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テレワークがもたらすもの ─呪縛からの解放─

第12回 テレワークと副業

◆柔軟な働き方
 前回紹介したヤフーの例のような、副業でテレワーク(自営型テレワーク)というのは、これからの新たな働き方なのかもしれない。
 政府が2017年3月に発表した「働き方改革実行計画」の「5.柔軟な働き方がしやすい環境整備」のなかに、次のような記述があった。
 「テレワークは、時間や空間の制約にとらわれることなく働くことができるため、子育て、介護と仕事の両立の手段となり、多様な人材の能力発揮が可能となる。副業や兼業は、新たな技術の開発、オープンイノベーションや起業の手段、そして第2の人生の準備として有効である。我が国の場合、テレワークの利用者、副業・兼業を認めている企業は、いまだ極めて少なく、その普及を図っていくことは重要である。」
 テレワークと副業とは、直接的な関係はなさそうだが、どちらも「柔軟な働き方」ということで一括りにされている。日本型雇用システムでは、正社員の働き方は、拘束性が高い「硬直的な」ものだった。「柔軟な働き方」という言葉には、個人が自由に働けるようにするという意味が込められている。これまでみてきたようにテレワークは、こうした自由な働き方を可能とするものだったし、副業も同様だ。そして、いま両者がドッキングしようとしている。
 コロナ禍で、多くの会社員は、将来に不安を感じ始めている。オンライン対応ができていない企業は、急速に業績を下げている。自分の働いている企業がなくなる、そこまで行かなくても業績悪化でリストラされる、という最悪のシナリオも目の前にちらつく。解雇規制があっても、ほんとうに企業経営が悪化したならば助けにならない。「整理解雇の4要素」(人員削減の必要性、解雇回避努力、被解雇者選定基準の相当性、手続の相当性)という有名な判例法理があり、労働者を解雇から守っていると考えられているが、この法理は同時に、企業がどういう事情がそろえば解雇できるかも示していることを忘れてはならない。それに解雇という形をとらなくても希望退職の募集という形のリストラはいまでも普通に行われている。
 つまり正社員でも、雇用は安泰ではないのだ。リストラされれば別の企業を探せばよい、というようにも、なかなか行かない。デジタル化の進行は、ごく普通の会社員の労働を不要としていくからだ(本連載の前回も参照)。つまり、会社員であっても、自分はどうやって稼いでいくかを真剣に考えなければならない時代が来ているのだ。幸い、デジタル社会では、ICT(情報通信技術)を活用し、組織に属さなくても個人でビジネスができるチャンスが眠っている。テレワークを使った副業は、そうした新たな働き方を模索するための第一歩としてちょうどよい。

◆副業普及への壁
 ここで少し副業のことをみてみよう。副業は、現在、労働政策の中心的なテーマの一つだ。首相が議長をつとめる未来投資会議では、2020年6月16日の会合で「兼業・副業の促進」がテーマに採り上げられている。そこでの配布文書に次のような記述がある(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/dai39/siryou1.pdf)。
 「○ 人生100年時代を迎え、若いうちから将来を見据えて、自らの希望する働き方を選べる余地を作っていくことが必要。ウィズコロナ、ポストコロナの時代の働き方としても、兼業・副業などの多様な働き方への期待が高い。
 ○ 実態をみると、兼業・副業を希望する者は、近年増加傾向にあるものの、他方、実際に兼業・副業がある者の数は横ばい傾向であり、保守的。
 ○ 背景には、労働法制上、兼業・副業について、労働時間を通算して管理することとされている中、『兼業・副業先での労働時間の管理・把握が困難である』として、兼業を認めることに対する企業の慎重姿勢がある。」
 副業の普及を阻んでいる理由は、労働法制にあるというのだ。そこでいう労働時間の通算とは、労働基準法のなかの「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」という規定のことだ(38条1項)。行政は、「事業場を異にする」という文言を、「事業主を異にする場合を含む」と解釈してきた。つまり副業先の労働時間も通算しなければならないということだ。企業ごとではなく、労働者個人単位で労働時間をみていかなければ、労働者の健康に配慮したことにならないからだろう。結果、通算して1日の労働時間が8時間(あるいは1週間の労働時間が40時間)を超えれば割増賃金が発生するし、三六協定の締結をして、労働基準監督署長に届け出なければならない。複数の企業での労働時間を通算するのは、「本人の自己申告」でもないかぎり、現実的には不可能なので、これは実効性のない規定とみられてきた(本業の企業、副業先の企業のどちらが責任を負うかという論点もある)。「兼業・副業先での労働時間の管理・把握が困難」というのは、一見、説得力がありそうな主張だが、企業が副業に慎重となる核心的な理由ではない。

