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私とあなたのあいだ――この国で生きるということ

第19便 温又柔より(第5章 性と性のあいだ)

木村友祐さま

 

 さあ、手紙を書く時間だ……冬至を数日後に控えるきょうこの頃は、いつまでも外が暗くて、安心して思索に耽っていられるのが気に入ってます。この、冬の夜特有の安心感に浸りながら木村さんに宛ててことばを紡ぐ楽しみときたら。1か月前とちがって、私はあっというまに夜更かし生活に舞い戻りました。両親や妹と住んでいた頃は、小説を書いていると家族に知られたくなかったので夜中に自室に閉じこもってこっそり書くしかなかったのですが、U介氏と暮らしはじめて11年が過ぎたいまでも、私にとって書くことは夜とともにあるようなのです。

 自分が心の中で思っているだけでなく、周囲からもそれなりに作家だとみなされるようになってからのこの10年、注文や依頼があって何かを書けば、その報酬として原稿料や印税が支払われるようになりました。しかしそれで喰っているかというと、またべつのお話。お腹をいっぱいにしたくても雀の涙をごくごくと呑むわけにはゆきません。

 さらに言えばこれまでずっと、自分の考えていることを知り、自分がどこにいるのか見出すために書いてきたので、未だに私は、そのように書かなければ、どうしても‘書いた気がしない’。

 こんな調子なので、たくさん書いて、効率よく稼ぐ、というふうにはゆかず……生計を立てる手段を「仕事」と呼ぶのであれば、私は無力に等しい。それでもU介氏は、私が夜中になっても寝床には入らず、机のまえに張り付いて何やらやっている‘このこと’を、私の「仕事」だとみなし、そのうえ、労ってもくれます。そのおかげで私は、喰ってゆく、という目的からすれば決して生産的ではない、我ながら意固地なこの書き方を貫いていられるのです。

 そういえば私は、こんな質問をされることがたまにあります。

 ――‘ご主人’はどちらの方ですか?

 はじめの頃こそ、質問者が最も知りたいことを自分から察して、夫は‘ふつうの日本人’ですよ、と律儀に答えていましたが、近頃はこれほど馬鹿正直に答えることはありません。自分には答えたくないことを答える義務などないと学んだからです。でも、正直に言えば自分が相手の立場なら、確かに気になってしまうとも思うんですよね。台湾人が、この日本で、だれかと婚姻関係を結んでいる。はて、相手はナニジンなのだろうか?

 ちなみに私は、U介氏のことを他者に示すとき、「主人」はおろか「旦那」という表現はしません。

 自分たちの関係をあらわすうえで、ああいった主従関係を連想させる表現は、どうもしっくりこなくて。さらに言えば、友人や知人の夫を「ご主人」や「旦那」と呼ぶのもできれば避けたいと私は思っています。それで「おつれあい」とか「パートナー」とか言うようにしているのですが、どうもまだあまり浸透していません。

 でも、「奥さん」の「奥」とは、いったい、どこの奥のことなの? と高校時代に友だちとふしぎがっていたのは、もう20年以上も前のこと。

 考えてみれば1990年代後半は、16、7歳のオンナノコだった自分や友人が、あらゆることの些細な部分にひっそりと宿る「男性優位的」な発想に疑問を抱いても、大人たちから特に咎められることはなかった。むしろ、そのような違和感を紐解くための道標というか、ヒントを与えてくれる思想のようなもの、ほんの少し手を伸ばせば、すぐそこにありました。

 性別を理由にした差別を禁じる「男女雇用機会均等法」が施行されたのが1986年であることを考えれば、私が高校生の頃にはもう、男は外で働き女は家を守るといった“神話”はさすがに前の時代よりは弱まっていたはずです。

