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テレワークがもたらすもの ─呪縛からの解放─

第10回 頼りになるのは先輩よりデジタル情報

◆テレワークは創造性に有害?
 テレワークが広がると、机を並べて働くことがなくなる。隣の同僚とのちょっとした雑談に刺激を受けて、新たな発想がわくなんてことも、ネット越しでは難しい。私も、研究室を出てコーヒーブレイクの途中に、たまたま出会った同僚と1時間くらい話し込むなかから、新たな着想を得た経験がある。日本の大部屋主義は、職務内容が曖昧な集団主義的な働き方の象徴だが、人が集まることで新たな発想を生み出し、生産性を高める効果もあるはずだ。プロジェクトの企画立案のときのブレイン・ストーミングも、リアル空間でアイデアを出し合うための手法だ。創造的な仕事では、多くの人の知恵を集めることは効果的だ。
 だからといって、これがテレワークを否定する理由にはならない。そもそも雑談は、オンラインでだって可能だ。前にも紹介したようなVR会議を導入すれば、ブレイン・ストーミングだって、リアル会議と変わらないようにできる。むしろリアル空間では遠慮がちだった参加者が、オンラインなら積極的に意見を出せるという話もある。上司や先輩の威圧が、オンラインになると軽減するからだろう。

◆情報をどう交換するか
 会議をリアルでやるべきかどうかは、会議の目的により異なる。例えば、新しい書籍の企画会議を考えてみよう。あるテーマについて既存の書籍がどの程度あるかといった基本的な情報は、出席者がすでに共有している。大切なのは、こうした共有情報に加えて、参加者各人が頭のなかに抱えている情報を出し合うことだ。会議の効用は、他人の情報を得る機会をもつことにより、自分のもつ情報が広がり、新たなアイデアが生まれる基盤が作られることにある。ただ、情報の交換を目的とする会議であれば、ICTが発達している現在、必ずしもリアル空間に集合して行う必要はない。
 これに対して、皮膚感覚のようなものが大切な会議は、リアル空間に集合して行う必要があろう。それは、視覚や聴覚だけでは伝えきれない情報を交換する場だからだ。ただ普通の企業で、そのようなタイプの情報交換を要する会議は、どの程度あるだろうか。
 従業員の親睦のためには懇親会が不可欠だから、それはリアルでやらなければならないと思っている上司も多いだろう。でも部下は、それならオンライン飲み会で十分と思っているかもしれない。上司には物足りなくても、部下は、リアル飲み会は、仕事と無関係な友達との間でやりたいと思っていることだろう。

◆就活で必要な情報は何か
 学生の就職活動も、今年は大きく様変わりした。リクルートスーツを着て会社訪問という姿が消えた。例年開かれている合同企業説明会のような企業と就活生との間の「集団見合い」もなくなった。その代わりに広がったのが、ウェブ就活だ。これなら1日に何社も回れるし、企業も多くの就活生に会える。便利なようだが、相手について知りたい情報が十分に得られないもどかしさもあるようだ。とくに企業は、書面からの情報を補完するのが、ウェブ面接をとおして、視覚や聴覚から得られる情報だけでは不安だろう。もっとも、リアル面接で皮膚感覚から得られた情報は、個人の勘によって処理されることが多い。それがあまり当てにならないからこそ、AI(人工知能)を使って科学的に人事をやろうとする動きがあるのだ。
 日本経済団体連合会(経団連)は、新卒一括採用を止め、ジョブ型採用にシフトすると宣言したが、これは日本型雇用システムの大きな変革の動きを示すものだ。新卒の若者を、そのポテンシャルだけに期待して確保し、長期的なビジョンの下に育成していくのが日本型雇用システムだが、本連載で何度も出てくるデジタル・トランスフォーメーション(DX)が、企業から、そんな悠長なことをしている余裕を奪うのだ。
 デジタル技術を活用できる即戦力のプロ人材が欲しいというのが、ジョブ型採用を提唱する経済界の本音だ。ジョブ型となると、企業の欲しい人材のスペックはかなり明確だ。採用の時期も、企業の事業プロジェクトの展開に応じて随時行われるようになる(通年採用)。大学在学中に時間をかけて就活をし、卒業時にすぐに就職するのが当たり前という時代は、終わりを告げようとしている。
 職歴があって本人のスペックが客観的な情報として提供できる人ほど、採用されやすくなるし、転職もしやすい。リアル面接による皮膚感覚で得られる情報は、プロ人材の選考では優先順位は下だ。コミュニケーション能力があり、ガッツと情熱もあるけれど、能力証明が何もない(大学卒はその証明にならない)といった人材は、徐々に企業からの需要がなくなるだろう。

