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テレワークがもたらすもの ─呪縛からの解放─

第8回 テレワークは身体に悪い?

◆労働時間の適正把握
 テレワークをすると労働時間管理が難しくなる。これが、企業がテレワークの導入に反対する有力な理由の一つだ。確かに、企業には、労働時間を適正に把握する責務がある。厚生労働省は、そのためのガイドラインも発表している(「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000149439.pdf)。
 労働基準法は、企業が、従業員に1日8時間または1週40時間を超えて行う労働(これを「時間外労働」という)をさせるときは、あらかじめ過半数代表と三六協定を締結して労働基準監督署長に届出をしておく必要があるとし(32条、36条)、実際に、時間外労働をさせた場合には、その時間数に応じた割増賃金の支払い義務があると定める(37条)。この義務をきちんと履行するためには、労働時間を適正に把握することが必要だ。テレワークとなると、労働時間を把握しにくいので、企業としてコンプライアンスの責任がもてなくなるという主張は、それなりに説得力はある。

◆事業場外労働の「みなし制」
 労働基準法には、労働が事業場外でなされるため労働時間の算定が困難な場合には、実際に働いた時間ではなく、就業規則所定の労働時間働いたものとみなすという仕組みがある(38条の2)。携帯電話がいまほど普及していない時代の、外回りの営業マンが、この制度の典型的な適用対象者だ。いったん職場を出てしまえば、企業の指揮監督が及ばず、労働時間は算定困難なので、労働時間の「みなし制」が必要だったのだ。
 テレワークは、行政解釈によると、「情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと」と「随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないこと」の二つを充足すれば、労働時間が算定困難な場合に該当するので、「みなし制」を適用できるとする(「テレワークにおける適切な労務管理のためのガイドライン」https://www.mhlw.go.jp/content/000553510.pdf)。ただ、この要件を充足するハードルは高そうだ。判例には、海外ツアーの添乗員のような外国での外回りの仕事ですら、企業は勤務状況の具体的な把握ができたとして、労働時間の算定困難性はないとしたものがある。こうした判断をふまえると、テレワークであっても、上司が部下に対して指示しやすい通信環境が整備されればされるほど、労働時間の算定は困難でなくなる(つまり「みなし制」の適用が難しくなる)。

◆大切なのはオンとオフの切り替え
 前述のように、企業が労働時間の適正な把握をする必要があるのは、それが法律を遵守するための前提だからだ。法律の目的は、時間外労働を減らし、労働者に長時間労働をさせないようにすることだ。ここには長時間労働イコール悪という考え方がある。確かに、映画『モダン・タイムス』のなかのチャップリン演じる労働者のように、ベルトコンベアにあわせて働くスタイルならば、こうした非人間的な状況に置かれている時間はできるだけ短くすべきだろう。ただ、すべての仕事がこのようなものではない。ある程度まとまった時間働くからこそ、自分の成長が感じられたり、納得のいく仕事ができたりする。こうみると、労働時間は単に長さに着目して規制すればよいといえるほど単純なものではないことがわかる。
 企業が就業規則に記載すべき事項として、労働基準法が最初に掲げているのは始業時刻と終業時刻だ(89条1号)。なかでも重要なのは終業時刻だ。何時になれば、職場から解放されて完全にオフの時間(私的領域の時間)になるかを示しているからだ。
 ところが実際には、終業時刻は目安にすぎない。労働基準法は、前述のように企業が、過半数代表と三六協定を締結して、割増賃金を支払えば、時間外労働をOKとしている。休日だって、おなじ手順をふめば、出勤を命じてよい(休日労働)。2018年の「働き方改革」により時間外労働の上限規制は強化された(2019年4月以降の大企業での先行実施のあと、2020年4月以降は全企業に及んでいる)が、この点は手つかずのままだ。
 つまり終業時刻の規制はかなり弱いのだ。だからリアル職場であれば、その場の雰囲気で、上司や同僚が職場に残っているから仕方なくずるずる残業するといったことが起きてしまう。ただテレワークだと、個人が場所的に分散して働いているので、そうしたことが起こりにくいだろう。労働者にとっては、労働時間が適正に把握されて、労働時間の長さが明確になることよりも、終業時刻がきちんと守られることのほうが価値が高い。

◆健康配慮義務
 長時間労働イコール悪ではないとしても、長時間労働イコール善でもない。テレワークについては、本連載のなかでも、「サボり」の問題があるため、どこまで監視をするかが問題となることを論じたが、実は、これと正反対の問題がある。上司の監視から離れることにより、働き過ぎてしまう従業員が出てくる可能性があるのだ。せっかくテレワークで通勤の負担が軽減しても、働きすぎて健康を損なっては元も子もない。それに状況いかんでは、企業は健康配慮義務違反として責任を問われるおそれもある。
 電通で起きた社員のうつ病自殺事件で、最高裁は、次のように述べていた。
 「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである」。「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである」。
 この判決によると、上司(ひいては企業)には、部下の疲労や心理的負荷等が過度に蓄積しないように指揮監督する注意義務がある。テレワークでは、こうした指揮監督がやりづらいとなると、企業は法的リスクを回避するためにも、テレワークの導入に慎重にならざるを得なくなる。

