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テレワークがもたらすもの ─呪縛からの解放─

第13回 独立のためには何が必要か

◆保障が手厚い会社員
 本連載で何度も登場する「働き方改革実行計画」(2017年3月)のなかの「柔軟な働き方がしやすい環境整備」では、非雇用(自営)型テレワークについての政策課題として、「働き手へのセーフティネットの整備教育訓練等の支援策について、官民連携した方策を検討し実施する」(下線は筆者)ことが挙げられていた。これはテレワーク固有の問題ではなく、自営での就労に共通する問題でもある。
 会社員というと、一般に共通するイメージは、「働き手へのセーフティネット」が充実していて、手厚い保障があるというものだ。
 確かに、企業に正社員として無期労働契約で雇われたならば、法的な解雇規制による雇用の保障がある。万が一、失職しても、雇用保険による所得保障もある。医療の面では、健康保険がある。国民皆保険なので、会社員でなくても保障はあるが、本人が健康保険に加入していれば、被扶養者である家族もカバーされるところが会社員の特権だ。また老後の所得保障である年金は、国民皆年金部分の基礎年金の上乗せとなる厚生年金に加入できる。こうした雇用、健康、年金のいずれも、保険料の半分は企業が支払ってくれる。そのうえ、仕事でケガや病気をしたとき(業務上の負傷または疾病の場合)には、医療費の負担がないなど健康保険よりも充実した補償のある労災保険もある(この保険料は企業が全額支払う)。
 企業によっては、公的な保障に加えて独自の上積み保障(企業年金、労災上積み補償など)をしているところもある。

◆独立すれば保障はどうなる?
 これが自営になると、状況は一変する(パートタイム労働者となった場合も、一定の要件を満たさないかぎり同じ扱いとなる)。例えば、出版社の編集者が独立してフリーワーカー(個人で従業員を雇わずに自営で働いている人を、そう呼ぶことにする)になったとしよう。フリーワーカーには解雇規制はないので、顧客から突然契約を打ち切られても、文句はいえない。雇用保険もない。また会社員だと、仕事がなくなったときに、それが企業に帰責性のあるものであれば、平均賃金の6割の補償がある(労働基準法26条)が、フリーワーカーには、そうした休業補償もない。フリーワーカーが仕事がなくなり収入を失っても、それはすべて自己責任なのだ(現在のコロナ禍で、政府は特別に救済措置を講じているが、これは平時には存在しないものだ)。
 医療は、居住する都道府県の運営する国民健康保険の適用となり、保険料は、本人も家族も個人で加入しなければならず、その負担は重くなる。財政状況が厳しい自治体ほど保険料は高くなるし、企業負担がなくなるので全額自己負担だ。退職後2年間は健康保険の継続給付を選択できるが、そのときも保険料は全額自己負担だ。また年金は、基礎年金(国民年金)だけとなる。フリーワーカーは1号被保険者とされ、2号被保険者である会社員の配偶者(3号被保険者)には認められる保険料の免除(所得制限はある)という特別扱いがなくなる。
 このほか、国民健康保険には、健康保険ではメニューに入っている傷病手当金(仕事に関係しない疾病の場合の所得保障)や出産手当金(出産のために会社を休んだ場合の所得保障)が任意扱いで、実際にはほとんど支給されていないという差もある。労災保険も適用されない(労働者でなくても特別加入できる制度はあるが、その要件は厳しく、対象者も限定されている)。編集作業のしすぎのような仕事が原因で病気になった場合の所得保障がないのが会社員時代との大きな違いとなる。

◆踏み出しにくい会社員
 このようにみると、会社員が独立してフリーワーカーの世界に踏み出すのには勇気が要るだろう。正社員としての手厚い保障から、保障なき社会に飛び込むようなものだからだ。結婚している人なら、独立当初の稼ぎが少ない段階は、会社員である配偶者の被扶養者になるという手はある。妻の被扶養者になるなんてイヤだという男性なら、最初は副業で予行演習をして独立への準備をするという方法もある。会社員としての本業をしながらの副業であれば、会社員としての保障をキープできる(幸い、前回もみたように、政府は企業に対して副業を広く認めるよう呼びかけている)。
 フリーワーカー(フリーランス)に関するオンライン・プラットフォーム企業の代表格であるランサーズによると、フリーワーカー(フリーランス)は、「副業系すきまワーカー」と呼ばれるタイプ(本業雇用・副業非雇用)が一番多く40%を占める。このタイプは30~40歳代に多く、2年以内の開始が多く、フリーでの就労時間は短く、そこからの年収も半数が10万円未満と低い(フリーランス実態調査(2019年度版)https://speakerdeck.com/lancers_pr/huriransushi-tai-diao-cha-2019nian-du-ban?slide=9)。
 こうしたデータからみえるのは、本業の保障を捨てられない会社員の心情だ。夢を求めて独立というような冒険は、家庭を支えていかなければならない者にとって簡単なことではない。