 だから、いまや70代に近い、自分の母親のような団塊の世代の女性たちが「うちの主人が」とか「おたくのご主人は」などと言い合うのを耳にしたときは、まあ、そんなものよね、と呑み込めるのですが、自分よりも若い女性の口から「主人が」と聞こえたときは、淡い絶望感が募ってきます。あなたたち、それでいいの? って。

 ただの習慣的な物言いにいちいち目くじらをたてるのはおかしい、と笑い飛ばされるのはまだましなのですが、そんなの言葉狩りだよと冷笑された日には、どうしたってこう反論したくなる。‘ふつう’の人々の間で何気なくつかわれている言葉が、個々人の感性や社会の無意識に与える影響の大きさをおもんぱかれば、こうした「男性優位/上位」的な表現が、相変わらず当然のようにまかりとおっているという状況を楽観はしていられない、とね。

 たとえば、既婚女性は「人妻」と言うけれど、既婚男性を「人夫」とは言わないのも実にいびつです。女は、男に所有されるモノであって、その逆ではない、と言葉が暗に保証しているようで……いま試しに「未亡人」と辞書で引いてみたところ、夫と共に死ぬべきなのにまだ死なない人の意、元来、自称の語、とあって目眩をしかけました。

 私は、こうした男女をめぐる「社会的かつ歴史的な上下関係の刻印」を感じさせる表現と出くわしたら、慣習だからとあきらめず、それを根本から疑ってみることによって、男女両性にとってより風とおしのよい関係の築き方を思索するチャンスにしたいのです。言葉狩りなどとは言わせません。

 話が逸れました。

 ――ご結婚なさってるんですね。奥さまは、日本人ですか?

 こんな質問を、木村さんはおそらく受けたことはないと想像します。日本にいる限り、日本人の、それも男性に対して、「このひとの‘奥さん’はナニジンだろう?」とは、よっぽど特別な状況をのぞいて、わざわざ疑問を抱くことはないでしょう。

 こんなことを書くのは、木村さんのお手紙の中にあった、私と木村さんの間にある「この明らかな差異、断絶」について、さらに踏み込んで共に考えてみたいと思ったためです。「性」について書くからにはと木村さんは心して告白してくださいましたね。みずからの「下劣さ」を赤裸々に語ろうと努める木村さんの真摯さがなんだか可笑しくて、少し笑ってしまいました。

「これから書くことは、おそらく、温さんの心をかき乱すことになるのではないかと危惧します。そして、今までの対話の中で、いちばん不快なものになるでしょう」。

 どうか安心してください。私は、いや、‘私たち’は、女性である自分の身体が‘男性たち’からそのように眺められることがあるのだと、人生の各段階で学びながら育つのです。私自身は自分に投げかけられる性的な視線にはわりと鈍感なほうでしたが、それでも10代が終わる頃には、はっきりとそのことを知っていました。

 いまの私は、「コンビニからエロ本がなくなる日」の到来を切々と待ち望んでいます。自分のために、というよりは、この国の女の子たちが、自分のふくらみつつある乳房や、いずれ陰毛がはえてくる股間などが、男に劣情を催させるモノなのだと思い込まされることがないように。そうした男の視線に呪縛されることで、みずからの欲望を歪めてしまわないように。

 しかし、まさに自分自身が‘オンナノコ’だった頃の私は、巷に溢れるエロティックな印刷物が掲載された雑誌や漫画、深夜に家族の目を盗んで見ていたテレビ番組や、ほんのりとした性愛の描写がある映画などをとおして、自分もいつか、‘好きになった男性’にそのように見られたい、見てもらいたい、と思っていたのです。

 私は自分の裸体を、‘好きな男性’に「見られる」ときのことを夢想しては、恋に恋していました。男兄弟がいなかったのもあって、‘オトコノコ’の裸体は私にとってほとんど未知の領域に近いものでした。