◆働き過ぎは回避可能か
 テレワークとなると、部下としては、その働きぶりでは上司にアピールしづらいので、どうしても仕事の成果でアピールしがちだ。本連載の第4回でも書いたように、テレワークに最も向いている仕事は、上司が常時指示をして働かせるタイプのものではなく、仕事の成果に基づき評価するというタイプのものだ。ただ、こうした仕事では、良い成果を出そうとして頑張りすぎる従業員が必ず出てくる。ただでさえ日本人は労働へのモチベーションが高い。そこに成果型の評価システムが入ると、働き過ぎを誘発してしまう。これがテレワークとセットになると、その歯止めがいっそう効かなくなる危険性がある。
 実は欧米人もエグゼクティブクラスになると、日本人並に、いやそれ以上に猛烈に働く。それは賃金のなかに成果に連動した刺激給(インセンティブ)が多く含まれているためだ。とはいえ、彼ら・彼女らは、オンとオフをしっかり分けている。仕事の範囲が明確であるジョブ型なので、自分の仕事の進行は自分でコントロールできるのだ。だからプライベートな用事のために早めに仕事を切り上げたり、休みをまとめてとったりできる。
 ところがジョブ型でない日本の正社員は、自分の仕事の範囲がはっきりしていない。リアル職場であれば、目の前の自分の仕事をとっとと片付けても、他人の仕事をサポートするよう指示されたりする。いつオフになるか、自分でコントロールできない。だから平日の夜に、家族とのレストランでのディナーの予約を入れられなかったりするのだ。テレワークなら、この状況はずいぶん改善できよう。成果型で働き過ぎに陥る危険性はあるとしても、ずるずる残業から解放されて、自分次第でオンとオフの区切りをつけられる働き方のほうが魅力的だろう。

◆テックを使って健康管理を
 もちろん、働き過ぎは避けられるならそのほうがよい。長時間労働になると、自分でも気づかぬうちに生産性が落ち、成果から遠ざかることもある。企業もこれではテレワークさせる意味がなくなる。そこで期待されるのがテクノロジーだ。本連載の第4回でもふれた健康(ヘルス)テックを使うと、たとえばバイタルセンシングによって、疲労度などが可視化されて、自分の健康状況の把握は容易となる(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO43168690R00C19A4000000/)。AI(人工知能)が本人の生体データを分析して、疲労が蓄積していれば、パソコンの画面にアラートを出して、本人に気づかせるということもできる。「シエスタ(お昼休憩)をとりましょう」「ラジオ体操はどうですか」「コーヒーブレイクの時間ですよ」、といった休憩のメッセージを出してくれるだけで、ずいぶん従業員の健康意識は高まるだろう。
 心配性の経営者なら、そんなメッセージが出ても、本人が無視すれば意味がないから企業のほうで、各従業員のバイタルデータをできるだけ集めて、しっかり健康配慮措置をとったほうがよいと言うかもしれない。これは、企業にパターナリスティック(温情主義的)な健康配慮義を求める現在の法的な考え方にも整合的だ。ただ、これによってほんとうに従業員の健康は改善するだろうか。
 そもそも従業員の健康情報はプライバシーにかかわる情報だ。そうした機微情報は、本来、できるだけ従業員だけに保有させ、本人に自身の健康状況を把握させ、自己責任で健康管理させたほうがよいのだ。だからといって、企業が従業員の健康問題から完全に免責されるわけではない。
 これまでの健康配慮義務論は、いったん健康障害が起きたとき、企業の補償責任がどうなるかに力点が置かれていた(前記の電通事件の裁判でも、そこが争われていた)。しかし、健康状況の可視化により、健康障害の防止に力点を置きやすくなった。事後補償から事前予防へ、ということだ。この面で企業がやるべきことややれることは、少なくない。
 まずは従業員が自分で健康管理ができるようなテクノロジーの導入から始めるべきだ。従業員が自分の健康データについて気軽に助言をしてくれる相談窓口(あるいはチャットボット)を用意することも必要だ。従業員が自分で健康状況の悪化を把握して、労働時間の短縮や休暇を申請した場合にはこれを認めるという対応も検討すべきだろう。このように、企業の健康配慮義務の内容は、企業がどのような予防措置をとるべきかを明確にする方向で再構成していくべきなのだ。
 従業員は自分の健康はテクノロジーを使って自分で管理する。それを企業がしっかりサポートする。こうした仕組みの下で、従業員はオンとオフのメリハリをつけながら働く。これがテレワーク時代にふさわしい働き方なのだ。

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著者略歴

  1. 大内伸哉(おおうち・しんや)

    1963年神戸市生まれ。東京大学法学部卒、同大学院法学政治学研究科博士課程修了。神戸大学大学院法学研究科教授。博士(法学)。労働法を専攻。著書に『君は雇用社会を生き延びられるか』(明石書店、2011年)ほか多数。SHINYA OUCHI Web Site:http://www2.kobe-u.ac.jp/~souchi/

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