◆副業させたくない真の理由
 企業が副業に難色を示すのは、「いつでも、どこでも、何でもやる」という企業に滅私奉公的に忠誠を尽くす正社員の働き方と相容れないというのが、核心的な理由だ。他企業で雇われて働くなどという「二股」は許しがたいことなのだ。正社員たるもの、勤務時間が終わっても、「雇い主」のことを考えていなければならない。仕事帰りに一杯というときでも、背広に付けた社章は外せない。企業の精神的な支配はどこまでも及んでくる。
 テレワークの普及により、ただでさえ正社員は、企業から場所的に距離を置くようになった。これにより、「企業ファースト」という呪縛が徐々に解けようとしている。これに副業が重なると、本業への忠誠心がいっそう薄れていくだろう。企業にとって、テレワークでさえ危険だと考えているのに、これに副業が重なると、もはや正社員を精神的に支配することが難しくなる。
 副業の弊害としては、肉体的精神的な疲労により本業に支障が生じるとか、副業の内容によっては企業の信用や体面を汚すとか、同業他社での副業は秘密漏洩などの不正が起こりやすいとか、それなりの理由を挙げることは可能だ。でもそれだけなら、そうした理由による副業のみを規制すればよい。しかし、多くの企業が、就業規則において、副業一般を許可制としてきたのは、「正社員たるもの本業のみに専念すべし」という精神論と関係しているのだ。
 とはいえ、企業にとっても、精神論を振りかざすのは、若干はばかられる。このときに大義名分として使えるのが労働時間管理だ。長時間労働は良くないと言われたら、反論はしづらい。

◆余儀なくされた副業解禁
 前記の「働き方改革実行計画」では、「長時間労働の是正」がまさに改革の柱だった。これを受けて労働基準法が改正され、時間外労働の規制が強化された。一方で、副業は、トータルでみると長時間労働につながるものだが、これを政府は推奨していた。ここには矛盾があるともいえそうだ。
 「働き方改革実行計画」をみると、「就業規則等において本業への労務提供や事業運営、会社の信用・評価に支障が生じる場合等以外は合理的な理由なく副業・兼業を制限できないことをルールとして明確化するとともに、長時間労働を招かないよう、労働者が自ら確認するためのツールの雛形や、企業が副業・兼業者の労働時間や健康をどのように管理すべきかを盛り込んだガイドラインを策定し、副業・兼業を認める方向でモデル就業規則を改定する」と書かれている。
 このとき政府が意識していたのは、労働時間規制ではなく、就業規則における副業の許可制だった。この企業内規制を撤廃することこそが、政府(ここでは経済産業省が実質的には中心勢力と思われる)の狙いだったのだ。厚生労働省の「モデル就業規則」が、副業を許可制としていたことが、やり玉に挙げられた。
 こうした副業解禁の動きに大きな影響力をもったのは、ベンチャー企業などの中小企業だ。とくにIT業界で、大企業が副業を制限して人材を抱え込むのは不当だという議論は、それなりに説得力があった。有能な人材を、ベンチャー企業などでもシェアできるように、労働者本人が望めば副業を認めるべきというのだ。これはベンチャー企業の利益となるだけでなく、法的にも、労働者の権利や自由にかかわるものだ。つまり副業制限は、憲法22条が国民に保障している職業選択の自由に反するし、勤務時間以外の労働者の自由時間を制限するのは個人の私的領域の侵害にもなる。
 このように理論武装された主張の前に、モデル就業規則は改定を余儀なくされた。現在では、副業に関する規定は原則OKという内容に変わっている(第14章を参照。https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/model/index.html)。

◆テレワークで自営型副業
 現在もまだ、副業をめぐる労働時間規制は、議論が継続している。ただ、労働時間の通算は「本人の自己申告」に頼る以外には実現は難しかろう。確かに「本人の自己申告」は、通常の労働時間の管理の手法としても取り入れられている(https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/kantoku/dl/070614-2.pdf)が、それは企業による現認やタイムカード・ICカードなどの客観的な記録ができない場合にやむを得ず採られる方法だ。副業のときは、この方法を原則とせざるを得ないとすれば、実際には労働時間の規制をしないことと変わらない。
 この問題の根本的な解決は、実は簡単なことだ。「事業場を異にする場合」の行政解釈を改め、複数の企業にまたがる場合には通算しないと決めれば済むことだ。実行困難な企業間での労働時間の通算にこだわるから無理が生じる。
 労働者の健康が大切なのは当然だが、副業は労働者が自分の時間を使って自分のために行うものだ(もちろん、企業に強制された副業であれば、労働時間は通算されるべきだ)。だから、そこから先のことまで、法が介入すべきではないのだ。
 それに労働時間の通算は、副業先に「雇用」される場合にしか適用されない。つまり、これから増えていくことが予想される自営型テレワークの副業は、労働時間規制とは無縁だ。
 実は企業は、就業規則で副業規制をするときでも、副業が自営であれば制限の対象としないことが多い。自営であるなら、「二股」をかけられてはいないと考えたからだろう。それに「自営」を制限しようとしても難しい。本の執筆はどうか、せどりはどうかなど、自営が何を指すかの定義はしづらいからだ。
 自営型の副業は、企業も禁止してこなかったし、労働時間規制とも関係がない。要するに、個人が自由に判断できることなのだ。テレワークにより通勤しないことによって得られた、折角の時間だ。これを、これからの自分の働き方の模索のために回さない手はないだろう。

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著者略歴

  1. 大内伸哉(おおうち・しんや)

    1963年神戸市生まれ。東京大学法学部卒、同大学院法学政治学研究科博士課程修了。神戸大学大学院法学研究科教授。博士(法学)。労働法を専攻。著書に『君は雇用社会を生き延びられるか』(明石書店、2011年)ほか多数。SHINYA OUCHI Web Site:http://www2.kobe-u.ac.jp/~souchi/

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