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オックスフォード哲学者奇行

アンスコムと堕落した哲学者たち

アンスコムはエアだけでなくヘアも嫌っていた。A.J.エアの論理実証主義的な発想と、J.L.オースティンの発話遂行的行為の考え方を道徳哲学において展開したR.M.ヘアのことを、アンスコムが良く思わないのは当然である。さらに悪いことに、ヘアはアンスコムが憎む「帰結主義者」であった。このあたりの経緯を説明するには、あるラジオ番組の話から始めるのがよいだろう。

オックスフォード大学の植物園で撮ったバラ。

1957年のバレンタインデーに、アンスコムはBBCラジオで、「オックスフォードの道徳哲学は若者たちを堕落させるか?」という挑発的なタイトルで話をした[1]。要するに、アンスコムの主張は、ヘアやP.H.ノーウェル=スミスに代表されるオックスフォードの道徳哲学は若者たちを堕落させることはない、なぜならそれは時代を先導する思想というよりは、大学の外の社会と何ら変わらない、堕落した思想に過ぎないから、というものだった。

The Listenerという当時BBCが発行していた情報誌にこの内容が掲載されると、同誌の通信欄で哲学者たちの論争が始まった。参加者はヘアやノーウェル=スミスの他、アントニー・フリューやピーター・ギーチ(アンスコムの夫)などである。その内容は主に婉曲的な罵り合いで、よくこんな話を雑誌上でやるなというもので微笑ましい。以下では、ヘアとアンスコムのやりとりのさわりだけ少し紹介しよう。

「拝啓 (中略)私が投書した主な目的は、若者がオックスフォード大学に行くと、アンスコム氏のように話す大勢の哲学者に出会うという印象が作られたかもしれないので、それを取り除くことです。仮にそれが正しいとしたら、若者はどこか別のところに行き、堕落を避けるよう助言されてしかるべきでしょう。しかし、実際は、彼女はオンリーワンであり、この大学に来る若者が出会う可能性がはるかに高いのは、道徳の本性についてのより普通で日常的な探究者たちであって、彼らの目的は学生たちに道徳について明確に考え話すことを実例と教育でもって教育しようとすることです。敬具、オックスフォード R.M.ヘア」[2]

「拝啓 (中略)ヘア氏は公然たる帰結主義者です。これが意味することを次のように明確に述べるべきだと思いますし、彼も暗に述べたことがありますが、つまり、いかなる行為についても、『いかなる状況においても、それをするかどうかを考える必要がない、つまりそれは考慮から除外されている』と正しく言える行為はないということです。(中略)ヘア氏の投書の中の、明らかに単なる怒りの表明である部分については、何も言う必要はないと考えています。敬具、オックスフォード G.E.M.アンスコム」[3]

「拝啓 この意見のやりとりが終わる前に(このやりとりがさらに長く続くとは私にはとても思えません)、先の投書にいくつか付け足させてください。(中略)アンスコム氏が私の道徳的判断を『単なる怒りの表明(just expression of rage)』と解釈したことに驚いています。これは倫理学における『ブー・フレー』学派〔注:情動説のこと〕による道徳判断の理解の仕方におおよそ一致するもので、彼女がこの学派に所属するとは知りませんでした。しかし、私は自分の判断が記述的意味を担っていることを意図していました。つまり、非難することを通じて、彼女が議論をする時の手法が持ついくつかの特徴に注目を集めるためになされたものでした(中略)。もしかすると、彼女が意味していたのは『正しい怒りの表明(expression of just rage)』ということだったのでしょうか。(中略)彼女は『帰結主義』が何であるか説明していません。もしそれが、我々は意図的にまた知りつつもたらす事柄に対して道徳的に責任があるという意見だとすると、それは地獄に落ちるべきほど異端的な意見なのでしょうか。敬具、オックスフォード R.M.ヘア」[4]

「拝啓 (中略)哲学者たちが私に怒りをぶつけてくるのは、私が彼らを誤った仕方で描写したからではなく、彼らを正確に描写したからです。本当のところ、彼らの唯一の反論は、私が彼らのことを笑い者にしたという点だけのはずです。敬具、オックスフォード G.E.M.アンスコム」[5]

こんな調子である。興味深いのは、このやりとりの中で「帰結主義者(consequentialist)」や「帰結主義(consequentialism)」という言葉が出てくる点だ。通常、帰結主義という言葉はアンスコムが翌年の1958年に発表した有名な「現代道徳哲学」が初出だとされるが、その1年前にすでにアンスコムとヘアの間で問題にされていたことになる。

アンスコムの帰結主義の使い方はやや独特で、それは、帰結がどうあれ人間には絶対にやってはいけないことがあるとするユダヤ・キリスト教的な絶対主義を否定する立場を指す。この意味ではW.D.ロスのような絶対主義的でない義務論者も帰結主義者になる。アンスコムは、意図と予見の区別は厳密には成り立たないとしたヘンリー・シジウィックを厳しく批判しているが、これもまた、無辜の者の殺人などを意図的に行うことは絶対に許されないと彼女が考えていたからである。そういう可能性を考えるだけでも道徳的に堕落している証左であり、彼女は「私はそのような人と議論したくない」と嫌悪感を露にしている[6]。要するに、アンスコムに言わせると、ヘアのような帰結主義者は性根が腐っているのだ。

アンスコムが帰結主義を憎んでいたことは、1956年に起きた出来事、すなわち、オックスフォード大学がトルーマン元米国大統領に第二次世界大戦を終結させた功績を認めて名誉博士号を授与することにしたさいに彼女が猛反対したことに象徴的に表れている。

