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テレワークがもたらすもの ─呪縛からの解放─

第5回 テレワークとSDGs

◆テレワークと環境
 テレワークの今後を考える場合、すでにみてきたデジタル・トランスフォーメーション(DX)の動きと同時に、もう一つ見落とすことができない視点がある。それが環境だ。
 テレワークを導入すると、マイカーや公共交通機関を利用した通勤がなくなることによって、CO2削減が予想される。電気使用量も、自宅とオフィスを比べれば、自宅のほうが少ないはずだ。ゴミの排出量も減るだろう。自宅を中心に生活していると、自分の住んでいる地域に目が向きやすくなり、家族が日頃過ごしているところの環境に対する意識が高まるだろう。
 テレワークには、このようなメリットがあることは、誰にでも容易にわかることだ。しかし、このメリットが、これまでの私たちの経済社会では、それほど大きく評価されてこなかったことも事実だ。これは、経済と環境のどちらを優先するかと問われたときの、私たちの曖昧な態度とかかわっている。

◆経済か、それとも安全・健康か
 現在、新型コロナウイルス感染症の影響下で、私たちの経済社会が直面しているのは、経済と安全・健康のどちらを優先するかという問題だ。実際、緊急事態宣言や商業施設への休業要請等の解除の時期をめぐって、政府や地方自治体が頭を悩ませているのも、この二つの折り合いをどう付けるかが難問だからだ。新型コロナウイルスに感染しなくても、仕事がなくなって借金苦(最悪のケースでは自己破産や自殺)に追い込まれれば元も子もないという声もあるが、多くの人は安全・健康を優先する判断をするだろう。それは、著名人の死亡報道などにより、明日にも自分が感染して命を落とすかもしれないことにリアリティがあるからだ。
 ところが環境問題となると、同じように安全・健康と経済の優先が問題となるはずなのに、私たちの優先順位の付け方は、はっきりしなくなる。地球温暖化のような環境変化は、私たちの安全・健康に直ちに影響を及ぼすものではなさそうだからだ。将来の世代の安全・健康に影響があることは予想できるとしても、当面の経済との比較となると、どうしても経済を優先する判断をしてしまいがちだ。
 個人レベルでもそうなので、企業となると、いっそう経済優先に傾く。「法人」だから安全も健康も関係がないという理由ではない。株主を含め、企業(株式会社)のステークホルダーには「自然人」もたくさんいるからだ。ポイントは、企業が、営利を追求して利益を上げ、株主に還元しなければいけないという、経済優先のメカニズムに組み込まれていることだ。株主に利益をもたらさない企業経営者は解任されてしまう。
 株主といっても、富裕層が余裕資金を投資しているようなケースばかりではない。昨年話題になった「老後2000万円不足問題」でも明らかになったように、普通の人が老後も安心して生活できるようにするためには、公的年金では不十分で、株式投資などによる運用がどうしても必要となる。つまり企業が営利を追求することは、国民の老後のためにも重要なことなのだ(ちなみに私たちの公的年金の積立金を運用しているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は世界最大の機関投資家だ)。ましてや、その企業が社会に役立つ財やサービスを提供しているならば、それにより利益を上げて継続的に活動してくれることは、私たちにとって望ましいことだ。その意味では、営利活動の重要性を否定はできない。
 しかし、こうした環境より経済を優先する考え方は、いま分岐点にきている。キーワードはSDGsだ(https://www.jp.undp.org/content/tokyo/ja/home/sustainable-development-goals.html)。

◆SDGsとESG投資
 SDGsとは、国際連合(国連)が提示した17の「持続可能な開発目標」で、「貧困に終止符を打ち、地球を保護し、すべての人が平和と豊かさを享受できるようにすることを目指す普遍的な行動」を呼びかけるものだ。SDGsが想定する世界観は、企業も社会の一員である以上、共有せざるを得ない。この目標のなかには、もちろん環境も含まれている。SDGsの「目標13」は「気候変動に具体的な対策を」というものだ。
 企業に対して、より直接的な影響があるのがESG投資だ。ESG投資とは、2006年に国連の当時のアナン事務総長が金融機関に対して呼びかけたPRI(責任投資原則)に基づくもので、機関投資家が投資先の企業を選別する基準として、環境のE(Envirornment)、社会のS(Social)、(企業)統治のG(Governance)を重視するというものだ。ESG投資の動きは、2020年になっていっそう顕著となってきている。欧州を中心に、CO2削減の具体的な目標を発表できない企業は、投資先から外されるという事態が生じている。
 テレワークもまた、企業をとりまくこうした大きな状況変化のなかに位置づけるべきものだ。例えば全従業員がテレワークをしている企業は、地球環境面に配慮している企業として投資家から高く評価される可能性があろう。それだけでなく、従業員に働きやすい労働環境面にも配慮しているという点で、ESGの「S」の面からも評価されるかもしれない。