 だからといって、すすんで、かれらの露わな姿をこの目で「見たい」と思うことはほとんどなかったように思います。むしろ、見ず知らずの男性が陰部をちらつかせていたら、それこそ不快というよりは、恐怖とともに目をそむけたぐらいでした。私もまた、すべての女性が自分と同じように感じていると断言はできないのですが、見知らぬ男の恥部なんか見たいと思わないし、こちらの意思に反して見せつけられるのはおぞましくてたまらない、と友だち同士で言いあったことは何度かあります。

 もちろん、男性の容貌やからだつき、引き締まった筋肉などにうっとりと見惚れることはあります。でも〈見ている相手の人柄などおかまいなしに、ただ見た目だけに意識が集中〉するほど我を忘れたことは、少なくとも記憶にある限りほぼありません。

 木村さんが全男性を代表はしていないように、私もすべての女性を代表はできないのですが、それでもこうして一緒に考えていると、「男性」と「女性」とで「見る」ことと欲望が直結しているのは、圧倒的に前者なのだろうなと思わされます。

 振り返れば、思春期の頃の私は、自分にとって未知の、男性の剥き出しの身体よりも、いずれ、好きな男性に「見られる」であろう、成熟しつつある自分自身の裸体のほうにこそ興味がありました。さらに言えば、異性である男性の裸体よりも、自分と同性である女性の乳房や腰つき、やわらかな曲線、肌の艶やかさのほうにこそ、エロティックなものを感じていました。

 これは私が木村さんとちがって、〈寄ってたかって「見られる」〉のほうの性に属していることと密接な関連があるように思います。

 異性愛者同士の話に限定はされますが、‘女として’見られる、とか、’男として’見ていない、という言い方があります。

それは突き詰めれば、その相手を性的な対象として認識するかどうか、ということで、より具体的に言えば、その身体の一部分を撫でまわしたい、とか、舐めずりたい、といったような、つまり欲情にかられるかどうか、ということですよね。

 〈男たちの目をふさぐだけで、痴漢やセクハラやレイプといった被害はグッと減る〉と木村さんは書きますが、確かに、その人格や心の内面、頭の中身などを度外視して、単なるモノとしての異性のからだの一部に欲情しやすいのは、圧倒的に男性のほうでしょう。少なくとも私と木村さんがいま生きているこの社会ではそうですよね。そうであるからこそ、「見られる」側にある女性は、みずからの身体や容貌をいかに「魅せる」べきか試行錯誤することを男性以上に強いられてもいる。

 逆に、無駄に女として見られることがないように努力する人も少なからずいます。〈一体、どこまでが男性目線の内面化で、どこからが自分から美容やおしゃれにいそしみ、美しい自分を楽しむことなの〉か、という木村さんの“疑問”は尤もです。そこに明確な線を引くのはすこぶる難しい。何しろ、男性に「見られる」「見せつける」ことを存分に意識しながら「美しい自分」の「魅せ方」を楽しむという女性もいます。

 さて、木村さんが疑問を呈しているように、男女間におけるこうした〈見る/見られるという関係〉は、本当に自明なものなのだろうか、と。

 よく知られるように、孔雀は、色鮮やかな羽を持つほうが雄です。見目麗しさを武器に異性(!)を籠絡せねばならないのは、孔雀界では女ではなく男のほうなのです。

 あるいは、知り合いの女性がこんなことを語っていました。夏休みに、ドイツ――の、どこなのかは忘れちゃったのですが――に遊びに行ったら太陽が燦燦と輝く路上で自分の前を歩いていた若い女の人がぱっと服を脱ぎ、ブラジャー姿丸出しで汗をぬぐっていたと。人通りのけっこう多い道で若い男性もおじさんもいたけれど、だれ一人その女の人のことをじろじろと眺めるようなことはなく、これだけ暑いんだもん、服ぐらい脱ぐよね、という調子だったと。

 逆に、べつの知人からは確かイエメンを旅したときに、半袖姿の観光客の女性が肘から手首までの部分を見せていただけで、猥褻なので困る、と地元の警察に注意を受けていたと聞かされました。