彼女の考えでは、「罪のない者を自らの目的のための手段として殺すことは常に殺人」であるため、戦争を終わらせるという目的のためであっても、意図的に大量の市民を殺害する行為は許されない[7]。このようなことを正しいと考えるのは典型的な帰結主義的思考であり、大量殺人を犯したトルーマンに名誉博士号を贈るのは、ヒトラーやネロやチンギス・ハーンに名誉博士号を贈るのと同じである。彼女はそのようなスピーチをオックスフォード大学の評議員総会で行ったが、彼女の考えを支持したのは同僚のフィリッパ・フットを含めてわずか4名だけで、彼女の動議は否決された[8]。しかし、これがきっかけとなって彼女はBBCラジオで先ほどの話を話すことになり、その内容および通信欄でのやりとりが「現代道徳哲学」を生みだすことになった。

サマヴィルコレッジ。

「現代道徳哲学」が生まれたもう一つの背景がある。それは、1957年から58年にかけてサマヴィルコレッジで同僚のフィリッパ・フットがサバティカル休暇を取ることになり、アンスコムが代わりに道徳哲学を教えることになったことである。

アンスコムの娘の一人のメアリ・ギーチによれば、「私の母は腰を落ち着けて標準的な近代の倫理学者たちの本を読んで、顔を真っ青にした。これらの思想家が共通に持っている考え方は、トルーマンに爆弾を落とさせ、オックスフォードの教員たちにトルーマンの擁護をさせた考え方であり、それはアンスコムが『帰結主義』と名付けた信念だった」[9]。ここに仇敵を見出したアンスコムは、「現代道徳哲学」でヒューム、バトラー、カント、ミル、シジウィック、ヘアなど、近現代の道徳哲学者をすべて撫で斬りにして、代わりにアリストテレスとアクィナスへの回帰を訴えることになる。

このようにアンスコムはオックスフォード大学の哲学者たちの大半を憎んでいた。だが、母校のオックスフォード大学自体はそこまで嫌っていなかったようで、1966年にホワイト道徳哲学教授職が空くと、教授選に出馬した。競争相手は、誰あろう、憎きヘアである。しかし、周知のように教授選はヘアが勝利し、アンスコムが憎むオックスフォード道徳哲学はヘアを中心に一層栄えることになった。争いに敗れたアンスコムは1970年にケンブリッジ大学に移り、かつてウィトゲンシュタインが務めた哲学教授の職に就き、86年に引退するまでそこで教鞭を執った[10]

このように、オックスフォード大学での教授選はヘアが勝利したが、長い目で見るとどちらが争いに勝ったのかは簡単には言えなさそうである。昨年の2019年は2人の生誕100周年だったが、私の知る限り、アンスコムについてはサマヴィルコレッジなどで複数の生誕記念シンポジウムが開かれたが、ヘアの記念の催しは一つもなかった。アンスコム関連の本の出版も相次いでいるが、ヘアについてはほとんど聞かない。今後、2人の思想の影響力がどのように変化していくのか、注意深く見守る必要があるだろう。

チャーウェル川の白鳥。

最後はやや真面目な話になってしまったが、アンスコムの話はこのぐらいにして、次回はアイリス・マードックの話をしてみたい。

 

[1] Anscombe, G.E.M., “Does Oxford Moral Philosophy Corrupt Youth?”, The Listener, 14 February, 1957, pp.266-271 この論文はのちにアンスコムの論文集にも収録されている。Anscombe, G.E.M., Mary Geach, and Luke Gormally, Human Life, Action and Ethics: Essays, St. Andrews Studies in Philosophy and Public Affairs, v.4, Imprint Academic, 2005, ch.12

[2] The Listener, 21 February, 1957, p.311 なお、ここで「拝啓」と訳しているのは「Sir,」であり、「敬具」は「Yours, etc.」である。

[3] The Listener, 28 February, 1957, p.349

[4] The Listener, 28 March, 1957, p.520

[5] The Listener, 4 April, 1957, p.564

[6] Anscombe, G.E.M., “Modern Moral Philosophy”, in Human Life, Action and Ethics, p.191 本論文について邦語で読める文献として、以下がある。佐藤岳詩「アンスコム、“Modern Moral Philosophy”の処方箋」『先端倫理研究』10号、2016年、5-24頁

[7] Anscombe, G.E.M., “Mr. Truman’s Degree”, in The Collected Philosophical Papers of G.E.M.Anscombe, vol.III, Ethics, Religion and Politics, Blackwell, 1981, pp.62-71 アンスコムの原爆投下批判はすでに邦語でいくつか文献がある。たとえば以下を参照。寺田俊郎「あるアメリカ人哲学者の原子爆弾投下批判」『プライム』31号、2010年、109-118頁

[8] Geach, Mary, “Introduction”, in Human Life, Action and Ethics, p.xiv

[9] Geach, Mary, op. cit., p.xvii ついでながら、そのあとにギーチは、アンスコムの言う帰結主義は行為功利主義と同じような意味だが、追求すべき善は快楽とは限らない立場だと述べている。

[10] Kenny, Anthony, “Elizabeth Anscombe at Oxford”, The Life and Philosophy of Elizabeth Anscombe, ed. by John Haldane, St. Andrews Studies in Philosophy and Public Affairs, 2019

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著者略歴

  1. 児玉 聡 (こだま さとし)

    京都大学大学院文学研究科准教授
    1974年大阪府生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程研究指導認定退学。博士(文学)。東京大学大学院医学系研究科で専任講師を務めた後、2012年から現職。
    主な著書に『実践・倫理学』(勁草書房、2020年)、『正義論』(共著、法律文化社、2019年)、『入門・倫理学』(共編、勁草書房、2018年)、『マンガで学ぶ生命倫理』(化学同人、2013年)、『功利主義入門』(筑摩書房、2012年)、『功利と直観』(勁草書房、2010年、日本倫理学会和辻賞受賞)など。

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