◆リモートで作業支援
 ウェブ就活は、コロナ後も、当たり前となるだろう。これには、日本中どこにいても、応募できるというメリットがある。それに実際の仕事がテレワークとなると、就活時も、入社後も、ずっと地方在住のままということだって起こりうる。社長にも役員にも同僚にもリアル空間で会ったことがない従業員が増えてくるかもしれない。
 ただ、そこで心配になるのが、新人への教育だ。即戦力のプロ人材でも、仕事のやり方などで先輩が教えるべきことはあるだろう。ましてや即戦力採用が一般的になるまでの間は、先輩が部下や後輩に教えることはたくさんありそうだ。
 日本型雇用システムは、こうした教育訓練による人材育成をその特徴としてきた。企業の教育訓練には、通常、OJT(On-the-Job Training)、Off-JT(Off-the-Job Training)、自己啓発の3つの方法がある。OJTは、上司や先輩の指導のもとで、職場で働きながら行われる訓練だ。Off-JTは、仕事から離れて行われる訓練で、集合研修がその典型例だ。自己啓発は、本を読んだり、通信教育やネットを活用したりして自分で勉強する方法だ(今野浩一郎・佐藤博樹『人事管理入門(第3版)』(日本経済出版、2020年)128頁を参照)。
 教育訓練は、要するに、仕事に必要な情報を入手させ、それを実践できる能力やスキルを習得させることだ。Off-JTや自己啓発は、現場以外で情報を得ることが中心だが、OJTは、まさに現場で情報を得て実践するものだ。日本企業の人材育成力の源泉は、このOJTにあるといわれる。
 先輩からアドバイスをもらったり、先輩のやり方を見よう見まねで実行していったりできるのが、OJTのメリットだ。OJTには、その企業の現場で蓄積されてきたノウハウなどの暗黙知を、後輩に伝えていく機能もある。テレワークとなると、OJTが難しくなるという懸念には、理由があるといえそうだ。
 しかし、ICTの発達は、この懸念を払拭するかもしれない。キーワードは、ポケモンGOでも有名なAR(拡張現実)だ。ARを活用した遠隔作業支援が注目されている。これは、作業現場にいる後輩のすぐ横に、ネットでつながっている先輩がいて、音声や文字で仕事の指示をしてくれるようなものだ(https://www.nec-solutioninnovators.co.jp/sl/remote/index.html)。5G(第5世代移動通信システム)となると、こうしたARを活用できる環境は、ますます広がる。これならOJTが必要な現場に先輩がいなくても心配ない。専門医がいない病院での遠隔手術だって可能だ(https://wired.jp/2020/06/01/proximie-remote-surgeons/)。身体を使う仕事でもそうである以上、デスクワークが中心のテレワークで、遠隔支援ができないわけがない。

◆ベテラン受難の時代
 企業の現場には、多くの暗黙知(情報)があり、それがうまく組織に共有され、継承されていくことが各企業の持続的な競争力をうみだしてきた。しかし、そうした情報が、デジタル化されていくと、教育訓練という形での情報承継の必要性が低減する。
 ホリエモン(堀江貴文)のベストセラーの『多動力』(幻冬舎、2019年)の冒頭には、寿司職人が、修業を経験せずに、インターネットですでに公開されている情報を活用して開業し成功した例が紹介されている。あらゆる情報がインターネットに集まる時代だ。優れた仕事をするために、時間をかけて蓄積してきたノウハウ(情報)はあっという間に共有財産となり、これを基礎に創意工夫する後続者が、(辛い修業を経験せず)たちまち追い抜いてしまう。ノウハウは、自分だけで抱え込もうとしても、誰かが一度インターネットに流してしまえば、ビジネス価値はなくなる(稀少性のきわめて高いノウハウであれば、門外不出の秘伝として徹底的に抱え込むか、特許権を取得して公開して対価をとることはできるかもしれないが)。インターネットの時代は、情報は抱え込むものではなく、公開してみんなで利用しながら、それをベースに切磋琢磨して新たな情報を生み出していく時代なのだ。これは、企業内でも、同じことだ。
 私たちは、仕事をするとき、技能、知恵、ノウハウなどに関する多くの情報を活用する。これまでは、そうした情報をOJTなどによって現場で身につける必要があった。だから、勤続年数が自分より長い先輩は貴重な「先生」だった。新卒の新入社員は、「先生」から教わらなければ、何も仕事ができなかった。しかし、情報のデジタル化は、現場で指導する先生を徐々に不要とするだろう。それどころか、作業のデジタル化が進行していくと、従来の仕事のやり方が時代遅れとなり、「先生」が教えることがなくなっていく(それどころか、教えることは有害でもある)。むしろ新人のほうが、情報が豊富ということもあり得る。Zoomを使いこなせないベテランは、オンライン会議に参加できず、企業内の最新情報から取り残されるなんてことにもなりかねない。まさにベテラン受難の時代だ。
 OJTが重要だという従来の雇用社会の常識は通用しなくなるのだ。これは、テレワークにとっての阻害要因は、また一つ消えるということだ。

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著者略歴

  1. 大内伸哉(おおうち・しんや)

    1963年神戸市生まれ。東京大学法学部卒、同大学院法学政治学研究科博士課程修了。神戸大学大学院法学研究科教授。博士(法学)。労働法を専攻。著書に『君は雇用社会を生き延びられるか』(明石書店、2011年)ほか多数。SHINYA OUCHI Web Site:http://www2.kobe-u.ac.jp/~souchi/

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