◆格差は公正か
 会社員が簡単に独立できない原因に、保障の格差があるとすれば、それは政策でなんとかできないのだろうか。
 もちろん正社員側からすると、フリーワーカーや非正社員たちと違って、自分たちは「いつでも、どこでも、何でもやる」という企業に滅私奉公する働き方をしている。手厚い保障はその代償なので、保障の格差は不公正ではないと主張するだろう。しかも、企業ごとの健康保険組合(大企業に多い健康保険の仕組み)は自分たちで拠出して運営しているものだから、保障の程度について他者からとやかく言われる筋合いはないという反論もありうる。
 ただ、フリーワーカーたちの加入する国民健康保険は、自治体ごとに会社員以外のいろんなカテゴリーの人(フリーワーカーら個人事業主、高齢者、健康保険に加入していないパートタイム労働者ら)が加入している。高齢者が多いところでは医療支出も多いので、財政が苦しくなり、保険料も高くなる(公費を投入して保険料を抑えているところもあるが、それは住民の税負担を高めている)。国民皆保険といいながら、国民のなかで正社員とそれ以外の働き手が連帯するシステムとはなっていないのだ。
 同じように労働をしている者のなかでのこのような区別は、個人の不満という次元の問題にとどまらない、公的な保障の公正さの問題とみるべきものだ。今後、デジタルトランスフォーメーションが進み、自営的な働き方が増えていくことを想定すると、公正なセーフティネットのあり方は、大きな政治的イシューとなるだろう。
 こうした状況を見越して、すでに民間のシンクタンクから政策提言がなされているし(例えば、筆者も関係したNIRAの「フリーワーカーの時代に備えよ―多角的な法政策の必要性―」http://r18.smp.ne.jp/u/No/9356036/JEin6k14H_iH_6981/356036_200731001.html)、政府のほうも、本年7月17日の経済財政諮問会議・未来投資会議合同会議で提出された「成長戦略実行計画案」(https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2020/0717/shiryo_03.pdf)では、前回扱った副業の問題と並び、フリーワーカー(フリーランス)への政策課題も採り上げられている(ただし、保障については、労災保険の特別加入制度の拡大に言及されているだけだが)。ポイントは、どのような働き方を選択しようと、公的な保障の内容にできるだけ差がないようにすることだ。

◆収入を確保するために必要なことは何か
 フリーワーカーとなったときに保障が重要となるのは、収入が不安定になるからだ。収入がある程度のレベルで安定しているフリーワーカーであれば、十分に貯蓄もできるだろうから、とくに公的な保障に頼らなくてもやっていけるだろう。そう考えると、雇用の保障や疾病・災害時の所得の保障も大切だが、むしろ本来の仕事をとおした収入を安定的に確保できるという意味での収入保障こそ重要だともいえる。
 収入保障というと、必ず出てくるのが、労働者の最低賃金のようなものの導入論だ。確かに、法律の議論では、取引の当事者間に交渉力の「構造的な格差」がある場合は、当事者の契約にまかせてはいけないという考え方がある。企業と労働者との労働契約がその典型例だし、労働者でなくても、内職的な加工をする家内労働者に最低賃金と同様の最低工賃保障があるのも、委託企業との間に「構造的な格差」があるからだ。労働以外では、消費者契約法は、事業者と消費者との間の「構造的な格差」に着目して、消費者を保護する規定を設けているし、事業者間の取引でも、下請代金支払遅延等防止法(下請法)は、親事業者と下請事業者の間の「構造的な格差」に着目して、親事業者の優越的地位の濫用を防止するための具体的な規定を設けている。
 厚生労働省で数年前から進められている「雇用類似の働き方」に関する検討会(現在は、「雇用類似の働き方に係る論点整理等に関する検討会」)が、フリーワーカーに対する様々な保障について検討をしているのも、フリーワーカーに、労働者と類似の「構造的な格差」が認められる場合があると考えているからだろう(https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11911500-Koyoukankyoukintoukyoku-Zaitakuroudouka/0000201101.pdfも参照)。
 こうした検討を進めていくことは、もちろん重要だ。会社員からフリーワーカーの世界に飛び込もうとするとき、保障というセーフティネットが充実していればいるほど心強い。サーカスの綱渡りだって、セーフティネットがあるからこそ、勇気をもって大胆に踏み出していける。ただ、セーフティネットは、あくまで失敗に備えたもので、後ろ向きの対策にとどまる。これに加えて、いかにしたら落ちないで綱を渡りきれるかという前向きの対策も必要だ。
 独立してフリーワーカーになろうとする者が最も求めているのは、綱を渡りきれるために役立つ具体的な知識や情報(スキル、ノウハウなど)だ。すでに仕事に関するスキルをもっている人でも、独立すると法律面、金融面、税務面などの知識が必要となるし、テレワークでやっていくのに必要な情報技術面の知識も必要だ(これらの情報には、誰に頼んだり、相談したりすればよいかというものも含まれる)。それに、仕事に関するスキルについても、常にアップデートを心がけておかなければ、たちまち時代遅れになってしまう。この面での新しい情報の入手も不可欠だ。
 こうした仕事に必要な知識や情報を入手する不断の努力をすることにより、渡らなければならない綱が板となり、その幅も広がり、落下の危険性が低下し、同時に成功に近づく。しかし、これは個人だけでやるのは大変だ。綱が板となるような、政府によるフリーワーカー支援策が必要なのだ。冒頭に挙げた「働き方改革実行計画」が、「教育訓練等の支援策」を挙げていたのも、このような前向きの支援策の重要性を示すものといえる。

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著者略歴

  1. 大内伸哉(おおうち・しんや)

    1963年神戸市生まれ。東京大学法学部卒、同大学院法学政治学研究科博士課程修了。神戸大学大学院法学研究科教授。博士(法学)。労働法を専攻。著書に『君は雇用社会を生き延びられるか』(明石書店、2011年)ほか多数。SHINYA OUCHI Web Site:http://www2.kobe-u.ac.jp/~souchi/

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