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テレワークがもたらすもの ─呪縛からの解放─

第6回 リアルな職場とは何か?

◆事業場
 労働法上の重要な概念に、「事業場」というものがある。労働行政による監督は事業場単位で行われる。例えば、就業規則は、事業場単位で作成されるものだし(労働基準法89条)、法定労働時間(1日単位で8時間、1週単位で40時間)を超える時間外労働をする場合に必要となる「三六協定」も事業場単位で締結される(同法36条)。いずれの場合も、企業は、その事業場で労働者の過半数を代表する者(労働者の過半数で組織する労働組合があれば、その労働組合)の意見を聴取したり(就業規則の作成の場合)、同意を得たりする(三六協定の場合)という手順をふんだうえで、その事業場を所管する労働基準監督署長に届出をしなければならない。「事業場」の範囲が画定しなければ、労働基準法の規制は機能しないということだ。そのため行政は、「事業(場)」の範囲について次のように解釈して、実務を運用してきた。
 「工場、鉱山、事務所、店舗等の如く一定の場所において相関連する組織のもとに業として継続的に行なわれる作業の一体をいうのであって、必ずしもいわゆる経営上一体をなす支店、工場等を総合した全事業を指称するものではない」。
 「従って一の事業場であるか否かは主として場所的観念によって決定すべきもので、同一場所にあるものは原則として分割することなく一個の事業とし、場所的に分散しているものは原則として別個の事業とすること」。
 ここで事業場として想定されているのが、現実(リアル)空間のものであることは明らかだ。もちろん、それは当然のことで、この行政解釈が出されたのは、労働基準法が制定されたのと同じ1947年だからだ。当時の人は、現実空間以外で労働がなされることなど夢想だにしなかっただろう。しかしテレワークが広がると、こうした現実空間を念頭に置いた事業場概念の維持は難しくなるかもしれない。

◆オンライン会議でオフィスが不要に?
 いまやテレワークをする会社員にとって必須なのが、オンライン会議だ。ICT(情報通信技術)の発達により、同僚や顧客との通信が、電子メールでの文字情報や電話での音声情報に加え、画像による視覚情報もリアルタイムでやりとりできるようになった。これにより、(顔の表情などをとおして)相手に伝えることができる情報が格段に増え、オンライン会議は、十分に実用可能なものとなった。リアル職場に集結しなくても、業務を遂行できることがわかった企業のなかには、オフィスの賃貸借契約を解約するところも現れているようだ(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59124620U0A510C2TJ2000/)。
 ところで、株式会社の設立登記の際に登記すべき事項に「本店及び支店の所在場所」がある(会社法911条3項3号)。この本店所在場所は、現存するものであれば、実際に稼働している場所でなくてもよい。これは「バーチャルオフィス」と呼ばれている。在宅ワークをする個人事業主が会社を設立したときに、自宅の住所を知られないようにするために、これは役立つ。バーチャルオフィスの住所地が都会の一等地にあったりすると、企業の信用度を高めることもできる。電話の対応や郵便物の転送などの秘書機能まで付いていることもある(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO43425620W9A400C1XQD000/)。
 では、完全テレワークで、オフィスの賃貸借契約を解約した企業が、バーチャルオフィスを登記上の所在地としたとき、労働法上の「事業場」はいったいどこになるのだろうか。他に労働者が働いている現実職場がなければ、バーチャルオフィスが事業場となるのだろうか。そうなると、労働基準監督署は、もぬけの殻のような事業場を所管しなければならなくなる。

◆バーチャルオンリーは無理か?
 新型コロナウイルスの影響で、株主総会にも大きな改革が起きようとしている。「三密」を恐れて来場できない株主の権利が損なわれるようなことがあってはいけない。そこで経済産業省は、リアルで開かれる株主総会に、株主がオンラインで参加すること(特設されたWEBサイト等で配信される中継動画を傍聴する形式)だけでなく、インターネットなどの手段で、法律上の「出席」をして議決権を行使することも可能とするという解釈を示している。ただ許されるのは、こうしたリアルとバーチャルの混合するハイブリッド型のバーチャル株主総会までだ。バーチャルオンリー型の株主総会は認められていない(https://www.meti.go.jp/press/2019/02/20200226001/20200226001-2.pdf)。それは株主総会の招集通知に、「株主総会の場所」(会社法298条1項1号)を記載しなければならないからだ。では、株主総会の場所を、バーチャルオフィスの住所地とし、実際の株主総会は会社の経営陣も株主も全員がオンラインで参加するとした場合、その総会は適法と解釈されるのだろうか。おそらく難問だろう。
 ちなみに、日本国憲法は、「両議院は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない」と定めている(56条1項)。オンラインでの参加が「出席」と認められれば、重度障害者の議員がわざわざ苦労して登庁する必要がなくなる。国会議員のテレワークも重要なのだ。さらに東京で大地震が起きたとき、地元に帰っている国会議員がバーチャルな国会にオンラインで「出席」して、議論したり、議決ができたりできるとなれば、国民としても心強い。いまから「出席」をどう解釈するかを検討しておいたほうがよい。将来的には、バーチャルオンリー型の国会だって、あり得ない話ではない。