 孔雀はさておき、〈嗅覚が衰えたぼくら人間の男たちは、女性を女性として認識するのは、ほとんどといっていいくらい視覚情報に拠っている〉ことはほぼ正しいと思います。しかし、人間の男が女性の何を目にしたときに欲情を煽られるのかとなると、本能に根差した感覚ではあるとしても、案外相対的であって、社会や時代の状況、歴史や宗教、文化的な環境に左右されているところがあります。

 とはいえ、ここで重要なのは、私と木村さんは、女性が公共の場で突然ブラジャー姿になったら男たちから好奇の目で眺められることは避けられず、また肘を出しても猥雑だとは注意されない社会で暮らしている、という前提に立ち返って、この話を進めることなのでしょうね。

 私は自分が思春期の頃は、男性を「見る」ことよりも女性である自分が「見られる」ことのほうを夢想しながら秘めたる興奮を疼かせてきた、と書きました。

 私が望んでいたのは、こちらの人格や心の動きや頭の中身も含めて、私という一人の人間の身体を愛おしんでくれる男性から見つめられ、愛撫されること……ですので、「見たい」よりも「見られたい」とは言っても、不特定多数の男性たちに性的な眼差しで自分の容姿や体つきをモノとして品定めされることを望んでいた、という意味では決してないのです。

 木村さん。私は、男性たちが通りすがりの女性の〈顔の造作〉や〈やわらかそうな体のライン〉、〈脚の形〉などをつい目で追ったり、心密かに劣情を催すこともあるという事実を否定しようとはまったく思いません。いま、つい、劣情と書いてしまったけれど、男性が女性の姿かたちに惹かれるのは素朴な反応なのですからそのことを必要以上に卑しめるのはやめましょう。

 問題は、そのような反応を臆面もなく女性自身たちに突きつけてもかまわないと信じて疑おうとしない男性たちの態度のほうなのです。私にとっては、いや、おそらく多くの女性にとっても、望まぬ性的視線に晒されるのはとても苦痛なことです。じろじろと無遠慮に眺められることや、死守したい一線を踏み越えられそうな状況に陥るのは、ただの恐怖でしかありません。木村さんを動揺させたいわけではないのですが、その不快感やおぞましさときたら、すさまじいものがあります。

 木村さんからの、赤裸々ながらも非常に真摯な告白が含まれた今回のお手紙を拝読していて、〈一対一で向き合ったときの女性の筋力と男性の筋力の差〉をちらつかせながら、こちらを従わせようとする男性の視線にさりげなく値踏みされるときの、あの屈辱感は、自分がヒトとしてではなく、モノとして扱われていることからくるものなのだと改めてまざまざと思い知らされました。

 ――台湾人の女の子と会えるからには、もっと可愛い子を期待したんだけどね。

 心配しないでください、出版業界の人ではありません。上海に留学していた学生の頃の話です。その男は、名前を聞けばだれもが知る商社の駐在員でした。

 ほぼ初対面なのに、いや、ほぼ初対面だからこそ、かれがちらっとこちらを見るときの視線は、品定めをするようなものがありました。もっと言えばそれは、おまえのことを女として見てやってもいい、といった調子すらありました。しかし私のほうが、かれを拒んだ。いまとなれば、私を‘モノにできなかった’ことが、かれにあのような悪態をつかせたにちがいないと想像するのは容易です。しかし20歳そこそこだった私は、律儀に傷つけられました。

(どうせわたしはビビアン・スーのようには可愛くないんだ)

 でも、それはいったい、だれにとっての「可愛さ」なのか。ビビアン・スーは天使のように麗しい女性ですが、それは日本人男性を喜ばすためにのみそうだというわけではないのです。

