントの大手芸能事務所からの独立が注目された(詳しくは、松谷創一郎氏の記事を参照https://news.yahoo.co.jp/byline/soichiromatsutani/20200625-00184942/)。
 実はこうした独立の背景には、公正取引委員会の動きがある。同委員会が2018年2月15日に出した『人材と競争政策に関する検討会報告書』(https://www.jftc.go.jp/cprc/conference/index_files/180215jinzai01.pdf)は、自営業者の自由な働き方を制約するような業界慣行を、人材獲得をめぐる競争制限状況という視点から検討したものだ。この時期にこうした報告書が出たのは、働き方の多様化という安倍政権の政策の流れに沿ったものではあるが、その根底には、巷間に伝わる芸能事務所(プロダクション)と芸能タレントとの支配従属関係に、「優越的地位の濫用」という独占禁止法の概念を使って切り込む狙いがあったようだ。
 実際、この報告書が出されたのち、公正取引委員会は動いた。2019年7月、SMAPの一部メンバーが独立した後に、元所属事務所がテレビ局に対しその起用を見送るよう圧力をかけていたことについて、公正取引委員会は「注意」という措置(違反行為の存在を疑うに足る証拠が得られないが、違反につながるおそれがある行為がみられたときに、未然防止を図る観点からなされる措置)をとったのだ(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO47464800Y9A710C1000000/)。
 最も軽い「注意」にとどまったとはいえ、芸能界には大きな衝撃が走ったようだ。独占禁止法は、GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)のような巨大な企業の独占行為だけを問題としているのではなく、芸能事務所と芸能タレントとの関係のような個別取引も対象とし、しかも違反の疑いがあると、公正取引委員会が乗り出してくることがわかったからだ。
 あれから1年。芸能タレントの行動で目を引いたのが、検察官の定年延長問題で、次々とSNS上に出てきた批判的ツイートだ。かつてなら、こうした政治的な発言(とりわけ政権批判の発言)は、スポンサーに嫌がられ、タレントとしての価値を下げる可能性があるので、芸能事務所の支配が強ければ不可能なことだった。しかし、時代は変わった。事務所の意向に逆らったために契約を解除されても、元事務所の「優越的地位の濫用」となるような行為に対しては公正取引委員会が厳しく見張ってくれるし、かりにテレビ業界から干されても、YouTube等を使ってインターネットで配信して活動を継続することができる。
 芸能事務所に所属していれば、安定的に仕事があるし、自分たちのスキルを磨く手助けもしてくれるなどのメリットがあった。独立すると、自由を得る代わりに、そうしたメリットはなくなり、不安定な世界に身を置くことになる。こうして自分の力でやっていかざるを得ない状況になれば、政府のうちだす経済政策が、実は自分たちの活動に直結していることがわかってくる。経済がうまくいかなければ、お金も回ってこない。芸能タレントが真の自営業者としての自覚をもったとき、政治に関心をもつようになるのは自然な流れなのだ。

◆民主主義を支える自営業者?
 近代的な民主主義を確立させたアメリカ独立革命(独立宣言は1776年)やフランス革命(1789年以降)は、会社員(雇用労働者)を生み出した産業資本主義が誕生する前に起きたものだ。近代国家の建設者は、汗と才覚(および暴力)で築いた財産を守れるような統治システムを作ることを目的とした(そこには、市民が労働によって得た財産を守るために政府が存在するというジョン=ロックの思想が強く影響している)。民主主義の担い手と想定されていたのは、君主制の下での封建的支配体制に不満をもっていた新興の有産市民(商工業者)、つまりブルジョワだった。フランス革命の推進勢力となったのは彼らだ。またアメリカ独立宣言の起草者で、第3代大統領でもあるトマス=ジェファソンが、独立自営農民が中心となる民主主義を考えていたのも有名な話だ。
 約250年後の現在。日本人の多くは、会社員かその家族だ。彼ら・彼女らは、政治への関心が相対的に低い。もちろん会社員にとっても、財産を守ることは大切だ。ただ、そのために必要なのは、企業の指揮命令に忠実に従って働くことだ。そうすれば、継続的に安定した賃金を得ることができ、あとは企業の裏切り(解雇など)を許さないように労働法がきちんと機能してくれていればよかった。
 しかし自営業者には、誰も指揮命令しないが、安定も与えてくれないし、労働法のような法的庇護もない。だから自分の財産を守ることへの意識が、会社員とはまったく違ってくるのだ。民主主義とは、自分たちの財産(加えて安全)を守ってくれる人を、自分たちで選ぶシステムだ。自営業者が増えると、投票率が高まり、政治家に緊張感をもたせる効果が期待できる。
 地方自治は民主主義の学校と言われる。地方レベルでは、住民が、日常の身近な社会課題について、自分たちの代表を通して解決をするという民主主義の基本的な機能が展開されやすいからだろう。ただ、国民の多数を占める会社員は、この地方の民主主義に十分に関わってこなかった。
 しかし今後、テレワークが定着し、職住接近・職住一体となり、地域に関心を向ける人が増えると、日本の民主主義は大きく変わるかもしれない。テレワークのフリーワーカー(自営業者)が増えると、なおさらだ。コロナ禍のテレワークは、民主主義の強化に貢献するかもしれないのだ。

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著者略歴

  1. 大内伸哉(おおうち・しんや)

    1963年神戸市生まれ。東京大学法学部卒、同大学院法学政治学研究科博士課程修了。神戸大学大学院法学研究科教授。博士(法学)。労働法を専攻。著書に『君は雇用社会を生き延びられるか』(明石書店、2011年)ほか多数。SHINYA OUCHI Web Site:http://www2.kobe-u.ac.jp/~souchi/

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