◆5Gのインパクト
 4G(第4世代移動通信システム)時代のオンライン会議で、どうしても避けられないのが、レイテンシ(遅延:latency)だ。通信のずれがあると、距離を意識せざるを得ない。しかし、大容量・超高速、低遅延、同時接続が謳い文句の5G(第5世代移動通信システム)は、この問題を解決することになりそうだ。実は2020年は5G元年と言われていた。現時点ではまだ都市部でしか使えないようだし、新型コロナウイルスの影響で、その普及が遅れる可能性はある。しかし、そう遠くない将来に、私たちは5Gを使って生活しているだろう。それにより、Wi-Fiを利用できる環境になくても、それほど困らなくなるだろう。まさに、どこででもテレワークができる時代が到来する。
 オンライン会議の臨場感を高めるならば、バーチャル・リアリティ(VR)での会議という選択肢もある。VRの空間に参加者が自分のアバターを登場させるだけで、あとは普通の会議が可能だ。外国人の発言は自動翻訳して示すこともできる。HMD(ヘッドマウントディスプレイ)は高価だが、多くの人が使い出したら値段は下がるだろう。5Gは、VR会議をいっそうやりやすくする。こうして私たちの働き方は、どんどん現実空間から離れていく。

◆バーチャル
 バーチャル・リアリティは「仮想現実」と訳されているが、あまり評判のよい訳語ではない。仮想という言葉が入ると、現実と切り離されている語感があるが、VR会議は、現実の事業遂行に役立つものだ。VRの本質は、現実の世界のことではないが、「現実的」であるところにある。
 そもそも私がこの原稿を執筆していること自体、バーチャルの出来事なのか、現実なのかわからないところがある。私はパソコンを使って執筆して、その内容をデジタルデータとして保管し、担当編集者に電子メールで送って、それがWEBマガジンとして掲載され、読者がスマホやパソコンで閲覧する。このとき、私の原稿(情報)は(プリントアウトしないかぎり)一度も現実世界には舞い降りず、ただパソコンやスマホの画面を通して現実世界と接しているにすぎない。原稿の作成も、送信も、保存も、閲覧も、すべてデジタル技術が作りだした世界のなかにある。そういうと、私の原稿は、現実世界にないことになりそうだが、紙媒体の雑誌に掲載されているものと同じように読むことはできる。その意味できわめて「現実的」だ。
 ちなみに英語で「virtual」やその副詞形の「virtually」は「ほとんど同じ」という意味でも使われる。例えば「virtually all people」は「ほとんどすべての人」という意味だ。つまりVRは、現実と「ほとんど同じ」と言ってもよいのだ。

◆事業場外労働
 週に2日や月の半分だけのテレワークや、従業員の半分だけが完全テレワークという企業であれば、労働法の規制にはあまり影響がない。実は、前記の行政解釈には続きがあって、「場所的に分散しているものであっても、出張所、支所等で、規模が著しく小さく、組織的関連ないし事務能力等を勘案して一の事業という程度の独立性がないものについては、直近上位の機構と一括して一の事業として取り扱うこと」とされている。自宅は、オフィスの出張所のようなものであり、現実の職場である事業場の一部とみる解釈が可能なのだ。
 もっとも、これは機能的な一体性であり、物理的に離れていることは否定できない。こうしたときに出てくる問題が、労働時間の算定方法だ。上司の目から離れたところでなされる労働については、労働時間を算定しがたく、時間外労働があった場合の割増賃金の額を適正に算定できなくなるといった問題が生じる(労働基準法37条参照)。そこで、法律は、こうした事態に対応すべく、労働時間のみなし制(実労働時間と切り離した決め方を認めること)という仕組みを設けた(同法38条の2)。モバイルワーク型のテレワークでは、この方法で労働時間を算定できる。行政解釈は、在宅勤務型のテレワークでも、この規定が適用可能であるとする(一定の要件を充たす必要はある)。
 現実空間に事業場がある場合のプラスアルファとしてのテレワークであれば、労働法の規制は、法解釈によりなんとでも対応できる。ほんとうの課題は、CEOから末端の従業員まで全員がテレワークで、現実空間にオフィスはなく、サイバー空間だけで業務が完結してしまうようなビジネスへの対処だ。現実空間から「事業場」が消滅すれば、就業規則も、三六協定も、労働者概念も、たちまち法的な根拠がなくなってしまう。優秀な官僚は、これにも解釈でなんとか対応して既存の枠組みの延命措置を図ろうとするだろうが、それは弥縫(びぼう)策にすぎない。ほんとうに必要なのは、現実空間にはないが、現実に労働がなされているバーチャルオンリーな働き方を想定した新たな法的枠組みを作ることではないかと思う。「現実」は、現実空間だけにあるのではないのだ。

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著者略歴

  1. 大内伸哉(おおうち・しんや)

    1963年神戸市生まれ。東京大学法学部卒、同大学院法学政治学研究科博士課程修了。神戸大学大学院法学研究科教授。博士(法学)。労働法を専攻。著書に『君は雇用社会を生き延びられるか』(明石書店、2011年)ほか多数。SHINYA OUCHI Web Site:http://www2.kobe-u.ac.jp/~souchi/

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