 木村さん。どうか怒りを鎮めて続きを聞いてください。私が上海で会ったその商社マンには妻も娘もいるのです。すべての息子がそうであるように、かれを産んだ母親も。こういうことを考えると、禍々しい不安が募ってきませんか? 自分の娘や妻や母親に対しては父親として夫として息子として常識的かつ温厚で紳士的な男性が、べつの女のことはモノとしてぞんざいに扱う。でもかれは、べつに理性を失っているわけではない。ちゃんと、そのように扱っていい女と、そうしてはならない女を区別している。

 逆に言えば、ぞっとするようなことではありますが、自分の父親が、叔父が、夫が、従兄が、義弟が、男友達が、仕事仲間の男性が……要するに、‘わたしのことは大切にしてくれている’男性たちが、わたしのあずかり知らぬいところで、だれか、べつの女性の尊厳を著しく貶めるようなことをしているという可能性は、決してゼロではないのです。

 私たちはいよいよ直視しなければなりません。

 性と性のあいだの「線」は、単に男女の間にだけ引かれるのではない。たとえば、故郷にいる母親や婚約者や恋人や姉や妹たちを敵国から守るために、明日死ぬかもしれない兵士たちに癒しと安らぎと性的な快感を与える戦地の女たち。

 あるいは、戦勝国の血沸き肉躍る兵士たちの暴挙から良家の奥様やお嬢様の貞操を守るために性的歓待に従事させられる女たち。

 この女は、モノとして不特定多数の男の慰み者にしていい。

 この女性は、そんな目に遭わせてはならない。丁重に扱おう。

 こうした「線」は、いったいどうやって引かれるのか……きっと今回も木村さんは、〈台湾国籍で女性である〉私が、ご自身と同じ〈日本人男性〉たちから被る数々の暴挙を想像しながら、いまも胸を痛めてくれていることでしょう。

 しかし、そうであっても木村さんは〈他人事のように、その卑劣さと無縁であるかのように、一方的に断罪することはできません。自分ごととして足元を見つめなくては〉と思ってくださる。そうであるからこそ私は、「日本人」や「男性」に踏まれた痛みを免罪符のようにふりかざして、自分はだれの足も踏んだことはないと開き直りたくはないのです。そう、私も、できるだけ、だれかの呻きに敏感でありたい。その声が女性のものであろうと、男性のものであろうと。あるいは、人間のものでなかろうと。

 ……さて、そろそろU介氏が起床します。木村さんとの、密やかな時間はひとまずここまで!

 

 2019年12月16日

 温又柔

 

 追伸、

この手紙を書き終えた数時間後、目を覚ましたら、「幼な子の聖戦」が、なんと、芥川賞候補入りという報道が……! 有名だから、というだけの理由であの賞に昔ながらの権威が今も備わっていると過信したくはないのですが、とりあえず日本一有名な文学賞の最終候補者として、作家・木村友祐が注目を浴びることを思うと、文学業界にも日本社会にも一筋の光が射し込んだ心地です。やったね!

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著者略歴

  1. 温又柔(おん・ゆうじゅう)

    1980年、台湾・台北市生まれ。3歳より東京在住。2009年、「好去好来歌」で第33回すばる文学賞佳作を受賞。両親はともに台湾人。創作は日本語で行う。著作に『真ん中の子どもたち』(集英社、2017年、芥川賞候補)、『台湾生まれ 日本語育ち』(白水社、2016年、日本エッセイストクラブ賞受賞、2018年に増補版刊行)、『「国語」から旅立って』(新曜社、2020年)など。

    撮影/朝岡英輔

  2. 木村友祐(きむら・ゆうすけ)

    1970年、青森県八戸市生まれ。2009年、『海猫ツリーハウス』で第33回すばる文学賞を受賞しデビュー。小説に『聖地Cs』(新潮社、2014年)、『イサの氾濫』(未來社、2016年)、『野良ビトたちの燃え上がる肖像』(新潮社、2016年)、『幸福な水夫』(未來社、2017年)、『幼な子の聖戦』(集英社、2020年、芥川賞候補)。

    撮影/尾島敦

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