◆どういう企業が選ばれるのか?
 テレワークは、実は経済を優先する観点からも重視されるものだ。今後、デジタル技術を十分に使いこなせていない企業は、いくら優秀な人材をかかえていても、将来性がないと評価され、投資対象としては不適格とされる可能性がある。デジタル技術を用いた企業の変革、すなわちデジタル・トランスフォーメーション(DX)は、たんなる流行の動きではなく、企業が今後生き残るために不可欠の経営戦略だ。テレワークの導入さえできていない企業は、この波に乗り遅れていると評価されるのだ。
 テレワークという観点から企業を選別するのは、投資家だけではない。これから企業で働こうとする若者にとっても、企業選びの重要なポイントとなる。今後、デジタル・ネイティブ世代が続々と入社してくる(こうした世代は、SDGsネイティブ世代とも重なる)。この世代の優秀な人材は、オフィスへの通勤を義務づけるような企業には集まってこないだろう。このことは、テレワークができないような企業には将来性がないことを示している。
 外国人にとって、日本でしか見られない貴重な観光スポットの一つが、朝の通勤時間帯の駅にいる「押し屋」だ。満員電車に人を押し込む仕事で、通常は、アルバイトらしき若者がやっている。遅刻せずに通勤したい会社員のニーズに応える重要な仕事かもしれないが、その状況を冷静に観察すると、非人間的で、おぞましい光景だ。残念ながら、多くの日本人は、感覚が麻痺してしまっている。尊厳ある労働の実現を図りたいと考えている労働法研究者も、「押し屋」の規制までは提言できないでいる。
 でもデジタル・ネイティブ世代にとっては、こんな非人間的な通勤までして働くなんてまっぴらごめんだろう。ひょっとしたら、新型コロナショックで通勤せずによくなったことで、多くの会社員も「自分たちは、なんて非人間的な働き方をしていたのだろうか」と気づき、これまでの働き方の呪縛が解けるかもしれない。

◆デジタル格差の撲滅のために政府がやるべきこと
 企業のなかには、テレワークを導入したくてもできない企業もある。ただ、新型コロナショックではっきりしてきたのは、テレワークを導入できない企業と導入できた企業との間の格差だ。それは現在の事業の継続可能性から、将来の事業の発展性にまで及ぶ。助成金の申請でも、オンラインでできる企業といまだに郵送やファックスでしかできない企業との間では差がついていることだろう(政府のオンライン対応の不始末により、結果として、差がつかなくなっている可能性はあるが)。
 こうした企業間格差は、そこで働いている労働者の労働条件や労働環境の格差にもつながる。さらに広くオンラインの利用という点で考えると、知識や情報の面でオンラインを活用できる人とそうでない人の格差も深刻になりつつある。テレワークは、こうしたオンライン利用のなかの一要素にすぎないが、テレワークをしているかどうかは、労働者自身がデジタル技術のもつ利便性を享受できているかどうかを示す指標だ。テレワークができていない人は、自分では気づいていなくても、実は不便な働き方を強いられているのだ(それに気づかなければ、それはそれで幸福かもしれないが)。
 前述したSDGsには格差撲滅も目標に含まれている(目標10:「人や国の不平等をなくそう」)。デジタル格差(デジタル・デバイド)があるから、デジタル技術を使わないほうがよいという考え方もあるが、それは後ろ向きの間違ったものだ。格差の撲滅という根本的な問題の解決につながらないからだ。デジタル格差があるなら、デジタル技術の恩恵があまねく及ぶようにするためにはどうすればよいかを考えるのが、正しい格差撲滅方法だ。
 全国どこででもインターネットがつながる通信環境を整備し、国民全員にタブレットなどの端末を配布し、使い方がわからない人には専門家(理系大学生のアルバイトでよい)を派遣するくらいのことをすべきだ。格差があるというと、すぐに弱者に同情したり、現金を配ったりすることだけを考える政治家がいるが、それは無責任な態度だ。弱者から脱却できる措置があるのなら、それを積極的に実施することこそ必要なのだ。明日からでもすぐに誰もがテレワークができる環境を整備してこそ、真の格差解消につながる(もちろんこれは、テレワークを強制すべきということではなく、やりたいと思う人がやれるようにする環境を整えるという意味だ)。

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著者略歴

  1. 大内伸哉(おおうち・しんや)

    1963年神戸市生まれ。東京大学法学部卒、同大学院法学政治学研究科博士課程修了。神戸大学大学院法学研究科教授。博士(法学)。労働法を専攻。著書に『君は雇用社会を生き延びられるか』(明石書店、2011年)ほか多数。SHINYA OUCHI Web Site:http://www2.kobe-u.ac.jp/~souchi/

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